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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

架空の花

作者: リック

 これは、私、朋美(ともみ)の高校時代の思い出である。

 巷では謎の多い作家だとか言われているらしい私だが、それもそのはず。

 私の高校時代は、黒歴史でしかなかった。けれど、それも何十年の時を経て、向き合えるくらいの強さを身に付けたから、こうしてここに綴るのである。


◇◇◇


 私は当時、とても子供っぽい子供だった。高校生にもなって、入学初日にお守りとして魔法少女のアニメのキャラのグッズを持って行った。といってもさすがにフィギュアではなく、メモ帳やハンカチティッシュみたいな実用品の範囲だったが。それでも、下校時に教室で転んでそれらをぶちまけてしまえば、少なくとも本人にとっては笑い事ではない。

 忍び笑いがそこかしこで響いた。ああ、私のキャラはこんなところで決まったんだな、と思った。羞恥を隠すように必死で私物を集めた。


「可愛いね。私もこれ好き」


 でもただ一人、手伝ってくれた女の子がいた。理想の女の子を絵に描いたような、可愛い子だった。彼女は手際よく散らばった荷物を集めると、微笑を浮かべながら私に差し出して言った。


「私、美月(みつき)っていうの。よろしくね」


 私は彼女と友達になった。


 でも、そう思ってるのは彼女だけかもしれない。私は友達とは思ってなかった。


 だって、その時、私は恋に落ちたのだから。恋愛感情は友情とはいわない。


◇◇◇


 美月は大人しくて可愛くて優しい少女だった。大して私は、性癖だけが特殊な、内弁慶の女の子。

 別に、恋愛とか期待してない。けれど、三年間好きな子と一緒の部活とか楽しいだろうなって思っていた。けれど結果は……私が文芸部で、彼女は野球部のマネージャー。


 わざわざ部活のことを書くからには、もちろんそこに私とも美月とも深く関わる人間がいたからだ。あとを追ってマネージャーになろうかと思ったけどやめた。

 美月は、一人の少年を熱のこもった目で見つめたいた。その男の名は、章吾(しょうご)。スポーツ特待でこの高校に入った男だった。スポーツマンらしく坊主頭のよく似合う爽やかな男だった。美月は彼を追ってこの高校に入ったのだ、と、照れくさそうに話してくれた。左利きの彼の真似をして、ついに両利きになったなんて、彼への想いの伝わるエピソードまで語ってくれた。

 ざわざわする気持ちを抑えることが出来なかった。


 ねえ美月。彼は、あなたといて楽しいって思ってくれるの? 私みたいに。

 私のように、毎日会えるだけで幸せなんて思ったりするの?

 私のように、美月のためなら何でもしたいって考えてると思う?


 放課後の部活の時間、三階の図書室からグラウンドの野球部を見る。部員はドリンクの時間のたびに美月にべったりだけど、彼だけはさっさと水をもらうと、グラウンドを見つめながら飲んで、次の練習のための準備運動をしていた。特待で入るだけあって、見事な部活人間だ。

 けれど、それを私がどんな目で見てるのか知らないでしょう。

 べたべたする部員も嫌いだけれど、美月の好意をそっけなく扱う人間も嫌い。嫌い。けれど、彼は美月が好きな人間。私もまた、それなりに好きにならなければいけない気がした。好きな人の愛する人を嫌うのも、それはそれで好きな人を侮辱している気がしたからで、やつに好意があった訳ではない。

 無理矢理いいところを探した。それが前述の部活人間ぶりだ。他は知らないし、どうでもよかった。


「……では、我が文芸部の今期の課題は、『自分以外のものになりきって作文を書く』 これです」


 ぼーっとしていて、顧問の先生の話を聞き逃すところだった、いけない。って、何その課題?


