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~笛竹~

「彩華!!」

予想外の行動に冬夜は動揺する。

下手に刺激するのは危険と判断し、つとめて穏やかな口調で告げる。

「彩華、バカな真似はやめろ」

「私は本気よ」

「彩華…」

「どうせ目の前で死なれたら困るから止めてるだけなんでしょ?」

「彩華っ!」

否定の意を込めて、冬夜は怒鳴りつける。

彼に怒鳴られるなど初めてで、彩華は一瞬たじろいだ。

張り詰めた空気の中、しばし二人は黙り込む。


――― 互いの気持ちなどわかっているのに。

うまく伝わらないことがもどかしい。

いや、伝え合ってはいけない事なのか。

――― 『いけない』などと、誰が決めた?

古い掟に縛られて自分の意志で恋もできないのなら、何の為に心があるのだろう。


「……冬夜」

彩華は静かに口を開く。その心境は、もはや明鏡止水の如く。

「本気で止めたいのなら、望みを聞いてよ」

「望み…?」

「――― 今ここで、私をお嫁さんにして」

思いがけない言葉に冬夜は仰天する。しばしの後に出てきた声は動揺で掠れていた。

「……何、を…言っているんだ。…まだ、15歳だろう。…彩華」

「そんな意味じゃない!」

彩華は即座に否定する。

勿論、冬夜にもわかっていた。法律が関わる『婚姻』を望んだわけではないと。

冬夜は硬直したまま立ち尽くす。こんな脅迫めいた求愛があるだろうか。

逆に言えば、彩華はそこまで追い詰められているという事だ。

「…私を、お嫁さんにしてよ」

「…………」

「…できない?」

「…………」

「じゃあ命令する」

「…………」

「私の命令でも、きけないの?」

彩華には冬夜を困らせているという自覚があった。

幼い頃から彼に『命令』などした事はほとんど無い。それでも譲れない想いがある。

どんなに恋い慕い合っていても添い遂げられない宿命ならば、せめて一度だけでも愛する人に抱かれたい。

でなければ、あまりにも自分が哀れだから。

彩華はそう思っていた。しかし微動だにしない冬夜に、次第に自虐の思いが強まる。

彼は真面目な男だから、彩華の我侭より家のしきたりを重視しても不思議は無いのだ。


―――自分が想っていた程には愛されてなかったのかも知れない。


彩華の中で、何かが崩れ始める。

「…私より掟が大事なら、もういいわ」

「…………」

「心配しなくても死なないわよ……好きでもない男と結婚して、跡取りを産まなきゃいけないんだから」

虚しさのままに呟き、彩華は首から刃をどけた。

重い足取りで歩き始め、冬夜に背を向ける。

「彩華…」

不意に名を呼ばれ彩華は立ち止まった。背後に彼の足音が近づいて来る。

「オレは――― 命令など聞かない」

「!?」

直後、強い力が彩華を抱きすくめた。

拘束しているのが冬夜の腕だと気づいたのは、数瞬の後。

「と、冬夜?」

「命令なんかじゃない、責務でもない!オレはずっと自分の意志で彩華を守ってきたんだ!!」

歯軋りする勢いで、冬夜は本心を吐露する。

悔しかった。定められた枠内でしか愛する事を許されない立場が。

想いを告げられない現実が。引き止める事もできない無力さが。

彩華の切羽詰った言葉は、彼がギリギリまで抑圧していた恋情を解放してしまった。

「ずっと好きだった!彩華を一番想っているのはオレだ!誰にも渡さん!!」

「冬夜……」

激しい抱擁と熱い言葉に彩華は陶然とする。

無意識の涙があふれ、冬夜の背を抱き返した。



命令だからではないと誓って。

いっときの情動ではないと確信して。

誰知らぬ森の中、二人は密かに契りをかわした。


彩華の願いを叶え、互いの想いを成就させる。

一夜だけしか逢瀬できない織姫と牽牛のように。

わずかな猶予でしかないとしても、もはや止められない。


サラサラと、夜風が竹の葉を鳴らす。

降るような星だけが儀式を見届けていた。



夜半、彩華は冬夜に連れられて屋敷に戻った。

見合いを嫌がって森に隠れていた所を冬夜が発見したという事にして、砂だらけになった着物の言い訳にする。

家人は彩華が無事に戻って来た事に安堵して、真偽までは追求しなかった。

見合いの放棄に関しては 思春期によくある感情の乱れと判断され、とりあえず彩華は謹慎の処分だけで済んだ。

巌家には彩華の体調が優れないからと方便を使って期日の順延を願い出る。

彩華はおとなしく自室に篭り、素直に反省したかのように振舞った。

この様子なら、遠からず見合いのやり直しも可能だろうと周囲の大人は安心する。

しかし、それは嵐の前の静寂にすぎなかったのだ。



夏の盛りも過ぎ、秋の気配が近づき始めた頃、彩華は本当に体調を崩してしまった。

微熱や倦怠感が続き、風邪の初期症状と思われたが、念の為、当時の主治医である朧家の当主―――冬夜の父親が診察に訪れる。


薬ではなく鍼を用いるのが朧流の基本。朧の当主は彩華の体を巡る“気”の乱れを正すべく鍼を打つ。

(――― !?)

その時、使い慣れた鍼から思いがけない反応が出た。

青ざめて硬直した主治医に、真っ先に不審を抱いたのは彩華の母である燦月家の当主。

もしや大切な跡取り娘が大病にでも罹ったのかと危惧し、万一そうなら本人の耳には入れまいと主治医と共に別室へ下がる。

「どうしたのですか?…彩華に、何か病の兆しでも?」

幼少の頃から縁が深く、いつなんどきも冷静な守護役がこんなに困惑している姿を当主は初めて目にした。

深刻な病状ではない事を祈るが、主治医の口から出てきたのは更に予想を越える言葉。

「――― 御免!」

絶句したまま立ち尽くす当主を残し、朧の当主は廊下を駆け出さん勢いで退席する。

向かったのは彼の自宅・朧屋敷の道場。

そこで今、息子が鍛錬中だという事を父は知っていたから。

続く

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