第5章 大魔王と神官と100年スローライフ
「異世界演出部」へようこそ!
この物語は、異世界の「物語」を裏側から演出する部署で働く田村麻衣の奮闘記です。
転生者がシナリオ通りに動いてくれない。
密室殺人の犯人が「怨霊」だと言い張る。
悪役令嬢が転生してこない。
100年間スローライフを満喫する勇者。
そんなトラブルだらけの異世界で、田村は今日も現地フォローに奔走します。
メイド服で、ドキドキしながら。
魔王役で、世界を壊しかけながら。
コメディタッチでお送りする、ちょっと変わった異世界もの。
どうぞお楽しみください。
第5章 大魔王と神官と100年スローライフ
「田村ちゃん♪」
甘ったるい声が響いた。
でも今日は水晶玉からではない。
直接だ。
田村は女神の私室に呼び出されていた。
ピンクの壁。
キラキラの装飾。
ハート型のクッション。
天井から吊るされたミラーボール。
そして。
ソファに座る女神。
ギャルメイクのティーンエイジャー。
ピンクのツインテール。
キラキラのアイシャドウ。
ネオンカラーのドレス。
派手なネイルアート。
女神は沢山いる。
それぞれに担当があり、個性がある。
今回呼び出したのは、その中の一人。
通称、ギャル女神。
「あの、女神様......」
田村は立ったまま営業スマイルを浮かべている。
「なんで呼び出されたか、わかる?」
女神がティーカップを持ち上げる。
紅茶の良い香り。
高級品だ。
「......はい」
田村の笑顔が少し引きつる。
「案件No.9876、大魔王討伐イベントの件ですね」
「それな!」
女神がティーカップを置く。
カチャンと音がする。
「田村ちゃん、魔王役やったじゃん?」
「はい」
「直接介入、しちゃったじゃん?」
「......はい」
田村の声が小さくなる。
「原則違反っしょ?」
「大魔王が駆け落ちしたので、緊急対応として......」
「あはは、わかりみ〜♪」
女神が笑う。
「てかさー、ちょっと見せたいものがあんだけど〜」
女神が魔法で映像を浮かべる。
空中に映し出される光景。
魔王城の玉座。
田村が座っている。
黒いローブ。
「フハハハハ!人間どもよ、我が力の前に跪くがよい!」
高笑い。
腕を大きく広げるポーズ。
「......」
田村の顔が真っ赤になった。
「マジでノリノリじゃん♪」
映像が続く。
田村(魔王役)が配下の魔物たちに指示を出している。
「次の侵攻作戦は、西の街から開始する!」
「人間どもに我が恐怖を思い知らせよ!」
「貴様ら、聞いているのか!」
完全にノリノリだった。
「あれは!演出です!仕事です!プロですから!」
田村が叫ぶ。
「高笑い三回もしてたじゃん〜♪」
「仕事です!」
田村の顔がさらに赤くなる。
両手で顔を覆う。
「まあまあ、怒んないで〜」
女神がクスクス笑う。
「つかさ、見てこれ」
別の映像が流れる。
魔王城の玉座。
大魔王が深い溜息をついている。
立派な角。
黒い鎧。
威厳のある姿。
でも表情は疲れ切っている。
「もう......待ちくたびれた」
隣には黒髪ロングの清楚系美人。
若い神官だ。
白い法衣。
祈りを捧げるような仕草。
清楚で可憐。
「魔王様、私がお傍にいます」
「ああ、君だけが......君だけが私を理解してくれる」
大魔王が神官の手を取る。
「一緒に......逃げよう」
「はい、魔王様」
二人が魔王城を抜け出していく。
手を繋いで。
月明かりの下。
