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漫画原作(未作画)

そろばん無頼 割算之巻  【シナリオ形式】

作者: 阿僧祇

*ウェブ漫画「一々口伝」(作画:ゆちよ)の続編として書いたシナリオに、一部加筆修正したものです。

http://mangayomo.com/indies/lnbbblLoUlUFo3FL/view?id=197


■主な登場人物

孝佳:久能孝佳(くのう・たかよし)。浪人。頭は切れるが性格は昼行灯。

千代:森田千代(もりた・ちよ)。父の遺言により、孝佳に弟子入りした熱血娘。


重兵衛:笠間重兵衛(かさま・じゅうべえ)。旗本・三戸(みついど)家に仕える壮年の

 武士。

右京:三戸右京之介(みついど・うきょうのすけ)。旗本・三戸家の代官。重兵衛より

 は若い、上品な痩せた武士。


甚/嘉/五:お百姓の三兄弟。父親の遺産分けで争う。

八/熊/留:町人で長屋の住人。富くじの当たりの分配でもめる。


茂徳:柴崎茂徳(しばざき・しげのり)。30前後の男。計算高そうな雰囲気の算術家。


兵庫頭:森田兵庫頭(もりた・ひょうごのかみ)。千代の父親で故人。もとは某藩の

 家臣だったがゆえあって浪人、算術道場を開いたものの孝佳との勝負に敗れ、

 その門弟となった…らしいが、この話の時点では詳細不詳。(笑)

 不器用だが熱心な老人。


[1]

T「そろばん無頼 割算之巻」


キャプション「時は江戸時代。このころの算術(数学)は退屈な勉強などではなく、名誉を賭けた真剣勝負でもありました。」


[2]

 ○長屋の一室

孝佳の声「世の中には二種類のものがある。数えられるものと数えられないものだ。」

  そろばんをはじく孝佳の手。

  孝佳、「算用記」という題名の見える書物を開き、千代と向き合って解説中。

孝佳「数えられるものはあるがままに、一つ・二つと数えていけばいい…二十つ(はたち)でも三十つ(みそぢ)でも、百つ(ももち)でも万つ(よろづ)でも、いくつまでも。」

 「が、数えられないものはそうはいかない。まず度量衡(単位)を決めてそれを基に測ることになる。長さ・重さ・(カサ)・時の流れなどがそれだ。」

 「この二種は、同じ『数』と言っても、いちおう別物と考えたほうがよい。」

  背景に、桝/ものさし/天秤秤り/砂時計 など

 (欄外注:分離量と連続量)

孝佳「数えるものにしろ測るものにしろ、足すのは楽だが分けるのは大変だ。しばしば分けきれずに余りが出る。」「余りをどうするかにはみっつの方法がある。切り捨てるか、切り上げるか、さらに細かく分けるかだ。これを『割り算』と言う…」

  千代、必死にノート(?)をとってる。

千代「あの、お尋ねしたいことが……」

孝佳「師匠が話してるときにさえぎって質問とは無礼な!」

  孝佳、不機嫌になる。

孝佳「わからないことはまず自分で調べて、考えろ。何らかの答えが出てから、それが正しいかどうかを質問で確かめるのだ。」


 ○玄関口

  そのとき、玄関口に重兵衛が。

重兵衛「ごめん!」

  玄関口に、表札くらいの小ささの看板が。

看板「似角流指南所 久能塾」


[3]

 ○長屋の一室

孝佳(玄関に)「はーい。」

 (千代に)「来客だ。済むまでソロバンで確かめながら八算を暗誦するように。」

千代(そろばんを手にいやそうに)「えぇ~……」


  パチパチパチ…と算盤の音。

千代「二一・天作(てんさく)五~(10÷2=5ちょうど)!」「逢二進(にっちんが)一十~(20÷2=10)」「三一・三十一~(10÷3=3余1)!」「三二・六十二~(20÷3=6余2)」「逢三進(さっちんが)一十(30÷3=10)……」(*横書き推奨(笑))

