第四章その1
第四章、あの人たちに負けないくらいの、素敵な宝物を作ろう!
どれくらい時間が経ったんだろう? スマホの時計を見ると午前八時過ぎだ。とりあえずまだ寝たくてキツイがそろそろ起きないと、後に響いて夜型の生活になりかねない。
起き上がろうとした時だった。
誰かが背中から抱きついてる。葵? 寝たまま振り向くと、葵が抱きついたまま気持ち良さそうに寝ていた。ヤバイ……こんなの、花崎さんに見られたら殺されると、涼は恐る恐るゆっくり動いて解こうとするが葵は寝てるにも関わらず離そうとしない。
「くぅううん……涼君……今夜はあたしを抱いて……体が火照って熱いよ」
「もう朝だよ」
涼は思わずツッコミを入れた瞬間だった。
「葵、朝よ。起き――」
和室の襖が何の前触れもなく開き、睦美と目が合った。
「あっ……」
血の気が引いて蒸し暑い真夏の朝にも関わらず、一気に真冬になったような寒気がした。睦美は青褪めた表情になって目を泳がせ、全身をワナワナと震えさせて微かに聞き取れる声で呟いた。
「とうとう……葵に……よくも、よくも」
「ま、待ってくれ違うんだ花崎さん! これにはちゃんとした理由が――」
「言い訳するな!」
言い放った睦美は逃げるように葵の家を飛び出した。これはヤバイ! すぐ葵に起きて潔白を証明してもらわないといけない! 涼は縋るように葵を起こす。
「葵! 起きてくれ! 花崎さんにとんでもない誤解をされた!」
「んん? どうしたの涼君? ふぅあっ……よく寝た」
葵は呑気に上半身を起こすと、玄関のドアが開く音がした。花崎さん戻ってきた? 振り向いた瞬間、思わずギョッとした。
「葵の貞操を奪った代償……きっちり払ってもらうからね……」
睦美は悪鬼のようなオーラを放ちながら釘バットを装備して戻ってきた。命の危険を感じた涼は凍り付いて動けず、思わず笑ってしまう。
「は……花崎さん? はははは……なんでそんなものを?」
しかも、ただの釘バットではない。一九九四年に起きたルワンダの虐殺時、現地語で『マス』と呼ばれ、釘の先っぽを切り落として尖らせ、殺傷能力を上げた釘バットだ。
「ふふふふふふふっ……二度とできないように……去勢してあげるわ! お覚悟なさい! おひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」
睦美は奇声とも言える笑い声を上げながらマスを振りかざし、流石に葵も目を覚ます。
「ちょっと睦美! 何やってるのよっ! そんな危ないもの!」
数分後、葵のおかげで命の危機は去って誤解も解けた。朝食は涼がサンドイッチを作って葵はコーヒーを淹れる。
「花崎さん、どうして夕べは家を飛び出して帰ってきたの?」
涼が訊くと睦美は少しの沈黙の後、口を開いた。
「今と言うのは……二度と戻ってこないから」
ありふれた言葉だった、わかってるつもりだと思いながら涼は首を傾げる。
「えっ? どうしてそんなありふれた言葉のために?」
「ありふれた言葉だから、わかってるつもりでもわかっていなかったのよ! 米島君はMDに記録を残した真島さんの話し、何も感じなかったの?」
「いや、何も感じなかったわけじゃないよ……ただ、凄く大変そうだったけど凄く楽しそうで、写真や記録を残した理由が少しわかったような気がしたよ。自分たちの思い出を宝物として残そうって」
「そうよ! だから……みんなに言いたいの、スマホのアプリやメッセージを通してではなく、直接……言葉で伝えたかったの! 葵、あの人たちに負けないくらいの、素敵な宝物を作ろう! この夏休みを、みんなでかけがえのないものにしたいの!」
真剣な表情で睦美は二人を見つめて言い放った、涼はそれをしっかりと受け止めたつもりだが。
「ぷっ……ぷはっはっはっはっはっ!! 何その台詞!! 聞いてるこっちが超恥かしいよ!! 石頭な睦美がこんなこというなんて!! あっははははははっ!! お腹痛い!! 超ウケる!!」
