約束を胸に、僕は日本を発つ。
大喧嘩をした。
「どこにでも行けばいい」
刺す様な目で投げ付けられた枕は僕の買って上げたファーのカバーで、頬と肩を柔らかく詰る。
何より、背を向け俯いた君の大嫌いと言う涙声が一番胸を抉った。
背後から抱きついて華奢な肩に頭を乗せ「君なんていなくていい」と囁く。一瞬震えの止まった君からとうとう抑えきれない嗚咽がこぼれ出す。
いやいやをする君の頭を出来るだけ優しく宥める。
「いたら、きっと修行に打ち込めない。君に甘えてしまう。だから、一人前になるまで、ここで待ってて」
「やだ、一緒に行く」しゃっくり上げてボロボロ泣くから聞き取り難い声が、先刻とは逆の言葉を吐いて、首を振る。僕の肩を君の髪が叩いた。
「待ってて」
びしょびしょの左手を捕まえて苦笑混じりに拭い、薬指にリングを嵌める。
君が泣き止んでのろのろと顔を上げる。子供みたいにキョトンと、キレイな目で左手を見る。しげしげと。
泣きはらした顔を撫でる様に拭って、頬にキスをする。ただ優しく。そして、約束する様に。
振り向いた君が、僕の左手に同じリングを見付けて、またボロボロ泣き出す。僕の胸を濡らして。
「帰ってくる?」
「うん」
「絶対?」
「うん」
「浮気しない?」
「もちろん」
「ほんとに?」
「本当に」
「帰ってくる?」
私のとこに、と胸に縋る指がぎゅっと僕の肌蹴たシャツを掴む。左手のリングが、絞った照明の淡い光を柔らかく弾く。その手を取って指から絡める様に自分の左手を繋ぐ。
「約束するよ」
「待ってる」と喧嘩の終わりを告げた唇が、約束を受け入れて僕にキスをくれた。
それがこの冬の終わり。春が来たら僕は日本を発つ。
そして、彼女との約束を糧に、世界で精一杯戦ってくるのだ。