キャプション「八算…当時は、掛け算だけでなく割り算にも「九九」があった。」


 ○玄関口

孝佳「何かご用でしょうか?」

重兵衛「みどもは旗本・三戸家の用人で木村重兵衛と申すもの。主命で、算術名人の久能孝佳先生にまみえたい。先生のお屋敷はどちらかな?」

孝佳「……」「算術使いの久能孝佳なら拙者で、ここは自宅ですが。」


 ○長屋の一室

  重兵衛が土下座してひらあやまり。

孝佳の声「もうお手を上げてください。」「それでは話もできない。」

千代の声「四三・八十二~(30÷4=8余2)! ……!」


[4]

重兵衛「まさか名高き久能先生が、こんな貧乏とは思いもよらず……」

孝佳(ムッとして)「貧乏で悪うございました。」

千代の声「五四倍双八~(40÷5=8)! ……!」

  パチパチ

重兵衛「ところで、所用というのは他でもありません……」

孝佳「もし仕官の話ならお断りいたしますが。」

重兵衛(焦)「な、なぜ!? 七十石も出すという好条件ですぞ!」

孝佳「仕官すると、お義理だお役目だと忙しくなって、算術の研究をする余裕がなくなるからです。」

重兵衛「そこをなんとか!」

孝佳「紀州様や加賀様(*)に二百石というお話をいただいた時もお断りしました。七十石で仕官したら、紀州様がたのお顔をつぶしてしまいます。」

千代の声「六三天作五~(30÷6=5ちょうど)! ……!」

 (欄外注:*紀州/加賀は、ともに第一級の大大名)


[5]

重兵衛「な、ならばこの場で腹かっさばいて……!」

  重兵衛は上着を脱いでもろ肌となる。孝佳はめんどくさそうにため息、

孝佳「後始末が面倒だから、切腹ならよそでお願します。」

千代の声「逢八進(はっちんが)一十~(80÷8=10)! 九掃加下一倍(10÷9=1余1)!」

  重兵衛、怒りに震え出す。

重兵衛「た…たかが算術使いの浪人の分際で、武士の切腹を愚弄するか……ゆるせん!」

  重兵衛、脇差に手をかける。

孝佳「!」


  重兵衛の刀が振り下ろされかけると、一瞬、その手首を下から叩くように算盤が

  横から突き出された。(千代である)


[6]    

  千代、重兵衛の刀の方の手首を算盤で受け止めるように下からおさえ、もう片手で

  重兵衛の襟を掴み、足払いをかけていた。重兵衛は宙を舞う。

千代「逢九進(くっちんが)一十ッ(90÷9=10)!」

  孝佳は、閉じた扇子を手に身構えながら(防御の体勢…孝佳も武術の心得がある)、驚いてる。


[7]

  千代、重兵衛の脇差を取り上げ、右肩を極めてうつ伏せに制しながら

千代(嬉しそうに)「先生、終わりました!」

孝佳(汗笑)「えーと…八算の暗誦が?」「それとも捕物が?」


 (時間経過)

  孝佳と千代が向き合って、それぞれの箱膳で一汁一菜の質素な食事中(夕食)。

千代「柔術(やわら)は父に教わりました。」

孝佳「森田兵庫頭殿か……不器用だが何事にも熱心な方だった。」

  (裏設定:似角流は算術をベースにした武術でもあり、実は兵庫頭の柔術も孝佳が教えたものなのですが、千代はまだそれを知りません)

千代(嬉しそうに)「その父の遺言で、私はここにいるのです♪」

孝佳(不安そう)「…………。」


  (回想)

兵庫頭(照れ笑い)「先生、実は拙者には、年頃になる娘がおります……」

  (回想おわり)


孝佳「……いや、まさかね。」

  孝佳、首を横に振る。

千代「は?」

  (裏設定:もちろんその「まさか」なのですが(笑)、読み手にはナイショ)


[8]

