断罪失敗王子様
作中殿下呼びのところをあえて王子呼びしている部分があります。そういう仕様です。
「クラリッサ・アルヴォーテ! 貴様との婚約を破棄するッ!!」
――と、昨今最早娯楽小説でも使い古されまくったセリフを放ったのは、オリヴァ王子だった。
王宮でのパーティー。
同年代の貴族も、その親世代も参加しているかなり大規模な催しである。
そんなオリヴァ王子の隣には、ぽかんとした表情を隠すこともしていない少女が立ち尽くしていた。
王子に大声で宣言されたクラリッサもまた、扇子で口元を隠しつつそんな少女を見る。
オリヴァの宣言は正直聞き流していた。
何故ってやっぱり娯楽小説にありがちな、真実の愛がどうのこうの、お前はこの聖女を虐めただのと、他にネタがないのか、と言いたくなるような言いがかりだったからだ。
「婚約破棄、確かに。殿下の有責で承りました」
なのでしれっとクラリッサはそう返した。
「なっ……!」
一切悪びれていない様子のクラリッサに、オリヴァの表情が怒りで赤く染まる。
大勢の前でクラリッサがいかに悪女であるか、いかに貴族としても悪辣であるかを周囲に公表しようと思っていたオリヴァは、その返しに何一つこの女は反省もしていないのだと一層怒りを燃やしたのである。
「あっ、あの、殿下、いいでしょうか……?」
隣に立っていた少女が不安そうな表情のまま、小さな声で呼びかける。
隣にいた少女の名前はコニー。子爵令嬢ではあるが、彼女の生まれ育った領地は王都から離れた農耕地帯。要は田舎出身の娘である。
都会で暮らす令嬢たちと比べるとどこかあか抜けない印象があるものの、素朴で温かみを感じる愛らしさを持った少女だった。
彼女はある日、聖女としての力に覚醒した。故にこうして王都までやって来て、聖女として働く事となってしまったのである。今までの領地生活と違い慣れない部分が多く、それもあってオリヴァは彼女に目をかけて手を貸し、そうしていくうちに彼女に恋をし真実の愛だとなったのである。
そんな最愛の少女が浮かない顔をしながらも、呼びかけている。
オリヴァは怒りに染まった表情をどうにか落ち着かせて「なんだ」と努めて冷静に返した。
「その、私からも言いたいことがあるのです。ですが……その、不敬になったりなどは、しないでしょうか……?」
何かを恐れるような、そんな様子にオリヴァはクラリッサめ……! と内心でまたも怒りが湧き上がるのを感じながらも、
「この際だ。何を言っても不敬ではない。言ってやれ」
この悪女の仕打ちを赤裸々にな! とばかりに顎でしゃくった。
「ありがとうございます。では……」
コニーはオリヴァの言葉を確認し、周囲に「聞きましたよね?」と目で確認し、周囲の貴族たちも「聞きましたよ」とばかりに頷いたのを見て。
とととっ、と軽やかな足取りでクラリッサの隣へと移動した。
「コ、コニー……?」
何故悪女の隣に。危険だろう。
そう言おうとしたオリヴァであったが、コニーはクラリッサの隣で声高に告げた。
「今王子が言った言葉のほとんどは! 嘘ですッ!!
王子の思い込みだけで、私にとってはすべてが嘘ですッ!!」
その宣言に、周囲は一度だけ騒めいて、一拍置いてから静まり返った。
「王子と私が真実の愛で結ばれたなどというのは王子の妄言であり、私は王子を愛していませんッ!!
クラリッサ様が私を害そうとした、言いがかりをつけた、などと先程述べておりましたがそのような事実は一切ございません事実無根ですッ!」
「お、おい、その女に脅されてそんな事を言ってるんじゃないだろうなコニー」
「いいえ。脅された事など一度もありませんよ。
ただ、殿下に声をかけられてどうにか躱そうとしていたけど上手くできなかった時の事を噂されたのか、婚約者のいる殿方に近づきすぎるのはよろしくない、という教えを貰った事はありますが、でもそれ、脅しでもなんでもないですからね。
というかむしろ私が近づきたかったのは殿下ではなくクラリッサ様でしたから」
「なん……だと……!?」
「私が聖女の力に目覚めた時の事をお話しさせてください」
突然話の流れが変わったな、と思いながらも周囲は止める事はしなかった。
聖女というのはある日突然覚醒し現れるものではあるけれど、その条件などはハッキリしていない。
過去の聖女たちの多くは大切な者を助けたい、と願った事で覚醒したようではあるけれど、過去の聖女全員がそうであったというわけでもないようだったので。
もし、覚醒する条件などもっと詳しくわかれば、もっと多くの聖女がこの国で生まれるのではないか……?
そういう思惑を持つ者もいたのは事実である。
「私が聖女としての力に覚醒したのは、王都から流れてきたとある絵が切っ掛けでした。
どういう経緯だったかまではわかりませんが、それは一人の女性の絵でした。肖像画という程ちゃんとしたものではなかったけれど、私はその女性の絵を見て心を奪われました。
あぁ、なんて美しい人なんだろう……!!
この世にこんな美しい人がいたのか。いや、本当に人なのかしら。もしかしたら女神かもしれない……!
