従姉
梅雨が終わりを告げて季節はすっかり夏だった。
太陽から照りつける日差しがじりじりと肌を焦がす。日焼けすると赤く腫れて痛くなる体質だから、あまり陽には当たりたくないんだけどな。
日焼け止めは塗ってあるけど、どれほど効果があることやら。
お昼時の中央駅前は中高生や大人たちの姿で賑わっていた。目印となる時計台の下は、私と同じように汗を流しながら立つ人で溢れている。こんなことなら待ち合わせ場所を駅構内にしておけば良かったと少し後悔。手で陰を作りながらスマホを確認すると、新着メッセージが届いていた。
『もうすぐ着くよ!』
送信時刻は五分前になっている。ということはそろそろ着いていてもおかしくないか。
きょろきょろと周囲を見渡していると、いきなり誰かに両肩を叩かれた。
「お待たせ〜!」
振り返ってその顔を確認する。彼女はいつもの屈託のない笑みを浮かべてそこに立っていた。
黒髪のショートボブが揺れて、大きな瞳で私の顔を覗き込んでくる。
「今日もつまらなそうな顔してるね?」
「……すみませんね」
彼女の名前は天沢日和。私の伯父の娘だからつまりは私の従姉だ。年齢はひとつ上の高校二年生。自宅の最寄り駅から三駅離れた駅の周辺に住んでいるから、休日には何故かこんな風に私を呼びつけることがある。今日もいきなり彼女に呼び出された私は、暑い中をわざわざやって来たのだった。
「それで? 今日は何の用事?」
訳もなく呼び出されたのではたまったものじゃない。尋ねると日和は「んー」と首を傾げながら。
「舞ちゃんに会いたかったから?」
「はいはい。で、何の用事?」
「スルーしないでよ〜」
慣れたやり取りなので普通に流しておく。そのうち日和は諦めたように溜息を吐くと、私の肩にポンと手を置いた。
「今日は舞ちゃんに服を買ってあげる!」
「服?」
それはまたどうしたことだろう。それに買ってあげるって。日和はバイトをしているからお金は持っているはずだけど、わざわざ私にそれを使う意味が分からない。まさか何か裏があるんじゃ。
「ちょ、なんなのその疑いの目は!」
「いや、意味が分からないなって」
「わたしが買ってあげたいから買ってあげるの!」
は、はあ、としか返すことができない。まあ日和はたまに理解不能の行動をするから、今回のもそのひとつなのだろう。そう割り切って、せっかくだから好意に甘えておくことにした。
「舞ちゃんってそんなに可愛いのになんでオシャレしないのかいつも不思議なんだよね〜」
街を歩きながら日和はそんなことを言ってくる……私はいちおう頑張ってるつもりなんだけど。可愛いというのはいつもの戯れ言だから無視。
むしろ可愛いのは日和の方だろう。よく男子に告られたのなんのって自慢してくるし。でも一向に彼氏ができる気配がないのはどうしてだろう。それが日和の最大の謎なのであった。
「ところで学校では最近どうなの? お友達できた?」
「……まあ、できたけど」
すると日和は「ええ!?」とオーバーリアクションで驚く。
「嘘!? 舞ちゃんに友達が!?」
「大げさだから」
どれだけ私には友達ができないと思われていたんだ。まあ、友達ができて最も驚いているのは間違いなく私だけど。日和は感慨深げに何度も頷きながら肩を叩いてくる。
「そっか〜。ついに舞ちゃんにも高校で友達ができたか〜。良かった良かった〜」
こんなに感動されるとは思っていなかった。
「で、どんな子なの?」
「どんな子って」
水谷さんを簡単な言葉で表現することは難しい。それに私はまだ水谷さんのことを完全に理解できているわけではない。むしろ分からないことだらけで、手探り状態だ。
「……すごくいい人だよ」
「え〜、それじゃ分かんないよ〜」
唇を尖らせて文句を言ってくる。でもいい人であることは確かだし、これ以上詳しく説明しても水谷さんになんとなく悪い気がする。
そんなことを話しているうちに私たちは目的地に到着した。
やって来たのは最近できたばかりのショッピングモール。ファッションはもちろん、実に多彩な店舗が揃った大型施設だ。できたばかりということもあって、入口は多くの人でごった返している。
「じゃあ早速行きますか〜!」
日和が私の手首を掴んで引っ張る。正直なところ私は帰りたくなっていたけど、抵抗する間もなくモール内へと連れ込まれてしまった。
「わー! これ可愛い!」
数十分後。私はすっかり日和の着せ替え人形状態だった。
