放浪少女、南国に倒れる
——海に囲まれた南国、モルシー。
灼熱の太陽に、青い海。海岸沿いの漁村はいつも通り賑わっていた。
「おかえりー。どう、獲れた?」
「うん、今日は大漁でよぉ」
船から降りた男が、女に大量に魚が入った網を見せた。女はのんびりと「すごいねえ」と言って手を合わせる。
「ちょっと、あんた! 運ぶの手伝ってやりー」
「あーい」
間延びした返事を返したのは、皆と同じ褐色肌で、黒い髪を片手で掻く青年。彼は、ゆったりと歩いて2人のところまでやってきた。
「ほら、これ。お前には重いかなぁ」
「本当だ、おもー」
少しよろけて、青年は魚が入った網を担いだ。まだ中で魚が跳ねている。それを肩にかけて、小屋までそれを運びに行った。
彼の黒い髪は太陽の光をよく吸うので、時折他の村民のことが羨ましくなる。帽子を被れとよく言われるのだが、彼はしょっちゅうそれを忘れてしまうのだ。今も帽子を被っていない。
「ひー、焼ける焼ける」
頭に手を当て、青年はその熱さを実感する。魚の冷たさが唯一の逃げ場だった。
小屋に到着した青年は、それを別の村民に渡す。額に溜まった汗をかいて、それから家に戻ろうとした時だった。
「……ん?」
視界の端に、何か黒い物が映った。
その方角を見ると、何やら真っ黒い塊が砂浜の上に落ちていることに気がついた。岩ではなく、布である。
青年はそれに近づく。距離が近くなるにつれ、青年は首を傾げた。薄っぺらい布ではなく、はっきりとしたシルエットがある。
青年はその布を爪先で軽く触る。少し柔らかい感触がした。それからしゃがんで、布を引っ張った。
「……お」
黒い布の下から出てきたのは——もさもさのベージュ色の髪。そして、砂のついた眼鏡。
布の中にいたのは、紛れもなく、小柄な少女だった。
青年は少女の頬をつついた。汗ばんでいて、少しベタついている。むに、と頬がへこんで少女が呻った。だが、目を覚ますようには見られない。
しばらく彼女を観察する。
少女の首から汗が流れた時——
「……うわぁっ!?」
青年は後ろに飛び退き、やっと驚いた。
————————————————————————————————
——頭が痛い。体が暑い。
喉がカラカラに渇いていて、息が苦しい。誰か水をくれないか、と思った時、口が開けられる感覚がした。
「……うぅ?」
わけもわからず少女は呻る。
それから、何か冷たいものが唇に当たった。舌に流れるものが当たって、やっと水が流し込まれていることに気がついた。助かった、と思った瞬間——
「……がぼっ!?」
勢いよく、そこそこの重量がある水が押し寄せてきた。変なところに入って、鼻の中にも入った。このままでは溺死する、と思い、少女は重たい体を無理やり起こす。
「げほ、げほっ! ごほっ!?」
びしゃ、と口から水が出る。喉は乾いているのに顔はびしょ濡れだ。いきなりの冷たさに頭が混乱する。
「あ、起きた」
苦しみと困惑の中、声が聞こえた。自分のことを落ち着けてからその方を見ると、褐色で黒髪の、緑の目をした、端正な顔立ちの好青年がいた。水が入ったかめを持っていて、すぐに犯人を把握できた。
「なっ、なにするんですか!」
「死んじゃうかもと思って。ごめーん」
青年は手を合わせる。あまり申し訳なさそうには見えない。服まで濡れて、少女はため息をついた。
「え、えと……ここは?」
「ハタロって村。キミ、倒れてたんだよ」
少女は直前のことを思い出す。確か、旅の途中で体を冷やすための魔道具が途中で壊れてしまい、あまりの暑さに耐えられずに砂浜に倒れたのだ。
すぐに体勢を立て直し、青年に頭を下げる。
「あ、あのあのっ、たす、助けていただきありがとうござっ、ございました」
