ヤドカリ
「お前ってヤドカリだよな。」
「……は?」
ベランダで、星を眺めながら煙草を吸っていた彼が、ふと呟いた。
「どういう意味よ?」
私はムスッとして彼に尋ねる。
彼はいつもそうだ。すました顔をして、訳の分からない発言ばかりをする。でも、そんな彼に夢中になってしまっている自分もいた。
「そのままの意味だよ。」
そう言うと彼はスマホをポケットから取り出し、何かを打ち込むと画面をこちらに向ける。
「ヤドカリって漢字で書くと"宿借"または"寄居虫"って書くんだよ。これ、まさにお前のことだろ?」
そう言われて私は肯定も否定も出来なかった。
一人暮らしをしている私には、きちんと帰る家がある。それでも、寂しさから色んな人の家を転々として暮らしているのだ。
きっと色んな人が迷惑していることだろう。それでも、何とか体の関係で泊めてもらっていることがほとんど。今、隣にいる彼もその一人だ。
「やっぱり……迷惑だよね。」
私の言葉に彼ははっきりと告げる。
「ああ、迷惑だ。」
自分の手に自然と力がこもるのが分かった。
彼は何も言わなかった。文句なんて一つも言ってこなかった。言うとしても、訳の分からないことばかり。そんな彼と一緒にいるのは楽で……そして幸せだった。
だからこそ、彼から離れることが出来なかった。
「……ごめんね。」
「別に謝罪の言葉が聞きたかった訳じゃない。」
「だって迷惑だったんでしょ?」
「まあな。」
そう言って彼は、煙草を灰皿に押し付ける。
「今日はどんな男の家で、誰に抱かれてんだろうなぁとか……次はいつ俺の家に来るのかとか……いつまでヤドカリでいるつもりなのかな……とか色々と考えてさ、本当にお前の行動が迷惑だった。」
「……え?」
「そろそろ俺だけにしとけば良いんじゃねぇの?」
そう言って彼は、ポケットからあるものを取り出し、私の手に握らせた。
それを見てポタポタと涙がこぼれ落ちる。
手の中で光るのは、合鍵だった。
「馬鹿……!」
「馬鹿はお前だろ。」
そのまま彼に思いきり抱きつく。
あまりの温かさに、涙は止まらなかった。