プロローグ
曇天の下に一面の荒野が広がっていた。剥き出しの赤土の地面に、背丈の低い草がぽつりぽつりと生え、木々は枯れ果てて弱弱しく枝を空に向かって広げている。吹き付ける風は乾いており、細かな砂の粒子を巻き上げる。これだけなら、単なる不毛な土地だけれども、地面に倒れ伏す人骨の群れが違うと告げている。錆びた剣に、折れた弓矢、砕けた鎧が白い骨と共に横たわっている。見えているだけでも、数十は下らない。……ここは戦場跡なのだろう。死体が骨になるほどに風化してしまった、古い戦場を模しているわけだ。
かつては豊かな緑の葉を広げていたであろう、大木を前に立っている。その枯れた木には、まるで磔刑に処された罪人のように、両腕を広げてつるされている人影がある。
人影は、全身を金属板で隙間なく覆う甲冑をまとっている。頭には顔全体を覆う兜が嵌っていて、顔も一切見えない。分厚い篭手に守られた腕には、蜘蛛が作り出すような細い糸が無数に巻き付き、甲冑の銀色の輝きを隠す。
鎧の足元には剣が一振り落ちている。分厚い刃を備えた大振りの剣で、闇を塗り固めたように黒い。先程まで僕らに向けられていたその鋭利な切っ先は、今や地面の上で力なく横たわっている。……この甲冑に抵抗の手段は残されていない。自らの敗北を理解しているのか、甲冑はぴくりとも動かない。
『条件は整った。……さあ、夏樹。とどめを刺そう』
僕の右手から声がする。五指には、飾り気のない金色の指輪が嵌っている。全ての指輪からは甲冑を縛る無数の糸が伸びていて、また少女の声が聞こえてきたのもそこからだ。
「ああ」
僕は気だるい声で応じた。勝利の喜びは、僕にはなかった。勝ったところで、得るものはないから。
しかし、僕らは勝たなくてはいけない。目の前の甲冑を、人類を苛む敵を、殺すことが僕らに課せられた役割だから。
だらりと下げていた右腕を持ち上げる。軽く拳を握っていた右手を開き、甲冑へと向ける。
「【解放】」
僕の呼びかけに、糸が応える。
鎧を覆う糸が、白い光に包まれる。糸の一本一本が眩く輝き、鎧は白い光に照らし出される。――鎧が、霧散する。地面に落とした陶器のように、粉々の破片になる。無数の糸に飴細工のように全身を引き裂かれ、銀色の甲冑の破片が舞う。その中で、血のように赤い破片が混ざっていて、いやに鮮やかに見えた。
その鮮やかな紅の色は、僕ら――いや、彼女が失うものを暗示しているように思えて、不吉でならなかった。
今ので、彼女は一体、どれだけの代価を支払ったのだろう?
それを考えれば、人間たちの敵を倒したという喜びなんて、あってないようなものでしかない。
世界の危機よりも、一人の少女が支払う代価の方が、ずっと僕にとっては重たいのだ。
とても背負いきれなくて、逃げ出したくなるぐらいに、