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遠い夏の夜空のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第一章その4


 それでね。当然反発する生徒たちが出てきて、いつの頃からかある噂が流れ始めたの。水面下で先生や大人たちの目を潜り抜け、友達と遊んだり、恋をしたりして青春を謳歌してる秘密結社がいる。

 噂じゃ連休には遠出や日帰り旅行に行ったり、長期休みに至っては県外や海外旅行に行ってて、しかも……三年生の夏休みや冬休みでも、就職活動や受験勉強にもお構いなしに色んな所に遊びに行ってたそうよ! 凄いと思うと同時に羨ましいと思ったわ。

 自分たちの居場所を自分たちで作ったのよ!



「その秘密結社の名は?」

 大地が訊くと、美紀は人差し指を柔らそうな頬を当てて考える。

「うーんこれは卒業した先輩から聞いたんだけど……先輩の友達がメンバーだったんだって、確か……エー……エーなんとかワイス?」

「エーデルワイス! 花言葉は勇気、忍耐、大切な思い出!」

 葵はずばり言って、花言葉まで答えると美紀は飛び上がらんばかりに何度も肯く。

「そうよそれそれ! エーデルワイス団よ! そうか、そんな花言葉だったんだ」

 エーデルワイス団なんて中二病臭い名前だなと涼は視線を大地にやると、スマートフォンを弄ってた。

「あったぞ……エーデルワイス海賊団。戦前戦中のナチス政権下のドイツで、俺たちくらいの奴らはヒトラーユーゲントの加入が義務付けられ、厳しい統制生活を強いられた。それに嫌気が刺して自由を求めた奴らの集まりらしい。他にもモイテンやスウィング・ボーイとか似たような組織があったらいい」

 どうやらググッたらしい。なるほど大人たちをナチスに、真面目な生徒たちをヒトラーユーゲントに見立てれば、当てはまる。葵は両手にテーブルを置いて、顔を美紀に近づける。

「いいね! それ、面白そうじゃない! ねぇ木崎さん、それの記録とか残されてないのかな?」

「う~ん記録の入った箱は隠されて教えてくれなかったけど、玲子先生は初代メンバーと同じクラスだったみたいよ。レコーダーで音声記録を残しておいて、その中に玲子先生が出てきたって」

「それじゃあ今度その先生に聞いてみようよ!」

 迷わず葵は言い放つが、大地が待ったをかける。

「待て、綾瀬先生に訊くのはよした方がいい。美紀の話しからして、生徒たちの間だけで受け継がれてきたものだ、俺たちが綾瀬先生にエーデルワイス団の記録を探してると知られれば、止めようとする可能性がある。活動を妨害され、最悪の場合受け継がれた記録が焼き捨てられ、断ち切られる可能性だってある」

 大地の言う通りだ。メンバーと同じクラスだからと言って仲が良かったとは限らないし、もしかしてたら敵対してた可能性だってある。大地は更に続けた。

「綾瀬先生が同級生だったとしても、今は大人だ。エーデルワイス団とは敵対する立場にある。それに花崎は真面目な奴だ、エーデルワイス団のことを先生たちに言う可能性も決してゼロではない」