背景にはロマンチックな音楽まで流れている。
まるで恋愛ドラマのワンシーン。
「駆け落ちしちゃったんだけど〜♪」
女神がケラケラ笑っている。
「それで、田村ちゃんが緊急代役!」
「緊急事態でしたので......」
田村は俯く。
「まあ、しゃーないっしょ〜」
女神が立ち上がる。
田村の肩に手を置く。
「で、転生者の方どうなってんの?」
「転生者、ですか?」
田村が顔を上げる。
「全然動かないんだけど〜」
女神が溜息をつく。
「え?」
「100年間、ずっとスローライフなんだけど〜」
「100年......?」
田村が驚く。
女神が目を輝かせた。
「やばたん!見せてあげる!」
※やばたん:ギャル語。「やばい」を可愛く言った表現。テンションが上がった時に使う。
女神が魔法で映像を映す。
転生者の姿。
日本から来た青年、佐藤健太。
30代くらい。
地味な顔。
疲れた目。
冴えない風貌。
でも死んではいない。
むしろ生き生きとしている。
小さなダンジョンの入り口に立っている。
森の中。
古びた石造りの入り口。
初心者用ダンジョン。
健太が中に入る。
数分後、出てくる。
小さな袋を持っている。
また入る。
また出てくる。
また袋。
「あれ、なにやってると思う?」
女神が田村を見る。
「はぁ......出たり入ったりしてますね」
「それな!マジでそれだけなんだけど!」
女神が飛び跳ねる。
ツインテールがバインバイン揺れる。
映像がズームする。
健太が袋の中身を確認している。
薬草だ。
緑色の葉っぱ。
チュートリアルの初心者冒険者向け回復アイテム。
宝箱から回収している。
「1日中これ繰り返してて、夕方になったら街で売り飛ばしてお金稼いでんの♪」
「......はい」
「100年だよ、100年!やばくない?」
女神が強調する。
田村は女神の机に置かれた資料を見る。
『転生者:佐藤健太』
『前世:ブラック企業勤務』
『上司:パワハラ常習犯』
『同僚:いじめ加害者集団』
『家族:妻、子供二人』
『人生:全ての時間と金を家族と会社に捧げた』
『転生理由:過労死(36歳)』
『転生後の決意:1秒、1円たりとも他人のために使わない』
『精神状態:スローライフを満喫中』
『経過年数:100年3ヶ月』
『薬草回収総数:14,627,892個』
『累計売上:731,394ゴールド』
『チートスキル:理不尽な右腕』
『効果:なんでも打ち消せるすごい右手』
「......」
田村は小さく呟く。
前世で全てを他人に捧げた人間。
時間も。
お金も。
心も。
全部。
そして過労死。
転生後は全てを自分のために使おうとしている。
人間嫌いにもなるだろう。
でも、死んでいるわけじゃない。
むしろ、生き生きとスローライフを楽しんでいる。
「同情はできるんだけどさ〜」
女神の声が少し真剣になった。
「100年だよ。100年」
「はい」
田村が頷く。
「人助けは?」
田村が尋ねる。
(さすがにそのチート能力を有効的に使うでしょう)
「しないよ〜」
女神が映像を見ながら答える。
「モンスター退治は?」
(異世界冒険者の醍醐味でしょう)
「ぜんぜんやんない〜」
「冒険は?」
(転生したならせめて......)
「マジでしない」
女神がケラケラ笑う。
「恋愛は?」
(美女との出会いくらいは......)
「しないっしょ〜」
田村の表情が曇る。
「仲間との友情は?」
(それすらも......?)
