12話 召喚されたしたまにはシリアスになる
前回のあらすじ:あ~↓あ~↑川の流れのよ~うに~
……ここはどこだろう? 真っ暗で何も見えない。手や体は不自然なくらいはっきりと見えるのに、それ以外は床すら見えない。こんなことってあるのだろうか。
俺はどうしていたんだっけ? 頭がぼうっとしていて、記憶の糸を手繰り寄せようとしても、少しも思い出せそうもなかった。
気づくと、目の前にドアが現れた。こんなわけのわからない状況なのに、シンプルながら立派なつくりだ、なんてことしか考えられない程度には、頭は思考を放棄しているんだと思う。だから、特に警戒もせず、俺は平然とそのドアを開けた。
「やあ」
部屋へと足を踏み入れた途端、低い声が聞こえた。それを聞いて、部屋を見回す。
ドアの向こう側は、どこか高級感の漂う部屋だった。フローリングの床にはカーペットが敷かれ、目の前にあるソファとテーブルの先に、大層な1人用のデスクが佇んでいる。その先に、もはや壁と言ってもいいような窓があって、そこから入る光が、照明代わりになっているようだった。会社の社長室というのが一番合った例えだろうか。ともかくそんな感じだった。
「……おいおい、無視するなよ。傷つくじゃないか」
そんな声と共に、デスクの椅子が、きぃっと傾いて動いたのが見えた。ずっと座ってたのだろうか。
改めてその方に目をやる。そこには、真っ黒いスーツを来た中年の男が座っていた。……ふむ、なぜだろうか、あの声、それにスーツのあの黒色、どこか既視感がある。
「ほら、そんなとこに突っ立ってないで、座っておくれよ」
「あ、はい……」
少しからかうような感じで、男は目の前にあるソファを指さした。特に断る理由もないので、素直に従い、俺はソファに腰かける。すると男も向かいのソファーに移動し、「よっこいせ」と小さく言い、座った。
「タバコ、いいかい?」
「……ええ、どうぞ」
と承諾はしたものの、俺がそれを言うよりも早く、男はタバコに火をつけていた。ならば初めから聞くこともなかったんじゃないだろうか。
「キミも吸うかい? 銘柄は選べんが」
そう言って彼はタバコケースを取り出し、1本をこちらに出した。黒いタバコだ……そう言えば、ここ最近口にできていなかった気がする。
「いただきます」
「おお、嬉しいね。最近ブームなのか、吸うとあからさまに嫌な顔をする子が多くてね。肩身が狭いったらないよ」
タバコを口に咥えると、男がライターで火をつけてくれた。口の中だけで息を吸い、ゆっくりと吐いた。……随分と甘いタバコだけれど、それでも久しぶりに見る煙は、心を落ち着かせてくれる。これまでタバコどころじゃなかったのもあるだろうけど……
……あれ? どうしてタバコどころじゃなかったんだっけ? タバコの一本も吸えないような忙しいことなんてあったっけ?
……俺は、一体……
「……さて、突然だが川里義影君。君は死んでしまった」
「……は?」
混乱している俺を差し置いて、さらに混乱に陥れるようなことを男は言った。……でも待てよ、こういう展開どっかで飽きるほど見たことあるぞ。
「……ええと、てことは、ここは死後の世界で、アナタは神様ってことですか?」
そう、よくネット小説や最近のアニメで見る展開だ。事故だなんだで死んで、そのあと剣や魔法があるファンタジー世界に転生させられるやつ。これもそうなのだろうか?