孝佳「何でもない。」

千代「それにしても先生、仏さまでもあるまいに、一膳メシとはなさけなや。」

  (裏設定:大正期の「軍隊小唄」の引用で、時代考証無視のギャグですが、わからなくてもとりあえず問題ないでしょう)

孝佳「貧乏で悪かったな!」

  千代、ぱくぱく食べながら

千代「先生なら、士農工商どれをやっても成功できると思うのに……」

孝佳「いや、拙者は……」

  孝佳、夢見る少年のような瞳で宙をみつめて、

孝佳「似角流算術のすべてを受け継いで、さらに発展させることのできる内弟子(*)を、じっくりと育てたいのだ。それができれば飢え死にしてもかまわん。」「なによりこれが、亡き師への恩返しと思っている。」

  (欄外注:* 住み込みの弟子)

千代「はぁ~……そういうもんですか。」「でも、その内弟子さんはどこに?」

  孝佳も食事を続けつつ肩を落として

孝佳「拙者の若いころのように厳しく教えたら、ぜんぶ逃げた。いまは千代……お前だけだ。」


  千代、箸をくわえたままなぜかドキッ。(笑)


  (回想)

孝佳(美化されてる?(笑))「千代……お前だけだ。」

  (回想、おわり)

  (裏設定:「まさか」への一歩です(笑))


[9]

  孝佳、食べながらジト目で

孝佳「しかしあんまり厳しくすると、お前も逃げそうだな~……」

千代「に、逃げたりしません! どんどん厳しくしてください、父の遺言ですから!」

  孝佳、食べ終わって箸を置く。

孝佳「遺言、遺言て……それはわかるけど、亡くなった人の執念にいつまでもつきあってるとロクなことないぞ? (以下書き文字) ごちそうさまでした」

  千代、気づかずにまだかっこみ続けてる。

千代「それは先生も同じでしょう?」「とにかく免許皆伝をいただくまで、私は弟子をやめませんからね!」

孝佳「ならば厳しいことを言うが……」


 ○長屋の外(夜)

孝佳の怒声「師匠が箸を置いたのにまだ食ってる失礼な弟子があるかーーーッ!!」

千代「すッ、すみません!!!(涙)」


[10]

 ○代官所の座敷

  重兵衛が右京の前で平伏している。

右京「では、似角流の久能孝佳は来てくれなかったのだな。」

重兵衛「はっ…しかし、別の者をみつけてまいりました。」

  茂徳が後ろで控えている。

重兵衛の声「柴崎茂徳と申し、柴崎流算術を起こした達人だそうでございます。」

  茂徳、ニヤリ。


 ○街道

  笠を着けた孝佳、考え事をしながら足早に歩いている。

  その後ろから、あわててついて行く千代。

千代「また、急に出かけるなんて…」

孝佳「ちょっと気になることがあって。」「しかし、ついてこなくてもいいのに」

  千代は拳を握って読者視線でポーズを取り(笑)

千代「いいえ! 内弟子となったからには、先生の行住臥座にくっついて歩き、少しでも多くのことを学ばなければなりません!」

  孝佳、すたすたと行ってしまう。

孝佳「それも兵庫頭殿の遺言?」

  孝佳、あわてて追いかけてる千代の方は見ず、歩きながら

孝佳「よかろう。…では歩きながら(きん)の四十四割り暗誦。」

  算盤を突き出す。

千代「げっ!」


[11]

  千代、必死に孝佳に付いていきながら算盤をはじく。

孝佳「一二・加下十二(100÷44=2余12)、二四・加下二十四(200÷44=4余24)……」

千代「えーと……三六・加下三十六(300÷44=6余36)、四九・加下の四(400÷44=9余4)!」

孝佳「終わったら次は銀の四十三割り。」

千代「…………(涙)」

キャプション「当時の通貨は小判1枚=金44匁であったため、四十四で割る九九も使われていた。他にも、かならずしも十進法とは限らなかった度量衡に従って、十六割りだの四十三割りだの様々な割り算の暗記があったのである。