次から次へと運ばれてくる服を何回も着させられる。それも普段は着ることがないような、ひらひらした可愛い服ばかりを。いったい日和は私をどうしようというのだ。
「……こんなの似合わないよ」
「いやいやいや、すっごく似合ってるから!!」
鏡に映っているのは、服を着るというよりはむしろ着られているような状態の私。
こんな女の子らしい白ワンピなんて日和や水谷さんみたいな子が着るから似合うのであって、私みたいなちんちくりんが着たところで、こうなってしまうのは当然だ。
それに足がすごくスースーするし。これちょっと、短すぎる気がする。
「照れて赤くなってる顔も可愛い!」
「なってないから」
試着室のカーテンを乱暴に閉めて、視界から日和を閉め出す。
日和といると調子を狂わされるからいけない。こんなことで動じててどうするの私。
「舞ちゃんはもっと自分に自信を持つべきだよ」
日和のそんな声が聞こえてくる。
「そうすれば、もっともっと友達が増えるはずだよ?」
「……別に、友達を増やしたいわけじゃないし」
水谷さんがいればそれでいい……なんて言うと変な誤解を生みそうだけど。でも積極的に友達を増やそうとするなんて私の柄じゃないし、その必要性も感じないから今のままでいい。
カーテン越しに沈黙が流れる。やがて日和は諦めたように「そっか」と呟いた。
これで着せ替え人形も終わるかなと思うと同時、勢い良くカーテンが開け放たれる。
「それはそれ、これはこれ。次はこれ着てね!!」
便利な言葉であっさりと主張を無かったことにされてしまった。
更に短いミニスカートを受け取りながら、この従姉をどうしてやろうかと本気で考えた。
日和は私のためにワンピースを購入して(強制的に)プレゼントしてくれた。買ってくれたのだから感謝しなくてはいけないのだけど、今すぐ着ることを強制されたので、なんとも微妙な気持ちだ。
「…………恥ずかしい」
どうして私がこんな格好でショッピングモールを歩かなくちゃいけないんだ。スカート短いし。なんだかものすごく視線を感じる気がするし。裾を引っ張って伸ばそうとしても無駄な努力だった。
「うんうん、すごく女の子らしくなったね」
日和はすごく満足げな様子だ。どうして私を女の子らしくさせたいのだろう。つまりは自信を持てと言いたいのだろうか。自信を持てもなにも、むしろ自信を失いかけているんだけど。今すぐ家に帰りたい。
「そんなに恥ずかしがることないよ。すごく可愛いから」
「それは日和から見ての話でしょ?」
周りからはどう思われていることか。普段なら周囲の視線なんて全く気にしないのに、こんな時に限って気にしてしまう。水谷さんの気持ちが、ちょっとだけ理解できた気がした。
「なかなか強情だね」
苦笑しながら、日和はそんな評価を下してくる。
強情も何も、私に可愛い要素など微塵も存在しないのだから認めるわけがない。
「じゃあ、次はどうしよっかな〜?」
「……まだ何かやるの?」
「うん! だって今日は、舞ちゃんに今以上に可愛くなってもらう日だもん!」
もうこの従姉は放置することに決めた。
勝手に歩き始めると、「待ってよ舞ちゃ〜ん」なんて叫びながら追いかけて来たので速度を速める。
私がいつまでも素直に付き合っていると思ったら大間違いだ。ここで抵抗の姿勢を見せておかないと、後々更に過激なことを要求されかねない。
調子に乗らせるとどこまでも調子に乗るのが日和という人間なのだ。
モール内はひどく込み合っているということもあって、人混みに紛れて上手く逃げ切ることができた。店の陰に隠れて様子を伺ってみても、追いかけてくる様子はない。ようやく肩の力を抜き、呼吸を整える。
「……ちょっと悪いことしたかな」
気持ちが落ち着いてくると同時、そんな後悔も湧いてくる。置いて逃げるのは流石にやり過ぎたかもしれない。何がともあれ服を買ってもらったこと自体は確かなわけだし。
どうしたものだろうか。
片手に握ったスマホを見下ろしながら首を捻る。
罪悪感はあるけど、素直に謝るのも納得できない。衆目の面前でこんな格好を晒されているし。私が恥ずかしがる姿を見て楽しんでいる風でもあったし。
でも意地の張り合いは無意味だ。
不本意ながらこちらから折れることにして、電話帳から日和の番号を呼び出したところで、
「……天沢さん?」
不意に誰かに名前を呼ばれた。
最初は日和に呼ばれたのかと思った。
でも日和がそんな呼び方をするわけがない。そもそも私も日和も苗字は天沢だ。
だとすれば誰が、と視線を周りに巡らせ、
驚いた顔で立っている水谷さんを発見した。