第7話 個人的な証言
翌朝、トトたちは、森の空き地で会議をひらいていた。広間で朝食を終えたあと、散歩に行くとウソをついたのだ。一斉に出かけるとあやしまれるので、時間差で外出した。メールで連絡をとりあい、椨の木の下に集合した。トトと霧矢が最初に転送された場所だった。
トトは開口一番、
「なにを話し合えばいいんですかね?」
とたずねた。
サダコは手帳をとりだして、頭をかいた。
「まずは私たちだけで、現場を再現してみましょう。そのあとで関係者に話を聞き、矛盾点を突いていくという段取りです」
サダコの捜査方針に、反対の声を上げる者はいなかった。
「では、タイムテーブルからですね……大江駿が部屋を出て、トイレに向かった時刻を、だれかおぼえていますか?」
その質問は明らかに、トトと霧矢へ向けられていた。
ふたりは、残念そうに首をふった。
霧矢は、
「正確にはおぼえてないですね……時計を見たりはしなかったので……」
と答えた。
トトもうんうんとうなずいた。
「何時何分何秒までは要求しません。だいたいでけっこうです」
「うーん……九時四〇分くらいだったかな?」
霧矢はトトに確認をもとめた。
トトはあの晩のできごとを、念入りに思い出してみた。
「えーと、キリヤさんがわたしの部屋に九時……三五分くらいに来たような……」
サダコは、おや、という顔をした。
「三五分くらい? やけにこまかいですね」
「はい、HISTORICAで時間を見た気がします。三〇と四〇のあいだでした」
「それからすぐに、大江駿の影を見たのですか?」
「……キリヤさんと、すこしお話しした気がします。ほんとにすこしだけです」
トトのあいまいな返事を、サダコは手帳に書き込んだ。
事件を分単位で再現することは、無理なように思われた。
サダコは話題を変えた。
「大江駿がトイレに行ったあと、だれもろうかを通らなかったのですか?」
霧矢は、
「それは断言できます」
と、確信に満ちた表情で、そう答えた。
それに対して、公子は疑念をさしはさんだ。
「障子ごしだったのでしょう? なぜ大江駿と言い切れるのですか?」
「駿さんの部屋から音がしたし、影も短髪で、駿さんに似てたから」
「駿さんの部屋から出て来た、イコール駿さんではありません」
「あれが秋恵さんだったら、長いおさげのシルエットで、わかると思うんだよね」
「シルエットはシルエットです。性急な断定はできません」
霧矢と公子の意見が対立した。
トトはどうしていいのかわからず、オロオロするばかりであった。
じぶんに観察力がないせいで、どちらにも与することができないでいた。
そこへ、サダコは折衷案を出した。
「とりあえず、部屋の間取りを確認しましょう。これでいいですか?」
そう言って、サダコは手帳を霧矢に見せた。
「ええ、これで合ってます」
霧矢は見取り図を確認して、うなずきかえした。
「窓は、ろうかの突き当たりとトイレにしかないんですね?」
「たしかそうだったと思います……開かずの間には、あったかな?」
そう言って霧矢は、公子へ視線を投げかけた。
公子は首を左右にふって、
「昔は窓がひとつあったようですけれど、昨晩調べたときは、ふさがれていました」
と答えた。
「そっか……まあどのみち、木戸の開く音は、一回しかしませんでした。開かずの間に犯人が隠れていたとは、思えません。なにかのトリックがあるんだと思います」
サダコは、トトにもこの点を確認した。
トトは、音は一回だけだったと思う、と答えた。
これについては、すこしだけ自信があった。エルフは耳がいいからだ。
けれども公子は、
「音だけで判断するのは危険です」
と、この点にも懐疑的だった。
たしかにその通りだ、とトトは思った。トトは、教習所での訓示を思い出した。検史官は、なにごとも慎重に判断しなければならない。ただでさえ困難な犯罪捜査に、異世界という要素がくわわっているのだから。
しかしトトの場合は、判断が慎重なわけではなく、単純に遅いのだった。この場の推理のスピードにも、なかなかついていくことができないでいた。
トトがしょんぼりしていると、サダコは話題を転じた。
