第13話 神懸かり的人間
翌日、朝食を済ませたサダコと公子は、まず夏子の部屋をあさった。そしてサダコの予想通り、常備薬を見つけた。木製の箱に入っていて、鍵はかかっていなかった。カプセルの中身を調べたところ、硝酸ストリキニーネの粉末だった。
調査結果に満足した二人は、散歩を口実に松川邸を出た。使用人に尋ねたところ、犬神タエのいる神社は村の最果て、ご神山の中腹にあるという話だった。
犬神神社。タエが一三代目の神主なのだと、その使用人は語った。
九時に門を出てから、すでに一時間が経とうとしていた。畑も家もまばらになり、草の生い茂った平原が眼下に広がっていた。
境内へ向かう坂道をのぼりながら、公子は、
「あのかたの話によると、タエさんには精神異常でない兄弟がいるのに、長女という理由だけで選ばれたそうですわね」
とつぶやいた。
前を歩いていたサダコは、ふりむきもせずに言葉をかえした。
「ええ、しかもそれを決めたのは松川清さんだったとか」
「そしてそのタエさんが、大江春香を即身仏にするよう指示した……ただの偶然と言ってしまえばそれまでですが、どうも……」
ふたりはそこで口をつぐんだ。
境内の瓦屋根が見えてきた。最後の一段を蹴り上げて、彼らは神社の敷地内へと足を踏み入れた。
古びた社が、サダコたちの眼前に広がった。何年も修築していないのか、廃屋と勘違いしてしまいそうな風景だ。
「はて、どこに住んでいるのですかね……」
まさか社の中に住んでいるわけではあるまい。そう考えたサダコは、迂回して建物の背後へと回った。
すると、ぼろぼろの小屋が、林を背にあらわれた。
サダコは、それを物置小屋と見定めた。
「おかしいですね……ほかに建物は……」
「もしかして、住居の場所と神社のそれが別々なのでは……」
しまった。サダコがそう思った瞬間、小屋の扉が開いた。
これには彼女もびっくりしてしまった。
公子も驚いたらしく、ポケットの端末へと反射的に手を伸ばしていた。
「だれじゃ、神社で騒いでおるのは?」
小屋から出て来たのは、なんと犬神タエだった。
サダコはホッと胸をなでおろし、慎重に声をかけた。
「すみません、お仕事中にお邪魔してしまい……」
「おまえたち、ワシと遊ばんか」
いきなりの誘いに、サダコはすぐには答えなかった。
言葉を発する代わりに、サダコは小屋を一瞥した。タエの開けた扉の向こうには、確かに生活の跡がある。小さな囲炉裏が顔を覗かせていた。どうやら、これが犬神タエの住まいのようであった。
そして、その囲炉裏のそばに、いくつものおはじきが散らばっていた。ほかに客はなく、ひとり遊びをしていたらしかった。
タエは不思議そうに首をかしげながら、
「あ、遊ばんのか? お参りなら社のほうじゃぞ」
と言った。
サダコは、
「その……なんと言いますか、少しばかりお話をうかがいたいと思いまして……」
と、あいてを刺激しないように持ち掛けた。
「話? ……なんの話じゃ?」
「大江春香さんの即身仏について、おうかがいしたいのですが……」
春香の名前を聞き、タエの手が止まった。
どこかおびえたような目付きで、サダコを見返してきた。
「は、春香は生き神様になったのじゃ」
「あの件には、犬神さんがお関わりになられたとか。そういう霊験あらたかな話を聞きたいと思い、ここへやって参りました」
サダコは、タエを褒めたつもりだった。
ところが、タエは予想だにしない反応をみせた。
なぜかひどくおびえたような様子で、壊れたとびらにしがみついた。
サダコは怪訝に思った。
「犬神さんのご神託で、あのような決断がくだされたのでは?」
「わ、ワシはなにもしておらん……しておらん……」
サダコと公子は、おたがいに顔を見合わせた。
なにか重要なことがあると思い、ふたりは予定を変更した。
サダコはあれこれとタエをなだめすかし、落ち着かせた。ただ、落ち着かせたといっても、ややトリッキーな手段に出た。なにか心配事があるなら、話して欲しい、と、あいての不安につけこんだのだ。
そして家のなかへ入れてもらったあと、囲炉裏のまわりに腰をおろした。
「犬神さんは、大江春香さんについて、なんの責任もありません。ですから、むしろだれが悪かったのか、お話を聞かせてください」
タエはしばらく口をもごもごさせ、視線を灰に落としていた。
が、ぽつりぽつりと話を始めた。