「なにそれ、って感じ〜」
女神が肩をすくめる。
田村は映像を見つめる。
健太が相変わらずダンジョンに出入りしている。
入る。
出る。
入る。
出る。
機械的な動き。
でも嫌々やっているわけじゃない。
むしろ満足そう。
淡々と。
でも充実した表情で。
「田村ちゃん、どうすんの?」
女神がニヤニヤしている。
「......現地フォローします」
田村が答える。
「お〜、あげみざわ!」
※あげみざわ:ギャル語。「テンションが上がる」という意味。「あげみ」に「ざわ」をつけて語呂を良くした表現。
「でも慎重に」
田村は頭を下げた。
「それでは、失礼いたします」
「頑張ってね〜♪」
女神が手を振る。
田村は女神の私室を出た。
廊下を歩く。
転移ゲートへ。
「よし......」
でもその時。
「あ、田村さーん」
受付の鈴木が声をかけてきた。
「次の案件、入ってますよー」
「......今からですか」
「はい。貴族の陰謀事件です」
田村は溜息をついた。
「わかりました」
事務所に戻る。
机に座る。
企画書を開く。
『案件No.8421「貴族陰謀事件」』
カタカタと魔法文字盤を叩く。
登場人物の配置。
陰謀の構図。
証拠の設定。
イベントの流れ。
クライマックスの演出。
一件あたり平均15分。
10年の経験が生み出す効率だった。
淡々と。
機械的に。
「よし、これで......」
最後の文字を入力する。
送信。
ピロリン♪
『案件No.8421、送信完了』
「ふう......」
田村は椅子に寄りかかった。
コーヒーカップを手に取る。
冷めたコーヒーを一口。
苦い。
でも落ち着く。
「これで今日の分は......」
ほっとした瞬間。
ピピピピピ!
緊急通知の警告音が鳴り響いた。
田村の手が止まる。
コーヒーカップを持ったまま。
赤い光が明滅している。
こんな警告は久しぶりだった。
『緊急:案件No.9876「大魔王討伐イベント」進行状況更新』
『魔人四天王撃破確認』
『勇者パーティ、魔王城到達』
『大魔王不在』
『緊急対応必要』
「......え?」
田村はコーヒーカップを置いた。
カチャンと音がする。
慌てて監視用水晶玉を起動する。
画面には。
健太のパーティが魔王城に向かっている。
女騎士。
金髪で凛々しい。
エルフ。
銀髪で神秘的。
王女。
気品があって美しい。
他の冒険者たち。
みんな精悍な顔つき。
「いざ、魔王城へ!」
女騎士が剣を掲げる。
「魔王を倒しましょう!」
エルフが魔法を準備する。
「世界を救うのです!」
王女が祈る。
「......」
田村は立ち上がった。
椅子がガタンと音を立てる。
「まさか、もう?」
でも事実だ。
健太が動いた。
仲間ができた。
魔人四天王を倒した。
そして魔王城へ。
「どうして......」
田村は慌てて映像を巻き戻す。
数ヶ月前。
健太の畑。
100年かけて作り上げた畑。
綺麗に耕された土。
整然と並ぶ野菜。
丁寧に作られた柵。
愛情を込めて育てられた作物。
そこに。
魔獣の大群が襲いかかっている。
ガブガブガブガブ。
野菜が食べられる。
柵が壊される。
土が荒らされる。
100年の結晶が破壊されていく。
「あ......」
田村の顔が青ざめた。
自分の指示だ。
健太を動かすために。
魔人たちに声をかけた。
でも。
声をかけすぎた。
予想の10倍の魔獣が集まった。
畑が荒らされた。
全滅した。
そして。
健太が畑に戻ってきた。
薬草の袋を持ったまま。
目の前の光景を見た。
荒らされた畑。
食い散らかされた野菜。
壊された柵。
健太の表情が変わった。
無表情だった顔が。
歪む。
「俺の......」
震える声。
「俺の畑が......」
袋を落とす。
薬草が地面に散らばる。
「俺の......100年が......」
健太の右手が光り始めた。
『理不尽な右腕』
発動。
「許さない」
低い声。
怒りに満ちた声。
100年ぶりの。
激しい感情。
そこから健太の戦いが始まった。
魔獣退治。