「犯行時刻よりまえの行動をチェックしましょう。私たちが大広間で食事を済ませたのは、七時頃でしたね?」
霧矢は、
「ええ、そうです。それからぼくは、すぐ部屋にもどりました」
と言った。
この台詞に、トトは「あれ?」と思った。
「キリヤさん、お風呂に入らなかったんですか?」
トトは衛生的な観点から、そのことに疑問を持ったのだった。
「食事のまえに入ったよ」
「あ、失礼しました」
トトは、ぺこりと頭をさげた。
霧矢は先を続けた。
「で、部屋に入ったら、布団が敷いてなかったんです。それで秋恵さんに、布団を持ってきてくれるよう頼みました」
サダコは、
「それは何時頃でしたか?」
と、こまかくたずねた。
「……七時一〇分くらいかな。部屋にもどってから、すぐだったので」
「なるほど、秋恵さんはそのときすでに、離れにいたわけですね?」
「いた、というのは正確じゃないですね。離れと母屋のあいだを、行ったり来たりしてるみたいでした」
トトは、秋恵が食事のとき、広間にいなかったことを思い出した。たまたま欠席していたわけではなく、最初から同席を禁じられているようだった。あの場にいたのは、主人の松川老人と、客人の霧矢、トト、サダコ、公子、そして、村の住人である大江駿と霜野冬美だけであった。
サダコはさらに、
「秋恵さんは、霧矢さんの部屋へ、すぐに布団を持って来ましたか?」
と問うた。
霧矢はしばらく、視線を宙にさまよわせた。
頬肘をつき、難しい顔をした。
「すぐじゃなかったと思います。ぼくが離れに到着して……二〇分後くらいですかね?」
「それは体感時間ですか?」
「……はい」
それではあまり信用できない。サダコはそう言いたげだった。
しかし、その話を聞いていたトトは、あることを思い出した。
ポンと手を叩き、にこやかに口をはさんだ。
「あ、たぶんそれ合ってますよ」
サダコはペンをにぎりしめた。
「……トトさんは、なにか見たのですか?」
トトはハキハキとした声で、答えを返した。
「はい。わたしは食べるのが遅いので、一番最後に広間を出たんです。七時二〇分くらいでした。遅くなっちゃったなあ、と思って、時間を確認した記憶があります。そしたらろうかで、秋恵さんが布団を運んでました。『まだ部屋の用意ができていないので、中庭で待ってください』と言われたんです。庭に行くと猫ちゃんがいたので、いっしょに遊んでました」
「中庭というのは、松川老人の部屋のまえですね?」
「はい、あの庭です」
トトが証言を終えると、サダコはそれをすべて手帳に書き写し、しぶい顔をした。
「ということは、霧矢さんの記憶が正しいわけですか……霧矢さん、そのあとはどうしましたか?」
「そのあとは、じぶんの部屋で休憩してました」
これには公子が、信じられないといったようすで、
「ずっと部屋に引きこもっていたのですか?」
とたずねた。
霧矢はあわてて、
「引きこもってたわけじゃないよ。容疑者がふたり、そばにいるんだから、ちょっとくらい見張ってようと思ったんだ。でも、秋恵さんは仕事がいそがしいのか、すぐにどっか行っちゃうし、大江さんはどこにいるのかわからないし、あんまりいいアイデアじゃなかったね、今思うと。ふたりとももどって来たのは、八時半過ぎだったと思う」
と弁解した。
そこまできて、サダコはふたたび口をひらいた。
「大江さんは、食事のあとで、離れにもどらなかったのですか?」
「ぼくが見た限りでは、一度も来ませんでしたよ」
サダコはペン先で額をかき、けわしい表情をした。
霧矢は不安そうに、
「どうかしたんですか?」
とたずねた。
「私の記憶では、大江さんは食後、離れに向かっていたような気が……」
「離れに? 離れに入って行くところを、見たんですか?」
サダコは目を細め、口をモゴモゴさせた。
それから、自信なさげにこう答えた。
「離れに入ったかどうかは知りません……ただ、離れに向かうろうかを、大江さんが歩いているのは見ました」
「どのあたりです?」
「橋よりもずっと手前ですね。松川さんの部屋を、すこし通り過ぎたあたりです」
サダコの説明に、霧矢は腕組みをした。
トトも脳内で地図をえがき、大江の移動ルートを考えてみた。
部屋にもどっていないとすれば、どこへ行ったのか。それが問題であった。
