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遠い夏の夜空のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第二章その1


 第二章、どうして僕を選んだの?


 その日、草原葵が転校してきて以来、最大級の衝撃が教室に走った。クラスメイトたちの目の前で草原葵は交際宣言を行ったのだ。しかも相手である目立たない、冴えない、頼りない男子生徒の米島涼は目を丸くし、これは何かの夢かと自分の頬をつねると痛い。

「ゆ、夢じゃない……」

「あははははははははっ!! 何漫画みたいなことやってるの!?」

 それはこっちの台詞だ! どうするんだよ!? なんでよりにもよってみんなの前で言うんだよ!? うわぁ……ヤバイよ、DQNとかもマジでガン飛ばしてるよ!! ヤバイ、ヤバイ! ヤバイ!! 涼の全身から暑いのに寒気で冷や汗が噴き出てくる。

「どうしたの? やっぱり……あたしじゃ駄目かな?」

 葵の瞳は微かに潤んでるように見える、ヤバイ……究極の選択だ。

 受け入れれば男子生徒たちの嫉妬で一方的な言いがかりつけられ、最悪クラスの男子全員を敵に回していじめられる。

 拒否すれば葵を泣かしたと言いがかりをつけられ……どの道いじめられる。その証拠に笹本とつるんでる菊本恭平が気持ち悪い笑みで見てるが、その目は笑ってない。

 いじめる人間を見つけたという、いじめっ子特有の目にも見える。

 涼は思いつく限り、やんわりと断ろうと口を開く。

「えっと……だ、駄目じゃないけど――」

「駄目じゃないならいいんだね! これからよろしくね涼君!」

 葵の潤んでた瞳は一瞬で変わり、まるで嬉しそうに尻尾を振る柴犬のように瞳を輝かせながら満面の笑みを浮かべると、下の名前で呼んで両手を掴んで握った。

「というわけで、みんなごめんね。あたし今日から彼氏持ちだから!」

 葵は無邪気な表情でみんなに言うと、涼の手を引っ張って教室を出ようと歩きだす。男子生徒たちの表情は様々だった。

 悔しそうに歯を食い縛り、拳を握り締めて涙する者。嘘だと言ってくれと言わんばかりに、すがるような目で葵を見つめる者。嫉妬と殺意の気持ちを露にして、涼を睨みつける者等々……。

 女子生徒はただ驚くか、苦笑するとかだが、ただ一人だけ異議を唱えようと教室を出た二人を追いかけてきた。

「ちょっと葵! いきなりどういうこと!?」

「どういうことって……こういうことだよ」

 狼狽する睦美に葵はあるがまま言うと、睦美はまるでケダモノか薄汚い、あるいは気持ち悪い虫けらでも見るかのような目で涼を見つめる。

「もし葵に何か破廉恥で淫らな真似をしたら……只じゃおかないわよ!」

 睦美から放たれるゾッとするような視線とオーラに涼は怯え、葵は苦笑する。

「気にしないで涼君、睦美は昔から男嫌いなんだから」

「その通り、草原の言う通りだ涼……周りのことを気にしてたら、楽しめるものも楽しめない。それに……俺たちがついてる」

 急いでついてきた大地に、一緒についてきた美紀も肯く。

「そうそう大地の言う通り! 青春なんて一度っきりだし! 女子からすれば、草原さんが彼氏作ってくれれば浮かれてる男子たちも目覚めるって!」

「その彼氏がこの――いてっ!」

 冴えない男だと言おうとすると、美紀は背中を「バシッ!」と叩いた。

「あんたまた卑屈なことを、しかも彼女の前で言う! いい機会だから直しなさい!」

「いててて……わかったよ」

 でも、本当に僕でいいの? 葵にそう訊きたいと思ったがまた美紀にブッ叩かれそうなのでやめた、言葉に気をつけないと。睦美は認めたくないと不満を露にしている。

「私は認めないわよ、葵の彼氏なんて!」

「じゃあ君の理想的な彼氏の条件を教えてくれ」

 大地が訊くと、睦美は腕を組んで少し考えた。かと思えば右手の人差し指だけを立てて言い始めた。

「そうね、できれば年上がいいわ。年収はだいたい一〇〇〇万以上で有名大卒の頭脳明晰で、オリンピック金メダリスト並の運動神経、料理も有名レストランのシェフ並――(中略)――な人よ!」