「いいよぉ。というか、モルシーでそんな格好してたら死んじゃうよ。もっと涼しい服に着替えたら?」
少女にとって、防暑は魔道具頼りだったので、今は清涼感のかけらもないローブを着ている。これ以外に服なんて持っていない。
「あのっ、私、旅の人なので、ないんです」
「あ、そっかー。じゃ、あとで適当に見繕ってもらわなきゃ」
そうだ、と言って青年は指を立てる。
「おれ、ヒオって言うんだ。よろしくね」
「あ、はい、よろしく、です」
黒髪の青年——ヒオと、少女は握手を交わす。
「わたっ、私は、えと……「流浪人」と言われています」
「……ふーん」
彼女は名前を名乗らない。ヒオはそれ以上の理由を聞かず、よろしく、と笑った。
「じゃあ、流浪ちゃん」
「るろっ、流浪ちゃん?」
「うん。流浪人!って呼ぶのもなーと思って」
少女——流浪人は困惑した。
今まで、そんなフランクに呼ばれたことはない。ちょっと馴れ馴れしくて「嫌です」と言いそうになったが、このぽやぽやとした男にそこまではっきり言うことができなかった。
「流浪ちゃんって何してたの?」
「た、旅です」
「どーして」
流浪人は考える。色々な思考を巡らせた末——口にするのはやめた。
「旅ったら旅です。そ、それだけです」
「ふーん」
見ず知らずの人に話すほどのことじゃない。ヒオは黒い髪を掻いて、のんびりあくびをした。
流浪人は目に手を伸ばして、それから眼鏡の縁がないことに気がついた。見えなくなるというわけではないが、あれがないと遠くまでしっかり捉えることができなくなる。
「あの、わた、私の眼鏡は」
「ん? そこ。砂でベタベタだったから【水滴】で洗っといたよ」
ヒオは棚を指差す。そこにはレンズが少し曇った眼鏡が置いてあった。ヒオの言う通り、フレームがぺたぺたとしている。
とりあえず、流浪人はそれをかけた。
「えっとー、旅ってことはどこか目指してたんじゃないの?」
「あ、はい、そうですけど……」
脇に置かれた鞄から魔道具を取り出す。球体のそれは蓋が取れて、回路が外に飛び出ている。それを覗いたヒオは「わ」と声を上げた。
「それ、冷たくなるやつ?」
「そ、そうです」
「壊れちゃってんね。あちゃー」
これだけが頼りだったのに、モルシーの暑さに慣れていない流浪人にここからの旅はかなり苦しいものになる。
「あ、あの、ヒオさん」
「うん」
「えと、この村に、魔道具の職人さんはいますか?」
ヒオはその質問に、あっさりと答える。
「いるよ」
「ですよね、いませんよね……えっ?」
流浪人は自分の耳を疑った。こんな田舎に魔道具を作れる人なんていないと思っていたからだ。
「そ、その人はどこにいますか。大事なことなんです」
「ラッキーだったね、流浪ちゃん」
ヒオはにっと笑って、ピースサインを作ってそれをずい、と前に出した。
「おれだよー」
「……えっ!?」
流浪人は大袈裟に驚く。
「あれ、見えない? 実はおれ、そこそこ詳しいんだ」
「み、見えないです。全くです」
「そんなに言わなくても」
魔道具職人と言ったらかなり賢い人のイメージがある。流浪人の目には——失礼だが——ヒオはそんな風に見えなかった。ゆるい喋り方で、間延びした声を出すものだから。
「じゃ、じゃあ直してくれませんか! これがないと旅ができないんです!」
「いいよー。ちょっと貸して」
流浪人は魔道具をヒオに渡す。彼は棚の中からルーペを取り出して、中身の回路を観察した。いかにも漁村育ちの人間が魔道具をいじっている姿がなんとなく面白く見えて、流浪人は口を押さえた。
「ちょっとー、面白がんないでよ」
「え、いえ、なんでもないです。すみません」