 書文字:ややこしー(涙)」


 ○農村

  孝佳、村人に

孝佳「この辺で境界争いをしている土地がないか?」

農夫「へい、それなら……」

  村人、遠くを指差す。

  千代はうしろでへたばりかけてる。


[12]

 ○田地

  そこは、田んぼ。

孝佳「ふむ……なるほど。」

  そこへやってきたのは、重兵衛。

重兵衛「ん? そこもとは……久能ではないか。何しにここへ?」

孝佳「これは笠間殿……。拙者に声がかかったので、もしやと思ってきてみたのですが……」「お役に立てるかもしれません。」

重兵衛「いや、もう他の算術家を頼んだ。」

孝佳「察するに、田地の分割の問題ですね?」

重兵衛「うむ…」


[13]

重兵衛「ある百姓が死んでな。3人の子が田地を分けることになったのじゃが…長男に1/2、次男に1/3、末弟に1/9を与えよという遺言なのじゃ。」「が、残されてるのは 1反(*)の田んぼが17枚。どうもうまく分けられん。」

  (欄外注:1反=300坪≒米1石(300升)が採れる広さ≒1年で人口1人分の生産)

  孝佳、何かに気づいた顔。

孝佳「そのお百姓さん、算術が下手だったのか異国の話を知っててわざとやったのか、どちらかですね」

千代「?」

重兵衛「そこで柴崎なにがしという算術者を雇って相談したところ、畦を壊して坪単位で分けるという案を…」

孝佳「!」「いけません! この問題はその方法では解決できん!」

重兵衛「?」


[14]

孝佳「いかがでしょう、ここは拙者の案を使ってもらえませんか? きれいに割り切ってみせますが。」


 ○不定形の田んぼ

  農夫があぜ道で梵天(測量用の、房のついた竿)を立てている。

  帳面を手にした鉢巻き姿の孝佳が、たすきがけした千代を助手に測量中。ものさし、分銅、タコ糸、羅針盤などを使用。

  後ろで重兵衛が見ている。

孝佳「そもそも割り算とは。」「遠く南蛮の寿天屋(ユダヤ)という国に智慧万徳の銘木があり」「ある夫婦がその実を2人で分けて食べたときから始まったという。(*)」

 (欄外注:江戸時代に本当にそういう説が…アダムとイブの話?(汗))


  孝佳、そろばんをはじく。

千代「あれ? 八算を使わないのですか?」

孝佳「ああ。これは別の方法さ。八算よりも応用性のある割り算だ。」

千代「!」「そんな物があるならなぜ八算の暗誦などさせるんです!」


[15]

  孝佳、帳面に書きつけながら

孝佳「ものごとには順序がある。いきなり難しいことをやって挫折してしまうより、身に付けやすいことから始めねばならん。」

  孝佳、千代に背を向け分銅を下げて糸ごしに遠くを見ながら

孝佳「ためしに111を3で割ってみろ。」

千代「そろばんを貸……」

孝佳「暗算で!」

   千代、必死になって左右の指で数えている。

千代「えーと、三一・三十一で十の位が三あまり一、一足す一が二だから三二・六十二で一の位が六、余りは二足す一が三で、一の位は六足す一…」「答えは三十七……あれっ、解けたッ!?」

  背景「111÷3=(90+18+3)÷3=(90/3)+(18/3)+(3/3)=30+6+1=37」

孝佳「算術とは、楽をするため…なるべく計算をしないためにある。憶えたら楽になるものは憶えればいい。」「もっとも、将来にはさらにもっと楽に割り算をする方法も みつかるだろうな。」

  しかし千代はそんな説明を聞いてない。感動のあまり嬉し泣きして孝佳の袴にすがりつく。

千代「先生~っ、三桁の割り算を暗算で解けました~っ!! 

