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~月蝕~

「冬夜っ!!」

慌しい足音に気づき、扉に視線を向けた瞬間、主家へ出向いた父親が鬼の如き形相で飛び込んで来る。

「貴様という奴は――― !!」

何事かと問うよりも先に、冬夜は殴り倒された。

修行においても私生活に関しても厳しい父は鉄拳制裁など日常茶飯事だが、この激昂ぶりは尋常ではない。

「父上、何が…」

「とぼけるな!貴様、彩華様に何をした!!」

その一言で冬夜は密通の発覚を看破する。

冬夜が起き上がるより早く父は馬乗りになり、罵倒と共に容赦なく拳を振るう。

「なにも、何もしてません!」

「嘘をつけ!!」

「本当です、私は何もっ…」

「まだ言うか!!」

通用しない事は百も承知で、冬夜は嘘をついた。

いずれ発覚するかも知れないと覚悟していたが、それを認めたら、彩華に疵がつく。

主家の令嬢が従者に心を奪われ身を許したなど、あってはならない事。だから、たとえ殺されてもシラをきらねばならない。彩華の名誉と立場を守る為に。

「私は何も知りません!!」

「黙れ!!」

激しい殴打に意識が眩み、頭部をかばう事もできなくなる。それでも冬夜は否定し続けた。

頑として認めぬ息子に、父の怒りは更に煽られる。

夫人や姉娘が騒ぎに気づき、止めに入るが、聞く耳など無い。

「あなた、おやめ下さい!冬夜を殺すおつもりですか!?」

「離せ!このような奴、もはや息子ではない!」

「落ち着いて下さいお父様、一体何があったのです?冬夜が何をしたとおっしゃるのです!?」

「してない… オレは…なにも…」

なおも否定する冬夜の、破れかけた道着の襟首を掴み、父は一喝する。

「では彩華様が身篭っているのは何故だっ!!」

瞬間、母も、姉も、冬夜も、その場に凍りつく。

水を打ったような静寂が道場を包んだ。


(彩華が…… 身篭った……?)

