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迷惑

 メロンパンも食べ終わり、残ったゴミをコンビニの袋に詰めた。それを隣に置いて一息吐く。

 会話がなくても不思議と気まずさを感じることは無かった。お互いに口数が多くない性格であることは理解しているので、暗黙の了解のようなものがあるのかもしれない。

 上手く言えないが、ちょうど良い距離感がある。嫌ではない感覚だった。

 水谷さんも食べ終わったようで、しっかり手を合わせて「ごちそうさまでした」と呟いていた。私にはない習慣なのでただ感心してしまう。

「……じゃあ、戻ろっか」

 まだ時間に余裕はあるが、またさっきのようにカナヘビなどが出てくるかもしれない。水谷さんも「そうね」と同意して立ち上がった。

 


 教室に戻った私たちを待っていたのは、何とも言えない気まずい沈黙だった。足を踏み入れた途端に教室中の会話が止み、好奇の目線が一斉に向けられてくる。

 正直、ここまで注目しなくたって良いじゃないかと思う。水谷さんが誰と昼休みを過ごそうが水谷さんの勝手なわけで。

 ……いや、違う。

 この目線は水谷さんではなく私に向けられているんだ。

 


「……天沢さんがなんで水谷さんと」

「……意外だよね」

 近くの女子のそんな会話が聞こえてきて大体の事情を察する。これは今朝私が予想した通りに、水谷さんが皆に心配されているのだ。まぁ仕方のないことだけど少し理不尽さを感じずにはいられない。

 確かに髪は茶色だし無愛想だけど、私が何かしただろうか。例えばクラスメイトを恐喝して金品を奪ったりだとか。

 私はただのぼっちであって不良ではない。そんなこととは縁がない生活を送ってきた……つもりだ。微妙にやましいことはあるから断言は避けておく。


 私のやや後ろに立つ水谷さんに顔を向けてみると、無表情を保っていた。お、大丈夫なんだと意外に思ったがそれは間違いだったようで、指先は小刻みに震えていた。顔に出ていないだけらしい。

「……大丈夫?」

 水谷さんだけに聞こえるように小声で尋ねると、こくこくと頷いた。本当かな。

 ここに突っ立っていても仕方ないので自分の席に向かう。水谷さんも後に付いてきた。


「……ん?」

 自分の席に座った時、違和感を感じて顔を上げる。水谷さんはなぜか自分の席を通り越して私の席まで付いてきていた。ぎゅっと口を閉じたまま私を見下ろしている。

「どうしたの?」

「えっと、その」

 ちらりと自分の席に振り返る水谷さん。その目線の先を追って、理解する。水谷さんの席には別の女子が座り、その周りを囲うように女子グループが集っていた。よくあることだ。私にはなぜかあまり経験がないけど。

「……んー、今日の部活出る?」

 彼女たちが退くまで何か話そうにも、こう注目されていては落ち着いて会話もできない。とりあえず無難な話題を切り出してみる。

「ええ、天沢さんは?」

「出ないと先生に殺される」

 そういえば昨日、絵を仕上げるように言われていたのに完成していない。嫌なことを思い出してしまった。でも事情を説明すれば分かってくれるだろうということにしておく。

「滝口先生、怒ると怖いわよね」

 クスクスと口に手を当てて楽しそうに笑う水谷さん。笑い方まで上品だ。そういえばこんな風に楽しそうに笑う水谷を見るのは初めてかもしれない。

 ちなみに滝口というのが顧問の先生の名前だ。まだ二年目の若くて美人な先生だが、怒らせてはいけない。入部して早々、先輩が怒られているところを見たがあれはいけない。

「でも、昨日は仕方なかったと思うけど」

「んー、まぁね」

 水谷さんは昨日の恐怖を思い出したのか表情を曇らせた。



 そんなことを話していたら、チャイムが昼休みの終了を告げた。教室は気怠げな声で溢れて集団がばらけ始める。自分の席にいた女子たちがそれぞれの席に戻るのを見て、水谷さんは遠慮がちに手を振った。

「また後でね?」

 軽く手を上げて見送る。後でね、か。

 

 昨日、水谷さんが言ったように私たちはこうして話している。他の人には、話しただけで何を大袈裟なと笑われるかもしれない。でも私と水谷さんにとってはすごく意味のあることのように思える。

 人との会話や関わりを怖がる水谷さんが、クラスの輪から外れた私とは普通に会話をする。その事実にまだ頭がついていっていない。どうして私なんだろう、と幾度となく繰り返した問いかけが再び始まってしまった。