 書き文字:私って天才!?」

  孝佳、帳面に「卅七」と書きつけつつ、めんどーくさそーに、

孝佳(汗笑)「あー、こんなのはまだ初歩だから、これからもがんばんなさい。」


[16]

  孝佳、帳面を閉じて

孝佳「よし、まちがいなく1反。この田んぼを1日だけお借りします。」

重兵衛「遺産分けに使うのだろう、返す当てはあるのか!?」

孝佳(笑顔)「大丈夫、終わったらそっくり返します。損も得もありませんよ。」


 ○陣屋、夕方

  庭に3人の農民(甚/嘉/五)、縁側に孝佳、その後ろに千代、反対側に茂徳、

  座敷には右京と書記役の重兵衛が座る。

右京「では、裁きを言い渡す。」「まず、これなる久能殿が田んぼ1枚をそのほうらに貸し与え、つごう、1反の田んぼ18枚となる!」


[17]

甚「ありがてえお話しですが…その借りた田んぼも分けちまって大丈夫なんで?」

  一同が不安そうに孝佳を見るが

孝佳「大丈夫だ。拙者に任せなさい。」

右京「18反の田んぼのうち、1/2の9反を長兄・甚兵衛の取り分とする。」

甚「へへっ!」(平伏)

右京「1/3の6反を次兄・嘉兵衛、1/9の2反は末弟・五郎兵衛の取り分である。」

嘉「頂戴いたしやす」(手を付く)

五「ありがとうごぜえます (以下書き文字)開墾しなきゃ…(汗)」(平伏)

右京「さて……」

  右京、孝佳の方を見る。


[18]

孝佳「わけた田んぼは、9枚と6枚と2枚。余りが1枚出ましたね。」

一同「え!?」

千代「た、たしかに!」

  背景に「18-(9+6+2)=1」

  孝佳、お辞儀しながら

孝佳「借りた田んぼはこれでお返しできます。お代官様のみごとなお裁き、皆も感じ入ったことでしょう。」


[19]

  右京、疑問顔ながらも

右京「う、うむ。では、これにて一件落着~」「?、?、?、」


 ○長屋の一室

孝佳「つまりな…もとが分け前より多かったんだ。」

  「1/2+1/6+1/9=17/18 1/18が余る」

  千代、文机に算盤を置いて

千代「あ、ほんと…」

孝佳「もともと余りが出るものを、無理に分けたところで割り切れるものではない…

 余りをさらに同じ割合で分けたとしても、もっと小さな余りが出てしまう。」

千代「それで、田んぼを1枚足して割り切れるようにしたのですね♪」

  孝佳、お茶を飲みながら

孝佳「難しいことは、割り切れるように簡単にして解決するのが一番さ。」

声「たのもう!」


[20]

  千代が戸を開けた玄関口に、茂徳が立っていた。


茂徳「久能孝佳! よくも拙者に恥をかかせてくれたな?」

  孝佳、玄関口まで出て千代の背中越しに

孝佳「しかし、おぬし、坪単位で分けてたらややこしいことになっていたぞ?」

茂徳「黙らっしゃい!」

  茂徳、必死の表情。

茂徳「わしも柴崎流算術の創始者だ、貴様に算術の勝負を挑む! 負けた方は勝った方の弟子になるのだ!」「さあ、問題を出してみろ!」

孝佳「問題といっても……」

声「せんせ~」

  声の主は、長屋の住人の八っつぁん。

孝佳「おや八っっあん。どうした?」

八「困っちゃってよ。久能先生に頼むしかねえんだよ。」


[21]

茂徳(イラついて)「今、とりこみ中…」

孝佳「いいから話してみな?」

八「熊公と留公と3人で、銭を出し合って富くじ(*)を買ったんだけどね。当たったらそれぞれ、1/2、1/3、1/6で分ける約束で。」

  (欄外注: * 宝くじのようなもの。単価が高いため庶民は共同で買うこともあった。)

千代「また半端な約束したわね~」(汗)

八「お互いに複雑な貸し借りがあって、もしも当たったら全部チャラにしようって話でさ。(汗)」「ところが、当たった銭のうち、礼金を払った残りが11両きっかりだったんですよ。(*)」

孝佳「それもまた半端な額になったな。」

  (欄外注:* 当たると一部は礼金や税として天引きされた)