一夜限り、ただ一度だけの契りだったのに。

掟を越えた愛は、受胎という結果を伴ってしまった。



冬夜はその夜から座敷牢に入れられた。

翌日、改めて真偽が確認されたが、父親だと再び流血沙汰になりかねない為、尋問役は母親に任される。

「冬夜、この母に嘘偽りは言わないと約束できますね」

「はい」

前日の傷が生々しく残る顔と、血痕の付着した道着姿のまま冬夜は背筋を伸ばし、正座して答える。

「彩華様に無礼を為したというのは、本当ですか」

「――― はい」

昨日とは一転し、冬夜は即座に肯定した。

そんな息子に、母は動揺を抑えて問い返す。

「もう一度聞きます。本当なのですか?」

「本当です。私は、幼い頃より彩華様に懸想していましたから」

憤怒に満ちた気配の父を無視して冬夜は続ける。

「両家の掟は重々承知してましたが、彩華様が他の男のものになるのは、どうしても許せなかった。だから見合いの日、言葉巧みに呼び出して、力ずくで辱めました」

衝撃の告白に父の拳は震え、母は悲痛に涙を浮かべた。

「信じません。貴方はそのような卑劣な男ではないはずです」

「申し訳ありません、母上。今は反省しております」

冬夜は どこか達観したように頭を下げる。

その方便は、彩華を守る為の最後の手段だった。

密通の発覚だけならともかく、身篭ったとあっては、もはやしらばっくれても無意味というもの。

この上は彩華が糾弾されぬよう最善の策を講じなくてはならないと、一晩かけて考えた。

――― 強姦ならば、すべての非は男にある。

そういう事にしてしまえば、処罰されるのは、自分一人だけで済むだろう。

今更、下劣な罪人の烙印など痛くもかゆくも無い。

「……身の程知らずめが !!」

父は一言だけ吐き捨て、座敷牢を後にする。

父の怒りより母の涙が冬夜には辛かったが、それでも言葉を翻しはしなかった。



「それは嘘です」

一方、彩華も母から追及を受けていた。

名家の当主らしく冷静さを保った母は取り乱す事もなく静かに問うたが、彩華は一言も答えず黙秘する。

無論、冬夜が罪に問われる事の無いようにと考えての事。

しかし朧家の当主からの報告で冬夜が狼藉を認めた事を知り、それまでつぐんでいた口を開いた。

「幼い頃から冬夜を好きだったのは私の方です。だから他の殿方と婚姻を結ぶのがどうしても嫌で、見合いの席から逃走しました」

薄々は察していたのか、表情を変えない母に、彩華は更に続ける。

「家出しようと思って、森に隠れていた所を冬夜に見つかり、私の気持ちも知らずに連れ戻そうとするから、困らせてやりたくて私を抱けと命令したんです」

大胆な告白に、当主もさすがに目を見開いた。

「でも冬夜は断りました。あんまり頑固に拒否するから、従わなければ自殺すると脅かしたんです。そしたら、ようやく聞いてくれましたよ」

まるでそれが真実であるかのように、彩華はすらすらと嘘をつく。

「冬夜は私の忠実な従者―――奴隷だもの。彼の意志なんて関係ない、私の自由に扱って良いのでしょう?お母様」

口元には、かすかな笑みさえ浮かんでいた。

冬夜を守る為に彩華は、傲慢な主君を装ったのである。    


彩華も冬夜も互いに相手をかばっている事は明白で、どちらの言い分も嘘だとわかっていた。

燦月の当主も朧の当主も困り果て、最善の措置を取るべく連日議論を重ねるが、そう簡単に解決できる問題ではない。


「こんな不始末をしでかした以上、もはやお傍に仕える資格はございません。どうか愚息共々、御役御免の沙汰を願います」

しかし燦月の当主は却下する。

「許しません。貴方が役目を離れたら、今後、誰に彩華を診せよというのですか」

跡取り娘が15歳で傍仕えと通じ身ごもったなど、決して外部に漏らしてはならない極秘中の極秘事項。

とはいえ強引に堕ろさせて、万一 二度と子を産めない体にでもなったら、宗家の存続に関わる。

堕胎が不可能になる期限までに結論を出さねばならないが、最悪の場合、十月十日の間 隠し通して密かに里子に出すしかない。

いずれにせよ、主治医であり信頼厚い守護役の彼を手放すわけにはゆかないのだ。


そんな中、巌家から婚約解消の申し出が届く。

子息が海外留学をするからという理由だったが、相手も名門の旧家だけに、不祥事の気配を感じ取ったのかも知れない。

主家の名を穢してしまったと、朧の当主はひどく落胆した。

       

「愚息は勘当します。仏門にでも帰依させて、二度と彩華様に近づかせません」

「冬夜を追放しても、彩華が追って行くと思いますよ」

燦月の当主の言葉には説得力がある。今さら遠ざけたところで、素直に別れるとは思えなかった。

かといって一生涯会わせぬよう何処かへ監禁するわけにもゆかないし、無論 添わせる事も許されない。

「…もっと早く二人を離しておくべきでした。取り返しがつかなくなる前に…」

後悔と困惑の溜息が、宗主の口からこぼれ出る。

朧の当主は無言で、同意するように拳を握った。

彼等も子供たちの恋心に気づかぬほど無関心だったわけではない。なにしろ彩華の妊娠が判明した時、相手は冬夜だと即座に確信したくらいである。

成就する未来は無いと知ればこそ、今の内だけでもそっとしておいてやろうと考えて、見て見ぬふりを続けていたのに。

――― その親心が裏目に出てしまった。

もっと早く諦めさせていれば傷も浅くて済んだかも知れないが、露見しても なお強い絆を見せる二人の想いは既に子供の恋愛ごっことは言えまい。

真剣で、純粋で、一途な、“愛”と呼ぶべきものだ。


「ならば――― 」

朧の当主は苦渋に満ちた表情で、最終結論を口にする。


「冬夜には、死んでもらうより他にありますまい」

続く

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