そんな風に心震わせた時です。私が聖女の力に目覚めたのは。
あまりの美によって私の聖女力は目覚めたのです」
周囲はそれを聞いて思った。
思ってたのとなんか違うな……? と。
美しいものを見て心を震わせるところまでは理解できるけど、それで聖女の力が覚醒するというのは予想外だった。
あまりに圧倒的な美を浴びるとそうなる可能性はあるけれど、普段から美しいものに囲まれて過ごしている王都の貴族たちだとそれは難しいかもしれないな……とも思った。
いや、逆に大自然の雄大さとかに感動出来たら或いは……と考えたものもいたようだけど、それはさておき。
「そしてその女性は、ソフィア様……そう、クラリッサ様のお母様です。
つまり私が聖女としてこうしてここにいるのは、ソフィア様の美しさによるもの……
生憎と私が聖女になった時、既にソフィア様は病によってこの世を去ってしまっておりましたが、けれどここにはソフィア様譲りの美貌と気高さを兼ね備えたクラリッサ様がおります。
クラリッサ様が声をかけてくださった時、私は身分差というものを考えず軽率にソフィア様について語ってしまいましたが、そんな失礼でマナーもなっていなかった私にクラリッサ様はそれを許してくださった。
それだけではありません。
クラリッサ様は度々私をお茶会に呼んで、ソフィア様のお話を聞かせてくださったのです。なんとクラリッサ様のお父様、ケルヴィン公爵様と一緒に!
その寛大なお心に感謝するばかりです。
親切にしていただいてばかりで、虐げられたような事は一度もありません。
えぇ、神の名に誓って!」
コニーの聖女としての力は、王都にやって来てからメキメキと成長していった。
けれどそれは、日々神殿などで祈りを捧げてその結果だと思っていた者たちが多かった。
だがしかし、この発言が本当であるのなら。
ケルヴィン公爵は亡き妻との思い出を目をキラッキラさせて聞いて全肯定してくるコニーについ気分がよくなって色々と話をしてしまったし、妻を亡くしてからどこか沈んだ様子だった父が饒舌に語るのをクラリッサもまた自分の知らないお母様の一面として聞いていた。
今までは、母の話をするとお互いに悲しい気持ちになるから自然と暗黙の了解というか、タブーのような扱いだったのに。
そうしてクラリッサもまた幼いころの思い出で少ししか話せる事はなかったけれど、子供の目線から見た母親の思い出を語ったのである。
父はあぁあの時の、とさらに懐かしそうになって、それ以外の自分が知らない母親としての一面を聞いて涙ぐむなどしていた。
お茶会は一度だけでは終わらず何度か行われたが、その茶会に参加しソフィアの話を聞いていくうちにコニーの心の中にはいろんな感情が溢れて聖女としての力が増す形となったのである。
他の聖女と比べて明らかに異端だが、聖女としての力はかなり強くなったので文句も出ない。
「えーっと、なので、婚約破棄とかしただけに飽き足らず難癖つけてクラリッサ様を国から追い出そうとか、なんか適当な罪でっちあげて罰を与えようとかするなら私は全力でクラリッサ様をお守りする所存です。
クラリッサ様が国を出るのなら、私もそれについて行くつもりですので」
流石にその言葉には周囲もより一層どよめくしかなかった。
コニーの聖女としての力はメキメキと上がっていって、他にもいる聖女たちの中で群を抜く勢いだったのだ。
他にも聖女と呼ばれる者はいるけれど、その力はコニーと比べるとやや劣る。
いずれコニーが大聖女となるのでは……と思われているというのに、クラリッサが国を出ていくならついていくとまで宣言しているのだ。
無理矢理国にとどめたとして、そうなれば聖女としてのやる気とか力が落ちる可能性も高かった。
何せ、コニーの聖女としての力の源がハッキリしてしまったのだから。
――かくして、婚約破棄はオリヴァの有責で行われた。
大勢の証人がいたのだ。今更覆せるはずもない。
婚約破棄の場には国王夫妻もいたけれど、あまりにも話が進むせいで口を挟む暇もなかった。
思い込みで突っ走ったオリヴァはクラリッサに関して国外追放だとか処刑だとかまで言わなかったので流石に彼も廃嫡だとまでは言われなかったが、王都の端っこの領地で細々とした暮らしをすることを余儀なくされた。
王になってあんな風に猪突猛進で暴走されたら家臣の苦労も半端ないし、最悪他国と戦争沙汰になるかもしれないのだ。彼が王になる道は絶たれた。
オリヴァ曰くコニーを長時間拘束していた事が嫌がらせだという言い分も、コニーは嬉々として茶会に参加しソフィアの話を聞いていただけと知って。
てっきり身分が上の令嬢に誘われて断り切れなかったのだと信じて疑わなかったオリヴァは、むしろそれは王子の方でしたよとまで言われて。
膝から崩れ落ちたのである。
ちなみにこれは後日談かつ余談であるが、クラリッサはその後新たな婚約者を得た。
そうして結婚式を挙げた時、クラリッサのあまりの美しさを浴びたコニーの聖女の力が一層強まったりもしたことで。
コニーは大聖女となったのである。
多分歴史上でとてもわかりやすいけど中々真似できない聖女の覚醒方法と能力の上昇だった。
最近の聖女ネタの中では比較的ハッピー仕様。
次回短編予告
魅了魔法ネタ。
忘れたころにこねくり回したくなる存在。それが魅了魔法。
文字数五千文字以下のとってもあっさりめ。
投稿は一週間以内を予定。最短翌日。