八「それでね、両替屋に行くと手間賃がかかるから、両替せずにキレイに分けたくて、先生の算術でなんとか……」

孝佳「!」「ちょうどいい。」


[22]

孝佳「柴崎殿、この問題を解決できるか?」

一同「ええっ!?」

柴崎(呆れて)「…キレイに分ければよいのだな? 雑作も無い。」

孝佳「よし、じゃあ両替せず誰も損しないように分けられたらあんたの勝ち。拙者は算術指南の看板をおろして弟子になるよ。どうだ?」

千代(心配そうに)「先生!」

茂徳「ふっふっふ、わしの柴崎流算術に任ておけ!」

  茂徳、自信たっぷりに八の肩を叩く。

茂徳の心の声「バカめ…先日、貴様が解法を見せた問題じゃないか!」

  茂徳、ほくそえむ。


 ○長屋の縁台。

  11両の金子が置かれ、八、熊、留の三人が囲んでいる。離れて孝佳も見ている。

茂徳「わしが1両の金子を足す。これで分けるがよい。」

八「お武家さん、そんなことしたらあんた損じゃないんで?」

茂徳「はっはっは! ところが1両はちゃんと返ってくるのだ。さあ、分けてみろ。」


  孝佳、吹き出しそうになる。

千代「?」


[23]

八「じゃ、1/2の6両。」

熊「あっしは1/3で4両。」

留「おいら、1/6だから2両。」

茂徳「ん?」(汗)

  縁台に小判は残って無い。

  三人、去って行く。

八「お武家さん、ありがとやんした~!」

熊「これで、溜まった家賃が払えるぜぇ~」

茂徳「あ、あれ?」

  柴崎、涙顔。

茂徳「わ、わ、わしの一両がッ!?」(爆汗)

  後ろの方で

孝佳「千代、よく憶えておけ。割り算ができないとああやって損するんだ。」

千代「はい。」(汗)


[24] 

茂徳「どういうことだッ!!」

孝佳「1/2と1/3と1/6ではな、田んぼの時と違い、分け前の合計がもとと同じなんだよ。」

  背景「1/2+1/3+1/6=6/6=12/12」

孝佳「余りが出ないのだから、足しても戻ってくるわけがない。」「この場合は、まず6両を3・2・1に分けて、1両以下の余りの分だけ両替するしかないだろ。」

  柴崎、大ショック。

茂徳「くぅぅぅ…修行が足りなかったか!」

孝佳「これに懲りて、もっと算術の稽古をするんだな。」「しかし…この程度の割り算を間違うとは、いったいどこの師匠に学んだんだ?」

茂徳「独学じゃい!」

孝佳「え?」(汗)


[25]

  柴崎、「算術秘奥階梯次第」と書かれた一冊の本を取り出し

茂徳「この本を古書店で手に入れ、独学で柴崎流を編み出したのじゃ!」

孝佳「…………!」

  孝佳、絶句。

千代「どうしたんです、先生?」

孝佳「いや実はあれ、拙者がむかしバイトで書いたクイズ本…」

茂徳「げげっ!!」


  孝佳、諭すように、

孝佳「仏教に「有頂天」という言葉がある……「天狗」とも言う。まだ究極に達してないのに勘違いして得意がることをそう言うらしい。」「独学者はその罠にはまりやすいが…あんたも天狗になったのだな。」


キャプション「本を読んだだけで算術の道場を開いた男が、相手をその著者とは知らずに勝負した事件は実際に記録されている。」


[26]

  茂徳、土下座。

茂徳「改心いたします。ぜひ、ご門弟にお加えいただき、修行のやりなおしを!」

  孝佳、ぽりぽりと頭を掻いて

孝佳「うーん……それではひとつ問おう!」

孝佳「これなる森田千代も、難問を解いたことで弟子入りを許したのだ。あんたも解けたら弟子にしようじゃないか。」

  千代、後ろで心配そうに孝佳を見ている。

  (裏設定:弟子が増えそうでちょっとヤキモチも入ってる(笑))

