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第6話 夕陽とクッキー

「咲~、おやつあるけど食べる~?」


 階段をのぼってくる足音とともに、のんびりとした女性の声が部屋の外から届いた。咲の全身がびくりと跳ねる。まるで雷が落ちたように一気に体温が引いた。


「や、やば……っ……っ母が……!ちょ、有眞、離れて、離れ――!」


「ん〜〜、やだ。」


「はぁ!?“やだ”って……っ、ふざけてる場面じゃ――っ」


「咲、なにかしら~?あら、有眞くんも来てるのね~。」


 咲の焦燥などどこ吹く風、ドアはゆるく開け放たれ、のほほんとした空気をまとった母親が顔をのぞかせた。エプロン姿で手にはお皿と紅茶のカップ。そして、その目に飛び込んできたのは――机の横でぴったりと抱き合ったままの二人の高校生。普通なら、親の顔色が一変してもおかしくない場面。


「あら~、なんだか今日は仲良しなのね~。ふふ、あんたってほんと可愛い顔してるから、放っておくと誰かに攫われると思ってたのよねぇ。」


「母さんっっっ!!!」


「やっべ、俺、完全に攫う側になってる……。」


 咲の絶叫にも、有眞の自白にも、母親は全く動じない。のんびりとお盆をサイドテーブルに置くと咲の頭を優しくなでた。


「いいのよ、別に。恋愛に性別なんて関係ない時代だし~。好きな人ができたなら、それだけで素敵じゃない。ね、有眞くん?」


「はい、めっちゃそう思います。」


「……返事すんな。堂々とすんな……!」


 咲はすでに耳まで真っ赤で、あたふたと母と有眞の間で視線を泳がせている。有眞はというと何事もなかったかのように、むしろ包容力すら漂わせながら咲の肩をしっかりと自分の腕の中にキープしていた。


「咲ちゃん、ちょっと落ち着け?俺、ほんとに気にしてないし、お義母さんも全然気にしてないっぽいし。」


「そ、そういう問題じゃ――!」


「ね、お二人とも紅茶淹れたから飲んでってね~。クッキーもあるわよ、今日はバター多めのやつ。あんたの好きなやつよ、咲。」


「今の状況で紅茶とかクッキーの話しないで!!」


 母親はにこにこしたまま手を振り、またふんわりとした足取りで階段を降りていった。静まり返る部屋。張り詰めた空気は、逆にもうどこか間が抜けていて――。


「お前の母ちゃん、最強だな。」

「ほんとに、そう思います……。」


 顔を真っ赤にしたまま、咲はぐったりと机に突っ伏した。それでも有眞の腕は、まだ咲の肩を包んだまま。もう拒まれることもなかった。その姿を眺めながら、有眞は静かに微笑む。


「……ほら。説得とか順序とか全部すっ飛ばしても、なんかうまくいく時はいくんだよ。」


 咲は顔を上げずに小さく呻いた。


「ああもう、バカすぎて……バカすぎて腹立つのに、なんで……それでも嫌じゃないんだ、僕……。」


「それ、愛じゃん?」


「殺すぞ。」


「照れ方が愛じゃん。」


 咲の机の上、紅茶の湯気がくるりと渦を巻いた。夕日が差し込み、部屋の色をやさしく染めていく。二人の距離は、もう初対面の日から想像できないほど近くて暖かい。

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