腹を抱えながら床に転がりながら苦しそうに大爆笑する葵、笑われた睦美は恥かしそうに顔を赤熱させプシューっと水蒸気を噴射させながら震える。
「やっぱり……私が言うと説得力なかったかな?」
「ううん……ただ生真面目な花崎さんがこんなこと言うなんて……ちょっとビックリしたよ」
涼は屈託のない笑みで素直に言うと、睦美は照れ隠しなのかムスッとした表情で腕を組んで目を逸らした。
「わ、私はただ……あのエーデルワイス団の人たちが……羨ましかったのよ」
「あー苦しかった、睦美も素直に遊びたいって言えばいいのに」
笑い転げていた葵はようやく立ち上がり、ポンと睦美の手を乗せた。
「この時は今しかない、だから今を精一杯楽しみたい。それなら気にせず遊んだり、あたしみたいに恋をしたっていいんだよ!」
睦美は顔を赤くしてムスッとした表情を保ちながら肯いた。
数日後、一行はJR熊本駅で集合して鹿児島本線に乗り、荒尾駅で降りてバスに乗ると熊本県と福岡県の県境にある遊園地に到着した。
バスを降りると、今日は快晴で入道雲を背景に昔乗った観覧車が聳え立つ。思わず涼は懐かしいと思うが、次の瞬間には疑問が浮かぶ、ここに行ったことあるのか?
「さぁ早く早く! 中に入ろう!」
美紀に急かされて入場ゲートを通り、コインロッカーで荷物を預けると最初のアトラクションを決める。
「それじゃあみんな、あれから乗ろう!」
葵の指差した先はジェットコースターでその瞬間、涼の目から見てもわかるように大地は「ビクッ!」とした。
「あれ? 大地もしかしてジェットコースター怖い?」
「い、いや……怖いってわけじゃないが……乗ったことないから、なんとも言えない」
涼に言われて大地は平静を装ってるが、涼は葵と目を合わせ、肯き合うと涼はアンニュイに両手を後ろにやりながら言う。
「じゃあ僕は葵の隣に座るね。木崎さんどうする?」
話しを美紀に振ると、迷わず肯く。
「あたしは勿論乗るわよ! せっかく遊園地に来たのにもったいないじゃない! 睦美も乗るわよね?」
強がる美紀に睦美は「無理!」とキッパリ断ると、葵は不満げな顔になる。
「ええどうして?」
「高い所怖いのよ……飛行機に乗る時はいつも通路側にしてるし、ましてや着陸前の降下の時は何度も気を失いそうになったか」
「そこまで言うなら無理強いはしないわ、行こうかみんな!」
先陣を葵が切り、ジェットコースターへ向かう。目論見通り、前の席に美紀は大地と座って涼は葵の隣に座り、涼は小声で言う。
「うまくいったね」
「うん、睦美ったら飛行機が嫌いだからもしかして、と思って試したら正解だった」
コースターが動き出し、チェーンリフトで頂上まで引き上げられる。やっぱりドキドキすると思ってると、葵は周りの景色を楽しんでいた。
「おおーっ! いい景色! ねぇ涼君、涼君?」
「なぁ葵……一つ言っていい?」
「ん? どうしたの?」
コースターが頂上に差し掛かった瞬間、抑えつけていたものが抑えきれなくなって叫んだ。
「実は僕もジェットコースター怖いんだあぁぁぁぁっ!! うあぁぁぁぁっ!!」
一気に急降下する感覚は着陸前に降下する旅客機とは比べ物にならないくらいのマイナスGで、内臓が浮いてるような感覚がしたかと思えば急上昇した。
そして一週回って帰ってくる。涼はなんとか生還したと一気に体力と気力を消耗し、ガダルカナル攻防戦から帰ってきたラバウル航空隊の零戦パイロットになった気分だった。大地の表情は晴れやかで美紀も微笑んでいる。
「なんだ、ちゃんと乗れるじゃない!」
「俺もだ美紀……あんなに楽しいとは思わなかった、また俺の隣に座ってくれ!」
涼は葵と一緒に思いっ切り「ぶっ!!」と噴いた。
「ねぇ今の聞いた? 土谷君の台詞、クサくない?」
「クサいけど……笑っちゃ駄目だよ……次行こう、次」