「それ……彼氏と言うより結婚相手じゃない?」

 美紀がツッコミを入れる。確かに……涼を含めた全員が同じことを考えてるに違いないが、現実的であると同時に理想が高すぎる。そんな人がいたら是非、会ってみたいものだと。

 すると大地はスマホを取り出す。

「悪い、そろそろ時間だから。またな!」

 また他校の友達と約束事があったらしく、走り去って行った。それで涼は青褪めた顔になる、唯一頼れる同性の友達がいなくなってしまった。周囲を見ると細高は勿論、他校の男子生徒もチラチラ見ている。

 うあぁぁ……絶対一人になった瞬間、因縁つけられるよ……と思って見回すと途端に萎縮したかのように、一斉に目を逸す。涼は頭の上に「?」が浮かび、すぐにわかった。

「さっきから……チラチラチラチラ見ていて、気持ち悪い!!」

 睦美は蔑むような目で周囲に睨みを利かせていた。それで涼は安堵するが、同時に畏怖の念を抱くと、葵は真剣に諭すような眼差しで見つめる。

「涼君……周りの人の目や顔色を気にしてたら、いつまでも自分のやりたいことができないよ、世間体とか立場なんて知ったことかってね」

 それは涼の胸に突き刺さる言葉だった。



 大地はいつものようにマクミラン・バーガーでオレンジジュースを注文し、岡本の所に向かう。今日は一大事件が起き、すぐにLINEで報せようと思ったが直接言った方がいいと岡本のいる席に座る。

「よぉ、どうだ涼の様子は」

「それが聞いてくれ岡本……冗談が現実になってしまった! 転校生は飛びっきりの女の子だ……芸能人で言うなら平田七海、覚えてるか?」

「ああ、あの確か……ナナちゃんって呼ばれた天才子役で何年か前に引退した。そいつ似なのか?」

 大地は肯いてスマホを取り出して操作、時間を見つけて撮らせてもらった写真を岡本に見せた。

「おお、滅茶苦茶可愛いじゃねえか! 確かに平田七海が成長したっぽく見えるな!」

「ああ、今日まで色んな男子生徒に声をかけられていた……名前は草原葵」

「だよな、うちのクラスにこんな奴が来たらたちまち争奪戦が始まるな」

 岡本は肯いてコーラをストローで啜る。

「それで今日、涼の彼女になった」

「ぶぅうううううううううううっ!!」

 岡本はコーラを勢い良く噴射、大地の上半身はベチョベチョになった。

「おいおい土谷! 冗談はよしてくれ!! 噴いちまったじゃねぇか!!」

「それがな、冗談じゃないんだよ」

 大地はハンカチで拭きながら否定し、岡本は全身から気が抜けて青褪めたような表情になる。

「マジか……明日辺りに隕石でも落ちてくるんじゃね?」

「落ちるなら三年の……二学期の始業式の前夜にして欲しいぜ」

「そりゃあいいな! それで涼の奴、どうやって口説き落としたんだ?」

「いや、草原の方からだった。もしかすると、あいつも俺たちと同じかもしれない」

「そうか、小学生の頃に一回だけ遊んだって奴は多いからな。しかもあいつの方から声をかけてきたから……けど、草原葵は知らねぇし……俺の記憶にないだけかもしれない」

 岡本も覚えてないか、あるいは覚えてないだけかもしれない。涼は何らかの方法で、高校入学以前の記憶を意図的に消したのだ。もしかすると、涼が葵のことを思い出せばトラウマを噴出するリスクはあるが、葵なら涼を救えるのかもしれない。

「岡本、危険な大博打だが……俺は草原に賭けてみようと思う」

「そうか、俺もその転校生の美少女とやらに託してみるか」

「ああ、だが涼と草原が付き合って快く思わない奴もいる。万が一に備えて……」

「勿論だ、いつでも動けるように……手回ししておくぜ!」

 岡本は親指を立てて頼もしい笑みになる、場合によっては葵にも少し話しておく必要があるかもしれない。

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