流浪人はかめから水を飲んだ。まだ喉を潤せていなかったから焦ってしまい、少し咳き込んだ。
しばらくしてから、ヒオはルーペを外した。流浪人はそれと同時に姿勢を正す。
「どうですか、な、直せそうですか」
「そうだね、大事なところは壊れてないから……でも、中の液が結構こぼれちゃってるねー」
「液?」
流浪人は魔道具のことには詳しくない。ヒオはうーんと呻って首を傾げる。
「簡単に言うと、冷たいものを中に閉じ込めるための液体だね。それが無いから、このまま直しても冷気が分散しちゃうなー」
「え、え、じゃあ、どうすればいいんですか」
心配になった流浪人はおどおどしながらヒオの周りを回る。彼はのんびり笑って答えた。
「氷蟹の血があれば代用できるかな。でも、氷蟹を倒すのは大変だしなぁ……」
【氷結】の魔法を使う巨大な蟹の魔獣だ。水辺を凍らせて足を絡め取ってくるので、倒すのが面倒なのだ。
しかし、それを聞き——
「な、なんだぁ、よかった……」
「え?」
流浪人は胸を撫で下ろした。
「で、でもあの蟹すごく大変だよ。船ごと凍らせてくるんだもん」
「大丈夫ですよ、えへ、わ、私、強いので……」
流浪人は人差し指同士をつんと合わせながら、卑屈っぽく笑った。ヒオは目を丸くして、ルーペを落とす。
「……え? ええ?」
「私、ドジだし、頭もあんまり良くないんですけど、戦闘だけは本当に得意で……私より強い人は、あ、あんまり見たことない、です……」
流浪人の唯一の長所である。大人しく、眼鏡をかけているせいで知能面に優れていると思われがちなのだ。
他のことにはとことん弱気なのだが、腕っぷしだけは誰に言われようと揺るがない絶対の自信を持っている。
「……すごいねぇ、流浪ちゃん。そんな風に言う人初めて見たよ」
「ほ、本当なので……」
ヒオはあまり信じていない様子だった。流浪人がただの自信家に見えているのだろうか。
「じゃ、じゃあ、行きましょうか」
「え? 今から行くの?」
「はい、早く直して欲しい、ので」
流浪人はヒオの腕を掴んだ。ヒオは素っ頓狂な声を出して、その腕を不思議そうな顔で見ている。
「え? なんでおれも?」
「わ、私、血の採取とかできるほど器用じゃないので」
「え、わー」
流浪人はそのままヒオを引っ張り上げる。ヒオの方がずっと身長が高いので、ある程度まで上がったらヒオは自分で立ち上がった。
「じゃあ、こ、氷蟹がいるところを教えてください」
「本当に行くの? 本気で?」
「本気です……」
ヒオは首を左右に傾ける。それからため息をついて、何かを思い出したかのように麦わらの帽子を被った。
「危険になったら逃げていい?」
「ならないと、お、思いますけど、いいですよ」
「じゃ、決まりー」
ヒオはガラス瓶を手に取って、家の扉を開けた。
「頑張ってね、流浪ちゃん」
「は、はい、頑張るまでもないと思いますけど……」
「あ、あはは……」
流浪人は話す内容に似合わず、卑屈ににへらと笑う。外に出た瞬間、強い日差しが当たってくらりとした。
————————————————————————————————
「逃げていい?」
「だ、駄目です」
流浪人とヒオは小舟に乗り、氷蟹の住処までやってきていた。少し先には既にその姿が見えている。
「逃げていいって言ったじゃん! うそつきー」
「でも、き、危険になったらです。まだ危険ないです」
「危険だよ、怖いよー」
ヒオは白斑が浮かぶ足を擦り合わせて言う。流浪人からしてみれば、どこに危機があるのか全く分からない。
「舟凍っちゃうよ、壊れちゃうよ」
「だ、大丈夫ですってぇ」
それよりも暑さが問題だ。早く片付けて魔道具を直してもらわないといけない。
「えい」
「えっ」
