卒業式では泣かないけれど
第六回なろうラジオ大賞参加作品
「年内に絶対に健康診断を受けてください!」
人事にそう急かされて、やむなく休みを取った。
例年サボリの常習なので、とうとう個別に目を付けられてしまったようだ。
(ならば、仕事量も調整してくださいな。。)
どうにも終わらない仕事があるので、取ったのは午前半休。受診後は在宅勤務の予定だ。
家にいる分、掃除をしたり、子供の夕食にカレーを作る等、やることはかえって多い。
電車に揺られると、バリウムが胃もたれをおこす。それを抑える為、時々水を飲みながら、この後のスケジュールを考えていると、3人の男子高校生らしき面々が乗り込んで来た。
平日の昼前だよな?と一瞬思ったが、今は12月。おそらくはテスト期間なのだろう。
しかし、彼らの会話に勉強の話題は一切無い。あまり勉学に積極的でないグループのようだ。
それどころか、しばらくすると、彼らは宴会ゲームを始めた。
いや、高校生だと「宴会ゲーム」とは言わないのかな?
ともかく彼らがやっていたのは、何かお題を出して、せーので連想する答えを言うというもの。
例えば
「子供の憬れの職業。せーの!」
「芸能人」
「youtuber」
「公務員」
等で、全員揃えば成功という感じ。
(なんでワザワザ電車でやるかね)
私は内心、舌打ちした。
空いている電車では、迷惑というほどではない。
しかし、部活もやらず、彼女もおらず、特別何もない高校生活を送った私は、充実してそうな若者に多少やっかみを覚えるのだ。
私は、適当に携帯をいじりながらやりすごし、最寄り駅にたどり着いた。
長いホームを歩き、長いエスカレーターに乗って、再び携帯を取り出すと、後ろから声がした。
「楽しかったな」
聞き覚えのある声。おそらく、さっきの高校生達の一人だ。
「オレ、高校生活で一番楽しかった思い出って、帰り道だよ」
「わかる。オレ、卒業式では絶対泣かないけど、今日が一番切ないかも」
そうか。彼らが高校3年生だとすると、3学期は受験に備えて変則的な登校になる学校もある。みんなで一緒に帰るタイミングは、これが最後なのかも。
そう考えると、一切勉強の話をしなかったのも、生き急ぐようにゲームをしていたのも、別の見え方がしてきた。
(大丈夫。大人も案外楽しいから)
私は、誰に聞かせるわけでもない言葉を心で呟いた。
煩く健康診断に行けというようになった会社。夕食はカレーと伝えると『やったー』とはしゃぐ子供。
それらを思い出して、再度呟いた。
「案外、楽しいよ」
了
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