けれども、トトにはさっぱりわからなかった。
霧矢は、
「忘れ物に気づいて、広間にもどったんじゃないですか? あるいは用事を思い出して、だれかをたずねたとか?」
と推測した。
ほかの三人は、なにもコメントしなかった。とはいえ、その沈黙は、内容が異なっていた。トトは素直に感心していたのだが、サダコと公子は、証拠不十分と見ているようであった。
サダコはそれも、メモに書き込んだ。
「被害者はこれくらいにして、秋恵さんに移りましょう。ここまでの話によると、秋恵さんは七時一〇分頃には、離れにいたわけですね。それ以前は、どこにいたかわかりませんか?」
霧矢は、
「さあ……秋恵さんは使用人だし、食事もべつに取ったみたいですよね」
とだけ言って、トトへ視線をむけた。
トトも肩をすくめ、知らないと意思表示した。
サダコは、確認しようがないことを認めて、
「これについては、ほかの人に聞くしかありませんね。では、七時半に霧矢さんの部屋へ布団を敷いたあと、彼女はどうしたんですか?」
と、質問を変えた。
「仕事にもどりましたよ。トトさんの部屋にも、布団を敷いてたんじゃないかな。色々といそがしそうにしてたのを、おぼえてます。でも、離れにいたのは、ほんの二〇分くらいでしたね。八時前には、どっかに行っちゃいました」
霧矢は説明を終えた。
午後八時前後──トトは自分の行動を思い出す。
そして、霧矢の話に訂正をくわえた。
「あ、それはちがいますね」
霧矢はおどろいて、
「え、どうして?」
とたずねかえした。
「わたしの部屋に、まだお布団は敷かれてませんでした。八時頃にアキエさんとろうかで会って、まだ部屋の準備ができていないって言われましたから。けっきょく、ずっと猫ちゃんと遊んでました」
「そっか、それでトトさん、離れに来なかったんだね」
霧矢は合点がいったのか、しきりにうなずいていた。
サダコは、
「トトさんが離れに移動したのは、何時頃ですか?」
と、質問のあいてを変えた。
トトは頭をひねり、時系列をたどった。
「八時半……だったと思います。アキエさんに声をかけられて、今度は『部屋の準備ができたからお風呂に入って欲しい。もう八時半だから』と言われました」
サダコはあきれぎみに、
「一時間も猫と遊んでたんですか?」
と口走った。
トトは照れ隠しにほほをかいて、緋色のくちびるを動かした。
「そ、そういうことになりますね……」
霧矢は、
「おかげで秋恵さんの行動が分かったじゃないですか。棚からぼたもちですよ」
と、フォローを入れた。トトはこれに感謝した。
サダコもそれ以上は追及しなかった。手帳に今までの話を書き込んだ。
「それで、トトさんはすぐに、浴場へ向かったのですか?」
「浴衣に着替えてから行くように言われたので、それから女湯へ」
トトの言葉に、サダコは、するどいまなざしを向けた。
「な、なんか変でしたか……?」
「そのとき、HISTORICAはちゃんと持参しましたか?」
「HISTORICA……? あッ!」
トトは、風呂からもどって来たときの、じぶんの行動を思い出した。時間を確認するため、制服のポケットから端末を取り出したはずだ。
「わ、忘れてました……ポケットに入れたままです……」
トトはもうしわけなさそうに、頭をさげた。
しかし、謝ってどうなるというものでもなかった。
「備品の管理は、厳重にお願いします。上着のポケットは、ただでさえ掏られやすいのですから。胸ポケットに入れておいたほうが、安全ですよ」
サダコはそれだけ言うと、先を続けた。
「お風呂からもどったのは何時ですか?」
「えーと……九時……三〇分頃だと思います……」
「それはたしかですか? 一時間も入っていたのですか?」
「は、はい。私は髪が長いですし、日本のお風呂はめずらしいので……ちょっと長湯してしまいました」
「体感で一時間くらい、ですか? それとも時計を見ましたか?」
トトは答えに窮した。
そこへ、霧矢は助け舟を出した。
「あ、たぶん一時間くらいで、まちがいないです。大江さんの件で、トトさんを待ってたんですけど、なかなかもどって来なかったのをおぼえてますから。じっさい、一時間近く待ったと思います」
