婚約破棄の代償は魂です、わかってますか?
公開婚約破棄って人生における結構なイベントですよね。
一度見てみたいと思っていたのです。
ところが今日、わたくし自身が婚約を破棄されてしまうのですよ。
何と刺激的なことでしょう!
ワクワクしてしまいますわ。
わたくしはカルエイドラム侯爵家の長女ウェンディと申します。
今日のパーティーでわたくしとの婚約を破棄しようとしているのが、ナヴァール王国第一王子ガリック殿下です。
侯爵令嬢を婚約破棄したら、いかな第一王子でも次期王にはなれないんじゃないかですって?
ええ、なれませんね。
もっともガリック殿下には別の目論見があったようなのです。
つまりカルエイドラム侯爵家の取り柄は、魔道とそこそこ財産があることだけだ。
人脈形成に消極的なので、侯爵家と言えどそこまで影響力があるわけではない。
もっと力のある貴族家はあるから、切り捨てても構わないという理屈ですね。
ガリック殿下は驚きの手段を採用しました。
有力貴族の令嬢を取り込んでハーレム化し、平等に愛すなどと言い出したのです。
これならば有力貴族を皆後ろ盾にできると。
開いた口が塞がりませんでしたので、淑女らしく扇で隠しました。
ハーレムって、そんな習慣ナヴァール王国にはないですよ?
ガリック殿下が見目麗しい王子でモテることは確かです。
しかし令嬢全員を納得させるなんてことが、おバカなガリック殿下にできるわけないではありませんか。
事実正規の婚約者であるわたくし一人を納得させ得ないのですから。
ハーレム内での抗争や後継者争いの火種を自分で仕込むようなものです。
ガリック殿下がハーレム構想を口にし、一対一で愛してもらいたいわたくしと対立するようになったのは最近です。
ただ令嬢の尻を追いかけ回す王子だったのは昔からなのですよ。
それでわたくし達の婚約の際には一つの契約が盛り込まれました。
ガリック殿下はそれを忘れているか軽視しているのですね。
貴族学院創立記念祭パーティーでガリック殿下がわたくしとの婚約を破棄するのは、どうやら確実だとの情報が入っています。
学院のパーティー程度では陛下御夫妻が参加しませんので、殿下もことを起こしやすいのでしょう。
楽しみですわあ。
◇
――――――――――創立記念祭パーティー会場にて。
『ウェンディ・カルエイドラム侯爵令嬢。君は愚かだ』
勝ち誇った様子のガリック殿下の声が拡声の魔道具に乗って会場に響きます。
愚かだと決めつけられてしまうのは面白くないですね。
ガリック殿下だってわたくしが婚約者に推されたのは、成績優秀であるがゆえとわかっているはずなのに。
いえいえ、わたくしは淑女。
腹を立ててはなりません。
『僕の考案した国家安定のシステムの利点を考慮しないくらい愚かだ』
愚かを重ねてきましたね。
ガリック殿下の考案した国家安定のシステムって、ハーレムのことですよね?
本気なのでしょうか?
乱の元だと思いますよ。
『人材は重要だ。人脈も』
……なるほど、人材・人脈の面から共感を得ようとする策ですか。
これは助平殿下の考えではないですね。
側近の案でしょう。
『協力者が多いほど有利なのは理の当然。僕は多くの令嬢と親密な関係を保ち、その人脈を活用することを思いついた』
ガリック殿下の周りにいる令嬢達が、一様にわたくしに敵意と侮蔑の視線を浴びせてきます。
これ今はわたくしという共通の敵がいるからまとまっているように見えるだけですよ?
わたくしが婚約者でなくなれば、本来なら内部分裂ですからね?
