表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

04話

目が覚めた。


 また、今日の朝だった。


 これで、三度目のループ。


 天井を見上げながら、荒い息を吐く。手を胸に当てる。血はない。痛みもない。けれど、あの感触は確かに残っていた。


 「……くそ……!」


 拳を握りしめる。


 今度こそ、彼女を救わなければならない。僕が間違えれば、また彼女は曇り、苦しみ、取り返しのつかない選択をしてしまう。


 このループは、僕のためじゃない。彼女のためにあるんだ。


 ――ノックの音がした。


 「……君。」


 彼女が、そこにいた。


 まだ、何も知らない、純粋な目で僕を見つめながら。


扉をノックする音が響く。


 「……君。」


 彼女の声だ。


 まだ、何も知らない、純粋な目のままの君。


 僕は深く息を吸い、心を落ち着けようとした。


 このループでは、必ず君を救う。


 「……入っていい?」


 「……いや、ごめん。今日はちょっと忙しいんだ。」


 彼女は一瞬、戸惑ったように沈黙した。


 「……そう、なんだ。」


 声がどこか不安げだった。少しだけ胸が痛む。だけど、今は耐えなければ。


 「また後で話そう。」


 そう優しく伝えると、彼女は小さく頷いた。


 「……分かった。」


 彼女の足音が遠ざかり、静寂が戻る。


 これで、彼女を巻き込まずに準備できる。


 布団から起き上がり、昨晩のことを思い出しながら考える。まず、村の外の情報を集めなければならない。


 でも――


 何かが違う気がする。


 漠然とした違和感が胸に引っかかる。


 本当に、これでいいのか?


 いや、それは前回のループでも感じたことだ。彼女と一緒に逃げようとするたびに、何かが噛み合わなくなり、結局失敗する。


 このままではまた同じ結果になる。


 別の選択肢を探さないといけない。


 僕は立ち上がり、村の外の情報を集めるために外へ向かう。


 しかし、扉を開けた瞬間――


 寒気が走った。


 村の空気が、どこかおかしい。


 まるで、すでに何かが狂い始めているような違和感。


 ループは確かに巻き戻っている。だけど……


 本当に、すべてが「最初から」なのか?


 扉を開けた瞬間、村の空気に違和感を覚えた。


 何かが、おかしい。


 いつもと変わらないはずの村の風景。でも、視線を向けるたびに胸の奥がざわつく。


 理由が分からない。ただ、どこか「前と違う」気がする。


 すべてが最初からやり直されたはずなのに、何かが噛み合わない。


 僕はゆっくりと外に踏み出し、村の中を歩いた。


 「……あれ?」


 すれ違った村人の顔を見たとき、さらに強い違和感が背筋を駆け上がった。


 ――この人、前のループでは見かけなかった。


 いないはずの人がいる。


 その人だけじゃない。他にも、見知らぬ顔が混じっている。


 このループは、ただの「やり直し」じゃない。何かが変化している。


 ただ、それだけならまだいい。問題は――


 「……」


 村人たちの視線が、どこか冷たいことだった。


 もともと僕に対してそこまで友好的ではない村人もいたが、今のそれは違う。まるで僕がすでに「何かをやらかした」かのような目つきで見られている。


 不安が胸を締めつける。


 「……まずいな。」


 このままじゃ、まともに情報を集めるどころじゃないかもしれない。


 そう考えて足を止めたとき、ふと、背後で誰かが僕をじっと見ている気配を感じた。


 振り返る。


 そこに立っていたのは――


 彼女だった。


 「……っ!」


 なぜか息が詰まる。


 彼女は僕を見ていた。じっと、何かを確かめるような目で。


 そして――


 「ねえ、あなた……本当にあなただよね?」


 不意に、そんな言葉を投げかけてきた。


 心臓が跳ねる。


 何だ、その言葉は。


 どういう意味だ?


 どうして、そんなことを聞く?

