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臆病

 極度の、怖がり?


 それは確かに納得かもしれない。あの雷に対しての怯えようを見ていればそれは納得だ。でも、今日になるまでとても怖がりの素振りなんて見せた事が無かったではないか。水谷さんは言葉を続ける。

「毎日毎日外に出るだけで不安で、人と関わるのも怖いから出来るだけ目立たいようにしようと思ってるの。外で怖い事があっても頑張って耐えて人の居ない所に逃げてから泣いたりしてて……」

 あ、とそこで気がつく。そういえば前から突然水谷さんの姿が見えなくなる事が何度もあった。ちょっと気になってはいたけれどまさかそんな理由だとは。

 それにしても人と関わるのが怖いとは、さすがに重傷すぎやしないだろうか。確かに誰かと一緒にいる所は見た事が無い。いつも教室の隅で本を読んでいるか、参考書を開いているかだから皆なんとなく話しかけづらかったのだ。

 最高ランクの容姿に成績。それに人と関わらない所を見れば女子としては憧れるか、気取っていると嫌うかの二択で、男子からはまさに高嶺の花に映るのだろう。どちらにせよ孤高の存在に見られていたのは確かだ。

 そしてその原因は、全て水谷さんの怖がりにある、と。

 ……何だかとんでもない秘密を知ってしまった。でもそんな事私に話して良かったのだろうか。

 そこでふと気がつく。

「……でも私とは普通に話してるよね」



 水谷さんも気が付いたのか、あっ、という顔をした。その後に不思議そうな表情を浮かべて思い悩む顔になる。自分でもどうしてなのか分かっていない様子だ。だって人と関わるのが怖いなら、私と関わるのも怖い事になるはずだ。でも水谷さんは私と普通に話し、自分の秘密でさえも話した。

「何でかしら……」

 結局自分でも分からないみたいだった。でも、と繋いで水谷さんがぽつりと呟く。

「天沢さんは何というか……私と似てるというか……あ、いやっそういう事じゃなくて! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 なんだか突然全力で謝られてしまった。

 私と似てる、か。容姿と成績は置いておくとしてまぁ確かにクラスは同じだし実力は別として部活も同じだ。それになにより、友達が居ない。はいはいどうせ私はぼっちですよ。気にしてないけど。

 恐らくここが水谷さんが私と似てると判断した要因。私もいつも教室の隅でイヤホンをして本を読んでいるタイプの人間なのだ。



「……そっか」

 謝り続ける水谷さんを止めつつ口を開く。

「でもなんか、水谷さんの事知れて良かった気がする」

 水谷さんは「えっ」と顔を上げて涙に潤んだ目で私を見つめた。水谷さんの事を知れて良かったとは本音だ。今まで私も水谷さんを孤高の存在だと思っていたけど、普通の部分も知れてなんだか見る目が変わった。当たり前だけど、水谷さんも私と同じ人間なのだ。



 その時、ガラリという音と共に美術室の入口が開かれた。悲鳴を上げて後ろに倒れる水谷さん。椅子が倒れ、体が落下して凄い音がする。私はそちらを心配しながらも誰が来たのか確認するために懐中電灯の明かりを入口に向けた。

 そこには、中年の数学教師が同じように懐中電灯を持って立っていた。

「……凄い音したけど大丈夫か? まぁとりあえず雷と雨が弱まったら今日は帰れよ」

 それだけ告げて数学教師は扉を閉めて去っていく。廊下を歩くカツカツという音が段々と遠くなっていく。

 視線を左下に移して「いたた」と立ち上がる水谷さんを確認する。良かった。怪我は無いようだ。

「下校だってさ」

「え、ええ……」

 水谷さんは窓の外を確認して、あっと思い出したように呟いた。

「傘が無いんだった……」

 それに私も思い出す。ここはやはり貸してあげるべきだろう。お節介だろうか。いやでも、さっきの話を聞くと水谷さんが打って変わってどうにもか弱い存在に見えて来てしまう。

 私が傘貸すよと言おうとしていると、水谷さんは作業台から筆を取って私に振り返った。

「とりあえず、昇降口まで行きましょう?」

 私も道具の後片付けをしなくてはならない。結局今日も絵は完成しなかったので顧問に怒られる事は免れない。でも今日は言い訳がきくので良しとしよう。

 傘は昇降口で渡す事に決めて、私も片付けを開始する。



「忘れ物は無い?」

「うん、大丈夫」

 確認してから美術室の鍵を閉める。これを職員室に戻せば、あとは帰るだけだ。私の後ろで懐中電灯を持っている水谷さんが不安そうにきょろきょろと周りを見渡していた。やはり怖いんだろうなぁと思いつつ私も鞄を持って歩き出す。水谷さんが慌てて私の後を追ってきた。

 校舎と校舎を結ぶ渡り廊下は、窓に雨が大量にうち付けられていてうるさかった。

 何人かの生徒が私達と同じように懐中電灯を持って歩いている。

「なんだか変な感じ」

 思わず呟く。なんだか、いつもの学校とは違う雰囲気ってすごくわくわくする。私だけだろうか。

「そ、そうね……」

 涙声で震えている水谷さんにとっては、多分違うのだろう。



 昇降口で靴を履き替え、校舎の外へと出る。雷は去ったものの、まだかなり強い勢いで降り続けていた。空を見上げながら水谷さんが困ったように眉を曲げる。私は心の中で嘆息すると、鞄の中から折りたたみ傘を取り出して差し出す。水谷さんは「えっ?」と傘と私を交互に見比べた。

