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遠い夏の夜空のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第一章その2

「思わぬ伏兵がいたとは、まずは花崎さんを倒さないと駄目ね」

 美紀は苦笑しながら大地の前に座って弁当を広げた。チヤホヤしていた男子たちに、女子生徒たちは「ざまぁみろ」と言わんばかりにわざと聞えるようにクスクスと嘲笑し、ヒソヒソ話をしてる。

 さすがの涼も群がった男子生徒たちに「いい気味だ」と思いながら弁当を広げると、大地は余計なことを言う。

「涼……抜け駆けのチャンスはまだある」

「そうよ、でもどうして花崎さんは草原さんと仲いいんだろう?」

 首を傾げる美紀の言う通りだ。どうして神奈川県の鎌倉から来た草原さんと仲がいいんだろう? ネットでの知り合い同士なのかもしれない。涼はそう結論付け、いつものように三人で昼食を食べ、お喋りを適当に聞きながら昼休みを終えると葵が戻ってきた。

 午前中とは正反対に五時間目の休み時間中は女子生徒たちが群がり、男子生徒たちは悔しそうに見ている。女子生徒たちは仕返しと言わんばかりに、男子たちの悪口を乱射している。

 つくづく女子の陰口というのは陰湿でえげつない。涼は触らぬ神に祟りなしと思ってると美紀は大地の席まで来る。

「お前は加わらないのか?」

 大地が単刀直入に訊くと、美紀は首を振って哀れむような目で小声で言った。

「陰口大会なんてうんざり……サッカー部にいた時もそうよ。レギュラー争いの蹴落とし合い、彼氏できた子には抜け駆けだ裏切り者だとかで……嫌気が刺したの」

 大地は共感した様子で肯く。

「確かに、だが自分のしたことはどんな形であれ……自分に返ってくる。それも誰も予想できない、嫌なタイミングでな……涼、お前はもうそろそろ報われてもいいころだ」

 涼に話しを振ってきて「えっ?」と戸惑い、俯いてた顔を上げる。僕、そんなに僕は悪いことした? 目を泳がせると美紀は苦笑した。

「あんたはいい意味でよ、小学生の頃覚えてないの?」

「うん……もう記憶なんか残ってない」

 涼は肯く。今更思い出してなんの役に立つ? 小中学校どころか……小さい頃の思い出も忘れてしまった僕に? そして六時間目のチャイムが鳴り、眠たい授業が始まった。


「葵! 帰るわよ!」

「うん! それじゃみんな、また明日ね!」

 授業が終わって放課後になると予想通り花崎睦美が迎えに来た。半径約数メートル以内に近づく男子生徒に対して睨みを利かせている。

 しかも背後から接近する男子生徒も見逃さない。まるで全方位にフェイズドアレイレーダーを搭載して、次から次へと来る男子という名の航空機やミサイルを撃墜するイージス艦のようだ。

 涼は葵の背中を見送ると彼女は一瞬だけ振り向き、目が合って葵は不思議なものを見るような目をしていた。そういえば今朝も僕のことを見ていたような気がする。そう思っていると、美紀は立ち上がって申し訳なさそうに言った。