 考えるのはやめよう。別に嫌じゃないし、秘密を知ってしまったからには放っておけない気持ちもある。クラスも部活も同じなのは私だけだし、可能な範囲なら手助けしたい。私に何ができるのかは分からないけど。



 午後の授業はあっという間に過ぎた。その途中、女子たちの雑談に混じって私についての話も聞こえてきた。大体は普段と変わらない内容だけど、今日はそれに水谷さんを心配する言葉も混じっているようだった。

 そもそも私のすぐ近くで話すってどういうことだ。聞き耳を立てなくても普通に聞こえてしまう。もう少し時と場所を考えて欲しい。切実に。



 そんなことがありながらもHRホームルームも終了して、一気に空気の弛緩しかんした教室。運動部が部活に急いだり、まだ楽しそうに話しているグループがいたりと混沌とした中で私はぼんやりと窓の外を見つめていた。

 気がつくとこうしている事が多い。それなら早く美術室に向かえばいいのだが、そこまで意識の高い部員でもなかった。それに今日は行くのが少し憂鬱だ。

「天沢さん?」

 その時、声をかけられたので正面に顔を向ける。水谷さんが肩に鞄を掛けて立っていた。

「美術室、行かないの……?」

「今行くよ」

 仕方ないのでよっこいしょ、と立ち上がって鞄を掴む。今まで同じ部活なのに、一緒に行くことなんて考えたこともなかった。

 また物珍しいものを見るような周囲の視線を感じる。観察でもされている気分だった。同じ部活だから仲良いんだな、くらいに捉えてくれれば良いのに。まだ仲良いというほどでもないか。昨日の今日だし。

 無視を決め込んで素早く教室を後にする。



 鍵こそ開いていたが美術室にはまだ部員の姿はなく、電気も消えていた。入口近くにあるスイッチを幾つか同時に押して蛍光灯を点灯させる。

 昨日と同じように作業台に鞄を置いてブレザーを椅子に掛ける。ブラウスのボタンを二つほど外してイーゼルの準備にかかった。

 水谷さんはヘアゴムを口にくわえて髪を束ねようとしていた。少し伏せた目も相まって凄く大人っぽい。

 私がイーゼルを立て終わる頃に水谷さんも準備に取り掛かり、美術室の後方に向かった。と思ったがなぜか途中で引き返してくる。私が椅子に腰を下ろしながら首を傾げていると、口に手を当てて恥ずかしそうに私の前に立った。

「……その、今日。どうだったかしら?」

「ん?」

 いきなり尋ねられて、更に疑問が深まる。水谷さんは慌てた様子で言葉を付け足した。

「その、迷惑になったんじゃないかと思って……昼休みも突然……」

「……あー」

 そういうことか。


「いや、別に迷惑じゃないよ。私も……楽しかったし」

 一瞬だけ言葉に迷ってしまった。正直に言うと、今日は周囲の注目のこともあってそれどころではなかったというか。でも迷惑じゃなかったというのは本心だ。本当に迷惑に思っていたら昨日の時点で突き放している。

「本当?」

「本当だって」

 水谷さんの表情から緊張が抜けて、ホッと安心するような顔になった。でもまだ僅かに陰りが見える。

 


 水谷さんは臆病なことが他人に迷惑をかけるんじゃないかと思っているのだろう。だからより一層他人との関わりを怖がってしまう。まさに負の連鎖だ。

 それでも私と関わることを選んでくれたのなら、私はそれに応えようと思う。それに学校生活で誰も話せる人がいないというのは、お互いにとって辛いことが出てくるだろうし。二人組を組んで、とか。あれは大敵だ。

「……これからも、よろしくお願いします」

 頭を下げると、水谷さんも慌てて頭を下げた。

「こ、こちらこそ!」

 


 その時教科室の扉が開いて、驚いた声が飛び込んできた。

「あら、二人ともどうしたの?」

 振り返ってみると、右腕にノートを抱えた滝口先生が目を丸くしている。

「お辞儀なんかしちゃって」

「気にしないでください」

 短く言って正面に向き直ってみると、水谷さんは恥ずかしそうに笑っていた。その顔を見て私も思わず口元が緩んでしまう。

「あ、そうそう天沢さん。昨日は仕方なかったにしても今日こそは完成させて帰って、ね?」

 背中にかけられたその言葉を聞いて再び引き締まる。語尾に異様な圧力があった。「頑張ります」と呟くように言ってイーゼルに向いた。

 さて、頑張ろうか。

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