11話 捉えた明かり
最初それが懐中電灯の明りだと気づかなかった。
腰を下ろしている位置のかなり下の方角に、薄い白っぽい光がちらちらと木々の間から見えたり隠れたりしていた。その明りが段々とこちらへ近づいていることに気づいた時、やっとあれはひょっとして懐中電灯の明りなのかと思いついた。
〝功だ。〟
そう、思った。その時ふっと、頭の中に浮かぶ薄い水面を、大きな鯉が跳ねた。
功とはぐれてからそんなに時間が経っていたわけではなかったと思う。だけどひとりでじっとその場で待っていた時間が、永遠に続くかのように長いものに思えていた。フリースを通して夜気が体の芯を冷やし始めていた。ちらちらと揺れる白っぽい光が明るく、眩しくて目の奥がチカチカした。
「いきなり僕の顔を見た途端、〝鯉っているんだよな。〟って言うんだから。いったい何事かと思ったよ。道に迷った怖さから、宗司ぼけちゃったかと思った。」
俺の顔を見て功はにやにやと口の端を上げる。
「あんなことくらいで怖いもんか。」
「ふうん、そうなの。」
青い顔してたよ。いや、僕も宗司が見つからなかったらどうしようかと、真っ青だったけどね。
功はまた頬を緩めて、おかしそうに肩を揺らした。
あれは恐怖なのだろうか。怖いという感情より、心寂しいという感情なのだろうと思う。
暗い闇の中にひとりぽつんと座っていると、どこからどこまでが自分の体なのかわからない頼りなさに襲われる。
不確かだった。
人は周りの、自分を取り囲む人たちの存在や、その人たちとの関係によって、自分という存在を意識し、確立していくものなのかなと思った。そして、それとは反対に、自然の中にいると、自我という意識を超えてこの肉体も、木や岩、土などと同じ自然の産物の一部なのだという一体感を感じる。それは時に心を休め、自分も宇宙の一部なのだという安心感、充足感にも繋がる。その時の俺は、その両方の相反する意識の中を行ったり来たりしていた。
だけど、寂しかった。寂しいとあれほどひどく感じたことが今までになかった。
明りが段々と近づいてきた。俺は立ち上がった。あの明りは功。功に違いない。
功という人間の意識、その存在と繋がるあのほのかな白い明り。そこに繋がることによって、自分という存在が浮かび上がる。そんな感覚が嬉しかった。
功が差し掛ける白い明りが、歩調に合わせて上下に揺れながら近づいてくるのを見ていると、その時真っ暗な水面に浮かぶ1槽のボートに乗っている自分の姿が浮かんだ。すべてのものが死に絶えてしまったかのように物音ひとつしない果てしなく深く暗い水面に浮かぶただ一槽の舟。オールすら失くして風さえも吹かぬ水面に、ただ所在無げにどこへ行くとも進むともわからぬ舟にただじっと座っている自分。絶望と不安と心寂しい思いに胸が押しつぶされそうになるのを、息を止めて、ひざを抱えて、じっと耐えていると、ふと水面を何かが跳ねる。その音のする方向に目をやると、人間の顔ほどもある大きな鯉が跳ねていた。1回、2回、3回、何度も元気よく水しぶきを上げて。
結の声がした。
〝ゼロ匹なんてゆう答えじゃ駄目だよ。〟
「で、思い出したんだ。」
「ああ、思い出した。」
「だから、ゼロ匹なんて、答えになってない。」
功は笑った。
「味方だ。」
「そうだよ。」
「ひとりじゃないんだから。」
功はまた笑った。その笑顔が月光の下で眩しく光った。
僕たちはいつも途中にいる。完結しない道をぐるぐる回っている。その道を回っている間にいろんな人に会い、いろんな出来事にあう。そしてその瞬間を楽しむ。その瞬間を味わう。それでいい。
そして僕がいて、君がいる。ここにいる。ここに存在する。それをお互いが確認しあう。ひとりだとその場所がどこなのかわからなくても、僕がここにいれば、ここがどこなのかわかるだろう。
僕がここにいる。そして君もそこにいる。すべて途中。道の途中。それでいいんだ。宗司。