青野紺の日常
「青野先生。この問題、どうやって解くんですか?」
授業終わりに必ず質問に来る生徒、赤川紫音はいつも通りの言葉と共に俺に問題を見せる。
「んー、これはここを微分してから……ということだ。分かったか?」
「あぁ!なるほど~」
「赤川は本当に数学が好きだなぁ」
授業後に毎回質問しに来る彼女の勉強意欲に、俺は素直に関心していた。
「数学が好きなんじゃなくて、先生が好きなんです。好きな先生の教科は必然と好きになるものですよ。数学とか、世界史とか…って、何回か同じこと言ってますよね!?」
「いやぁ、何回聞いてもぶれないから、もしかしたらいつか違う答えが返ってくるんじゃないかと…」
「もう、からかわないでください!」
そう言って彼女は呆れたように笑った。
ちょうど今は昼休みの時間だ。
春の暖かな陽射しが2人きりの教室に注ぎ込む。窓の外では桜の花びらが舞っている。
「先生、桜が綺麗ですねぇ」
「そうだな。確か、去年も赤川にそう言われた」
「あら、覚えてるんですか?」
「春は桜、秋は紅葉。冬は雪だった。この教室の窓から季節を感じる毎に赤川は俺に言ってくる。この高校に来て、今年で2年目の桜だな」
彼女はただ俺に向かって微笑み『職員室までお供します』と一言。
いつも通りのその言葉を合図に俺たちは教室を後にする。
嗚呼、どうか、彼女が卒業するまでの間でいいから、この日常が続きますように。
俺は彼女の後ろ姿を見つめながらそう願った。




