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宣戦布告

 春爛漫、とはしゃぐには些か食傷気味な桜並木を抜けると、見慣れない威容の門構えが目に飛び込んできた。時代錯誤な重厚さ、とでも言うべきか。タクシーがその門を音もなくくぐり、無駄に広いとしか形容しようのない敷地内をゆっくりと進む。助手席で小さく息を吐いたのは、私、一ノ瀬つむぎ、高校二年生。やれやれ、こんな少女漫画のお約束みたいな展開が、よりによってこの私の身に降りかかるとは。数ヶ月前の自分に言っても、鼻で笑うだけだろう。

 そもそもの発端は、母の再婚。相手は、絵に描いたような、というより、むしろテレビドラマの脚本家が考えたような、ご都合主義的なハイスペック男性だった。誰もが知る有名企業の社長。おまけに優しく、料理上手で、どこか抜けたところがある、らしい。正直、胡散臭さしか感じないが、母が幸せならそれでいい、と思うことにしている。問題は、その再婚相手に、これまたテンプレート通りのハイスペックな息子たちが三人もいたことだ。ご丁寧に、イケメン揃いだという。

 


 玄関の扉が開くと、そこに立っていたのは、まるで美術館から抜け出してきたかのような二人の青年だった。一人は、非の打ち所がない、冷たいまでの美貌を持つ長男。もう一人は、全てを見透かすような、怜悧な光を宿す瞳の次男。揃いも揃って長身で、高級ブランドのカタログから飛び出してきたような洗練された空気を纏っている。なるほど、噂に違わぬ『ハイスペック・イケメン』というやつか。クラスの女子が聞けば、悲鳴と溜息で酸欠騒ぎを起こしそうなレベルだ。


(……ふん、イケメンか。)


 私は内心で、歓迎とは程遠い種類の感情と共に鼻を鳴らした。美形は嫌いじゃない。むしろ目の保養にはなる。だが、問題は彼らが『ハイスペック』であり、そして私が『そうではない』という、この圧倒的な非対称性だ。この手の物語におけるお約束――そう、『格差』が生み出すドラマ――は、大抵ろくな結末を迎えないことを、私は経験則(主に読書による)で知っている。


パターン1:陰湿・排斥エンド。庶民出身の私に対し、選民意識に凝り固まった彼らが冷酷な視線を投げかけ、「身の程を知れ」とばかりに精神的・物理的な嫌がらせを繰り返す。想像すると不愉快極まりない。

パターン2:ご都合・逆ハーレムエンド。最初は冷遇されるも、私の(存在しない)ピュアさや(隠し持っているはずもない)才能、(そこまでない)ドジっぷりに絆され、最終的には全員から求愛されるという、砂糖菓子のように甘ったるく、そして現実味のない展開。考えるだけで虫唾が走る。そんな薄っぺらい幸福に、私のプライドが屈すると思うな。

 

 どちらの結末も、まっぴらごめんだ。私の平穏は、私自身の手で守り抜く。そのためにはどうするか?答えは一つ。彼らが振りかざす『ハイスペック』という武器を、こちらも手に入れればいい。いや、彼らを凌駕するほどの『超・ハイスペックガール』に、私がなればいいのだ。彼らの土俵で、彼らのルールで、彼らを打ち負かす。それが、この理不尽な状況に対する、私なりの宣戦布告だ。



「……はじめまして。本日よりお世話になります、一ノ瀬つむぎと申します」

 

 私は、内心の闘志を完璧な笑顔と深々としたお辞儀の裏に隠し、最初の挨拶を口にした。

 

 長男は涼やかな表情を崩さず、「こちらこそ」と短く応じた。次男は、値踏みするような視線を一瞬こちらに向けただけで、軽く会釈するのみ。予想通り、歓迎ムードなど微塵もない。むしろ、闖入者を見るような冷ややかさだ。


(……ふむ、上々。警戒心が強いのは、むしろ御しやすい。せいぜい、その完璧な仮面の下で、どんな弱点を隠しているのか、じっくり観察させてもらうとしよう)

 

 顔を上げると、玄関の奥から、先の二人とは少し雰囲気の違う、やや幼い顔立ちの少年がひょっこりと顔を出した。三男だろうか。彼は、警戒心のかけらもない、人懐っこい笑顔を私に向けてきた。


「こんにちは!つむぎさん、だよね?俺は三男の陸!よろしくね!」

 

 その屈託のない笑顔に、一瞬だけ肩の力が抜けそうになる。だが、すぐに気を引き締めた。これも罠かもしれない。無邪気さを装い油断させ、背後から刺す。よくある手だ。この家では、誰一人として気を抜いてはならない。


「さあ、つむぎさん、お部屋にご案内しますね」


 そう言って、長男が促すまま、私は屋敷の中へと足を踏み入れた。想像以上に広大で、細部にまで意匠が凝らされた立派な家だった。まるでドラマに出てくるような優雅な階段を上り、案内されたのは、日当たりの良い二階の一室。大きな窓からは、手入れの行き届いた庭の緑が一面に広がっていて、なかなか居心地が良さそうだ。


「何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってください」


 長男はそう言って、軽く微笑んだ。その笑顔は確かに整っているけれど、どこか事務的で、心のこもっていない印象を受ける。もしかしたら、心の中では「早く自分の部屋に戻りたい」などと思っているに違いない。だが、こちらとしても、無駄な会話は避けたいので好都合である。


「お構いなく」


 私はそう答えるのが精一杯だった。まだ、張り詰めた緊張が全身を覆っていたのだった。

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