 


 「"ループしてる"んでしょ?」


 その言葉が、頭の奥で何度も反響する。


 ありえない。彼女はループのことを知らないはずだ。


 けれど、目の前の彼女は不安げに僕を見つめ、何かを確かめようとしているようだった。


 「……どうして、そんなことを?」


 そう問い返すと、彼女は困ったように眉を寄せ、少しだけ俯いた。


 「……分からない。でも、なんとなく……覚えているの。」


 その声は、震えていた。


 「私……あなたと一緒に逃げようとして……それで、失敗して……あなたが……」


 そこまで言って、彼女の表情が曇る。まるで、そこから先を思い出せないかのように。


 「ごめん……。でも、何か、大事なことがあった気がするの。でも、それが思い出せないの。」


 彼女は頭を押さえて、苦しそうに目を閉じた。


 彼女の記憶は、完全には残っていない。


 ただ、断片的に「何かがあった」と感じている。


 そして――


 「ねえ……。あなた、本当に"あなた"だよね?」


 再び投げかけられる、さっきと同じ問い。


 「どういう意味?」


 僕がそう返すと、彼女は少しだけ口ごもった。


 「だって……」


 その時、村の奥から誰かが僕たちを呼ぶ声がした。


 「おい!」


 そちらを見ると、村人たちがこちらを見ている。


 その目は、どこか僕に対して警戒心を抱いているようだった。


 ――やっぱり、村の空気が違う。


 「……すぐに話せる場所を探そう。」


 僕はそう言って、彼女の手を取る。


 彼女は驚いたように僕を見たが、すぐに頷いた。


 村人たちの視線を避けるように、僕たちはいつもの場所へ向かった。


 そして、その道中――


 「ねえ。」


 彼女が、静かに呟く。


 「私……あなたを、助けたかった気がするの。でも……どうして私は、それを覚えているのかな……?」


 その言葉が、胸に重くのしかかった。


 ――もしかして、彼女の記憶は、少しずつ壊れながらも積み重なっているのか?


僕は彼女の手を引きながら、なるべく急いでいつもの場所に向かって歩いていた。村人たちの視線が気になり、振り返ることができなかった。


 その間、彼女は何度か僕を見上げ、何かを言いたげに口を開きかけたが、結局黙って歩き続けた。


 彼女が何かを覚えていること、そしてそれが不安や恐れのような感情に繋がっていることは確かだった。だが、その記憶が完全ではないからこそ、僕も何も言うことができない。ただ彼女を守るために、逃げる方法を考え続けるしかなかった。