「わ、ワシは夢をみたのじゃ……おそろしい夢じゃった……か、神様がもう……ワシらのことはどうでもよいというて、見捨てられる夢じゃった……目が覚めて……怖くて松川のご隠居に話したのじゃ……」
そこで話は止まった。
サダコは、
「で、松川さんのご意見は?」
と、先をうながした。
タエはまたしばらくのあいだ、口をもごもごさせた。
「ぜ、ぜんぶじぶんがなんとかすると言うて……言うて……」
タエは目を閉じた。涙がうっすらとこぼれ、嗚咽が漏れた。
サダコはタエが泣きはらしたことに、若干のとまどいをおぼえた。
けれども、ここまでの経緯から、その先については直感が働いた。
「もしや……段取りを決めたのは、松川さんなのですか?」
タエは鼻水を垂らしながら、うなずいた。
サダコはなにかを確信したようにうなずき、しばらく黙っていた。
「……わかりました。犬神さんは悪くありません。またあとでお話ししましょう」
ふたりは小屋を出た。
うしろでタエのすすり泣く声が聞こえた。
サダコは表口から境内に出ると、約束通り参拝を済ませた。
公子は財布を取り出し、一万円札を賽銭箱に入れた。
いくらお嬢様とはいえ、サダコはその行為にたじろいでしまった。
「いいんですか? お札は返ってきませんよ?」
「ええ……どうやら、犬神タエもまた、犠牲者のひとりだったようです」
公子はそう言い、静かに手を合わせた。
柏を打たないのは、死者への礼拝のつもりなのだろうか。サダコはそんなことを思った。
犠牲者のひとり。その意味は、サダコにも明らかだった。この物語をきちんと推敲せず、誤植だらけでリリースした製作陣。犬神タエもまた、その杜撰な作業の犠牲者であった。
サダコは、
「さきほどの犬神さんの夢は、おそらく潜在記憶というやつです」
とつぶやいた。
公子は目を開けた。
「潜在記憶?」
「登場人物の意識は、出版という行為によって生じます……が、稀に、製作中のできごとをおぼえているキャラクターがいるのです。犬神タエは、製作者たちのテキトウな作業を、どこかでおぼえていたのかもしれません」
沈黙と風が流れた。
ふたりは石段へ向かい、最初の一段を降りた。
そしてその瞬間、公子は、
「どうやら、動機が見えてきたようです」
とつぶやいた。
サダコもうなずいた。
「その通りです。公子さんも私と同じ結論のようですね」
「はい……事件の発端は、松川清がたくらんだ遺産乗っ取りにある。そうですわね?」
サダコはメモ帳に目を通しながら、うなずき返した。
おたがいの推理が一致したかどうか、サダコは確認作業へと移った。
「松川清は、兄である松川洋の遺産を、なんとかして自分のものにしようと企みました。もちろんふたりは兄弟ですから、よほどのことがない限り、相続権は得られません。というのも、日本の法律では、直系卑属、直系尊属、傍系の順で相続権が生じるからです。つまり、子や孫が第一順位、親や祖父祖母が第二順位で、兄弟姉妹は第三順位です。そこで考えたのが、松川洋の孫である主人公を、自分の娘と結婚させる計画だったのです」
サダコの説明を、公子は淡々と受け止めた。
そして、こうつないだ。
「しかし、それだけでは足りなかったのです。松川洋の子孫は、主人公だけではありません。春香さんもそうなのです。それに養子とは言え、大江駿もいます。彼らにも代襲相続権がありますから、遺産の半分は彼らのものになってしまう……そこで、春香さんを即身仏にし、この世から葬り去ることにした。これが真相ですわ」
「犬神タエの夢を神託ということにして、松川清が人身御供を仕組んだわけですね。あとで犬神タエがどう弁明しようと、知的障害からくる言動のブレということで、あいてにされなかったわけです」
坂道をくだりきったふたりは、いったん歩を止めた。
遠くに村が見える。恐ろしい村が。
サダコはそれを見下ろしながら、先を続けた。
「繁山夏子、鎌田秋恵、霜野冬美……被害者の三人に共通する点、それは今回の大江春香殺しに関与していたということです。彼女たちは祖父の松川清に誘われ、主人公の争奪戦に参加した。そして、競争相手の春香さんを脱落させたのです。主人公の遺産と恋心。この点で、松川清と三人は利害関係が完全に一致していました。夏子さんたちは犬神タエの神託に信憑性を持たせるため、自分たちも神託を受けたかのように振る舞ったのでしょう。計画は上手く行き、人を疑うことのない春香さんはまんまと罠に掛かってしまいました」