「でも、睦美が敵になるのは嫌だよ。昔みたいにいっぱい遊びたい!」

 葵はすがるように美紀を見つめながら言うと、涼は思わず口にしてしまった。

「花崎さん頭いいからね。人が多ければ大変だけど、その分楽しくて知恵も多い」

 あっ、しまった。大地と美紀がいるからとつい口を滑らせてしまった。だが美紀は笑うことなく、肯いた。

「いいこと言うじゃん、涼!」

「ああ、さっきの台詞もそうだが……昔を思い出したのか?」

 大地の期待が篭った言葉に涼は「ないない」と首を横に振る。

「それはない! 昔のことなんて、思い出してもしょうがないよ!」

「じゃあなんだ? 可愛い転校生の女の子が隣にいるから、いいとこ見せようとでも思ったのか?」

 大地は抑えているがハッキリと聞こえるくらいの声で言うと、涼は思わず沈黙する。

 葵はニカッと目が眩みそうな笑顔で言う。

「沈黙は肯定、っと受け取ったわよ」

「そ、そんなつもりで言ったわけじゃ――な、なんとなく……大地と木崎さんだと安心して言えるから……」

「そうか、いいなぁ……気兼ねせず本音を言い合える友達って」

 葵は大地と美紀を羨望の眼差しで見る。もしかするとこの子は僕と同じなのかもしれない、本音を言い合える友達はいる? と考えるとせいぜい大地と美紀しかいない。

「僕はせいぜい二人しかいないから」

「ううん、本音を言い合える友達なんて……なかなかいないよ」

 この時の涼にはその意味がわからず、話しの続きが気になって美紀に訊く。

「それで、その後どうなったの?」

「うん、それでね。エーデルワイス団の存在は当時の先生たちにも知られていて、理事長先生の主導で徹底的な調査が行われるはずだったの」

「はずだった? まさか、そのタイミングで?」

 大地は何となく察した表情になると、美紀は肯いて言った。

「そうよ前の理事長先生が脳卒中で亡くなって有耶無耶になり、あまりにものタイミングだったから……ある噂が流れたわ」

 美紀は滅多に見せない真剣な表情と眼差しになると、部屋の空気が張り詰める。流石に大地も張り詰めた表情を見せ、葵も恐る恐る訊いた。

「ある……噂って?」


「当時のエーデルワイス団と卒業生のメンバーによる、暗殺説よ」


 それで一気に空気が白けるのを涼でもわかった、大地は呆れた表情になって言う。

「まさか、いくら秘密結社とはいえ暗殺はしないだろ」

「そうだよ、映画じゃないんだから」

 苦笑する葵の言う通りだ。美紀は無邪気に笑いながら首を横に振った。

「あはははははっ……まっ、噂は所詮噂だからね」

「それで? 今度は僕たちがエーデルワイス団の記録……お宝を見つけようとか?」

 涼は遠慮なく思ったことをそのまま口にすると、葵はマジマジと見つめて飛び跳ねるような勢いで言った。

「それいいね! やろうよ、きっと楽しいよ! そのエーデルワイス団が残した記録、まだどこかにあるならさ、見つけようよ!」

「あたしも賛成! せっかくだから花崎さんも仲間に入れよう!」

 美紀も話しに乗るが、果たして花崎睦美は乗ってくれるのだろうか?


 翌日の金曜日、休み時間は飽きもせず一軍グループは葵をそれぞれのグループに引き入れようと、囲んで話す。昼休みになり、睦美が迎えに来ると美紀がそれについて行って涼はその背中を心配そうに見送る。

「大丈夫かな? 木崎さん」

「信じてやれ、あいつは誰とでもすぐに打ち解けるのが得意……それより、俺たちにはやることがあるだろ?」

「うん、そうだね」

 涼は肯いて弁当箱に入ってるものを一五分で食べ終わると、すぐに立ち上がってある場所へと向かう。玲子先生のいる喫煙所だ、そこは校舎裏でかつては不良たちが使ってらしい。

 花の絵画が飾られてる美術室の廊下を通り、階段を降りると運がいいことに玲子先生一人だけだった。

「あら土谷君に米島君、こんな所まで来てどうしたの? あなたたちも吸う?」

「綾瀬先生こそ、昔からここで吸ってたんですか?」

「やだねぇ土屋君、さすがにあなたぐらいの頃は吸わなかったわ」

 玲子先生は気さくに微笑みながら右手でイギリスのヴィクトリー・シガレットという銘柄の紙巻き煙草シガレットを挟んで否定すると、涼は少し遠慮しがちに言った。

「あの、玲子先生って……前の理事長先生がいた頃の細高に通ってたんですよね?」

「ええ、もしかしてその話しが聞きたいの?」

「はい……校則がかなり厳しくてみんな反発してたとか」

「そうよ。あの頃は大変だったけど楽しかったわ……特に現代国語の高森先生、三年間私の担任だったからそりゃあもう……昔はアグレッシブで荒っぽかったわ」

 玲子先生は苦笑しながら言う。現国の高森たかもり先生といえば授業も指導も厳しいが、わかりやすく丁寧で根は母親のように優しく、人気があるというよりは信頼されてる先生だ。

