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遠い夏の夜空のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第一章その3

 転校してきた草原葵は数年前、芸能界を引退した平田七海に似てるとかで学校中の話題になり、学年問わず見に来る人やアタックを仕掛ける男子もいたが、全員睦美によって弾き返された。

 草原葵がやってきて最初の週末が近づいた木曜日、涼は葵とまだ一言も言葉を交わしていない。

 今日、風紀委員は委員会活動で花崎睦美が迎えに来ない日だ。男子生徒たちはそれを見計らい、一緒に帰って仲良くなろうと策を練ってたようだが、意外な展開になった。

「あっ、ごめんね。あたし今日は木崎さんと一緒に帰るから」


「「「ええーっ!?」」」


 男女問わずみんな驚き、葵はまるで美紀とは仲良しと見せつけんばかりに腕に絡み、それなりに大きい乳房を押し付ける。美紀は少し気まずそうに謝る。

「わ、悪いね……ちょっと約束事してたから……それじゃあ!」

 美紀は葵を連れてそそくさと教室を出て行き、二人の背中を見送ろうとした時、大地が急かした。

「涼、俺たちも行くぞ」

「ああ、そうだね」

 涼は急いで鞄を持って学校を出ると、木曜か金曜の放課後は繁華街に寄り道するのが最近の日課になりつつある。いつもは適当に三人で駄弁りながらブラブラするが、今日は大地と二人だけでカラオケ店に入った。

「大地、僕……歌える曲ないよ」

「問題ない、今日は歌うのが目的じゃない」

 大地はカラオケ店に入るなり店員さんに何か言ってる、もしかしてこの前会わせたヤンキーの友達と会わせるのかな? ああ、帰りたいと思いながら除湿されて、涼しい部屋に入る。

「遅いよ二人とも、待ってたわ!」

 部屋には美紀が待っていて、まさかと涼は部屋を見回すと廊下からは死角に当たる席で草原葵が座っていた。

「こんにちわ! 土谷大地君に米島涼君だね?」

「よろしく」

 大地はそれだけ言ってさりげなく美紀の隣に座り、目で葵の隣に座るように促す。

「し……失礼します」

 涼は恐る恐る座る、隣には芸能人であってもおかしくない美少女が座っている。涼は落ち着かない様子でドキドキしてると、大地は電話で飲み物を注文する。

 涼はウーロン茶、大地はオレンジジュース、葵はコーラ、美紀はアイスコーヒーを注文した。少しして注文のドリンクがやってくると美紀は話し始めた。

「草原さん、わざわざここに連れてきてごめんね……前の理事長先生がいた頃の細高の話しをしておこうかな? って思うの」

「じゃあなんで俺たちも呼び出したんだ? 二人だけで話せばよかっただろ?」

 大地は物怖じする様子もなく、腕を広げて足を組んで横柄に座る。どうして僕たちまで呼び出したんだろう?

「えっとね……実は花崎さん、前の理事長先生の孫娘なの」

「へぇ……あの花崎さんが?」

 涼も噂は本当だったんだ、と思いながら適当に聞き流してると大地は少し驚いた顔になる。

「本当だったんだな、花崎が前理事長先生の孫娘だなんて」

「前の理事長先生って、そんなに凄い人だったの?」

 葵は興味津々の様子で訊くと、美紀は肯いて話し始めた。



 ええ、草原さんは知らないけど前の理事長先生がいた頃の細高、今ではあり得ないくらい厳しかったらしいわよ。さすがに髪型の制限は他の学校と同じで、携帯とかは登下校を除いて電源切るくらいだったけど、それ意外は凄く厳しかったって。

 男女交際禁止に休日の私用外出時も制服! 頻繁な持ち物検査に、休日は繁華街でボランティアの方たちと見回り、もう二〇世紀どころか昭和の時代に取り残された学校だって言われてた!

 一年の頃、三年の女子サッカー部の先輩から聞いたんだけど巧妙な情報管理と宣伝、教育委員会と太いパイプに、理事長先生の人柄もあってか入学者は安定していたって、一部の親御さんからも支持は厚かったらしいわ!

 でも入学した生徒はもう最悪! 思うように青春を謳歌することが許されず、やることと言えば勉強か部活くらい。早くから大学進学を考えてる人や、スポーツや部活に打ち込んでた人たちにはなんてことなかったみたいだけどね。

 でもあたしたちみたいに、放課後は友達と遊んだり恋をしたり、自由に過ごしたいって人たちには入る学校間違えたって思うくらいだったらしいわ。



「なんでもかんでも縛り付ければいいというものじゃないな」

 大地が呟くように言う。涼も確かにあんなに厳しかったら不平不満が溜まって、今以上に教室はギスギスしてて、自分はストレスの捌け口としていじめのターゲットにされてたのかもしれない。

「そうよ! 恋のない青春なんて、御飯をスプーンで食べるようなものよ!」

 葵は同感だと言わんばかりに肯いて変な例えを言う、涼は少し考えて言った。

「つまり……味気ないってこと?」

「そうよ! わかってるじゃない!」

 葵は愛嬌のある眼差しを涼の瞳に向けて嬉しそうに言う。思わず頬を赤らめて視線を逸らす、可愛い女の子に見つめられたのは初めてだが首を振って言う。

「でも、そんな輝かしい青春を送れるのは……よほど見た目が良くて、頭が良くて、要領のいい奴で、選ばれた奴にしかできないことさ」

 青春ドラマみたいな青春を送れる奴なんて、学校にほんの一握りさ。所詮僕には関係ないと思ってると、案の条大地と美紀に咎められる。

「そう卑屈になるな涼、諦めるには早すぎる」

「そうよ。すぐ後ろ向きなこと言ったり、卑屈になるのは悪いところよ!」

 なんとでも言え! 世の中、自分の力ではどうにもならないことが沢山あるんだ。涼が溜息吐くと、葵も一部を理解を示しながら言った。

「後ろ向きになって卑屈になる気持ちはわかるよ……でもね、楽しいことはさ……自分の手で掴まなきゃ」

「自分の……手で……自分で掴めば、これから楽しいことが沢山待っている?」

 涼の言葉で部屋は静まり返る。何か僕、変なこと言った? 葵の目は丸くなって「あっ」と少し口を開けて沈黙。ドン引きされたかな? 思わず恥かしくて気まずいと感じた時、沈黙を破ったのは美紀だった。

「あっはははははははっ!! なに今の台詞、あり得なくない!? マジ受けるんですけど!! ネガティブな涼にしてはクサ過ぎるわ!!」

「ああ、確かにクサイ台詞だが……悪くない。涼、クサイ台詞は言っていいんだ」

 大爆笑する美紀には正直ムカついたが、一見無愛想に見える大地も珍しく微笑む。大地がそう言うならいいか、葵を見ると瞳を輝かせて微笑んでいた。まるで自分に気があるかのように、馬鹿馬鹿しい。

 僕みたいになんの取り得もない冴えない男の子と美少女なんて、所詮漫画や恋愛小説の話しだ。いい雰囲気になっても、イケメンかヤンキーのような奴にオラオラと横取りされるに決まってると考えながら続きを促す。

「それで? その当時に細高の話し、続きを聞きたいんだけど」

「ああ、そうだだったね……続きね」

 美紀は続きを話す。

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