「彼とは一緒にしないでほしいね」
が、俺の予想は見事に外れたらしい。彼を神様と呼んだ途端、彼の声はあからさまに不機嫌になった。本当にいるとしたら、仲が悪いということなんだろうか。
「違うんですか?」
「私は彼よりかは紳士的だと自分で思ってるよ。少なくとも、捧げものの肉だけ食べて、野菜は返すなんて、無礼なことはしない」
「肉捧げた人、野菜捧げた人に殺されませんでした?」
妙に聞いた覚えのある話を聞いて、思わずそう質問してしまった。が、俺のそんな質問を気にすることなく、男はつづける。
「最近聞いた話だと、嫁が妊娠したにも関わらず『俺の子じゃない』とか言って認知しない挙句、嫁に燃える小屋の中で出産させたみたいだ。極めつけは、嫁と子供を捨てて出家したらしいぞ。信じられるかい?」
「うん、少なくともアンタは信じられません」
ごっちゃになってんだよ、全部混じってんだよ、どこ教の話してんだ一体。しかも最後もはや神様じゃないし。
「……あ、あほら、神仏習合って言うだろ? なんかまあ、そんな感じでどっちもおんなじなんだよ神も仏も」
あ、混じってること気付いて訂正しだしたぞ、うわすごい胡散臭い。何この人。
……あれ? この胡散臭い感じ、前にどっかで……
考えていると、ピリリリっと着信音が響いた。男の携帯のようだった。彼はそれを取り出し、通話をしだす。
「私だ……ああ、そうか、もう蘇生できたか。わかった、すぐに彼を戻らせる」
男はそれだけ言うと電話を切り、こちらに向き直った。
「さて……それじゃまた、会社のためにも、君には頑張ってもらう。今後はなるべく死なないでくれよ」
「え……うっ……」
突然、酷い眩暈に襲われた。みるみるうちに視界が真っ白になり、体の感覚はなくなっていく。
「アンタは……一体……」
あのスーツ、あの声、そしてあのちゃんとしてない感じは……
!……そうだ、アイツだ……そうだ、確かにアイツと同じ声だ……俺をさらった、今まで見たこともないような黒色と、同じ色のスーツだ。
「アンタ……いやアンタら、なんなんだ?」
「タバコは餞別だ。期待してるよ、『新入社員』くん」
それを聞いたのを最後に、俺の意識は途絶えた。
◇
「……ん? ブハッ!?」
次に目を開けると、視界いっぱいに水が激しく流れていた。ゴウゴウと流れる音が聞こえる中、ひっきりなしに水が耳に入って来て鬱陶しい。これだけ判断材料がそろえばわかる。要は川に流されていた。
「ゴボボボボ、な、なんでこんなことにンボボボボ!」
どうなってるんだ? 確か王国に行って、和平を結ぼうをしたらひと悶着あって、それで逃げてる間に女勇者に襲われて……その後どうなったんだっけか?
考えていると、少し大きめの岩が近くにあるのが見えた。必死で右腕を伸ばし、その岩を抱きかかえて身体を寄せる。これでとりあえずは生きながらえただろう。
「ハアッ……ハアッ……うん?」
ほんの少しだけ考える余裕ができると、体の左側に違和感に気づいた、何故だかいやに重たいのだ。そちらを振り向いてみると、件の女勇者がいた。見たところ気を失っている、少なくとも死んではいないらしい。俺はその子を抱きかかえていた。
「……あー、思い出した」
あの後、馬車で暴れていた俺とのこの勇者ちゃん(仮称)は馬車から落ちてしまい、そしてそのまま川の中へと急転直下……俺はあの時、気が動転していたのかは知らないけれど、頭を打たないようにと思い、とっさに勇者ちゃんを抱きかかえて川に落ちた。現状とつじつまが合う以上、この記憶は多分間違ってないだろう。
……気を失った時に何やら夢を見ていた気もするけど、今はそれを気にする余裕もない。そのことはとりあえず考えないことにした。
「ん……?」
と、思考を止めたところで、端に何かが引っかかっているのが見えた。袋のようなものだ。ぷかぷかと浮いていることから、浮き代わりになると思い、何の気なしにそれをとった。
(さて、とりあえず溺れないようにしたのはいいけど、問題はこっからどうするかだ)
あたりを見回してみると、がけや傾斜ばかりで、陸地とよべるものは見当たらない。けれど、奥の方に何やら緑色が見えた。木が密集している……ということは、あそこから森にでもなっているのだろうか。とにもかくにも、他に手段もない以上、そこに陸地があることに一縷の望みをかけるしかないのは確かだ。
ボチャンッ
(ぼちゃん?)
あからさまに何かが水没したような音を聞いた。なんだろうと思い音のした方を見ると、何やら大きな剣がみるみる沈んでいくのが見えた。確か勇者ちゃんの剣だ。
「あーあ、勿体ない」
綺麗な剣だった。月明かりのように透き通る刀身をもった、まさに聖剣という感じの剣だった。さぞや名のある業物だったのだろうに。まあけれど、こちらとしてはむしろ好都合だ。状況が状況だから、重りになるものはなるべく外してくれた方がありがたい。
……勇者ちゃんが目を覚まして、現状を知ったらどうなるやら。暴れるかそれとも……
「……さ、いくか」
ゾッとしない想像をして、なるべく早く陸地に行こうと、俺は再び泳ぎだした、というより流されだした。
◆
暗い、痛い、寒い
僕はがむしゃらに走っていた。下には人がたくさん寝ていて、赤い水の中に沈んでいる。
一歩進むと、足に赤い水がべったりと張り付いてくる。それがたまらなく生ぬるいのに、足がかじかんで仕方ない。
「いっ!?」
足に激痛が走る。思わず見てみると、骨が突き刺さっているのが見えた。人の身体から生えている。
「っ……う、うわあぁ……ぁ……」
もう嫌だ。なんでこんなことにならなきゃいけないの? お父さんは? お母さんはどこ?