 いつもの場所にたどり着くと、僕はそっと彼女の手を離し、彼女を座らせた。


 「少しだけ待っていて。」


 僕が言うと、彼女は無言で頷き、じっとその場に座った。


 その間、僕は頭を整理する。


 彼女はまだ記憶の一部を持っている。


 それが彼女にとっては恐ろしいことだと感じているのか、あるいは自分を傷つけてしまった何かを知っているからこその不安なのか。


 だが、このままだとまた失敗するだろう。


 もし僕が何もせずにいて、何も変わらなければ、また彼女は曇り、そして最悪の結末が訪れてしまう。


 だから、今度こそ何かを変えなければならない。


 「……もし、僕が言ったことを覚えていたらどうする?」


 ふと、彼女が口を開いた。


 その問いが、僕の心に響いた。


 「言ったこと?」


 「あなたが、私に『逃げよう』って言ったこと。」


 その言葉に、僕は思わず息を呑んだ。


 「それが、私たちの運命を変えるって……」


 彼女は続けて言うと、目を閉じた。


 「でも、今は何も覚えていないの。あなたが言ったその言葉だけが、私の中で響いている。」


 僕はその言葉に何も答えられなかった。


 彼女が一度覚えていたことを思い出しているのか、あるいはそれすらも曖昧な記憶の一部に過ぎないのか、分からない。


 「……君が思い出せる範囲で、少しだけ話してくれないか?」


 その提案に、彼女はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開く。


 「私は……前に、あなたと一緒に村を出ようとして、でもそれがうまくいかなかった。あなたを守りたくて、私が何かをしたけど、結局……私たちは――」


 その時、彼女は言葉を止めた。


 「私、何をしたの?」


 その問いに、僕は胸が締めつけられるような思いがした。


 彼女がその時、何をしたのか――


 それを思い出すのは、恐ろしいことだ。


 だが、もうそれを避けるわけにはいかない。


 「君は、何も悪くない。」


 「でも、どうして――」


 彼女の目が僕を見つめていた。彼女の目は、もうその時の無垢な目とは違う。


 その瞳には、確かに過去の痛みと迷いが宿っていた。


 「君が何かをしたとしても、それはすべて――僕のせいだ。」


 その言葉を彼女に伝えた瞬間、僕の中で何かが決定的に変わった気がした。


 このループこそは、僕は君を守りきる。


 その決意が胸に溢れ、僕は彼女の手を再びしっかりと握りしめた。


 












































僕が剣を持って立っている前で、村人たちが目を見開いている。その顔に浮かんでいるのは、怒りか、恐怖か、それとも……何か、別の感情か。僕の目の前には、何人かの村人が手に持った武器を突きつけている。


 「お前達さえいなければ…!!」


 その言葉が耳に突き刺さる。


 「違う。」


 僕は冷静に答えるが、耳の奥で鼓動が早くなる。


 「お前が守った女のせいだ! あんな女は村に不要だ!」


 その言葉がきっかけとなり、村人たちは一斉に僕を囲んだ。


 僕の手は震えたが、それを必死に抑えて構える。


 だが、息を呑んだ瞬間――


 その剣が僕の体に突き刺さった。


 痛みが広がる。


 全身が熱く、冷たく、そして動けなくなる感覚が襲ってきた。


結局今回もダメだった。









6回目


村人達はループの度に感情が蓄積していることが分かった。


あいつらは、野盗と同じで見つけ次第に襲ってくる


 「逃げろ、今だ!」


 彼女を抱えて走ろうとするが、すぐに足元が崩れた。


 彼女を守らなければ。


 けれど、振り返るとすぐに――


 目の前に村人が現れた。


 その男が、刃を振り下ろす。


 「ごめん……」


 僕は彼女を守ろうとしたが、刃が僕の胸に突き刺さった。


 またも、痛みが全身を貫く。


 でも、力が抜けていく中、ふと見上げると――


 彼女の目に涙が浮かんでいた。


 ――死にたくない。


 でも、もう何もできない。




9回目

 「どうして、どうして――!」


 叫び声が上がる。


 村の中で追い詰められて、必死にその場を離れようとする。


 でも、足元をつかまれた。


 「お前がいるから、みんなが不幸になるんだ!」


 彼の手が僕の首にかかる。


 絞めつけられる痛みと呼吸の苦しさ。


 目の前がぼやけてきて、視界が暗くなり始める。


 けれど、最後の瞬間――


 彼女の名前を叫びながら、意識が途切れた。


 


13回目

 村の屋敷に隠れていた。


 彼女を守るために、必死に隠れた。


 でも、見つかってしまった。


 村人たちが周りを取り囲む。


 無理に引き寄せられる。


 刺さる刃。


 何度も何度も突き立てられる痛みが全身を貫いた。


 ――そして、再び無理に体が動かなくなる。




21回目


ここで気がついた。村人の感情と、彼女の記憶の蓄積は10回周期でリセットされる。


だからなんだっていうんだ


今度は、僕が村に戻る途中で野盗に捕まった。


 その顔を見れば分かる。


 彼女が、必死に助けようとしている。


 でも、僕の手はもう動かない。


 

 彼女が涙を流す。


 それだけが、僕の目に焼き付いた。



22回目

 「君を守れなかった――」


 その言葉だけが、僕の最後の意識に残る。


 けれど、痛みが全身を走り抜け、次第に目の前がぼやけていく。


 体が動かない。


 そしてまた、何もできなかったことが悔やまれた。


27回目

 無情に繰り返される村人たちの攻撃。


 いつか、逃げられるかもしれないと期待したけれど――


 また、今度もすぐに捕まる。


 そして、また、刺される。


 痛みを感じた瞬間、ただ力を抜く。


 彼女を守れなかったことが、何度も何度も心を締めつける。



31回目

 「もう、やめてくれ。」


 最後の力を振り絞って言うが、誰も耳を貸さない。


 そして、また――


 痛みが襲う。


38回目

 

