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遠い夏の夜空のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第一章その1


 第一章、それじゃあ、君に決めた!


 土谷大地はエアコンの利いてひんやりとしたファーストフード店、マクミラン・バーガーに入ると、オレンジジュースを注文していつもの場所に行き、待ち合わせしてた奴の向かい側に座る。待ち合わせしていたのは県立城下高校の男子生徒で、岡本修也(おかもとしゅうや)という中学時代の同級生だ。

 一八五センチはある体格に彫りの深い顔立ちのツンツンヘアーでラフな服装、学校では間違いなくガチの不良と呼ばれてる奴だ。実際に半年前は工業高校の奴らと喧嘩騒動起こして顔中に絆創膏を貼っていた。

「よぉ、どうだ? 涼の様子は?」

「相変わらずだ……でも、少しずつ改善してきてる」

「そうか、昔のようにポジティブには程遠いか」

「ああ……卒業までには間に合わないかもしれない」

 大地は溜息吐いて言った。幼い頃、大地はふとしたことがきっかけでクラスメイトからのいじめに遭い、学校から逃げ出した。給食も食べず、空腹であてもなく団地の公園を彷徨っていた時、涼たちと出会った。

 涼は貰ったばかりの少ないお小遣いを全部使い、パンとジュースを買ってお腹いっぱいになると、涼の率いる悪戯小僧のグループと夕暮れまで遊んだ。

 一度きりだったが、その中には岡本もいて中学で一緒になったが涼はいなかった。

 高校に進学して涼と再会した時は覚えておらず性格も正反対に暗くなっていた。

 岡本も頭をくしゃくしゃと掻きながら言う。

「あいつとは小学校六年までずっと一緒だったのに……俺のこと覚えてない時はマジで泣きそうになったわ。あいつのおかげで……今の俺がいる」

「俺も同じだ、俺はあいつに救われた……今度は俺たちが救う番だ」

「ああ、確かに言えることは……中学の頃いじめか、それ以上に酷い目に遭ったのは間違いないってことだ……もう一度ガキの頃のダチ公を集めて行くか?」

「前と同じじゃ怖がらせるだけで無理だ」

「だよなぁ、ダチ公ヤンキーになってる奴もいるし……ああクソッ! 何か一発逆転なことねぇかなぁ……例えばある日突然、純粋で心優しい転校生の美少女がやってきてさ! 涼の心の傷を癒していく!」

 漫画かアニメの受け売りか? 大地は内心ツッコミを入れながらオレンジジュースをすするとそういえば、と思い出す。

「そうだ、明日うちの学校に転校生が来るらしい。まだ詳細はわからないが」

「おいおいそんな都合のいいことあるわけないだろう?」

 お前、今自分の言ったことあっさり否定してどうするんだよ。大地はジュースを飲み干して置くと、岡本は苦笑しながら左手を縦にして左右に振りながら言う。

「だいたい高校で転校生って、ヤンキーとか変な奴とかが多いぜ。ましてや、転校生の美少女なんて、彼氏持ちでしかもいろんな男と援交とかでヤリまくってるに決まってる! ましてや清楚系ビッチだったらどうするんだ?」

「つまり、現実は厳しいということだな……夏休み涼をいろんな所に連れて行こうと思ってる、まだ計画中だが」

「おおっこれはいいかも! 思い出の場所に連れて行くのか! 何かあったらまた言ってくれ!」

「ああ、いざと言う時は頼んだ」

 大地は肯く、この夏休みは美紀に協力してもらって涼と夏休みにいろんな場所に連れて行くつもりだ。上手くいくかどうかはわからないが、美紀も賛成してくれた。



 翌日、うだるような暑さと鬱陶しいほど蝉が鳴り響く中、涼は登校するといつものように担任の綾瀬(あやせ)玲子(れいこ)先生の和気藹々としたホームルームが始まる。

「はいはいみんな、席に着いて。話しを聞いてるかもしれないけど、今日は転校生を紹介するわ」

 細高のOGで、もう三十路だが美人でスタイル抜群な涼の担任の先生だ。栗色シニヨンがトレードマークで、親しみを込めて玲子先生と呼ばれてる。転校生がこのクラスに! たちまちクラスメイトたちは「おおーっ!」と歓声を上げると次々と質問する。


「先生! やっぱり女の子?」「どこから来たの!? 可愛い子!?」「ちょっと男子! なんで女子なのよ、男子がいいわよ!」「どんな奴? イケメン? それともアイドル系?」「わくわくするぜ!」


 玲子先生は手を叩きながら「静かに」と促しながら言う。たかが一人、クラスの仲間入りするくらいで馬鹿騒ぎなんてくだらない! 涼は頬杖着いて視線を机に落とす。

「はいはい静かに、もう来てるからその子に聞いて。それじゃあ入っていいわよ」

 先生の合図で教室の扉が開き、みんな静まり返った。見惚れてるのか? それとも強烈な――例えば凄いデブとか、ブサイクか、筋肉モリモリみたいな奴で、言葉を失ってるのか? と思いながら育ちの良さを思わせる上品な足音が耳に入ると、玲子先生が黒板に名前を書いて転校生は自己紹介する。