流浪人は氷蟹めがけて【砲撃】を飛ばす。その光はまっすぐ飛んで、氷蟹に命中した。
しかし、打撃を受けただけで氷蟹は死んでいない。ぎろ、とこちらに視線が移るのがわかった。
「ちょ、ちょっとぉ! 倒せてないよー!」
「思ったより硬かったですね、で、でも大丈夫ですよ」
「えー、うそ」
氷蟹は起こって【氷結】を飛ばしてきた。みるみるうちに海が凍っていく。
「ほ、ほら来た!」
「はい、わかってま、ます」
流浪人はそれを【砲撃】で粉砕する。舟まで氷が伸びてくることはなかった。
「わ、すご」
「じゃ、倒しますね」
続けて【砲撃】を何発も放つ。それは氷蟹を何度も殴りつけ、半身を吹き飛ばすことに成功した。
ぷかりと死体が浮かぶ。なんだか体が冷えるような感覚がした。
「ほ、ほら、終わりました」
「す、すごいね、流浪ちゃん。本当に強いじゃん」
「は、はい。強いです」
それを自慢することはしない。だって、自分が強いことなんて当然のことだから。
死体のところまで舟を動かし、それを持ち上げる。
「こ、これでどうすればいいんですか」
「……んー、じゃ、そこの袋みたいなの切ってみて」
「え、分かりました」
言われた通りに、中の袋のような部位を切る。すると——
「うわあっ!?」
勢いよく水色の液体が噴射して、思いっきり流浪人の顔にかかった。ベトベトはしていないが、体液であることに変わりはないから気持ち悪い。
「ぺっ、ぺっ! げほ、ちょ、ちょっと、何するんですか!」
「あはは、おもしろー」
「面白がんないでくださいよ! ああ、もう……!」
ヒオはパニックになっている流浪人を差し置いて、氷蟹の血液を採っている。からかわれたことに気がついて、流浪人は頬を膨らませた。
「はい、採れた。ミッションコンプリートだねー」
「うう、やだこれ、もう……」
さっきまで怖がっていたのに、氷蟹退治が終わった途端にヒオはさっきまでの呑気な様子に戻った。
「じゃ、戻ろっか」
「冷たいですこれ、さ、寒い……」
「よかったね、涼しくなったじゃん」
よくないです、と流浪人は怒る。こんな方法で防暑したかったわけではないのだ。帰ったら洗い流そう、と体をぶるりと震わせた。頭のてっぺんは暑いのに、顔周りが寒い。
「は、早く直してくださいね」
「もちろんだってー」
ヒオは船を漕ぐ。水がよけられる音だけが響いている。——ように思えたのだが。
「……あれ」
「どしたの」
「な、なんか、海が震えてませんか」
海、とヒオも海面に目を落とす。
「確かに、震えてるねー」
「こ、これって……危ない!」
「えっ」
流浪人はヒオに覆い被さった。小柄な少女が青年の上に転がり、2人は舟の中に倒れる。その次の瞬間——
——2人の上を、獰猛な歯が通り抜けた。
「ええっ!?」
緑の体に、長い尻尾。
ワニだ。しかも、ただのワニではない。生き物を食い殺すために異常に発達したその牙が、それが魔獣だと告げている。
「うそうそっ、ワニの魔獣!?」
「ちょ、ちょっと強そうなのが出てきました……」
「すごく強そうだよー!」
流浪人は杖を構える。魔獣は目を光らせて、2人のことを完全に獲物として捉えていた。
「どど、どうするの」
「わた、私が倒します」
「逃げないの!?」
こんな舟では魔獣から逃げることはできない。流浪人はワニに詳しくないのでどれほどの速さと強さを持っているのか分からないが、間違いなく筋力はあるだろう。
魔獣は再び歯を見せて、海から飛び上がった。大きな口は小舟と同じくらいの大きさがある。
「うわー!」
流浪人にとっては好都合だった。
杖から【砲撃】を放ち、口の中に光を飛ばす。魔獣はまるで壁にぶつかったかのように跳ね返り、仰向けになって海水を跳ねさせた。