 ただ、冷たくなった体と共に、目を閉じる。


 そして、彼女を守れなかった後悔が、心の中で消えることはない。たが、もう限界だ


 


再び目を開く


何度目の朝だろう。


 気づけば、また村の天井を見上げていた。


 昨日の痛みも、苦しみも、すべてなかったことになっている。


 けれど、心はもう限界だった。


 最初の頃は、彼女を守るために動くことに意味があると思っていた。村の運命を変えることができると信じていた。


 だけど、何度繰り返しても、僕は彼女を守れず、村人たちの憎悪に殺される。


 何をしても、どこに逃げても、待っているのは絶望だけだった。


 もう、何もしたくない。


 僕が動いたところで、何も変わらないのだから。


 ただ、無意味に繰り返される痛みの中に生きるだけなら、いっそ何もせず、流れに身を任せたほうがいい。


 だから、僕は布団から出ることもせず、ただ天井を見つめ続けた。


 やがて、いつものように扉がノックされる音がする。


 「……起きてる?」


 聞き慣れた声。


 けれど、その声に応える気力すら湧かなかった。


 「……今日は、忙しい。」


 やっとの思いでそう返すと、彼女は少しの間、沈黙した。


 「そっか……」


 その声は、いつもよりも少しだけ寂しそうに響いた。


 彼女の足音が遠ざかる。


 そして、静寂が戻った。


 それでよかった。


 どうせ、また同じ結末が待っているのだから。

 

外はすっかり暗くなっていた。


何故だが落ち着かない。焦る様な気持ちが続く


ドアを開け、外に出て村の中を見渡す。


 ――嫌な予感がする。


 僕は駆け出した。


 彼女がいるはずの場所へと。


 あの、いつもの場所へ。


 走るたびに心臓が締めつけられるようだった。


 怖くなった。


 今度こそ、本当に彼女を失ってしまうのではないかと。


 そして、ようやく辿り着いたその場所で――


 彼女は、ひとりで膝を抱えていた。


 月明かりの下で、肩を震わせながら。


 「……どうして、ここにいるの?」


 僕がそう問いかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。


 その目は、まるで僕と同じものを見ているようだった。


 「……あなたが、来ると思ったから。」


 彼女の声は、どこか虚ろだった。


 「来ないかもしれないって、思わなかった?」


 「……思わなかった。」


 彼女は、どこか遠くを見るように言った。


 「だって、あなたはいつも……最後には、私を見つけてくれるから。」


 その言葉が、心の奥に刺さる。


 「私はね……ずっと、怖かったの。」


 彼女は震える声で続けた。


 「みんなに嫌われることも、村が襲われることも……何もかもが怖くて仕方なかった。」


 「でも、一番怖かったのは……」


 そこで言葉を詰まらせ、彼女は僕をじっと見つめた。


 「……あなたが、いなくなってしまうこと。」


 胸が締めつけられる。


 彼女は、覚えていないはずなのに。


 それでも、僕のいない世界が怖いと言った。


 「あなたが『今日は忙しい』って言ったとき、本当にそうなのか分からなかったけど……」


 「それでも、私は待つことにしたの。」


 「だって、あなたは、最後にはきっと来てくれるから。」


 彼女の声は、どこか安心しきったものだった。


 まるで、僕を信じることが当たり前であるかのように。


 僕は、何度も繰り返されるループの中で、彼女を守ろうとしていた。


 でも、本当に守られていたのは――


 僕の方だったのかもしれない。


 僕は、彼女の隣に座った。


 彼女は驚いたように僕を見たが、何も言わなかった。


 ただ、静かに寄り添ってきた。


 「……もう少しだけ、こうしててもいい?」


 僕は、小さく頷いた。


 暖かい体温が、冷え切った心にじんわりと染み込んでいく。


 何度殺されても、何度絶望しても、彼女はそこにいてくれた。


 ならば、僕はもう一度立ち上がろう。


 このループを終わらせるために。


 彼女のために。


 そして、自分のために。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