茂徳「門試(入門試験)ですな!? なんなりと!」


孝佳「馬と亀が駆けっ比べをすることになった。実力差があるので到着地(ゴール)より馬は10里(40km)、亀は5里(20km)離れたところから走り始めることにした。」

 「1刻(約2時間)で、馬は5里を行き(約20km/h)、亀は半里進む(約2km/h)とする。」

  背景に図。

千代(下のコマから図を見上げながら)「じきに追いつきますね。」

孝佳「ところがっ!」

  孝佳、嬉しそうにハリセンで机を叩く。(どこから出したかは聞かないで(笑))


[27]

  孝佳、楽しそうに

孝佳「最初に亀がいたところを馬が通るのが1刻後。そのとき、亀は半里先に行っている。」「そこを馬が通るのが1/10刻後。その時、亀は1/20里、先に進んでいる。」「1/100刻後に馬がそこを通るとき、亀はさらに1/200里進んでいる。」

  背景に図。

千代「え? あれ…?」

  千代、指で計算しながら困惑。茂徳も困惑。

孝佳「こうやって次々と計算していくと、馬はいつまでも亀においつけないことになる。」「なぜこういう間違いが起きるのか、解いてみろ。」

  (欄外注:ゼノンの逆説(パラドックス)のひとつ「アキレスと亀」)


茂徳「???」

  茂徳も必死に指で計算。

孝佳「独学で新流派まで興したんだから、才能はあるはずだ。」「その才能が本物なら、旅でもしてるうちに解けるだろうさ。」

  孝佳、立ち去ってしまう。

茂徳(千代を横目で見ながら)「あんたも解いたのか?」

千代「え? ちがう問題でしたけど、旅先でひとつ。」


[28]

 ○長屋の一室

  孝佳、傘を貼っている(内職)。

孝佳「わからないのか?」「数えられない量を二で割りそれを二で割って、それをまた二で割る…いくら割っても数がどんどん半分になるだけで、(ゼロ)にはならないだろ?」「追いつくのは両者の差が零になるときだ。」

千代「あっ!!」

  孝佳、ため息。

孝佳「こういう問題はな、天元術(てんげんじゅつ)(*)か旅人算(たびびとざん)で解く。」

 「天元術は千代にはまだ難しいから、今日は旅人算でも教えようか。」

  (欄外注:* 算木を使って方程式を解く方法)

  孝佳、棚から「塵劫記」という書物を取る。

千代「旅といえば、あの人、本当に旅に出ましたよ…「女に解けてわしに解けぬなど、ありえん!」とか言って」

孝佳「男だろうと女だろうと、理屈をわかってれば解けるし、わかってなきゃ解けん……それだけのことさ」


 ○長屋の外、夕方

孝佳の声「それを知らない奴には、割り切れない話かもしれんな。」

千代の声「あまりが出たんですか?」

孝佳の声「…いや、そういう意味じゃなくて。(汗)」


キャプション「割り算の九九…八算や十六割などは、昭和時代初期まで使われていた。しかし現代では度量衡のほとんどが十進数となり、また筆算法や計算機が普及したことで意義を失ったため、過去の遺物となってしまったのだった。」


                               ~~~ 完



■参考資料

「算用記」著者不詳/「塵劫記」吉田光世/「因帰算歌」今村知商/

「数学質問箱」矢野健太郎/「数学ミステリー(シリーズ)」仲田紀夫/

「江戸期和算解説」下平和夫/「江戸時代の数学」田崎中/「数学史物語」 他


■補足

 物語中の設問と解答は上記の資料から引用しており、作者自身は数学にはシロウト

なので、複雑な質問や注文はしないでください。(汗)

 ただし、意図的に考証無視したネタ以外への誤りの指摘は大歓迎です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も、為になって面白い話でした!! ありがとう!!
[一言] こんにちは。 千代が「わあ♪三桁の割り算が暗算で解けた!」と小躍りする場面では 暗算が苦手な自分も、嬉しくなりました。 孝佳師匠のシリーズ、これからも楽しみです☆
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