「わたしのこと、待ってたんですか?」
「うん、ずっとね」
「そうですか、遅れてすみませんでした」
トトは、もうしわけなさそうな顔をした。
サダコは今の会話を書きとめた。
そして今度は、じぶんと公子の行動を再現し始めた。
「私と公子さんは、七時に食事を終えて、いっしょに部屋へもどったのですよね?」
「はい。霧矢さんが部屋を出てから、五分も経っていなかったかと。じぶんたちの部屋へもどり、それから少々話を致しました」
ふたりのあいだで交わされた話の内容は、トトにもおおよその察しがついた。
推理だ。それ以外には考えられない。サダコと公子がガールズトークをしているシーンなど、トトには想像もできなかった。
サダコは、
「そしたら、ろうかから足音が聞こえて、話を中断したんですよね」
と確認を入れた。
「秋恵さんがいらしたときですね?」
「ええ、あれは何時くらいでしたか?」
「八時頃だったかと」
八時。その数字に、霧矢が反応した。
「なんだ。秋恵さんは布団を敷いたあと、サダコさんたちのところへ行ったんですね。なにか用事でもあったんですか?」
サダコは、
「公子さんといっしょに、お風呂へ入るよう言われたんです。なぜか急かされましたね」
と答えた。
公子もこれを裏づけて、
「入る順番と時刻が決まっているので、そうして欲しいと言われました」
と補足した。
トトも、風呂に入るタイミングを、秋恵から指定されたことを思いだした。
そして、あるひらめきが浮かんだ。
「もしかして、それが密室のトリックじゃないですか?」
トトの発言に、ほかの三人は目を見張った。
霧矢は、すぐさま口をひらいた。
「お風呂に入る順番が、関係してるってこと?」
「順番というか……入る時間が、じゃないですかね?」
トトの推理に、霧矢は首をひねった。
「被害者の大江さんならまだしも、サダコさんたちがいつお風呂に入るかなんて、関係なさそうだけど」
「……そうですか」
トトは肩を落とし、がっくりとうなだれた。
もちろん、ただの思いつきなのだから、しかたのないことではある。トトは、自分にそう言い聞かせた。
そんなトトの横で、公子はなにかを思い出したように、ハッとなった。
「お風呂で思い出しましたが……入浴中に、だれかいらしたような……」
そのひとことに、サダコも記憶を刺激された。
書き込みで一杯になった手帳をめくり、新しいページにペンを走らせた。
「たしかに、だれか来ましたね。くもりガラスだったので、よくわかりませんでしたが」
サダコはペンをくわえ、しばらく宙を見つめた。
じぶんがあのときなにをし、なにを考えたのか、それをたどっているようであった。
霧矢は、
「使用人じゃないですか? さすがに、のぞきじゃなかったんですよね?」
と言った。
公子は、
「ええ、ドアを開けようとするそぶりは、まったく見受けられませんでした」
と答えた。
トトは、公子の言葉を信じてもいいな、と考えた。
もしくもりガラスの向こうに人影が出たら、じぶんも警戒するだろうな、と思ったからだ。
一方、サダコは後頭部をかいて、なんともいえない表情を作った。
「これはすこし保留しましょう。お風呂から上がったのは、八時半頃でしたか?」
「ええ、そのくらいだと思います。秋恵さんから、『入浴は八時半までにして欲しい』と言われましたので、いつもより早めに上がりましたわ」
「そのあとは部屋にもどって、ふたたび事件について話し合ったんですよね……一〇時前に悲鳴が聞こえ、私はろうかで、トトさんとぶつかりました」
壊れた眼鏡のことを思い出し、トトはしゅんとなった。
「あのときは失礼しました」
「いえ、それはかまいません……ちょっとまとめましょう。霧矢さんは、七時頃に食事を終えて、自室へ移動。布団が敷かれていなかったので、おなじ離れにいた秋恵さんに声をかけた。これが七時一〇分ごろ。それからはずっと部屋にいて、九時半ごろに、トトさんの部屋をおとずれたわけですね?」
「はい、それで合ってます」
霧矢は、うなずきかえした。
サダコは、ここまでのメモをまとめた。
