青色の告白
彼女、赤川紫音とは高校の入学式で出会った。
「さて、今年はどんな生徒が来るのかな」と、2階の職員室の窓から新入生たちを眺めるのが毎年恒例だった。
校門に立て掛けられた『◯◯高校入学式』と書かれた看板の隣で、親に写真を撮ってもらっている子供たち。その横で、1人佇む少女を見つけた。友達でも待っているのだろうか。
桜吹雪と共に、サラサラした髪が風になびく。桜の木を見上げ、軽く微笑む彼女。
美しいと思った。
ずっと見ていたかった。
しかし、朝の職員会議が始まり、否が応でも現実に引き戻される。
「彼女の担任になれたらいいのに…なんて笑」
そう、ポツリと呟いた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
無事に入学式も終わり、生徒たちは新しいクラスへと帰っていく。
自分も担任を務めることになった教室へ足を運んだ。
ドアを開け、中に入る。騒がしかった室内が一瞬で静かになった。
「えー、今年このクラスを担当することになりました、青野紺です。主に数学を教えています。みんな、よろしく」
自己紹介を終え、今度は生徒たちの番だ。
「それじゃあ、廊下側の席の人から順番に自己紹介していこうか」
「赤川紫音です」
奇跡が起きた。
さっきの彼女がいた。
自己紹介を続ける彼女をジッと見つめる。
高い身長。肩にかかるサラサラの黒髪。形の良い唇。細い身体。可愛い系より綺麗系の顔だ。他の女子生徒より断然大人びて見える。
赤川紫音、か…。
彼女に対するこの胸のざわめきが何か、その時の俺にはよく分からなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
それから滞りなく全員分の自己紹介が終わり、明日からの予定を話して解散となった。
しかし、日直だけは今日から始まる。赤川紫音は教室に残っていた。
ガラッと、ドアの開く音がする。
「紫音、一緒に帰ろー」
「あお!!」
途端に笑顔になる彼女を見た。
「うー…あお、ごめん。日直だから、先に帰ってていいよ…」
「そっかぁ。分かった。じゃあ、また後でLINEするね〜」
そう言って『あお』と呼ばれたその子は帰っていった。
「すまんな、今日から日直で」
「あっ、いえいえ。名字が『あかがわ』だから仕方ないですよ」
声は明るいが、分かりやすくションボリ顔をしている。
その時風が強く吹いて、窓の外で桜の花びらが沢山舞った。
1年生の階はちょうど桜の木と同じ高さにあるため、ここから眺める景色はなかなかの見ものだ。
「わぁ…!先生、綺麗ですね!」
窓際に駆け寄り、手招きで俺を呼ぶ。
「ん…もう少しで、花びら、捕まえられそ…よしっ」
「先生、見てください。花びらキャッチ成功!」
「おお、よかったな」
「手、出してください」
「うん?」
「はい。この花びら、先生にあげます。初めて先生とお話した記念に」
そう言って俺の手のひらに置かれた桜の花びらと、暖かい春の陽射しに包まれた少女の人懐っこい笑顔が、とても眩しく、とても綺麗だった。
初めて恋に落ちる音を聞いた。
少し切なくて、泣きたくなるような音だった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
それから月日が経ち、2度目の春がやって来た。
今年も俺は彼女の担任になった。
「青野先生。この問題、どうやって解くんですか?」
授業終わりに必ず質問に来る赤川は、いつも通りの言葉と共に俺に問題を見せる。
「んー、これはここをこうして……ということだ。分かったか?」
「あぁ!なるほど~」
「赤川は本当に数学が好きだなぁ」
「数学が好きなんじゃなくて、先生が好きなんです。好きな先生の教科は必然と好きになるものですよ。数学とか、世界史とか…って、何回か同じこと言ってますよね!?」
「いやぁ、何回聞いてもぶれないから、もしかしたらいつか違う答えが返ってくるんじゃないかと…(世界史とかいらないし)」
「もう、からかわないでください!」
そう言って呆れたように笑う彼女。
彼女の笑顔は、とても可愛い。普段大人びているからだろう。
その頃の俺は、もうとっくに彼女への、赤川紫音への恋心を自覚していた。
「職員室までお供します」
その言葉を合図に俺たちは教室を後にする。
彼女の後ろ姿をぼんやりと見つめる。
なぁ、赤川。からかってなんかいないんだ。
きっと俺は、いつか違う答えが返ってくるのを期待して、何回もお前に同じことを聞くだろう。
「俺のこと、好き?」