実際にはそんな心配は不要ですけれども。
そして殿下の側近達にも幻滅です。
ハーレムなんてうまくいくはずないではないですか。
わたくしを仮想敵とすることで正当性と求心力を得ようとしているところまでは合格ですけれども。
もっと人間というものを勉強してください。
『僕にはこんなにも味方がいるんだ。ウェンディ、君にはどうだ? 一人じゃないか』
これは見た目の説得力がありますね。
殿下の周りには支持派の令嬢方や側近達、護衛がいますから。
対するわたくしは確かに一人。
ただそのハーレム思想に賛同している生徒は決して多くはないですよ。
男子は令嬢を独占しやがってと思っているでしょうし、女子はわたくしのように生理的嫌悪感を催している者が少なくないはず。
『僕の案に側近は賛成している! もちろん令嬢方もだ。反対しているのはウェンディだけだ!』
それは違います。
おバカで不誠実なガリック殿下と離れられるのは、わたくしだって願ったり叶ったりなのです。
次期王候補から自分勝手なガリック殿下が外れることは、ナヴァール王国にとってもいいことだと思いますし。
いえいえ、わたくしはまだ婚約破棄反対派でいなくてはならないのでした。
もう少し、もう少しだけ。
『だから僕はナヴァール王国の繁栄と発展のために宣言する! ウェンディ・カルエイドラム侯爵令嬢との婚約を破棄すると!』
言いました、ハッキリと。
拡声の魔道具によって増幅された声とガリック殿下の意思は、会場の全員に届いたと思います。
ざわめきが大きくなる寸前、ガリック殿下がバタリと倒れました。
契約通りですね。
殿下の周りにいた令嬢方と側近達が混乱していますが……。
「殿下? ガリック殿下!」
「大変だ! ウェンディ嬢は魔法が得意だろう? 回復魔法をかけてくれ!」
「ムダですよ。もうお亡くなりになっていますので」
正確に言うと、もう遺体に魂が残っていませんので。
魂が残っていれば、高位の回復魔法で蘇生させることも可能らしいのですけれどもね。
「ろくに見もせずに何故わかる!」
「ガリック殿下とわたくしの婚約の際に盛り込まれた、王家とカルエイドラム侯爵家の契約の結果ですから」
「契約だと?」
「どういうことですの?」
「説明いたします。その前にガリック殿下の御遺体を下げましょう。この場に晒しておくのはよろしくないです」
「う、うむ。衛兵、殿下を急いで医務室に運んでくれ」
霊安室ではないのですねと言おうとして気付きました。
学院に霊安室はなかったです。
殿下の退場を見届け、拡声の魔道具を受けとります。
『パーティーに参加していらっしゃる皆様に、ただ今の現象について説明いたします。どこから話すべきでしょうか? ガリック殿下とわたくしの婚約が成立したのはちょうど一年ほど前。不肖わたくしとカルエイドラム侯爵家でガリック殿下とナヴァール王国の未来を支えてくれという、陛下の御意思であったかと拝察いたします』
頷く人多数。
わたくしの成績のこともカルエイドラム侯爵家の魔道技術のことも、ある程度知られてはいるでしょうから。
『しかし皆様も御存じだと思います。ガリック殿下の女好き……もとい異性に関しての博愛主義に関しては』
殿下の周囲にいた令嬢方がもぞもぞ居心地が悪そうですけれども。
『殿下の博愛主義は多数の令嬢と親密な関係になることを良しとしていましたが、そんな簡単なものですか? と疑義を呈しておきます。異性関係のトラブルなんて巷に溢れているのですよ? さらにお世継ぎ問題まで絡むと、わたくしには将来禍いの種になるものとしか思えないのですよ。今うまくいっているものを何故ハーレムに転換しなくてはならないのか。先ほど殿下が主張している際に、皆さんはそう考えませんでしたか?』
やはり頷く人多数。
令嬢方に加え、側近連中ももぞもぞしていますね。
『まあガリック殿下の考え方を否定するつもりはないのです。いろんな意見を戦わせることは文化的進歩に繋がりますから。しかし殿下の思考を理解しているわたくしとしては、自衛策を講じなければなりませんでした』
「自衛策ですか?』
令嬢方の一人から何げなく、といった感じで質問が出ました。
『はい。殿方にはわたくしだけを見てもらいたいと思うのです。ガリック殿下ともそういう関係になれたらいいなあと、婚約当初は思っておりました』
きゃあという声が上がりますがウソです。
最初からムリだろうなあと考えていました。
ただガリック殿下との婚約は、陛下たっての要請でしたので断れなかったのですよ。