「友人、家族、はたまた人間じゃなくてもいいのですよ。ペットや植物、建物でも。この課題を通して、相手の身になる、気持ちを考える勉強にもしましょう。この経験があなたたちの見識を高め、価値観を広め、相互理解を深めることを祈っています」


 初老にさしかかった女性の先生はそう言って、レポート用紙を配った。


 ……自分以外の何か、ねえ。 

 もし私が他の誰かになれたら? 真っ先に思い浮かんだのは、美月だった。美月は今日も、グラウンドで声援を送っている。いつも優しくて、明るくて、可愛い美月。なりきって創作とか楽しそう……と考えて、これが第三者の目にも触れるものだと思い至って、その選択肢を消去した。万が一でも、この気持ちが公になってはいけない。

 でも、美月に関わる何かにはしたかった。創作活動時のテンション的に。そして思いついたのが――。


『僕は、●●高校の野球部のボールだ』


 そんな書き出しで始まる作文が、数ヵ月後に何の因果か県の大賞を受賞した。美月も両親もクラスメートも先生も祝福してくれた。けれど、とある噂が広がった。


「朋美ちゃんの作文さ、しょっちゅう『左利きのエース』 が出てくるけど、あれどう考えても……」

「ね、章吾くん以外考えられないよね、他にいないし。知らなかった。朋美ちゃんって彼が……」

「文章ではボールが彼を尊敬してるって書いてるけど、まず書き手がそう思ってないと、だもんね」


 大いなる誤解である。というか、自分の裏設定では美月が彼を思って書いたらこんなんかなーとか、でも死んでもそのへんは言えないし、あわわわ。


「朋美ちゃん。朋美ちゃんもなの?」


 ある雨の下校時、深刻な顔で美月がそう尋ねてきた。お節介、というか余計なお世話が好きなクラスメートが何か吹き込んだらしい。


「章吾くん? ないよ。私、そもそも他の人が好きだから」


 とりあえず、これが一番誤解を解くのに早いと思った。


「そ、そうなの? それならよかった……って、朋美ちゃん好きな人いたの!? 知らなかった、誰?」

「内緒」

「えー、ずるい! 私の好きな人は知ってるくせに! フェアじゃない!」

「……大切だから、絶対言えないことってあるんだよ」


 私がシリアスな顔で言うと、美月はハッとした顔で黙った。超年上とか先生とか身内とか言いにくい相手だと勝手に誤解してくれたようだ。背に腹は代えられない。


「そっか、そうだよね。うん。私、相手が誰でも応援するね、大事な友達だもん!」

「……ありがとう。ほら、濡れちゃうから、もっとこっち寄りなよ」


 美月が傘を忘れて、相合傘で帰っているのだ。大勢をお世話する美月に風邪はひかせられない。同性でよかった、なんて、こんなことくらいだ。すぐ隣の美月からは、制汗スプレーの甘い香りがした。


「朋美ちゃんも濡れちゃだめだよ? 未来の天才作家かもしれないんだから!」

「大げさだなあ……」

「友達がこう言うんだから信じてよ! 私ね、朋美ちゃんが有名になったら、昔からの友人ってことでレポーターに取材されて、『彼女はこうなると分かっていました』 ってドヤ顔するの! 夢なの!」

「ふーん。でも野球部の誰かだって、有名になるんじゃない? うち強豪だし」

「えー、だってスポーツ選手って、すぐ女子アナとかと結婚するじゃん。あ、でも本当に一途な人は別だと思うけど」


 美月はこんな調子で、すぐ彼に関連付けて考える。それに嫉妬はしていたけれど、確かに章吾くんは部活に一途な人だから、当分どうにかなることはないだろうと、勝手に信じていた。


◇◇◇


「作文、見た」


 ある日、その章吾くんから話しかけられた。教室で一人日直の仕事をしている時だった。彼は寡黙な人で、必要以上のことは喋ろうとしない。なのに、何故私にわざわざ?