「ごめん! 大地、涼、今日ちょっと用事があるから先に帰ってて!」

「ああ、気をつけてな」

 大地は肯くと、美紀はそそくさと走って教室を出る。涼はまさかと思い、少し躊躇いがちに言う。

「追わなくていいの? 誰かに呼び出されたんじゃない?」

「そうだとしても、俺は美紀の意思を尊重する」

「……大地や僕の知らない誰かに告白されて、取られちゃっていいの?」

「いいものじゃないが、俺はあいつの幼馴染でしかない……今はな」

 そう言って大地は鞄を取り、涼も席を立つといつものように駄弁りながら帰った。


 美紀は細高を出て走るとすぐに追いつき、睦美と一緒に帰る葵に声をかけた。

「草原さーん! 花崎さーん!」

 声をかけられて二人は振り向く、睦美は少し警戒してる表情だ。

「あっ、君は確か一緒のクラスの……えーっと」

「木崎美紀、よろしくね草原さん!」

「うん、こちらこそ!」

 葵は歩きながら少し緊張した表情で肯いて視線を睦美に移すと、彼女は少し警戒した様子だ。

「あの……葵に何か?」

「花崎さん、ごめんね驚かして……ちょっと草原さんと話したかったの」

「そ、そうなの? ねぇ、あなた誰かに、男子に頼まれてない?」

 睦美の表情は警戒体勢に入っている、美紀は歩きながら首を傾げて睦美に訊かれる。

「あなた、女子サッカー部を辞めたんだよね?」

「うん、そうだけど」

「女子サッカー部の子から聞いた話しだけど、あなた最近綺麗になったよね?」

「もしかして褒めてる?」

 美紀は思わずニヤけると、睦美は周囲を見回して小声で言った。

「あなたがサッカー部を辞めたのは……男ができて頻繁に淫らなことをしてるって噂が流れてるの、ここで言うのもなんだけど彼氏とその友達の男子と乱交してるって……」

 それで美紀は一気に頭が沸騰し、次の瞬間には抑えようのない怒りが込み上げてきた。

 背中が熱くなって紫色を通り越して赤色に発光、顎が外れるくらいまで口を開け放射熱線をぶっ放し、噂を流した女子サッカー部の連中を跡形もなく消し飛ばしてやりたい衝動になった。

「あ・い・つ・らぁぁぁ……ヤリ捨てにされろ!! 売れ残れ!! 変な男に引っ掛かって妊娠しちまぇ!!」

 もっと言ってやりたいがこれくらいにしとかないといけない。草原さんや花崎さんをドン引きさせかねないし、大地と涼の名誉に関わるかもしれない。

 だから真っ向から否定した。

「花崎さん! 私、そんなこと絶対ないから!」

「そ、それならいいけど……」

 怪訝そうな目で見る睦美に対して、葵は断言してくれた。

「睦美、この人の言ってることはきっと本当だよ。だってクラスで陰口言ってる時、木崎さんだけ離れて見ていたから……ねぇ、木崎さんってもしかしてさぁ……人間関係で部活とか辞めたりしたの?」

「うん、女子サッカー部にいたんだけど……レギュラー争いとか蹴落とし合いや、男子サッカー部の子たちとの痴情のもつれとかで、嫌になっちゃったの。辞めたら辞めたで、裏切り者扱い……それからクラスでも居場所をなくしちゃったの」

 美紀はあまり思い出したくない女子サッカー部だった頃を振り返り、ありのままを話すと、葵は苦笑して言った。

「じゃあ君はあたしと同類だね、鎌倉に住んでた頃もそうだったわ。本当は助け合うべき仲間なのに蹴落としあって、大人たちは止めるどころか煽るばかり……そりゃあ何もかも嫌になっちゃうよね?」

 葵は伏目になったかと思った瞬間、意を決したかのように顔を上げてパッと向日葵が花咲かせたかのような明るい笑顔に変わり、ポンと葵は右手で美紀の肩を叩いた。

「でももう大丈夫だよ、あたしも君も居場所がないなら……一緒に探そう!」

「う、うん! ありがとう草原さん、これからよろしくね!」

 不思議な子、美紀はこの子は信じていいと断言してしまいそうな瞳をしている。美紀は気になってたことを訊いた。

「ところで……草原さんはどうして花崎さんと仲いいの? 知り合い?」

「私の家の隣、葵の父の実家なの、夏休みや冬休みとかで遊びに来てたから」

 睦美の答えに納得した。なるほどお盆や正月とかで帰省するたびに遊んでたのか。

 葵は両手を後頭部にやって軽い溜息吐いた。

「もっとも、ここ数年会えたのはお盆やお正月くらいだったけどね……でも! これから睦美とたっっっくさん遊べるから! その分を取り返すよ!」

 葵はまるでこれから沢山の楽しいことがある! と両手を広げて、くるりと回って睦美に止められる。

「はいそこまで! 葵、わかってると思うけど、私たちは将来に向けていろいろと準備や勉強をしていかないといけないのよ!」

「ええ睦美いつから石頭になったのよ! いいじゃない遊んだり恋とかしたりして!」

 葵は唇を尖らせて不満を露にすると、睦美は溜息吐いた。

「お祖母様が存命なら、きっと今も理事長をやっていたのに」

「……もしかして花崎さんってやっぱり、前の理事長先生の……」

「孫娘です。お祖母様が今も生きていれば規律と秩序が保たれていたのに!」

 睦美がまさか前理事長先生の孫娘という噂が本当だったということ、美紀には驚きだった。葵は首を傾げて訊いた。

「睦美のお祖母ちゃんって、細高の理事長先生だったの?」

「ええ、厳しい人だったけど今も尊敬してるわ。今の細高を見たら、お祖母様きっと卒倒するわ」

 睦美は呆れた表情で首を横に振る。葵は何も知らないようだし、前理事長先生のいた細高のことを孫娘のいる前で話すわけにはいかないと、思慮を巡らせた。

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