「それじゃあ、あれがいいな!」
葵の指差した先は今度は別のジェットコースターだった。
殆どのジェットコースターを乗り終え、レストランでお昼ご飯を食べると、睦美は美紀に訊いた。
「ねぇねぇ、次はどこに行きたい?」
「それじゃあ……あれにしようか!」
睦美は珍しく意地悪な笑みで指差した先はオバケ屋敷だった。
「ごめん、あたしパス!」
「うん……僕もパスするよ」
葵が拒否すると涼も同意見だと肯き、美紀が唇を尖らせて不満を露にする。
「ええ葵も涼もノリ悪いよぉっ!」
「いやもうホント無理無理! あたしオバケとかホラー映画とか全然駄目なの!」
葵は本気で動揺して拒否している。すると美紀は二人に両腕をかけて、ヒソヒソ話しをする。
「二人ともチャンスよ! オバケ屋敷に入れば暗いところで睦美の目を気にせず抱きつき放題くっつき放題よ!」
「ちょっと美紀! 何余計なこと言ってるの!?」
睦美が地獄耳なのか、それともヒソヒソ話しがヒソヒソ話しになっていなかったのかもしれない、後ろから威圧感満載の声が響いた。
「葵が行かないのなら構わないわ。でも、私たちが行ってる間にイチャイチャされたら溜まったものじゃないから米島君、あなたは来るのよ!」
「ちょっ――ちょっと待て! 僕は行かないと駄目なのか!?」
「当然でしょ? 葵の彼氏なら――」
「それなら睦美……あたし凄く怖いけど、涼君が行くならあたしも行くよ」
葵は精一杯強がって言うと、睦美は呆れた表情で溜息吐いた。
「どうなっても知らないわよ」
結局五人でオバケ屋敷に入る。前から涼、葵、睦美、美紀、大地の順で慎重に進む。涼は葵に密着されながら周囲に神経を張り巡らせてると、葵は涼の背中で今にも泣き出しそうな声で言う。
「なんでよりによって涼君が一番前なんだよ?」
「文句は花崎さんに――」
言ってくれ! と言おうとした瞬間、ガタンッと鳴り響いて女子全員「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げた、大地は周囲を見回す。
「今の音、前からだ! 涼、気をつけろ!」
「あっ、ああ……」
音感いいんだな大地、涼は身構えながら肯いてゆっくり進むどっからでも来い! ……出てこないな。
「あ、あれ? 出てこないぞ?」
涼が身構えても出てこないと思った次の瞬間、背後でおぞましい悲鳴が上がった。
「いぎゃあああああぁぁぁぁっ!」
振り向くと睦美だった。まさか真ん中を狙うとはオバケさんグッジョブ! だがその後、涼もオバケに脅かされて絶叫したのは言うまでもない。
数分程度の探検が一時間に感じたオバケ屋敷、全員最低一回ずつ絶叫してやっと脱出した。涼は何度もビビッてこのまま心臓麻痺か心筋梗塞の類を起こすんじゃないかと思うくらい、心臓に悪いアトラクションだった。
「マジで心臓に悪いアトラクションだった……次はちょっとおとなしめのにしよう」
「涼君無理し過ぎだよ。寿命が縮んだんじゃない?」
葵も真っ青な表情になっていた。一方、大地と美紀は満足げだった。
「怖かったけど楽しかったな美紀」
「そうね、滅茶苦茶怖かったけど久し振りに叫んだわ。でも大地があんな悲鳴を上げるなんて」
「あれは本当にびっくりしたんだ、お前もビビッてただろ?」
二人を見るといい感じに会話して付き合ってるようにも見える、結果オーライだと涼は葵と目を合わせて笑みを交わす。
オバケ屋敷を後にし、次はどこにしようか? と下校中のように駄弁りながら園内を歩いてると、睦美は震えながら恥かしさを堪えてるかのように指差した。
「ねぇ……みんな、今度はあそこに行かない? 一休みにはいいと思うわ」
涼はその先を見ると看板には『ふれあい動物広場』と書かれていた。
「もしかして花崎、行きたいのか?」
大地は訊くが睦美は顔を真っ赤にして目を逸らした。