「ああ……勝手にモデルにしてごめん」

「……」


 怒ってるのかな。うん、ちょっと肖像権の認識が甘かったか。


「俺は、頭良くないから文章については分からないけど、良いと思った」

「? ええと、どうも?」

「お前が、そんな風に見ているんだって思って、嬉しかった」

「……は?」

「どこまでも、左利きのエースに尽くすボール、何かお前と重なって……それから、変なんだ。お前のこと考えたら夜も眠れなくなって……」


 バタン、と、教室入り口で美月が鞄を落とす音がした。私はパニックになりながらも、否定した。とにかく否定した。


「た、たかが作文で何なの!? 高評価を貰えるように媚び媚びになるのは当然でしょ! 親友がマネージャーであんたのこと話すから書きやすかっただけよ、変な誤解しないで! ごめん美月待たせて! 帰ろ!」


 呆然とする章吾くんを置き去りにして、美月の腕を掴んで教室を出る。

 その日の下校は二人とも暗かった。


「……章吾くん、朋美のこと好きなんだね。ねえ、朋美は……」

「無理」


 美月が好きだからというのもあるけれど、おそらく、異性というものは私の恋愛対象ではない。そんな気持ちが微塵もわかない。向こうがありますと言われて感じたもの、それは嫌悪だった。お前に何で私が付き合ってやらないといけないの? って思った。……生粋なんだな、私。


「だよね、朋美は、好きな人がいるんだものね。あのね、朋美も困るだろうし、私、朋美は別の男の人が好きなんだよって、私から章吾くんに伝えておくね」

「……うん、そうして」


 それで彼が諦めるなら、そして、美月が彼と話せて喜ぶなら。嘘に嘘を重ねてもいい。美月と、まだこうしていたいから。先がなくても……。


「安心した! あ、ねえねえ、ところでもうすぐ修学旅行だよね。京都楽しみ! でね、自由行動の時に、付き合ってほしいところがあるんだけれど……」


 美月がこちらを窺うような視線をやめて、いつもの美月に戻ってくれた。私も安心して話題を振る。


「恋愛成就で有名な神社でしょ」

「教えたっけ?」

「美月のことだもん」


◇◇◇


 修学旅行。五人で行動が原則だったけれど、美月のどうしても、に押されて、私と美月のみ別行動を取る事になった。代返をお願いして、私達は神社に急ぐ。

 そこで美月は、目を瞑って岩から岩へ無事辿り着くと好きな相手と結ばれるというお呪いを試していた。途中で盛大に転んだけど、私が声で誘導して無事に辿り着いた。


「第三者に助けてもらうと、その人に助けてもらわないと成就しないとも言われてるんだけど……」

「しょせんお呪いでしょ? 百発百中だったら怖いよ」

「まあ、確かに気休めだけど……朋美ちゃんはやらないの?」

「私は、どうせ辿り着けないから。ああ、それよりおみくじやお守りどうする?」

「買う!」


 美月がお守りを選んでいる間、私は絵馬をつけた。


『美月の願いが叶いますように』


 神様、私は嘘つきだから、叶わなくてもいいです、美月のだけは、叶えてあげてください。後ろから呼ばれて、私は美月のもとへ行く。


 この時、同じクラスの別のグループがやってきていて、朋美の絵馬を写メしていた。


◇◇◇


 夏の甲子園、決勝敗退。章吾くん達は、土を袋に入れていた。美月は泣いていた。章吾くんはどうでもよかったけど、美月が泣くのは悲しかった。

 キャプテンの章吾くんは、ヒーローインタビューで「悔しいです。大事な人、達に優勝をプレゼントしたかった」 と語っていたのを後で知った。……お前、まだ忘れてないとか言うなよ。


 いいとこ三回戦くらいのうちが決勝までいったことで、学校中がフィーバーした。章吾くんのインタビューもあらゆる角度から検証された。暇人どもめ。その流れで、章吾くんには好きな人がいる。それがどうやら私のようだ、でも私は他に好きな人がいるらしい、でもその相手ってもしかして……ということが広まって、新学期が修羅場だった。


 登校して、白い目で見られた。ヒソヒソされた。朋美が同性愛者ってマジか、という声が耳に入った。


 バレるようなことはしてなかったはずなのに。そう思い込んでいたのがいけなかったのか、その瞬間の私は酷く狼狽して、みんなに確信させるには充分だったようだ。


◇◇◇


「ごめん」


 放課後、何故か章吾くんが謝ってきた。少し髪が伸びて、日焼けした顔が男らしかった。それが正直異性臭がきつくて嫌だった。


「出所は俺だ」


 お前、私に恨みでもあんの?


