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彼と彼女と彼女  作者: 紫音
第2章
8/13

赤と緑

「紫音~」

ふと誰かに名前を呼ばれ、振り返る。

そこには笑顔で教室の扉の前に立っている悪友、緑谷志葵がいた。

「(また忘れたのか…)」

私は数学の教科書を片手に彼の方に歩み寄る。

「はい、志葵」

「ありがと~。てか、本当、紫音は俺のこと嫌いだよな。俺の姿を見るなり怪訝そうな顔をした」

「だって嫌いだから」

「何でそんなに嫌うかね~」

『蒼が志葵のことを好きだから』なんて言えるはずもなく、私はただ深くため息を吐く。

「紫音が蒼のこと大好きだからかな~」

ドキリとした。

「はぁ?」

「大好きな親友が大嫌いな俺と喋るから嫉妬してるんだろ?」

…なんだ、吃驚した。彼の言う『大好き』は『友情としての大好き』だろう。私のは、違う。私の彼女に対する『大好き』は、もっと…。

「まあ、そんなところかな。志葵のことは、友達…というか、悪友としては好きだよ」

私はただそう答えた。

「紫音は俺と話す時だけ口悪いもんなー」

「大嫌いなお前には気兼ねする必要がないからな。素の口調で話せるから楽だよ」

「そうかよ」

呆れた様に笑みを零す彼。

「そうだ、紫音。明日の放課空いてる?」

「デートのお誘いならお断りだが」

「違う違う。蒼がね、明日の放課後俺に勉強教えてくれるんだって。」

「へぇ、そうなんだ。んー、明日は用事あるから先に帰るよ」

嘘だ。用事なんてない。ただ、2人が目の前で勉強してる姿を見たくないだけ。

「そっかぁ。残念」

「勉強頑張れよ。あおに迷惑かけないようにね」

「おう!!」

そう言って微笑んだ彼に胸の奥がズキンとなった。

「じゃあ、また後で教科書返しに来るね」

「うん、分かった」

彼の後ろ姿を見送る。

…嗚呼、彼女は彼のあの笑顔に惚れたのだろうか。

途端に目頭が熱くなる。

分かってる。彼女が彼のことを『好き』だって。

小学生の時は『友達になりたい』と、蒼によく相談されていた。

中学生の時に『志葵のこと好きなんでしょ?』と蒼に尋ねたら否定された。認めてしまったら、3人の関係が壊れてしまうような気がしたのだろう。彼女らしいと言えば彼女らしい。

今私は、ただひたすらに『明日が来なければいいのに』と思ってる。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ねえ、紫音。ちょっと聞いてくれない?」

いつもの道を蒼と喋りながら帰る。

蒼からの相談。私にとっては凄く嬉しい。彼女に信頼されていると思えるから。

だから私は純粋な笑顔で振り返る。

「何、あお?」

「協力してくれない?拒否権はないから」

彼女のためなら何でも協力しよう。例え拒否権があったとしても、そんなモノはいらない。蒼が大好きだから…でも、

「志葵のことなんだけど」

彼女の口から漏れたその言葉が、胸に突き刺さる。笑顔が少し冷たくなるのを自分で感じた。彼女の目にもそれは映るだろう。

彼女に相談される度に作る笑顔を壊さなかった。しかしそれも、もう限界なのだろうか…?


私の中で『気付いてほしい』という気持ちと『気付かれてはいけない』という気持ちが交差する。

ねぇ、蒼。もう嫌だよ、辛いよ、我慢できないよ…。

胸に刺さった言葉が抜ける事はない。それどころか、どんどん深く突き刺さる。

痛い…痛いよ、蒼。嬉しいはずの彼女の言葉が凶器に変わる。その痛みは彼女には伝わらない。いや、伝わってはいけない。全ての痛みは私が受け止めるから、蒼はただ笑っていればいい。


君に気持ちを気付かれるまであとXX日…。

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