「トトさんは七時二〇分ごろまで食事。そのあとは、八時半まで中庭で猫と遊んで、それから離れに移動。秋恵さんにお風呂に入るように言われて、一時間の長湯。九時半に部屋へもどると、キリヤさんが来て、すこし話をしたところで障子に影を目撃。一〇時前に死体を発見ですか。死亡推定時刻は、九時四七分、と」
その瞬間、トトは、
「なんで九時四七分って、わかるんですか?」
とたずねた。
サダコは、
「HISTORICAの履歴が、そうなっているからです」
と答えた。
あ、なるほど、とトトは言って、じぶんのHISTORICAの履歴を確認した。
大江駿の死体が発見された直前の通知は、九時四七分になっていた。
トトはゆっくりとした思考で、サダコの説明を追った。
そのときふと、彼女のなかで、妙な感覚が芽生えた。なんだかおかしいような気がした。
トトが腕組みをしてうなり始めたので、不審に思ったサダコは、声をかけた。
「なにかまちがってましたか?」
「いえ……なんだか……」
ああでもないこうでもないと、トトは目をつむって、左右に首をひねった。
一分ほどそうしたあと、ふいにまぶたを上げて、こう答えた。
「すみません、わかりません」
サダコは手帳へ視線をもどした。
「なにか思い出したら、教えてください。では最後に、私と公子さんは七時に部屋へもどり、八時ごろまで議論。それからお風呂に入り、これまた人影を目撃。八時半には部屋へもどって、それから死体発見までは自室で待機。以上です」
サダコは手帳を閉じ、ほかの三人を見比べた。
訂正を入れる者もなければ、補足する者もいなかった。
霧矢は嘆息した。
「ぼくたちだけで調べられるのは、ここまでみたいですね。肝心の大江駿の行動がわからないと、なんとも……」
霧矢は無造作に、時間を確認した。
屋敷を出てから、すでに一時間が過ぎていた。
そろそろ帰ろう、という雰囲気になり、全員が岩から腰をあげた。
森の出口あたりまでは一緒に歩き、そのあとはバラバラに帰宅しようと、そういう段取りになっていた。
空き地を出て、けもの道を進むなか、最後尾のサダコは、ふと思い出したように、
「そういえば、使用人の権蔵さんは、行方不明になっているようですね」
とつぶやいた。
ほかの三人はふりむき、三者三様の反応をみせた。
先頭の霧矢は、
「いつ調べたんですか?」
と、情報の素性をたずねた。
「今朝、使用人の女性が話しているところを、立ち聞きしました。昨日の夜、八時からの見回りに出たあと、屋敷へもどっていないそうです」
二番手を歩いていた公子は、
「そのかたの障がいは?」
と、この物語の通奏低音をたずねた。
「聴覚障がいです。使用人のひとりは、犬に吠えられたのに気づかず、襲われたのではないかと心配していました」
サダコの目のまえを歩いていたトトは、
「え、もしかして、そのひとが犯人ですか?」
と、単純な質問をぶつけた。
サダコは、この最後の問いに、ひどく難儀した。
「推理小説だとすれば、あまりに安易な解決で……あまりにも罠のような気配がしますが……こういうとき、行方不明者はすでに死亡していて、死体すり替えのトリックなどに利用されます。しかし、HISTORICAは、権蔵さんの死を通知していませんし、大江駿の首は、すり替えようがありませんでした。権蔵さんと大江駿は、年齢も容姿もまったく似ていないそうなので……いや、あの仮面の下の素顔を、私たちは知らないのですけれどね」
【サダコがメモしたタイムテーブル】
18:55 霧矢、夕食終わり
19:00 サダコ、公子、夕食終わり 母屋の客室へもどる
19:10 霧矢、離れへもどる 秋恵に布団の準備を依頼
19:20 トト、布団を運んでいる秋恵を目撃 その後、20:00まで中庭
秋恵、布団を霧矢の部屋へ搬入
20:00 トト、母屋で秋恵を再度目撃 布団の準備が終わってないと言われる
公子、サダコ、秋恵から風呂に入るように言われる
20:30 トト、離れへもどる すぐに浴場へ 21:30まで入浴
20:40? 霧矢、離れで駿を目撃 19:00から20:40?までの所在不明
21:30 トト、離れへもどる
霧矢、トトを訪問
21:35 物音 駿? 秋恵? 第三者?
21:47 駿死亡
22:00 生首がトイレで発見される