『しかしガリック殿下のキラキラスマイルは全方向に振り撒かれます。わたくしの考え方とは異なるのですよ。いずれわたくし達の関係が破綻するかもしれないとは、婚約以前から予測せざるを得ませんでした』
これまた頷く人多数。
ガリック殿下は異性に対してだらしないですから。
『そこで自衛策です。婚約の際に、『甲が正当な理由なく、かつ相手乙の許諾なく婚約を破棄する時、甲の魂の所有権が乙に移譲される』という条項を加えてもらいました。これは魔道契約ですので、条件を満たせば自動的に執行されます』
「魔道契約……」
ざわめきが大きくなります。
魔道契約は我がカルエイドラム侯爵家の特許ですよ。
効果のほどは今皆さんが御覧になった通りです。
強制力を伴った契約として、今後メジャーになっていくかと思います。
御用向きの際はカルエイドラム侯爵家までどうぞ。
「……つまり魂の所有権がウェンディ嬢に移ったから、ガリック殿下は亡くなったと」
『はい、正しい理解です』
ですからわたくしは婚約破棄と魂の所有権をいただくまで、公的には婚約破棄に反対の立場でいなくてはなりませんでした。
殿下との婚約なんて嫌なこったと思っていてもです。
「では何故殿下はウェンディ嬢との婚約破棄を強行したのだろう?」
『そこは何とも。契約を忘れていたのか、魔道契約を軽視していたのか。ガリック殿下の心中までは測りかねますが』
国を統治せんとする者がガリック殿下のように迂闊ではいけないと思いますよ。
魔道契約の威力とともに心に刻みつけてください。
「どうしてウェンディ様は魂の授受なんかを条件にしたのでしょうか?」
『話し合いの末、納得しての婚約解消ならば発動しないのですよ。無法な婚約破棄という暴挙を防ぐための手段です。ある程度厳しくないと意味がないと考えました』
「なるほど……」
『それともう一つ。特に女生徒の皆さんに考えてもらいたいことなのですが、婚約の破棄というのは男性側にほぼデメリットがありません。家と家との関係を除いた、あくまでも当事者二人においてはですが』
一呼吸置きます。
男子生徒はピンと来てない方もいるようですね。
『ところが女性側は傷物と言われてしまうのですよ。過失のあるなし関係なくです。おかしいと思いませんか?』
「「「「「「「「思います!」」」」」」」」
女子生徒の賛同を大いに得ました。
ありがとうございます。
『先ほどの魂の授受を婚約の条件に加えると、その女性側のデメリットをある程度緩和することができます。特に無法な婚約破棄に対しては』
「死という絶対的な抑止効果が期待できるという意味ですか?」
『だけでなく、魂をもらえると人間としての格が上がるのですよ。この辺は宮廷魔道士から研究レポートが提出されていますから、それを参照してもらえるとよろしいですけれども』
人間が他人の魂を得る機会なんて、ほぼないですけれどもね。
これは悪魔が何故人間の魂を欲しがるかという研究の成果なのです。
悪魔は自分の格を上げるために魂を収集するのですが、人間が他人の魂を得た場合は経験や能力等も吸収できるだろう、という予想がなされていました。
……どうやら正しい予想だったようです。
「言われてみると、ウェンディ様の魅力がアップしているように思えます」
『ありがとう存じます。ガリック殿下の魂を吸収した効果かと思います。これは婚約破棄された女性にとっても明確なメリットです』
婚約した女性にとって、それが破棄されるということは潜在的な脅威だと思います。
べつに魂の授受などという厳しい条件でなくてもいいのですが、婚約に何らかのオプションを魔道契約によってつけるということは、女性側にメリットが大きいと思います。
今後主流になるのでは?
……帝王学教育を受けているガリック殿下の魂を得ることで、それなりの能力の上昇は期待できると思っていました。
何だかんだで他人の心を引きつけるカリスマ性はありましたしね。
でもガリック殿下の魂が私に混ざるなんて嫌だ、という気持ちもあったのです。
自分が汚れるような気がして。
現在の心境ですか?
杞憂だったと思います。
客観的に見て今までのわたくしは視野が狭く、潔癖過ぎていたかと感じられるようになりました。
殿下のいい加減さが良い方向に作用しているようなのです。
ありがたいことですね。
『わたくしからの説明は以上です。ガリック殿下のこともありますから、パーティーはここでお開きにいたしましょう』
◇
――――――――――一ヶ月、カルエイドラム侯爵家邸にて。
「王家から縁談だ」
お父様が何でもないように言いました。
ガリック殿下の死から一ヶ月が経過し、一応の忌明けとなりましたからですかね?
