赤と緑
「紫音~」
ふと誰かに名前を呼ばれ、振り返る。
そこには笑顔で教室の扉の前に立っている悪友、緑谷志葵がいた。
「(また忘れたのか…)」
私は数学の教科書を片手に彼の方に歩み寄る。
「はい、志葵」
「ありがと~。てか、本当、紫音は俺のこと嫌いだよな。俺の姿を見るなり怪訝そうな顔をした」
「だって嫌いだから」
「何でそんなに嫌うかね~」
『蒼が志葵のことを好きだから』なんて言えるはずもなく、私はただ深くため息を吐く。
「紫音が蒼のこと大好きだからかな~」
ドキリとした。
「はぁ?」
「大好きな親友が大嫌いな俺と喋るから嫉妬してるんだろ?」
…なんだ、吃驚した。彼の言う『大好き』は『友情としての大好き』だろう。私のは、違う。私の彼女に対する『大好き』は、もっと…。
「まあ、そんなところかな。志葵のことは、友達…というか、悪友としては好きだよ」
私はただそう答えた。
「紫音は俺と話す時だけ口悪いもんなー」
「大嫌いなお前には気兼ねする必要がないからな。素の口調で話せるから楽だよ」
「そうかよ」
呆れた様に笑みを零す彼。
「そうだ、紫音。明日の放課空いてる?」
「デートのお誘いならお断りだが」
「違う違う。蒼がね、明日の放課後俺に勉強教えてくれるんだって。」
「へぇ、そうなんだ。んー、明日は用事あるから先に帰るよ」
嘘だ。用事なんてない。ただ、2人が目の前で勉強してる姿を見たくないだけ。
「そっかぁ。残念」
「勉強頑張れよ。あおに迷惑かけないようにね」
「おう!!」
そう言って微笑んだ彼に胸の奥がズキンとなった。
「じゃあ、また後で教科書返しに来るね」
「うん、分かった」
彼の後ろ姿を見送る。
…嗚呼、彼女は彼のあの笑顔に惚れたのだろうか。
途端に目頭が熱くなる。
分かってる。彼女が彼のことを『好き』だって。
小学生の時は『友達になりたい』と、蒼によく相談されていた。
中学生の時に『志葵のこと好きなんでしょ?』と蒼に尋ねたら否定された。認めてしまったら、3人の関係が壊れてしまうような気がしたのだろう。彼女らしいと言えば彼女らしい。
今私は、ただひたすらに『明日が来なければいいのに』と思ってる。
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「ねえ、紫音。ちょっと聞いてくれない?」
いつもの道を蒼と喋りながら帰る。
蒼からの相談。私にとっては凄く嬉しい。彼女に信頼されていると思えるから。
だから私は純粋な笑顔で振り返る。
「何、あお?」
「協力してくれない?拒否権はないから」
彼女のためなら何でも協力しよう。例え拒否権があったとしても、そんなモノはいらない。蒼が大好きだから…でも、
「志葵のことなんだけど」
彼女の口から漏れたその言葉が、胸に突き刺さる。笑顔が少し冷たくなるのを自分で感じた。彼女の目にもそれは映るだろう。
彼女に相談される度に作る笑顔を壊さなかった。しかしそれも、もう限界なのだろうか…?
私の中で『気付いてほしい』という気持ちと『気付かれてはいけない』という気持ちが交差する。
ねぇ、蒼。もう嫌だよ、辛いよ、我慢できないよ…。
胸に刺さった言葉が抜ける事はない。それどころか、どんどん深く突き刺さる。
痛い…痛いよ、蒼。嬉しいはずの彼女の言葉が凶器に変わる。その痛みは彼女には伝わらない。いや、伝わってはいけない。全ての痛みは私が受け止めるから、蒼はただ笑っていればいい。
君に気持ちを気付かれるまであとXX日…。