「玲子先生も当時の先生や大人たちの目を掻い潜ってた?」

「少なくとも否定しないわ。でもね、学んだことはあったわ……青春は自分の手で掴み取るものだって……それに気付いたのは卒業間近だったけど」

 玲子が先生が懐かしそうに遠くを見るような目になると、大地は訊いた。

「綾瀬先生は……エーデルワイス団のこと知ってました?」

「えっ? どうして?」

 玲子先生の目の色が変わる。明らかに驚愕してる表情になり、大地は続ける。

「実は美紀――木崎さんが、卒業した女子サッカー部の先輩から聞いたそうです」

「まさか、卒業と同時に解散したはずよ……どういうことかしら?」

 玲子先生は動揺する。大地よ、玲子先生に訊くのはよした方がいいって言ったのは誰だ? 涼はやっぱり訊かない方がよかったんじゃないか? 平静を装いながら大地を見つめると、大地は付け加えた。

「まぁ……これはあくまで噂だということです」

「そうよ。きっと噂よ……まさか後輩たちに受け継がれてたなんて、人のこと言えないけど、真面目に校則守ってる子たちの裏でコソコソ自分たちだけ楽しい思いしてたなら」

 玲子先生は短くなったシガレットを吸い、紫煙を吹かして言った。

「とっくに潰されてたわ」

 そう言いながら吸い終わったシガレットを携帯灰皿に押し付けた。


 あとは玲子先生と適当に話して適当な所で切り上げ、合流場所である中庭へ急ぐと美紀は待ちくたびれたかのような顔になる。

「遅いよ二人とも、玲子先生に尋問でもされたの?」

「いや、どうやら綾瀬先生……エーデルワイス団のことを当時から敵対してた可能性がある」

 大地は首を横に振って言うと、花崎睦美は露骨に敵視する眼差しになって涼と大地を見る。

「木崎さん、やっぱり男子に頼まれてたのね」

「そんなに男が嫌いなら、女子校に行けばよかったんじゃないのか?」

 大地は物怖じせずに言うと睦美は腕を組み、嫌そうな顔をした。

「いいえ、お祖母様のいた学校に行くつもりだったのよ」

「前の……理事長先生のこと?」

 涼は恐る恐る訊くと睦美はキッとした眼差しで睨みながら肯く。

「ええそうよ。米島涼君ね……葵のこと、いかにもあなたみたいにナヨナヨしてて優柔不断な弱い男が好みそうなタイプだよねぇ」

「なぁっ!」

 思わずカチンと来るが、図星で言い返せない自分がいるのが本当に腹立たしい。ぐぬぬ、と腸はらわたが煮え返るような気分だ。睦美は大地に視線を移して指差し、言い放つ。

「土屋大地君だよね……いかにもデリカシーがなさそうだわ!」

「あはははははっ! だってよ大地、言われちゃったね!」

 美紀も笑いながら指差して言うと、大地は気にする様子もなく肯きながら呟く。

「否定はしない、本当のことだからな」

「いいのかよ大地! 言いたい放題言われて!」

 涼は我慢できずに口に出すと、大地は「いいや」と首を横に振って腕を組む。

「ああいう奴には好きなだけ言わせてやれ、いずれ……自分に返ってくる」

「よっぽどムカついてるんだね?」

 涼は睦美の言動に眉間にしわ寄せながらも、苦笑する。

「どう考えてるか、解釈は任せる」

 表情を露にしない大地は大人だ、自分も見習わないといけない。さて、そろそろ本題に入らないと昼休みも残り少ない、と涼は切り出す。

「それで、玲子先生はエーデルワイス団とあまりいい関係じゃなかったみたい」

「エーデルワイス団ね……お祖母様の宿敵……暗殺されたとか下らない噂が流れたけど、お祖母様は生前、持病が高血圧なうえに好き嫌いが激しかったからね」