「ずっと見てたから、お前が見ているやつにも気づいた。やっぱりそうなのかな、ってポロっともらしたら、あいつら噂に尾ひれつけて……」


 お前じゃないか。尾ひれじゃねーよ確信だよそれ。……でもきちんと口止めしなかった私も悪いか。


「やっぱり、そうなのか? 俺じゃ、だめなのか? 優勝したらって、願掛けしてたけど」

「無理。気持ちは嬉しいけどね。でも、それくらい好きなら分かるでしょ。私だって、美月のこと好きだから。あんたに気持ちや気迫で負けてる気しないから。そんでもってさ、美月はあんたのこと……」


 一方通行な三角関係だった。でも、少なくとも、章吾くんが美月の良さを知ったら、二人は報われるんだよね。


「俺が好きなの、お前だ」

「私は美月だ。……駄目だね。章吾くん、女を見る目ないなー。あと、しつこい男は私嫌い」


 そう言い捨てて、私は教室を出る。


◇◇◇


 完膚なきまでに朋美に振られて、一人教室で佇む章吾に、入れ違いで偶然やってきた美月が話しかけた。


「章吾くん、こんな所に……。あ、あのね、引継ぎの件なんだけど」


 いつもは頑張りやで出来るマネージャーだからそれなりに気さくに接していたけれど。

 今の章吾には虫唾が走る相手だった。異性だからといっても、実質恋の邪魔者ならば敵としか思えない。気持ちを知っていても、憎悪ばかりが募る。それでも最後の理性で、なるべく邪険にしないように追い払おうとした。


「悪い、今お前の顔見たくない」


 それが自称頭の良くない男の精一杯だった。言われた美月は盛大に動揺して、ある種無神経なことを口走ってしまった。


「え、それってもしかしてあの噂……。でも私関係ないよ? レズなのは朋美だけで、私は違うよ? 私も困ってるのに……」


 理屈より感覚の男、章吾はそれを聞くなり平手で叩いた。朋美の気持ちを知っているからこそ許せなかった。

 美月はしばらく何が起こったのか分からないようだったが、頬の痛みに実感がわいた頃、何かの発作のように大泣きした。その声を聞きつけて、美月を探しに行っていた朋美が走ってきた。

 朋美は教室に二人だけ、美月の赤く腫れた頬、殴った直後の姿勢のままの章吾を見て、事態を把握して怒鳴った。


「何を……! あんた女の子に何てことしたのよ! 最低!」


 章吾を親の仇を見るような目で見る朋美。章吾は必死に弁解した。


「違う、そいつが、美月がお前を侮辱したんだ! 俺はそれが許せなかった! お前だって怒っていい!」


 美月の非を糾弾する言葉は、朋美の怒りに油を注ぐ結果となった。


「それが何よ! 美月は私にだったら何してもいい! それをあんたが横からどうこう言わないで、何かしようと思わないで、あんたのやったことは偽善よ! 大事な美月に怪我なんてさせて、余計なお世話よ偽善者!」


 朋美は章吾に食ってかかったが、不意に後ろからとんとん、と叩かれて振り返ると、美月が朋美を平手打ちした。


「お前!」


 怒ったのは章吾だった。朋美は悟ったような顔をするだけだった。叩いた美月は、尋常ではない様子でぶつぶつと呟いていた。


「ずっと騙されてた。二人がかりでバカにした。私って何なの?」

「美月……私……」


 思わず手を伸ばそうとした朋美の手を、美月は叩き返した。


「ずっと私が好きだったって? 気色悪い! 私は正常なんだから! 巻き込まないで! 友達面しないで! 私はこんな気持ち悪い友達をもった覚えなんてない! あんたなんか友達じゃない! 新学期からこんな噂に付きまとわれて、好きな人に殴られて、好きな人はずっとあんたのことばっか……全部あんたの……この疫病神!」