公子は空をふりあおぎ、青空の色に目を細めた。
彼女たちのおぞましい会話とは裏腹に、空はどこまでも澄み渡っていた。
公子は春香のことを偲び、そしてある疑問にぶつかった。
「春香さんは、松川の罠に気づなかったのでしょうか? 夏子さん、秋恵さん、冬美さんの三人はライバルですから、春香さんの人身御供には反対しなかったのでしょう。だからといって、じぶんが殺されることに反対しないというのは、どうも……」
サダコはペンを回しながら、
「春香さんは、ウィリアム症候群だった可能性があります」
と答えた。
「ウィリアム症候群……?」
「非常に稀な遺伝病の一種です。外界に対する警戒心が備わっておらず、犯罪者や危険な動物にも平気で近寄ってしまうのです」
「では、春香さんはそのウィリアム症候群だったと?」
サダコは、あいまいに首をふった。
「小説のどこかに『人を疑うことを知らない』などの、性格づけが入っていた可能性があります。それが『障害』の誤字とあいまって、特異な精神状態を作り出したのではないでしょうか」
「なるほど……ありえそうですわね」
「いずれにせよ、推測の域を出ませんが」
サダコは髪をかきあげて、手帳をひらきなおした。
これまでの情報を整理する中、公子はさらに別の疑問をぶつけてきた。
「大江駿は、春香さんの死に反対しなかったのでしょうか?」
「それについては、見当がつきます。兄妹とは言え、血の繋がっていない間柄。しかも、大江駿が養子に取られたのは、大江家に子供ができなかったからなのです。ところが、春香さんが生まれてしまった。すると、駿は大江家にとって邪魔な存在となります。家族に冷遇され、義妹を恨むようになった可能性は、十分にあるかと」
「相続でも、不利な扱いを受けたのかもしれませんわ。霧矢さんの話によると、彼は村はずれに住んでいるとか……一方、主人公は松川邸を相続しています」
「ええ、遺言でそうなったのでしょうね……大江駿も、春香さんの死に関与したのではないでしょうか。うとましい妹をかばうよりも、松川清からおこぼれを貰うほうが、よほどいい暮らしができる。そう考えたとしても、不思議ではありません。ところで……」
サダコは、メモ帳のあるところで、指をとめた。
「そうだ、このメモを忘れていました。『鎌田秋恵の障害は?』」
サダコがメモを読み上げると、公子は、
「それについては、考えがあります」
と答えた。
「というと?」
「彼女は、かつらだったのではないかと思うのです」
公子は、トトの台詞を指摘した。秋恵が玄関で転けたとき、彼女の印象が変わった、と。それがかつらの微妙なズレに由来しているのではないか、というのが公子の推理だった。
サダコはとても感心して、ペンでメモをたたいた。
「すばらしいです。しかも、それはトリックに使えます」
「おっしゃるとおりです。障子を横切ったひとかげは、かつらを脱いだ秋恵さんだったかもしれません。あの人影が秋恵さんではないと推測した理由は、それがショートヘアだったから、ということに過ぎないのですから……けれども、密室の謎がすべて解けたことにはなりません。あの人影が秋恵さんだったとしても、捜査は進展していないのです。どうやって大江駿を殺したのか、どうやって現場から逃走したのか、それがわからないのですもの」
サダコは頭をかいた。
「霧矢さんの話では、彼女は自分の部屋から出て来たのですよね。トイレへ大江駿の首を持ち込み、それから気付かれずに自分の部屋へともどる……いったいどうやって?」
サダコは手帳を口もとに当て、視線を地面に落とした。
すると、公子はひとつの仮説を提示した。
「首は、あらかじめトイレにぶら下げてあったのではないでしょうか? 霧矢さんたちが耳にした木戸の音は、じつは開かずの間で、そこへ隠れていたのでは?」
「トイレにあらかじめ用意しておくのですか……? 霧矢さんがトイレに行ったらどうするのです? それに、開かずの間へ入ったところで、密室は解決しません。トイレからどうやってもどったのか、という問題が、開かずの間からどうやってもどったのか、という別の問題に置き換わるだけです」
「これは思いつきなのですけれど……秋恵さんは開かずの間に隠れ、霧矢さんたちが生首に気を取られている隙に、こっそりと自分の部屋へもどったのではありませんこと?」