「私どうせ駅までだから。使ってよ」

「そ、そんなの悪いわ」

 首を振って、押し戻してくる。うーん、やっぱりそう来たか。私としては素直に受け取ってくれた方が嬉しいんだけど。

 それから暫く昇降口での折りたたみ傘の押し付け合いが続いた。下校する生徒たちが私たちを怪訝そうな目で見てくる。



「……」

「……」

 結局、二人で一つの折りたたみ傘を共有。いわゆる相合傘で帰るということで落ち着いた。

 長い傘に比べて面積の少ない折りたたみ傘は、二人で使うとどうしても肩が濡れてしまう。それに水谷さんの方が背が高いから、傘を持つ私は腕を高く上げなくちゃいけないから少し疲れてきていた。

「なんだか今日は色々と……ごめんなさい」

「気にしないで」

 また謝る水谷さんに短く返す。ここで気の利いたことの一つでも言えれば良いのだろうけど、生憎私にそんなスキルは無い。突き放してしまったように聞こえなかっただろうか、と少しだけ不安が過る。

 会話は無く、雨が地面と傘に当たる音だけが私と水谷さんの空間を支配する。

 退屈を紛らわせるように、水谷さんの横顔を眺めてみる。うーん、やっぱり女の私から見ても悔しいほどに美人だ。

「えっと……」

 視線を感じたのか、気まずそうに水谷さんの視線が泳ぐ。恥ずかしそうに頬に赤みが差して、肩を縮めてしまう。

「わ、私の顔に何かついてるかしら?」

「いや、何でもない」

 まさかその美少女っぷりを羨んでいましたなんて言えない。

 視線を正面の雨道に戻して、折りたたみ傘を少しだけ水谷さんの方へと近づける。水谷さんが濡れるよりは、私が多く濡れた方が何となく良い気がした。

 停電は幸い一時的なもので済んだようで、既に街頭や店の明かりは正常に作動していた。電車遅れてるかなぁと思うと少しだけ憂鬱だ。


 

「着いた着いた」

 駅の階段下でようやく屋根の下に入ることが出来た。傘を畳んで、左隣でぼんやりと空を見上げている水谷さんへと差し出す。水谷さんは「え?」と目を見開いて私を見つめる。

「私は電車だから、使っていいよ」

「え、でも天沢さんが……」

「私の家、最寄駅から近いし大丈夫だって」

 何だかさっきもこんなやり取りをした気がするぞ。このやり取りをあと何度続ければ良いのだろう。流石に少し疲れてきた。

 だから有無を言わせないように、戸惑う水谷さんの右手に濡れた折りたたみ傘を握らせる。

「じゃ、また明日」

 短く言って、階段を上ろうとする。

「ま、待って!」

 しかしその声が私を呼び止めた。私は階段の一段めに足をかけた微妙な体勢で立ち止まる。

 やっぱり水谷さんは良い子過ぎるみたいだ。でも時には人の好意を素直に受けることも必要だと私は思う。なんて説得すれば良いのだろう考えつつ、振り向く。

 左肩を雨に濡らした水谷さんは真剣な瞳で私をじっと見つめていた。両手で握りしめた私の折りたたみ傘。 

「あ、あの、傘、ありがとう」

 どうやら無事に傘は受け取ってくれたらしい。何故か細切れになった言葉。「ん」と返して、また階段に向き直ろうとする。

 しかしその直前に水谷さんは言葉を続けた。

「そ、その! あ、明日も話していいかしら?」

「……ん?」

 その言葉の意図が掴めず、何も返答することが出来ない。一体、何を明日も話すというのだろう。何かそんな大切な話をしていただろうか? 

 首を傾げる私に、水谷さんは慌てた様子で説明を付加する。

「あの、や、休み時間……とか……」

「……あー」

 そこでようやく水谷さんの意図を理解する。



 どうやら水谷さんは教室でも、今日のように私と話したいらしい。周りの人達が皆そうしているように。その提案があまりに意外で、思わず戸惑う。だって水谷さんは人と話すのが怖いはずで、意図して避けているように見えたからだ。あ、でも私とは普通に話せるって言ってたっけ。

 でも私と話しても楽しいのだろうか。今日だって特別会話が弾んだというわけでもないのに。



「まぁ……いいよ」

「本当?」

「私でいいならいくらでも」

 元々私はぼっちだし、話す時間ならいくらでもある。

 それに何だか水谷さんの事情を知ったら、このまま放っておけなくなってしまった。また今までと同じように会話も交わさない仲に戻るのは、どちらにせよ無理そうだ。

 水谷さんの表情がパッと輝いて見える。なんと言うか、眩しすぎて直視出来なかった。

「そ、それじゃ……またね?」

「うん、じゃ」

 小さく手を振った水谷さんは本当に嬉しそうで、何だか申し訳なくなってしまう。逃げるように階段を駆け上がり、人で溢れかえる改札口を見て嘆息した。

 


 今日は色々と起こりすぎてまだ気持ちの整理がついていない。

 要するに完璧超人に見えていた水谷さんは極度の怖がりで、それを私にだけに明かしてくれた。そして私たちは明日も今日みたいに話そうと約束して。

 正直まだ実感が湧かない。私にとって水谷さんはずっと雲の上の人で、それがいきなり話す仲になるだなんて想像が出来ない。

 想像は出来ないけど、まぁ悪いことではないだろう。今まで少し苦手意識はあったけど、それも今では少しだけ薄れている。

 ふとそこで、思考がある一点で立ち止まる。同時に歩みも止まった。

「……これは」

 

 友達ができた、ということだろうか。

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