お家に帰りたい、帰って、あったかいものが食べたい。
「あ……」
気づくと、目の前に大きい壁があった。どこにも出口は見当たらない。ここから先は、どこにも行けない。
「どこにいく?」
ひどく優しい声色が、後ろから聞こえた。
「ひっ……」
「大丈夫だよ、怖がらないで」
振り返ると、温和な顔をして、ゆっくりと僕に近づくそいつが見えた。鳥の頭をした化物を何人も引き連れて、黒い服を着た長身痩躯のその男は、怯える僕を見て、にっこりとほほ笑む。
「心配いらないよ。君の価値がわからない無礼者はもう1人もいない。もう怯えることはないんだ」
ゆっくりと、手がさしのべられる。
嫌だ、やだ、ヤダ
助けて
誰か
「君は最高だ」
「私の最高の作品だ」
◆
「ひっ!? ……あ…うぁ…っ」
「目が覚めた?」
「え……」
あれ? 何がどうなってるんだ? 魔王を追いつめて、斬る一歩手前で、それで……
「!……ま、魔王っ……」
なんで魔王が、死んでなかったの? は、はやくしなきゃ。剣をもって、魔法を使って、そして……
「……え?」
剣が、無い? なんで、どうして? 剣だけじゃない。服も道具も、全部はがされてる。一枚の、僕にはぶかぶかなサイズの白い服だけが、僕に被せられている。
「……服全部ずぶ濡れでさ、そのままじゃあれだし、とりあえず俺のシャツで我慢してくれ。……ホントだよ? ほ、ほらあの枝に干してあるだろ? 俺だってズボンしかはいてないんだし、仕方ないことなんだ。だから訴えるのだけは……」
「剣は……?」
「え?」
「剣はどこ!?」
剣がない、剣がどこにもない! なんで、そんなことあるはずない! そんなことあちゃいけないんだ! だってあの剣がなかったら、僕は……!
「あー悪い……剣ならさっき流されちまったんだ」
「……え」
流された? 僕の剣が?
違う、嘘だ。そんなはずない。魔王の言うことなんか信じちゃダメだ
斬らなきゃ、斬って、殺される前に殺さなきゃ
斬るってどうやって?
剣がないのに斬れるはずない
じゃあ他の何かで
ダメだ、何もできない
剣がなかったら、僕は何もできない
いやだ、ダメだ、どうしよう
このままじゃ、このままじゃまた
『私の最高の作品だ』
「……おい、大丈夫か?」
「やっ……う、うわあぁぁあ!」
「え、ちょっと!?」
ダメだ、殺される、逃げなきゃ……! 逃げるってどこに? どこでもいいから、逃げなきゃ
「ひっ……い……!?」
なんで? 体が動かない、言うことを聞かない。
「おお、オイオイ無理すんな。寒さで俺もお前さんもだいぶ参ってるみたいなんだ」
そんな、嘘だ……嘘だよ。だって、だってここで逃げれなかったら、僕はまた
また……
「? ……なあ、ホントに大丈夫か? もう少し寝てた方が……」
「ひ、う……わあぁぁあ!」
「まて誤解だ! 俺は痴漢撲滅を推進する派だ!」
「こ、来ないで、来ないでよぉ!」
「聞いて頼むから!」
どうしよう、どうしよう、どうしよう
いやだ、もう痛いのはいやだ、いやだよ
誰か……ねえ誰か
「なあちょっと……」
「助けて……」
「……」
嫌だ、やだ、ヤダ
助けて
誰か
誰でもいいから
誰か
助けて
「何もしない」
「ハアッ……アッ……」
少し硬い感触と一緒に、温かいものが、僕の身体に伝わった。魔王が、僕の肩を少し強く掴んでいる。
「落ち着いて、いいか、何もしない、何もしないから……」
「ア、あ……」
そういって魔王は、今度は僕の背中をポンポンと弱くたたいてきた。それをされる度に、体に溜まった淀んだ何かが、吐き出される気がした。
「……もう一回寝たほうが良い。力を抜いて、ここにはだれもいない。君を傷つける人は誰も……」
「っ……」
心臓が、段々と落ち着いてくる。恐いことばかり考えていた頭が、何も考えられなくなってきた。
殺さなきゃいけないのに、怖いのに、『あの男』と同じはずの魔王なのに。
なんで僕は、コイツの言葉にほっとしているのだろう。
「おやすみなさい」
その言葉を最後に、僕はまた、眠りに落ちた。
嫌になるくらい、心地よかった。
∇
「……ああ、私だ。なんだまた君か。どうした?」
「……彼らを選んだ理由? なんだそんなことで電話してきたのか。決まってるじゃないか、あの世界に足りないものだからさ」
「なにが足りないのかって? そりゃあれだよ君。勇者も魔王も魔法も剣も夢も希望もある世界で足りないもの……」
「『悪』さ」
3か月間も待たせてしまいました。申し訳ありません。