第三羽
螺旋を描く緑の魔力を伴った風の槍は、飛龍の口からその細い首の中を抉り穿ち、背中から飛び出した。
貫通力に秀でた旋貫風槍ならではである。
「いっちょあがりぃ♪」
容子はマフラーの下で口角を持ち上げた。
周囲を見回せば、他の飛龍二頭も包囲殲滅されていた。
ベテラン揃いだけあって、落とされた飛空騎はゼロ。まあこれだけの手練れが集まっていれば当然の結果ではあるが。
「……さて、戻るとするかいな。母艦がのぉなっていーひんと良いんやけど」
『大丈夫です!』
ぼやくような容子の声に、元気良く答える声があった。
美代である。
『シゲちゃんなら、あんな大型龍一頭くらいちょちょいのちょいっ! ですっ!』
まるで我が事のように言う美代の姿に、容子は小さく息を吐いた。
容子にとって美代は可愛い後輩であり、空戦の技術をすべて教え込んだ弟子であり、自分の跡を継いで芙蓉学園のトップエースと期待する騎兵だ。
しかし、幼馴染みの黒髪ポッチャリ君への入れ込みようだけはどうにも理解できなかった。
公開資料をチェックしたが、勉強も運動も凡庸。容姿は男らしいと言うより可愛らしいといった方が似合う少年だ。
ただ、模擬戦戯盤対戦では十戦九勝一分けという素晴らしい成績を残していた。
模擬戦戯盤はふたつの魔術投影盤を使用し、数人ずつのチームをランダムに組んで飛空艦隊の模擬戦を行うものだ。本物の飛空艦を使用するには費用や資材も掛かるため、魔法で忠実に再現した飛空艦と戦場空間を使用するのだ。
ポッチャリ君こと、山口成美は、その戦戯盤による模擬戦が得意なようだった。
全体指揮にしても、個艦指揮にしても優秀な成績を見せている。
特に全体指揮を執っている際の読みの深さ、奇道正道を織り混ぜた戦術運用能力。
そして個の戦果にこだわらない戦略眼。
指揮官としての素養は十分だった。
ただ。
「……圧倒的に実戦経験が足りていーひんからなあ」
容子はぽつりと呟いた。
成美が艦長に抜擢されたのは今回が初めてだ。
彼ほど優れた指揮能力があるなら、上位生に進級した時点で護衛駆逐艦を任されてもおかしくないはずだ。
それが無かったのは、戦戯盤以外での成績が凡庸なせいだろう。
学園での通例として、成績優秀者を優先して艦長に据えるのは常識だ。
成美が今回蒼龍艦長に選ばれたのは、上位生戦戯盤試験において上級生すら打ち破って学園トップをとったからだ。上位生戦戯盤試験は、上位生に入る十四才以上の生徒全員が対象で行われる。
当然、最上級生である六段生がもっとも有利ではある。
しかし、三段生であるにも関わらず成美は負け無しで試験をパスしたのだ。
同じ三段生十人で構成された彼の艦隊は、被害や犠牲が皆無ではないものの、戦略的勝利条件を満たして勝利し続けたのだ。
実務経験、実戦経験豊富な五段生、六段生を退けて。
「ま、ここはポッチャリ君のお手並み拝見やな」
そう呟いて、容子は騎首を翻した。
『甲種大型龍、本艦に向かってます!』
魔術索敵盤手の四段生女子が悲鳴のような声で報告をあげる。
無理もないだろう。
飛空騎母艦である蒼龍には攻撃のための武装は装備されていない。
飛空騎や小型龍を迎撃するための対空武装呪程度だ。
それでは大型龍を撃破することは不可能だ。
少なくとも重巡空艦主砲レベルの戦略砲撃呪程度は必要だ。
そんなものは飛空騎母艦には搭載されていない。
艦橋に詰めている生徒の大半が動揺したように空気をざわつかせた。そんな中でただひとり、成美だけが落ち着き払っていた。
「……狙った通り、こっちに向かってる」
策はある。
だが、数少ない手札をやりくりしてひねり出した奇策だ。
中型以下の龍はケダモノレベルの知性しかないが、大型龍には高い知性が備わっていることが少なくない。
だからこそ。
「……騙すことも出来る」
成美は小さく笑んだ。
それに応えるかのように、龍が咆哮した。
放たれた衝撃波が、蒼龍の船体を叩いて揺らす。大きさでは蒼龍は赤龍の数倍はあるが、その力の源である核の出力は大差ない。
『きゃあっ?!』
『うわっ!?』
『ひいっ?!』
悲鳴が艦橋中から上がった。いや、蒼龍の艦内で運行に従事している生徒の大半が悲鳴をあげた。
だが、成美は真っ向からそれを受け止めるように微動だにせず龍の姿を睨んでいた。
「……来い。そのまま……まっすぐ!」
艦に退避を命じるでもなく、徐々にその姿を大きくしていく龍を見つめ成美が呟いた。
赤き龍は怯えたように動かぬ蒼き龍を目指して飛翔する。
そして、龍がある位置に来た瞬間……。
「っ!」
目を見開いた成美の前で、下から突き上げるように、雷の柱が赤龍を貫いた。