魔人討伐。
森の盗伐阻止。
被害者の救助。
他の冒険者との協力。
そして仲間ができた。
最初は警戒していた健太が。
少しずつ心を開いていった。
「私が......」
田村は頭を抱えた。
「私がやったんだ......」
でも今は。
魔王城に勇者が来ている。
大魔王は不在。
駆け落ち中。
「行くしかない」
田村は転移申請書を書く。
手が震えている。
魔王のローブを羽織る。
黒い。
重い。
威圧感がある。
転移ゲートに向かう。
魔法陣が光り始める。
「絶対に......」
光に包まれる。
次の瞬間、魔王城の玉座に座っていた。
冷たい石の感触。
暗い照明。
不気味な魔法陣。
遠くで足音が近づいてくる。
ザッ、ザッ、ザッ。
複数の足音。
健太たちだ。
「......」
田村は深呼吸する。
営業スマイルを作る。
いや、魔王スマイルだ。
威厳を持って。
恐怖を与えるように。
扉が開く。
ゴゴゴゴゴ。
重い音。
健太たちが入ってくる。
「魔王!」
女騎士が剣を構える。
刀身が光を反射する。
「ついに会えたわね」
エルフが魔法を準備する。
手のひらに魔力が集まる。
「覚悟しなさい」
王女が祈りを捧げる。
神聖な光が溢れる。
健太は無表情のまま。
でも右手が光っている。
『理不尽な右腕』
準備完了。
「......」
田村は玉座に座ったまま、健太を見つめる。
100年。
100年間、人を避けて生きてきた男。
でも今は仲間がいる。
自分が動かした。
自分の失敗で。
でも。
前進した。
少しずつ。
確実に。
「フハハハハ!よくぞここまで来た、勇者よ!」
田村が高笑いする。
プロだから。
演出だから。
「だが、貴様らの旅もここまでだ!」
田村が立ち上がる。
ローブが揺れる。
魔法を発動。
「炎よ!」
巨大な炎が健太に向かう。
轟音。
熱波。
健太が右手を振る。
炎が消える。
一瞬で。
音もなく。
まるで最初からなかったかのように。
「......」
「やはりな」
田村は次の魔法を発動。
「大火球!」
さらに大きな炎の塊。
直径5メートル。
凄まじい熱量。
部屋の温度が急上昇する。
健太が右手を振る。
消える。
やはり一瞬。
「......」
田村は焦り始める。
額に汗が滲む。
呼吸が荒くなる。
「炎柱大炎上!」
地面から噴き出す炎の柱。
何本も。
何十本も。
部屋全体を覆う。
轟音。
熱風。
健太が右手を振る。
全部消える。
一瞬で。
「くっ......」
田村の呼吸がさらに荒くなる。
汗が流れる。
「四方八方なんかすごい火の海!」
文字通り、火の海。
部屋全体が炎に包まれる。
天井も。
壁も。
床も。
全部炎。
灼熱地獄。
健太が右手を振る。
全部消える。
静寂。
「......」
田村の手が震える。
何をやっても無効。
全部消される。
チートスキル。
『理不尽な右腕』
その名の通り。
理不尽に強い。
絶対的な防御。
「もう......」
田村は決断した。
「こうなったら!」
両手を高く掲げる。
魔力が集まる。
膨大な魔力。
空気が歪む。
温度が急激に上がる。
石の床が溶け始める。
ドロドロと。
「究極ウルトラ超絶なんでも溶かす10000℃の最終魔法!」
魔法陣が広がる。
巨大な。
複雑な。
世界を焼き尽くすような。
城全体が揺れる。
ゴゴゴゴゴ。
「命と引き換えに放たれる究極奥義!」
田村が叫ぶ。
魔力が膨れ上がる。
制御不能なほどに。
城が激しく揺れる。
地面が割れる。
バキバキバキ。
壁に亀裂が走る。
ピシピシピシ。
「受けよ!」
その瞬間。
異世界演出部の事務所。
後輩の田中美咲が監視用水晶玉を見ていた。
「え、ちょっと、先輩?」
画面には。
田村が究極魔法を発動しようとしている。
膨大な魔力。
歪む空間。
溶ける床。
「先輩、何やって......」
美咲の顔が青ざめる。
画面の数値を確認する。
魔力量。
破壊範囲。
「やばい、これ......」
慌てて女神に連絡する。
魔法通信機を起動。
ギャル女神の私室。
