枯れ専がモブ令嬢に転生しました
腐女子用語がちらほら出てくるので苦手な人は閉じてください。
「やぁいらっしゃいリリーローズ。
ゆっくりしていってね」
短く刈った銀髪に青い瞳、平素は無表情に近いのに微笑むと笑い皺が目じりによってチャーミング。すらりとした長身も細く美しい指先まで、まるでバレエダンサーのよう。
三十代の男盛りである彼はどこか女性的な色気を纏っていた。
宮勤めの彼が家ではラフにシャツを着崩している。眼福である。
「しゅてき…」
ほうっとまろびでたため息を、ハン、と笑い飛ばすのは我が婚約者様、アレン・バンフォードだ。
「父上はお前みたいなガキ相手にしないぞ」
先ほどの男性のミニチュア版と言っていいような、麗しい容姿。屋敷の外に出たら多分月2回くらい誘拐未遂に遭ってるんじゃないかな。
だけれど皮肉気に曲がった口と意地悪そうにこちらを窺う瞳が彼の父親と違う。まぁ出会った頃からこんな感じだから今更だけど。
「やだなぁ、憧れと恋慕は違うのよ。
目の保養なの」
私が乙女ゲームの世界に転生したと気づいたのは、この婚約者を一目見た時。
そらまークソ生意気なお子様で、まぁこちらもわがまま放題で生きてきたからお互いに『思い通りにならない相手』として敵認定したわけなのだが。
「赤毛そばかすのブス」
その言葉にショックだったわけではない。うん。ないったらない。8歳に傷つくなっていうのは無理な話だけど。言い返そうとして相手のあらを探そうとまじまじ見れば見るだけ非の打ちどころのない美少年でやんの。腹立つ。
銀髪青目、どっかで見たぞ。と思った瞬間ひっくり返った。失禁したかもしれない。もうお嫁に行けない。こいつは論外。だって乙女ゲームの攻略対象だもん。
乙女ゲームの悪役令嬢、の取り巻き。それが私リリーローズ。メインの悪役令嬢だってエリザベスなんていかにもなお名前だし、取り巻きなんか作中に名前出てこなかったよ。
そしてこいつの婚約者だとは思ってなかった。エリザベス嬢のうしろでそーよそーよ!とか主人公に意地悪してクスクス笑ったりだとか、その程度だったもの。
エリザベス嬢が断罪されてるうしろでヒィ―ッて一緒になって慄いてる、そんな感じだから最終的にどうなったのかわからない。エリザベス嬢は修道院行きだった気がする。巻き添え食らったんじゃないかな。
私がなぜそんなにあやふやかというと、友達が薄い本を制作していたのを手伝っただけだからっていう話。
正直私は枯れ専である。攻略対象たちが結婚して二十年経ったくらいが萌える。不倫がしたいわけじゃない。目の保養なのだ。×自分じゃなく、主人公を嫁さんとしてそれを赤の他人としてニヤニヤ眺めたい。娘が一緒に出掛けてくれなくなったんだ…なんてぼやきをご愁傷さまですねぇって部下目線で聞きたい。
まぁそういう特殊な感じだったから喪女のまま死にましたけど何か。生々しい恋愛苦手なんだよ。きれいなもんだけ見てたかったんだよ。過労で死んだけど。
とはいえ初っ端でバチバチやった二人をなぜ婚約者にしたのか。おじ様曰く、初対面のお嬢さんを罵倒した我が子が情けない。もし倒れた拍子で傷物になっていれば責任を取らなければ、とのこと。
いや~~そのせいでおたくの息子さんますますへそ曲げてますけど!!
まだまだ色恋より親に甘えたい年頃、パパを取られる!とキャンキャン吠える吠える。
まぁプライドの高さゆえに素直に甘えられはしないみたいだけど。
「それにさー、うちのパパあんな感じだし」
このチーズケーキレモン風味でおいしい、と興味はお菓子へ。婚約者殿は皮肉しか言わないのでまともに会話するだけ無駄だ。
宰相である婚約者の父と外務大臣であったわが父は友人でもある。今は外務大臣を辞して領主業を頑張っているが。
眉目秀麗の宰相閣下に対して、うちのパパはいわゆるとっちゃんぼうやである。身長低い、しわがない童顔(似合わない髭を生やしている)、くりんくりんの金髪(私の赤毛は母遺伝)という世間の人が天使と言えば? で浮かべるそのものの容姿をしているのだ。
枯れ専の私としては度し難い。枯れた魅力というものを全く備えていない。金髪の中にわずかに増えている白髪を除けば十代のまま時が止まっているんじゃないかと思う。
ちなみに母は高身長、赤毛、つり目、ツンデレという悪役令嬢要素満載である。ダンスをすれば母が男性パートを踊った方がいいのではとハラハラするが、こなしてしまう父が得体が知れない。
うまいこと父の要素を受け継いでいれば美少女になったかもしれない、が母の遺伝子が強すぎる。身長のでかい赤毛と栗毛カチューシャのぽっちゃりが悪役令嬢の取り巻きだった。
ちなみに弟がくりくり金髪だ。天使である。
モブだが家庭環境は悪くない。むしろ家族と不仲で交友関係も狭かった前世より幸せではある。だが攻略対象は違う。それぞれがトラウマもちで、主人公にそれを解決してもらう未来があるのだ。