 再度、手を振り上げる章吾を朋美がとめた。


「ごめんね。美月……さん。私、きっと消えるから」


◇◇◇


 その日、朋美が家に帰ると、深刻な顔した両親がリビングで待っていた。


「お前が同性愛者というのは本当なのか」


 わっと母が泣き出した。何でも、美月の母からそんな電話がかかってきたらしい。


『うちの子がね、そちらの子のせいで風評被害といいますか……。あんまり言いたくありませんが、育て方を間違っているのではありません? 悪口とは思わないでくださいね。人間は間違いをするもの、今ならまだ取り返せますから……』


「本当です」


 もう嘘を言っても仕方ないと思った。それよりこれを話して、進路を変えることを納得してほしい。


「……そう、か。どんな考えでも、お前は私達の大事な娘だ」


 母は泣くばかりで話ができず、父がそう答えた。


 しかしそれは虚勢だった。真夜中、トイレに起きると、リビングに明かりがついていた。忍び寄って除くと、両親が朋美の幼い頃のビデオを見ていた。


「あなた、朋美はこの頃は本当に可愛くて……」

「今でも可愛いだろう、世界一の娘だ」

「でも、私が育て方を間違わなければもっと……!」


 テーブルに突っ伏す母を、父が幼い子をあやすように慰めていた。


 翌朝、朋美は「ぜーんぶ嘘でしたー! もーみんなノリ悪すぎ! マジになっちゃってこっちこそ風評被害だよー。大学は遠いとこでいい?」 と明るく振る舞った。


◇◇◇


 卒業式、朋美は美月に話しかけた。美月は冷たい目で朋美を一瞥した。


「最後に、握手だけ、いいかな?」


 美月は最後をこんなことで汚すこともないと思い、乱暴な仕草で手を握ると、用は済んだとばかりに身を翻して去っていった。




「美月ちゃん、今いい?」


 クラスの派手なギャルが、母に連れられて車に乗り込もうとする美月に話しかけた。


「何?」

「んー、アタシも噂の拡大の原因で責任感じてるっつーか、とにかく、筋は通しとこうみたいな?」

「……何」

「これ、写メ。とにかく見て」


 差し出されたスマホの画面。そこには、神社の絵馬。朋美の特徴的な字で、『美月の願いが叶いますように』 と書かれていた。怯む美月に、クラスメートは畳み掛ける。


「最後、クラス違うのもあってほとんど話してなかったみたいだけど、朋美は一番お前の幸せを願ってるやつだったぞ、みたいな? 一部の噂の好き者像みたいなのとは違うぞ、みたいな」

「そんなの……私が一番知ってる。知ってるから……余計許せなかったんじゃない……」

「じゃあ何で、同類に見られるのが嫌だったの?」

「当たり前じゃん! だって、私には友人だったんだもん! それ以上は無理だったんだもん!」


 高校の駐車場に、美月の泣き声が響いた。



◇◇◇


 それから、数年、美月は章吾と結婚したと風の噂できいた。私は高校卒業後すぐ、家族と誰もいない大学へ行ったから、知ったのもずっと後で式には行っていない。向こうも呼ぶ手段がなかっただろう。そこにどんな経緯があったのかは知らない。けれど、一度大失恋をしたもの同士、気があったのかななんて思ってる。


 私は、作家の道で生計を立てている。登場するヒロインは、どれも全部美月を彷彿とさせる。


「その発想の源泉は何か」 と聞かれたことがあるが、そんなもの。叶わない恋が土台になり肥料になり、架空の世界でだけ花を咲かせているだけだ。空しい思いだけが、私にアイディアを与え続ける。


 今はただ、時が過ぎるのを待っている。十年でも二十年でも百年でも。時間が傷を癒したら、昔の記憶を薄くさせたら。

 その時は、笑ってまた話がしたいよ。美月。

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