 睦美はエーデルワイス団による暗殺説を否定して、涼はとりあえずホッと胸を撫で下ろし、それを見計らったかのように葵は早速提案する。

「それでさ、エーデルワイス団が残したお宝、夏休みを利用してみんなで謎を解き明かして見つけよう!」

「花崎さん、やってみよう。ちょっと子どもっぽいけど……一夏の冒険みたいじゃん!」

 美紀は睦美を勧誘すると「俺もだ」と大地は肯く。

「ううん……葵が言うなら私も乗るわ」

 睦美はあまり乗る気じゃなさそうだが、大丈夫だろうか? 涼も葵の提案には賛成だった。

「僕も、やってみようかな? と思う。なんか……懐かしい気がするな、みんなで何かをやろうっていうの……楽しそう」

「ああ、小学生の頃……お前はみんなを導いていた」

 大地の瞳が少し輝こうとしている、絶望の中で微かな希望を見出したかのように。

「そうかな?」

「いいや、いつか……思い出してくれればいい」

 大地は真っ直ぐな眼差しで肯くと、昼休みの終わりは近づいていた。


 教室に戻る途中のことだった。睦美は打ち解けた美紀とにこやかに話し、大地も話しに加わると葵と二人だけになって意識してないのに心拍数が早くなり、横目で見ると葵と目が合った。

 葵はジーッと見つめていて、思わず仰け反った。

「ぼ、僕の顔に何かついてる?」

「ううん……ねぇ、君はエーデルワイス団のこと、どう思う?」

「どう思うって……」

 涼は目を伏せた。秘密結社エーデルワイス団……どう考えてたんだろうと、思うがままに自分にも言い聞かせるように言う。

「先生たちの目を掻い潜って、自分たちの過ごしたいように過ごす。何もしないで後悔するくらいなら……精一杯暴れて回って後悔しようとか……なんてね」

 変なこと言っちゃったなと、葵の表情を見るとパッチリした瞳は射抜かれそうなほどの眼差しで見つめ、まるで何かを確信してるかのような表情をしていた。

「米島君、夏休みの予定とかある? 付き合ってる子とかいない?」

「特にない、見ての通り僕みたいな冴えない男に彼女いると思う?」

 すぐ卑屈なこと言う。大地や美紀に言われた通り、悪いところだと自己嫌悪するが葵はすぐに謝る。

「そうか……ごめんね変なこと訊いちゃって」

「いや、別に……本当のことだし」

 涼はそう言って、教室に入っていつものように授業を受ける。その間に葵はチラチラと涼のことを見ていて、六時間目前の休み時間でも一軍グループと話しながらもチラチラと見ていた。


 そして帰りのホームルームが終わっていつものように大地や美紀と帰ろうとした時、葵は意を決した表情で歩み寄ってきた。

「ねぇ、米島君……君はこの夏休み、どうしたいと思う?」

「えっ? そりゃあ……楽しくて一生の思い出になるようなものにしたいと思う」

 でも、それが送れるのはだいたい一軍連中のリア充グループくらいだ。あいつら、海水浴でサメ映画みたいに「ウェーイ」って浮かれてサメにでも食われればいいのに! 言いたいことを押し殺すと、葵は朗らかな笑みになって右手を涼の肩をポンと乗せた。


「よし! それじゃあ、君に決めた! 米島君、今日からあたしの彼氏になって!」


 迷いのない声が響き、クラスメイトたち全員の視線が殺到して迎えに来た睦美も空いた口が塞がらないという顔だった。何しろ美少女との夏休みなんてそれこそ、選ばれた者でしか送れない、涼はその権利を図らずもゲットしてしまったのだから。

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