第二羽
蒼龍に所属する飛空騎二十四騎は、四騎ずつで菱形編隊を組み、それが三つずつ集まった三角形の編隊ふたつで進撃する。
それを瞳孔の細い金色の瞳が捉えた。
グオオォォォオン!!
轟音のような咆哮が放たれる。
その衝撃波を受けて、飛空騎とそれに跨がる騎兵達の体がビリビリと震えた。
大型龍の有り余る魔力の余波を伴った咆哮は、それだけで生物の心をへし折らんとする恐怖を与えてくる。
それを、騎兵達は集中して抵抗していく。
編隊にわずかな乱れは生じたものの、脱落した飛空騎は居ない。
今回のメンバーは、大型龍が相手ということもあり、学園でもベテランの飛空騎兵ばかりだ。
これが新人であったりすると恐慌状態に陥ったり、酷いときは失神してしまうこともある。
魔力のみならず大型龍の巨体はそれだけで脅威であり、恐怖の対象だ。
その大きさを比べれば飛空騎などカトンボに過ぎない。その恐怖に打ち勝てたものだけが、飛空騎隊のエース。“屠龍”の誉れを得られるのだ。
芙蓉学園島でもトップクラスの飛空騎隊である蒼龍飛空騎戦隊のメンバーには、この“屠龍”の称号を持つ者が十人も居る。
実際に称号を与えられるのは中型龍を単独撃破した騎兵だけだが、容子は当然として、美代や茜も“屠龍”持ち。
それ以外にも、来栖 恵子、ナターシャ・アレスキー、シャーロット・ラグダノフ、張 李華、クリシレア・ファーレンハイト、エレノア・ハルスキー、ミューズィー・ハルスキーの七人。計十名の“屠龍の戦乙女姉妹”だ。
彼女達は龍の咆哮の洗礼を受けても微動だにせず、赤い龍を睨み返した。
その様子に、赤い龍は不快さをあらわすように再び吠えた。
ふたたび響く龍の咆哮に合わせるように、三頭の飛龍が加速した。
そして赤い龍は大きく息を吸い込み、その顎を大きく開いて飛空騎を狙う。
「散開っ!」
容子の叫びに、二十四の騎体が四方に別れた。
その瞬間、赤い龍の顎から炎が溢れだし、吐き出される。
核で生成された高密度のエネルギーは、空気を燃料として高熱の炎と化す。それは風を焼きつくし、空間を焦がすほどの熱量。
散開して離脱した飛空騎が、空間が焼き尽くされた事で生じる乱気流に襲われる。
だが、戦乙女達は卓抜した技量で暴れる愛騎を御してみせた。
そこへ飛龍が襲いかかる。
だが、少女達は慌てること無くこれを迎え撃った。
たちまち三頭の飛龍と二十四の飛空騎が空中格闘戦に入った。
飛龍の武器は爪と牙、そして尻尾の先の毒針だ。
特に毒針は、射程が短いものの毒液を噴射出来る。
かすめた程度であれば飛空騎兵用の空戦装束によって防げなくはない。だが直撃してしまうと装束はもたず、装束を貫いた毒液がわずかでもあれば激痛と共に肌が爛れてしまう。
場合によってはショック死もありうる強力な毒なのだ。
また、飛龍は特に飛行能力に優れているため、生半可な腕前の騎兵では、あっという間に引き裂かれてしまう。
たった三頭とはいえ油断は出来ない。
そんな相手に、容子は一対一の格闘戦を挑んでいた。
高い空中機動能力を持つ飛龍を容子ひとりで翻弄する。
その間に、残る二十三人が二頭の飛龍に集中攻撃を仕掛けていく。風の魔法矢による十字砲火で飛龍を追い込み、強力な旋貫風槍数発を確実に叩き込んで、これを撃ち落としていく。
連射性に優れる風連矢で牽制して追い込み、大型龍の鱗すら貫く旋貫風槍による集中砲火でトドメを刺す。
理想的な対龍戦闘法である。
だが、飛空騎隊が飛龍を撃墜した隙を衝くように、大型龍が加速した。
飛空騎を振り切り、母艦である蒼龍を撃墜する腹積もりか。
核で生成されたエネルギーを、その皮膜の翼から勢いよく放出し、赤龍は炎の翼を作って突撃していく。
その驚異的な加速に、騎兵の一人が声をあげた。
「戦隊長! 龍が!」
『かまへん! 作戦通りや!』
だが、容子は落ち着いた様子で返し、迫る飛龍の爪と毒針をひらりと躱す。
手を伸ばせば飛龍に触れそうなほどの超接近戦。龍の体が巻き起こす不規則な乱流を捌き、まるで風に舞う木の葉のように騎体を操る容子。
普通の騎兵ならば龍に激突するか制御を失って墜落するかの二択しかないようなそれを、容子は余裕綽々で行う。
烈風の性能と風精による空中制御力。そして、容子のテクニックが組み合わさった故に可能な超絶戦技だ。
木の葉にまとわり着かれるのを嫌うかのように、飛龍が身を捩る。
体に近い為か、太い爪を振るうことは無く、尻尾と首を振り回して容子を払い除けようとするが、彼女は踊るようにひらりひらりと躱してしまう。
「鬼さんこちら♪ いや、龍さんこちらってとこかいな?」
そう言いながら、容子は飛空騎を踊らせる。そして、おもむろに風連矢を連射した。
風の魔法矢が、飛龍の皮膜の翼を穿った。
飛空艦の装甲のごとき硬さを持つ大型龍の翼と比べれば、飛龍の翼は薄紙のごとき脆さだ。
容子の攻撃で瞬く間に翼を穿ち破られて飛龍はくぐもったように吠えた。
翼が万全でなければ飛龍の特徴である高機動力を発揮することは出来ない。
こうなってしまうと、風に乗ることが出来ず、魔力を推力がわりに浮いているだけだ。
こうなってしまえば、脅威的な空中戦能力を持つはずの飛龍もただの的に過ぎない。
飛龍は、ひらひらと舞い続ける容子に、ボロボロになった翼を叩きつけた。
それを彼女は飛空騎の騎首を跳ね上げるようにして躱した。
その背中を狙うようにして、毒針の尾が突き上げられた。しかし、容子は背中にも目があるかのように、即座に騎体をロールさせて避けてしまう。
が、その先へ飛龍の首が伸びた。
顎が大きく開かれ、鋭い牙を容子の体に突き立てんとする。
刹那。
ガクンッと飛空騎がつんのめるように失速して墜ちていく。
そのせいで飛龍の必殺の噛みつき攻撃は空を切り、ガチンと牙と牙が当たる音だけが空しく響いた。
そして墜ちゆく騎体を追わんと首を巡らせた飛龍の鼻先で、魔法陣が広がった。
容子は墜落しながらも騎体をコントロールして、騎首を飛龍に向けていた。
一瞬、飛龍が驚いたように目を見開いた。
『グォオオォォオンッ!』
威嚇するように咆哮する。が、容子は意にも介さず飛龍の口へ、風の槍を叩き込んだ。