わたくしのところに再び婚約の打診が来るのは当然だと考えていましたが……。
「第二王子ヨシュア殿下ですよね?」
「ああ」
「よかったです」
「む? ガリック殿下よりヨシュア殿下のほうが好みだったか?」
「王家に根に持たれているということがなくて、という意味ですってば」
もちろん誠実なヨシュア殿下のほうが、ガリック殿下より好みですけれども!
ヨシュア殿下は次期王第一候補のガリック殿下がいた手前、目立たないようにしておいででしたが、とても素敵な殿方ですよ。
「ガリック殿下は独走し過ぎだ。陛下も頭を悩ませていらした」
「そうだったのですね?」
「うむ。しかし王妃様がガリック殿下を買っていらしたのは、ウェンディも気付いていたろう?」
「もちろんです」
ガリック殿下は要領がよかったですからね。
「契約とはいえ、ガリック殿下の死は王妃様にとって相当ショックだったようだ。が、魂はウェンディの中で生きているということで納得してな。妃教育が進んでいるということもあり、ヨシュア殿下の婚約者候補ナンバーワンはウェンディということに決まったのだ」
「やはりガリック殿下の忌中でも話は進んでいたのではないですか。わたくしにも途中経過は知らせておいてくださいよ。ガリック殿下の死はうちにとってまずい結果だったかと、ヤキモキしていたのですから」
「断ってもいいのだぞ?」
「えっ?」
ああ、そういう腹づもりがあったから、あえてわたくしには聞かせなかったのですか。
お父様の配慮は嬉しいですが。
「そなたは王家に翻弄される形になったしな。ガリック殿下との婚約だって、必ずしも乗り気でなかったのにショッキングな結果になって」
「ショッキングと言えばショッキングでしたね。わたくしガリック殿下の魂をいただいたせいか、ちょっと図太くなった気がします」
「ほう、いいこともあるのだな」
最初は心配しましたけど、わたくしの場合はいい面ばかりでしたよ。
だからと言って魂は奪えば奪うほどいいという発想にはならないですけれど。
自分を見失いそうですものね。
「ではヨシュア殿下との婚約は承諾していいのだな?」
「はい、よろしくお願いいたします」
「よかった! ウェンディ嬢ありがとう!」
「えっ?」
扉を開けて登場したのはヨシュア殿下?
どうして?
お父様ったら、ヨシュア殿下を連れてきていたなら、そう言ってくださいよ!
「サプライズだ。殿下、ウェンディは殿下のことを気に入っておるようです」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「いえいえ、わたくしこそこんなに喜んでいただいて恐縮です」
「ウェンディ嬢は兄上の婚約者だったろう? 好きだという気持ちを抑えるのが大変だったんだ!」
ヨシュア殿下って、こんなに感激屋の人だったかしら?
知りませんでした。
よっぽど自分を抑えることができるのですね。
美徳の一つだと思います。
もう、お父様ったらニヤニヤして。
「ウェンディは可哀そうな娘なのです。ガリック殿下とは婚約しておりながら愛されず。最後には公開婚約破棄などという憂き目を見て」
「わかるわかる。パーティーの婚約破棄の時は僕も飛び出そうとしたんだが、側近に押さえつけられてしまった。冷静になれ、経過を観察しろと」
そういえばパーティーではヨシュア殿下のお姿を拝見しませんでした。
あの場面、安易に介入してはガリック殿下と対立しかねなかったからですか。
咄嗟に止めて様子見させるとは、優秀な側近がいるようですね。
「ウェンディには愛が必要なのです」
「侯爵、ウェンディ嬢を抱きしめてもいいだろうか?」
「構いません。わしが許します」
「ええ?」
ヨシュア殿下に力強く抱きしめられました。
ああ、これはいいものです。
わたくしに足りなかったものだなあと思いました。
ヨシュア殿下、感謝いたします。
一つ不満があるとすると。
……お父様、ニヤニヤしていないであっち行ってくれませんかね?
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