女神がソファでくつろいでいた。
新しく淹れた紅茶。
ピンクのティーカップ。
良い香り。
高級品。
「んー、うまぴ♪」
一口飲む。
至福の表情。
その時。
魔法通信機が鳴った。
ピピピピピ。
(はいはい、出ますよ〜♪)
女神が通信に応答する。
「女神様!田村先輩が!」
美咲の慌てた声。
悲鳴に近い。
「究極魔法を!10000℃の!」
「ぶーーーーっ!!!」
紅茶を吹き出した。
ピンクのティーカップから。
テーブルに。
ソファに。
自分の服に。
ピンクのドレスが紅茶まみれ。
女神が慌てて水晶玉を起動する。
画面には。
田村の魔法。
巨大な魔法陣。
膨大な魔力。
溶ける城。
割れる地面。
「え、ちょ、まって」
女神の目が見開かれる。
魔法陣の規模を確認する。
魔力の量を確認する。
破壊範囲を計算する。
数値が表示される。
破壊範囲:半径50キロメートル。
「やばっ、マジで!?」
女神が立ち上がる。
椅子が倒れる。
ガシャン。
「田村ちゃん!世界壊れちゃうじゃん!!」
慌てて魔法を準備する。
両手を突き出す。
魔力を集中させる。
「女神ぱわー全開!!」
ピンクの光が溢れる。
眩い。
強烈な。
魔王城。
田村の魔法が完成しようとしている。
10000℃の炎。
世界を溶かす炎。
存在を消滅させる炎。
健太が右手を構える。
『理不尽な右腕』
光が強くなる。
でも。
間に合うか?
その瞬間。
ピンクの光が魔王城を包んだ。
上空から。
全てを包み込むように。
「みんな、転移すっから〜!」
女神の声が響く。
空間全体に。
健太たちの体が光に包まれる。
転移魔法。
強制的に。
問答無用で。
「え?」
健太が驚く。
「何が?」
女騎士が驚く。
「これは?」
エルフが驚く。
光が強くなる。
眩しくて目を開けていられない。
そして。
バァン!!!
魔王城が爆発した。
いや、爆発どころではない。
消滅した。
跡形もなく。
地面ごと。
周辺の森ごと。
山ごと。
巨大なクレーター。
直径数キロメートル。
深さ数百メートル。
すべてが消し飛んだ。
溶けた。
蒸発した。
マグマのように赤い。
煙が立ち上る。
「......」
健太たちは遠く離れた平原に転移されていた。
女神の加護。
命からがら。
全員無事。
「助かった......」
女騎士がへたり込む。
膝が笑っている。
「あれは......」
エルフが震えている。
手が止まらない。
「魔王が......」
王女が祈る。
涙を流しながら。
健太は無表情のまま。
でも右手が震えている。
わずかに。
あれを無効化できたか?
わからない。
多分、無理だった。
「魔王は......倒れたのか?」
女騎士が呟く。
「わからない......」
エルフが答える。
「でも、城が......」
遠くに見える巨大なクレーター。
煙が立ち上っている。
マグマのような赤い光。
熱波が届いてくる。
「......」
健太は立ち上がった。
ゆっくりと。
「帰ろう」
「え?」
女騎士が驚く。
「畑を作り直さないと」
そして歩き出す。
振り返りもせずに。
「あ、待って!」
仲間たちが慌てて追いかける。
異世界演出部の事務所。
田村が転移魔法で戻ってきた。
ローブは焼け焦げている。
あちこち穴が開いている。
髪はボサボサ。
顔は煤だらけ。
汗でびっしょり。
服も汗で張り付いている。
「はぁ、はぁ、はぁ......」
椅子に向かう。
でも足元がふらつく。
座り損ねて床に座る。
ドサッ。
「疲れた......」
呼吸が荒い。
心臓がバクバクしている。
その時。
ピンクの光。
女神が事務所に現れた。
転移魔法で。
ピンクの服は紅茶で濡れている。
あちこちシミになっている。
髪も少し濡れている。
ツインテールが湿っている。
「田村ちゃん」
にっこりと笑顔。
でも目が笑っていない。
完全に。
「紅茶、返して(にっこり)」
「......え?」
田村が床に座ったまま見上げる。
「新しく淹れたばっかの紅茶」
女神が近づいてくる。
一歩。
また一歩。