「心理トリックですか? ……さすがに無理があるかと。トトさんはろうかに残っていたはずですし、いくら彼女でも、真後ろでドアがひらけば気づきますよ。ヘタをすれば、トイレにいる霧矢さんも気づきます」
サダコの的確な反論に、公子は自説を撤回した。
「だとすれば、どうやって……」
「秋恵さんを逮捕できない理由は、そこだけなんです。彼女の部屋は離れにありました。離れと母屋のあいだを頻繁に往復していたのは、彼女です。冬美さんが川へ転落した時刻にも、アリバイがありません。お茶を飲むパフォーマンスも披露しています。そして、それらすべての事件について動機がある。恋愛合戦の邪魔になるキャラの殺害……すべての証拠が、鎌田秋恵を指しているのです。それなのに……」
困惑するサダコ。
公子はさとすように、言葉を継いだ。
「サダコさんらしくありませんわ。最後まですべての可能性を考えませんと」
アドバイザーの忠告に、サダコはハッとなった。
「そうでした……私としたことが……」
ふたりはそのまま石段へとむかいかけた。
あと数歩というところで、公子は足をとめた。
サダコはふりかえって、
「どうしました?」
とたずねた。
「あの日……大江駿の胴体が見つかったとき、タエさんは、森のほうから参りました……神社から近いから、とおっしゃっていましたが、ここから松川邸までは、かなりの距離があります」
サダコは、視線をそらして、宙に固定した。
「……たしかに、近いという印象は、ありませんね」
と言った。
そして、鳥居と反対の方向を見た。
公子もそちらをまなざして、ふたりはしばらく沈黙した。
ほとんど同時に、ある考えが浮かんだ。
先に口をひらいたのは、公子だった。
「この裏手に、もうひとつ道があるのでは?」
サダコはうなずきながら、
「あちらの方角は、松川邸になっていますね。こちらの石段はちょうど逆で、ここから降りると、山辺をぐるりと回らなければなりません。直線距離では、大したことがないのでは?」
ふたりは、タエに気づかれないように、神社の裏手に回った。
縁がわのある、殺風景な敷地に出た。
その縁がわには、おはじきが遊んだまま置かれていた。
あるいは、だれかが来て遊んでくれるのを、待っているかのようだった。
ふたりはその敷地のそばにある、木々のほうへ視線をむけた。
道は、あった。古木にはさまれた狭い通路が、ひっそりと口を開けていた。
サダコは、
「降りてみますか?」
とたずねた。
「ええ」
ふたりは、木々のあいだへ──正確には、森のなかへ、足を踏み入れた。
とてもではないが、歩き心地のよいものではなかった。
参拝客のだれかが、この道を知っていたとしても、選ばないという代物だった。
ところどころ、朽ちた踏み木があり、虫たちの住処となっていた。
サダコは、頭上の枝をどけながら、
「おそらくですが、松川の先祖が作ったものでしょうね。まだ信仰の厚かった時代に、自宅から参拝できるようにしたのでしょう」
と推測した。
公子は、くすりと笑った。
サダコは歩をとめて、ふりむいた。
一匹の羽虫が、視界を通り過ぎた。
「どうしました?」
「失礼しました。サダコさんの推理も、また冴えてきたようでしたので」
サダコは、頬をかいた。
「まあ、ちょっと取り乱したのは認めます」
「わたくしたちがコンビを組んで以来、指折りの難事件ですもの。これまでの事件は、モンスターやゾンビが恐ろしかっただけで、事件そのものは簡単でした。今回はまるで逆です。おぞましい怪物がいない代わりに、事件がきわめて難解です」
サダコも、これには同意せざるをえなかった。
ふたりは下山を再開し、さらに推理をかさねた。
まず公子が、
「犯行は、二人一組だったのですよね? もうひとりが、秋恵さんの密室作りを手助けしたのでは?」
と、自説を提示した。
サダコはこれに否定的だった。
「大江駿の首を短時間で切断し、胴体を持ち出す、という作業は、ふたりいたところで不可能です。これはすでに相談済みですが、松川老人と秋恵、権蔵と秋恵、犬神タエと秋恵、どの組み合わせも、密室トリックを可能にするどころか、むしろ困難にしてしまいます。松川老人と権蔵、権蔵と犬神タエ、あるいは犬神タエと松川老人でも、同様です」
サダコは頭をかいて、帽子をかぶりなおした。
風が吹く。髪がゆれる。ススキが音を立てる。サーッと、静かに。
サダコは故郷にいるかのような、不思議な心地につつまれた。
「公子さん、私たちが最初に相談したことを、覚えていますか?」