我が婚約者殿のトラウマは女。婚約者と仲が悪い、これは私のことだろう。ウマが合わないのは仕方がない。こちらが大人なのだ、譲歩しよう。
もう一つはのちに宰相閣下が再婚してできる継母。亡き妻そっくりの美女が嫁いでくるが、色狂いで婚約者殿に迫ってトラウマを植え付けるらしい。
ちなみに乙女ゲーをやっていた友人、この女嫌いという設定を活かしてBでLな本を作っていた。彼は受けだそうです。
とはいえ性的いたずらの被害に遭わないに越したことはないよね。なんとか再婚阻止、最低でも婚約者殿を継母の毒牙から守れないだろうか。
まぁそれから七年間、婚約者はクソ生意気なまんまだし継母との再婚は避けられなかったんだけど。この継母、公爵家の出戻り長女らしく隣国に嫁いでいったけど素行が悪くて戻されたそうな。今の国王陛下の従妹にあたる人らしく、再婚先をおしつけられたのだそうだ。
しかしこの美魔女、なかなかの曲者で男は若ければ若い方がいいと宣う。つまり再婚相手の閣下を拒否、我が婚約者をロックオン済なのだ。怖ッ。
無邪気なふりをしながら胸を義理の息子の頭に押し付けたり、すりすりと尻を触ったりと私がキレて引きはがしただけで両手で足りない。
継母が裸でベッドに忍び込む、なんて目も当てられないトラウマを避けるためうちに泊まることを勧めた。
なぜか顔を赤くして慌てていたけど、あーこいつも色気づいてきたんだなーと生ぬるく察して「弟の遊び相手としてね」と釘を刺した。のちのストーリーに影響したら困るしな。
まぁ、できることはやった。うん。積み重なったいろんな未遂は宰相閣下の耳に入り、さすがに離縁した。陛下は反省を促すために修道院に行かせたらしいが実家が金を積んだらしいので大して環境の悪いところには行っていないと思われる。
「リリィいいいい!!」
我が婚約者殿、乙女ゲーム開始時期になっても相変わらずの金切り声である。
学内でよくある光景のように生ぬるい視線を感じるのは気のせいだろうか。つらい。
「おまっ…お前!!
サフィルスのところに行ったって本当か!!」
「さふぃ…あーゴンドールおじ様のこと?」
サフィルスは婚約者殿と同じく攻略対象の少年だったはず。騎士見習いでゴンドールおじさまの息子。ゴンドールおじ様は近衛騎士団の団長だ。
野性味があり宰相閣下とは真逆のよさがある。騎士団、実はおじさまの宝庫だ。貴族の三男四男なんて跡取りになれなかった人も結構就職先として重宝しているみたい。なので文字通り独身貴族も多い。騎士はモテるから。
エリザベス嬢の取り巻きとしてついて回っていた時に、おじさまとたまたま意気投合してしまった。エリザベス嬢大層ご機嫌斜めになったけど。王太子殿下以外に塩対応すぎるんだよあなた…。将来王妃になるなら興味のない話でもニコニコ聞こうよ…。
「サフィルスが…ッあの人の名前と顔が一致しない脳筋がお前のこと名指しで『汗臭いとか乱暴とかで嫌がる女も多いのに、いい子だな』って言ったんだぞ!!」
「あー息子の方もいたねそういえば」
「気にしろ!! 少しは!!」
キィーッと地団太を踏むさまは嫉妬するヒロインのようである。こいつの仕草のせいで私もセットでほほえましいとか思われているようなのだ。恥ずかしいなもう。
「お前…オレの顔が好きなんじゃないのか」
ぽつり、とこぼした言葉にきょとんと眼を丸くする。
「だって、親父が好きなんだろ? ていうか中年が。
ならオレが年取ったら今の親父みたいな見た目になるわけで。
お前好みだろ?」
「前も言ったけど、憧れと恋慕は違うよ」
そんな泣きそうな顔しないでよ。絆されそうになる。
とっくに背は追い越され、一つ頭と半分、高い位置のその頬を撫でる。キス待ち顔やめなさい。私の女子力の低さが露呈するから。
のちの話。
乙女ゲームシナリオ通り、悪役令嬢は断罪された。
私と同じく転生者だった主人公の手により。ぶっちゃけていえば主人公に協力した。殿下に対してストーカー気質で察してちゃんだったエリザベス嬢にさほど忠誠心を抱かなかったし、断罪の時免除してもらえる条件に飛びついたのだ。
しかし小柄でリスっぽい美少女の中身がスケベな大学生実況者だったことは、誤算中の誤算だろう。乙女ゲームやっていない私といいこの人といい、どういう人選?
「いや~巨乳目当てにゲームやっててラッキー!」
この時ばかりは胸がないことに感謝した。ちなみにもう一人のぽっちゃりも守備範囲であるらしい。主人公にロックオンされた悪役令嬢(巨乳)に手を合わせる。
修道院で巨乳ハーレム築いちゃるでー!と鼻息荒い主人公にドン引きするしかない。攻略対象である王太子殿下は無難に繰り上げ候補者と婚約した。
百合オチなのかは微妙である。
おわり
慣れる間もなくリニューアルされてから使い勝手がよくわからない…のでテストも兼ねて。