「高級品なんだけど。一杯1000ゴールド」
「ひい」
田村が後ずさる。
床に座ったまま。
「吹き出しちゃった」
女神がさらに近づく。
「田村ちゃんのせいで」
「す、すみません!」
田村が床に手をついて頭を下げる。
深々と。
「......冗談冗談♪」
女神が笑った。
いつもの明るい声。
「てかさ、世界壊すのマジやばいから〜?」
「はい......」
田村は床に座り込んだまま。
力が入らない。
「企画は......大失敗ですね」
「まあね〜」
女神が肩をすくめる。
「魔王城、跡形もないし......」
「派手に吹き飛んだじゃん♪」
女神がしゃがみ込む。
田村と目線を合わせる。
「でもさー」
「はい?」
「見てみてよ〜」
女神が魔法で映像を映す。
空中に。
キラキラと輝く映像。
画面には。
健太が新しい畑を耕している。
鍬を握って。
土を掘り返して。
でも。
一人じゃない。
女騎士が手伝っている。
「この野菜、どう育てるんですか?」
「......土を耕して、種を蒔いて」
健太が無表情で答える。
でも教えている。
丁寧に。
優しく。
エルフが魔法を使っている。
「水やりを効率化できますよ」
緑色の光が畑を包む。
「......そうか」
健太が頷く。
少し興味を持っている。
目が輝いている。
王女が料理を作っている。
「採れた野菜でお料理作りますね!」
かまどの前で。
エプロン姿で。
「......好きにしろ」
健太が答える。
でも嫌がっていない。
むしろ期待している。
視線が料理に向いている。
みんなで畑仕事。
みんなで料理。
みんなで食事。
テーブルを囲んで。
笑い声が聞こえる。
健太が。
小さく。
とても小さく。
笑った。
100年ぶりに。
心からの笑顔。
「......」
田村も小さく微笑んだ。
床に座ったまま。
疲れた体で。
でも温かい気持ちで。
「人間全部が悪というわけでもない、か」
「それな〜」
女神が立ち上がる。
「健太くんの心が、ちょっとだけ救われたじゃん」
「100年の孤独から......」
「ほんのちょっとだけ、心開いたじゃん」
女神が田村の頭をポンポンと叩く。
優しく。
「田村ちゃんのおかげじゃん〜」
「ちょっとやりすぎちゃいましたけど......」
田村が俯く。
「結果オーライっしょ♪」
女神が笑う。
「つか」
女神が映像を消す。
「完璧な企画より、ハプニングの方がエモくない?」
「......そうですね」
田村は立ち上がった。
ふらふらしながら。
女神が手を差し伸べる。
田村はその手を取る。
椅子に座る。
「疲れました......」
「おつー♪ まじおつかれ〜」
女神がピースサインを作る。
そして転移魔法で消えた。
ピンクの光と共に。
事務所に静寂が戻る。
いつもの。
穏やかな。
田村は椅子に寄りかかった。
目を閉じる。
深く息を吐く。
でも。
悪い気分じゃなかった。
企画は大失敗。
魔王城は消滅。
紅茶代は請求される。
でも。
健太は前進した。
「これも......ありか」
田村は小さく呟いた。
また誰かの物語が動き出す。
今日もまた。
長い一日が終わった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
異世界演出部の田村麻衣、いかがでしたでしょうか。
第1章では密室殺人に苦戦し、
第2章では悪役令嬢騒動に巻き込まれ、
第5章では魔王役で世界を壊しかけました。
プロ意識と営業スマイルで乗り切る田村ですが、
毎回ハプニングだらけ。
でも、誰かの物語が動き出す瞬間。
誰かの心が少しだけ救われる瞬間。
そんな瞬間に立ち会えることが、
この仕事の醍醐味なのかもしれません。
田村の奮闘は、まだまだ続きます。
次はどんな転生者が現れるのか。
次はどんなトラブルが起こるのか。
もしこの作品を気に入っていただけたら、
ぜひ感想をお聞かせください。
田村と一緒に、また異世界でお会いしましょう!
異世界演出部は、今日も営業中です。