「トトさんたちと、ですか?」
「いえ、この物語に到着したときです」
公子は、ええ、とうなずいた。
「因習村の事件は、解決がむずかしい……ですね」
サダコはうなずき返した。
森の隙間から、野辺が見える。頼りないほどにかすかな、ひとの暮らしが見える。
サダコは、故郷の風景を思い出していた。
「私は第八課、ホラーを担当する部署につきました。さいわいにも、まだ殉職していません。第八課で事件を解決するときは、推理よりも護身が肝要です」
公子は、
「わたくしごときの経験で言うのもはばかられますが、その実感はあります」
と言って同意した。
その理由は、こうだった。ホラーに登場する怪物は、特異な殺傷スキルを身につけている。しかも、往々にして理性を持っておらず、トリックを考える能力がなかった。つまり、暴走した怪物が、本来のシナリオであれば生き残るキャラを殺害してしまう、というケースが主だった。そのときの殺害方法には、その怪物が持っている殺傷スキルが、なんの工夫もなく使われた。したがって、推理そのものは簡単であり、モンスターや幽霊からどうやって身を守るかのほうが、先決だった。
ところが今回の事件は、まったくの逆であった。
犯人は生身の人間であり、探偵たちに頭脳勝負をしかけているのだ。
サダコは先をつづけた。
「因習村ホラーでは、妖怪や幽霊ではなく、人間関係そのものが恐怖の源です。横溝正史の『八つ墓村』が典型例で、人間ドラマがそのままホラー作品になります。そして、これが厄介なのです」
「本格推理要素が発生してしまうから、ですね。人間が犯人の場合は、トリックを考えたがります」
サダコは、首をたてにふった。
もしかすると、このことをトトたちと共有したほうが、よかったかもしれない。ただ、あのときは、ふたりに予断を与えないほうがよいと、そう判断したのだった。
「横溝正史が金田一シリーズを作り出したのは、一九四六年。戦後すぐです。その作品と似た雰囲気の漫画、金田一少年シリーズが『少年マガジン』に掲載されたのは、一九九二年。五〇年近い時間が経過しても、類似の舞台を用意することができました。それはひとえに、因習村のイメージのおかげでした。隔絶した空間と、人間関係から生じる動機。このふたつが推理モノに向いており、現代化が容易だったのです。現代機器を排除し、目撃者も極力減らすことができます。これこそが……」
サダコは空をあおいだ。
木々の葉が、蒼天をおおいかくしていた。
「私たちのおかれている状況なのです」
沈黙──公子は、その緋色のくちびるを動かすまで、数分のときを要した。
「とにかく、もう一度最初から考えてみませんこと?」
公子にうながされ、サダコはこの世界に来た最初の地点へと立ち返った。
ひとつひとつ、出来事を順番に追って行った。
そのうち、勾配がゆるやかになって、森は林に変じ始めていた。
公子は、その植生があの祠の周辺に近いものだと、即座に見抜いた。
ところが、サダコは気もそぞろに、あたりをきょろきょろしていた。
「なにか匂いませんか?」
公子は、鼻をすんと鳴らした。
「……たしかに」
その匂いは、大そう不快なものでありつつ、ふたりの熟知しているものだった。
妙にカラスの声が聞こえた。
サダコは、
「公子さんは、ここでお待ちください」
と言って、木々の奥へ分けいった。
クモの糸が制服にまとわりつき、おどろいた昆虫たちが、木々を這った。
匂いがきつくなる。カラスの声が、さめざめと重なり合った。
最後のシダを押し分けた瞬間、サダコは息をのんだ。
散々に食い散らかされた腐乱死体が、小さな空き地に置き去りにされていた。
素面は判断できない。しかし、背格好と衣服から、それは行方不明になっていた使用人、権蔵のものであるように思われた。あの顔をおおっていた仮面も、そのそばに落ちていた。
飛び立って視界をおおうハエのように、サダコの思考は錯綜した。
(権蔵の死体が、なぜここに……? 死後数日は経っているうえに、HISTORICAの記録には残っていない……モブだから、通知がなかった? しかし、準メインキャラに近いような……)
サダコの顔は、蒼白になった。
「そ、そうか、大江駿の死亡時刻は……ッ!」
サダコはススキ野の真ん中で、大声を出した。
「公子さん! 犯人がわかりました! 早く屋敷へもどらないと!」
【解決篇へ続く】