「鎌倉から来ました。草原(くさはら)(あおい)です。熊本のことはよくわかりませんので、皆さんよろしくお願いします!」

 若干舌足らずだが聞き取りやすく、ハッキリした女の子の声で涼は視線を上げると、思わず他のクラスメイトと同じように言葉を失った。

 セミロングの黒髪にパッチリとした瞳に長い睫。芸能人を思わせる作り物めいた美少女で例えるなら精巧に作られた動く人形にも見えるが、人懐っこい柴犬のような可愛らしい顔立ちだ。他の女子生徒に比べて小柄だがバランスの取れたスタイルで、細高の夏服の清涼感もあってか、とても似合っていた。

 ふと隣を見ると、大地は戦慄しているかのように表情を浮かべていて、涼にはそれが一番驚きだった。

「草原さんは家の都合で熊本に転校してきたの、みんな仲良くしてね」

 見惚れてるわけではない。まるでまさか、そんな!? と思ってるような表情で、玲子先生の紹介も耳に入らないくらい程のようだ。みんなが拍手する中、涼は大地と思わず前に向き直すと、ほんの一瞬だけ目が合って、彼女は何かを見つけたというような仕草を微かに見せた。


 漫画やアニメとかで美少女転校生が来た場合、高確率で冴えない主人公の隣になるが現実は非情だ。空いてた席はスクールカースト一軍上位のイケメン男子である笹本(ささもと)(たき)()の隣だ。

 休み時間になった瞬間、先を争って草原葵に声をかけ、誰よりも早く仲良くなって彼氏になろうとビーチ・フラッグスか、椅子取りゲームのように内面では争ってるに違いない。

 ただでさえ暑いのに、涼は下心丸出しのむさ苦しい男子たちに呆れながら訊いた。

「大地……草原さんを見て、見惚れてるというより戦慄してたよな?」

「ああ、実はこの前城下高の友達に話したんだ。そしたら草原のような転校生が来たらって話してたら……まさか冗談が現実になるとは」

 それで涼は納得した。クラスに転校生の美少女だけでも幸運だが、彼女にできるとなれば話しは別だ。スクールカースト三軍の涼が、下手に出れば一軍最大のエンターテインメントであるいじめの対象にされかねない。

「ねぇねぇ草原さんってなんか、この前引退した平田(ひらた)七海(ななみ)にそっくりだよね?」

「他人の空似だと思うよ、あたしはあたしだから」

「ふぅんそれじゃあ、今彼氏とかいる? いないなら俺が立候補しようか?」

 事実、笹本は「この子は俺のものだ!」と言わんばかりに馴れ馴れしく接してるが、下心に気付いてるのか、草原葵は苦笑しながら首振ったり、受け流してる。あまりにも声がでかいから情報もあっさり入ってくる、どうやら今までは家の方針で異性交遊は非常に厳しく制限されて、前の学校は女子校だったらしい。

 すると、美紀は呆れた表情で涼と大地のところにやってくる。

「やれやれ……男子どもは下心見え見えよ。脳味噌が下半身にあるんじゃないの?」

「性欲を司る第二の脳があるのかもしれないな。それと逆に訊くが、もしイケメンアイドルの男子だったら? 女子もああなるだろ?」

 大地はジロッと瞳を美紀にむけて動かすと、美紀は苦笑する。

「ぐうの音も出ないわね……でも、どこかで見たことがあるような気がするんだよね」

「似てる人間なんていくらでもいると思うよ」

 涼は首を振って言うとチャイムが鳴り、次の休み時間には他のクラスの生徒も群がって特に男子生徒が圧倒的に多かった。昼休みは女子グループと食べるんだろうと思っていた時、事態は急変した。


 お昼休みが始まり、早速一緒に弁当を食べようとすると男子生徒や、一軍連中は草原葵と食べようと群がった時だった。教室の引き戸が突然音を立てて開いた。


「葵!! 迎えに来たわよ!!」


 鋭く凛とした声が響くと教室中が静まり返り、草原葵争奪戦の熱気が一気に冷めた。涼を含む生徒たちは一斉に視線を集中させると、隣のクラスにいる花崎(はなさき)(むつ)()だった。

 美紀ほどではないが背丈はそれなりにあり、ほっそりとしたシルエットの小顔美人でサイドポニーの黒髪に、不正や風紀を乱す者は許さないと言わんばかりのキリッとした眼差しは、日本刀にも通じる鋭さだ。

 事実、鬼の風紀委員と呼ばれ、もっぱら細高前理事長の孫娘だという噂だ。

「ああごめんごめん睦美……みんな、ごめんね。あたし今日から睦美と食べる約束してたいたから」

 葵は気まずそうな表情になりながら、教室内に睨みをきかせる睦美の所に行く。すると恐れを知らないことに定評のある菊本(きくもと)(きょう)(へい)が、無害を装ってるつもりなのか両手を見せながら訊く。

「花崎さん、俺たちも一緒に――」

「男子はお断り!! 下心見え見えよ!!」

 睦美はバッサリと拒絶して扉を閉めると、みんな一斉に安堵の息を漏らした。だが休み時間になるたび、葵に群がってきた男子生徒たちは諦め、戸惑い、怒りと嘆きの声が上がる。


「クソッ……まさかあの花崎と友達だなんて、そんなのありかよぉ……」「おいおい、鎌倉から来たのに花崎と仲いいなんて」「ふざけんなよ! せっかく可愛い彼女ゲットできるチャンスだったのに!」「終わった……今夏だけど、俺の春が……終わった」

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