「倒したの?」
「ま、まだです」
魔獣は口内を攻撃されたが、まだしぶとく体勢を立て直した。かなり苛立っている様子である。
何やら、ぐぐぐと身を縮めて目を細め始めていた。
「ど、どうしたんですかね」
「あ、まっずい!」
ヒオは焦ってオールを手に取って、それを前に構えた。どうしたのかと思っていると——魔獣が、肩のトゲを飛ばしてきた。
「えっ!」
それ飛ぶのか、と思っていて反応が少し遅れた。トゲはオールに当たり、木でできたそれは簡単に二つに折れる。
「あー! 壊しちゃった!」
「す、すみません」
ヒオはオールが壊れたことにショックを受けている。流浪人は自分がしっかり反応できなかったことにショックを受けていた。
「今度は、やります」
流浪人は杖をしっかりと構える。彼女の杖が発光し——数々の光が飛び出した。
それは魔獣を次々と殴りつける。氷蟹よりも硬く、あまりしっかりとしたダメージを与えられているように見えなかった。しかし、これは囮である。
魔獣が前方からの攻撃に慣れ始めたのを見計らって、流浪人は魔獣の下から【砲撃】を飛ばした。
予想外の攻撃に、魔獣は海から打ち上げられる。
流浪人はそれを見て、杖の持ち方を変えた。くるんと棒を回し、ぎゅっと握りしめて——光を放った。
その光は【砲撃】ではない。激しく、引き裂くような光——【雷鳴】である。
「うわ!」
雷は魔獣に直撃し、緑の鱗をあっという間に黒焦げにした。しゅう、と煙が起こり、勢いよく魔獣が海に落ちる。
少しの静寂の後、ヒオは声を上げた。
「な、何今の! すっごー!」
「サ、【雷鳴】です、ただの」
「できるなら早めにやってよー」
「海の中でやるのは危険かな、と……」
人差し指を合わせながら流浪人はごにょごにょと答える。何も気にしないで倒すならもっと早く終わったと思うが、二次被害が出てしまうと思ってギリギリまで出し渋ったのだ。
「すごー、流浪ちゃん、本当にすごいじゃーん」
ヒオはのんびりと拍手をした。切り替えが早い人である。
「そうだ。これ持ち帰ろうよ。ワニは美味しいよー」
「え、た、食べれるんですか、これ」
どんな味がするのかは見当もつかない。かなり怖い見た目なので、食べることに抵抗感がある。
「い、いや、それよりも、私の魔道具をどうにかしてくださいよぉ!」
「わかってるってぇ」
ヒオはワニを引きずろうと足を引っ張っている。だが、中々上がらなかったので流浪人が手伝った。
「ヒ、ヒオさん、思ったより力無いんですね……」
「流浪ちゃんが強いだけだよー」
「というか」とヒオは麦わら帽子を直しながら流浪人に向き直った。
「もっとフレンドリーに行こうよ」
「ど、どういうことですか?」
「ヒオ「さん」なんて呼ばなくていいよってことー」
流浪人は困った。今まで、人をさん付け以外で呼んだことなんてほとんどない。まださっき会ったばかりの人なのに、そこまで馴れ馴れしくしていいものかと悩んだ。
「流浪ちゃんっていくつなの?」
「ひ、秘密、です」
「そっかー、ならほら、同い年くらいだと思ってさ」
ずい、とヒオは顔を近づけてくる。流浪人はヒオのことをほとんど知らないが、こう言う人間なのだろうなとなんとなく察した。人との距離が近いのだろう。
「じゃ、じゃあ……ヒオ、くん?」
「そーそー。その方がいいでしょ、流浪ちゃん」
流浪人は俯いて、卑屈っぽく笑った。
「はあ……あ、あつ……」
「そんな黒いローブ着てるからでしょ。脱ぎなってー」
顔以外がすごく暑い。魔法をたくさん使ったから、その影響かもしれない。体の温度の感覚がおかしくなって、なんだかふらふらとして——
「あー、流浪ちゃーん!」
流浪人は、頭から海に落ちた。




