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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
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19歳・1

 明美を車の事故で殺すと決めてから、およそ三年半がたった。


 私はとある山林の斜面にいた。雨露を防ぐために迷彩柄の合羽を羽織り、双眼鏡を使ってはるか遠方を眺めている。

 場所は、Ⅴ字の谷を挟んだ山地。私は片方の山からもう片方を監視していた。向かいの山沿いには道路が走っており、もうすぐ明美の運転する車があそこを通るはずだった。


 ――明美を殺すときが、ようやくきた。

 

 待ちに待った瞬間だが、今はただ緊張しかない。

 計画は完璧で、すべてが順調に進んでいるが、大小関係なく明美に手を出すのはこれが初めてなのだ。上手くいこうがいくまいが、これは私の人生にとって大きなターニングポイントとなるだろう。


 手元のスマホを見る。明美の車に仕込んだGPSの信号は、近くの高速道路を降りたことを示していた。目的の場所にやってくるまで、あと二、三十分といったところか。

 ……とはいえ、それまで気を張り詰めていては、疲れてしまう。

 私は近くの木にもたれかかって力を抜き、明美とのこれまでをざっと思い返すことにした。



 振り返ってみれば、高校生活は平坦なものだった。

 明美と三年間同じクラスだったのは辟易したが、ヤツからの嫌がらせはAIのごとく定期的かつ慣習的だったため、良くも悪くも慣れてしまった。

 私がカツアゲヤンキーどもを撃退した噂はなぜかまったく広まらず、その後は目立つような出来事もなかったので、周りから変に注目されることもなかった。文武両道のミステリアスキャラのポジションを卒業するまで維持し続け、それで終わった。


 しかし大学進学時、驚くべきことが起こった。

 私は順当に学力を積み重ね、無事国立大の法学部に入ったのだが、なんと明美も同じ大学に入学していたのだ。しかも、学部まで同じ。

 高校のときと違い、私はヤツに合わせていない。ヤツが私に合わせるわけもないから、百パーセント偶然なのだろう。

 ……だが私の知る限り、明美の第一進学希望は中堅クラスの大学だった。学力もそれに見合ったもので、私の足元にも及ばなかったはずだ。なのに蓋を開けてみれば、学校初日の入学式にヤツの顔があったのである。


 いったいどういうことだろう? 権力者の祖父に裏でなんかしてもらったのだろうか? 不正やコネで入れる学校ではないと思うが……。


 ともあれ私と明美は、またも肩を並べて学ぶ仲となってしまった。

 クラスとかはないので、高校のときと違って同じ室内で過ごす時間は少ない。だが、それでもしょっちゅう顔を合わせることに違いはない。そしてその度、ヤツは私をこき下ろしてくるのである。


 ――だが、そんな明美との腐れ縁も、あと十五分ほどもすれば終わる。

 私はヤツをぶっ殺し、心の安息を得るのだ。



 殺害計画の話に戻ろう。


 明美が車の免許を取ったのは、大学に入る前の春休みだった。だが基本は通学用で、遠くにいくときは必ず他人の運転する車に乗ったため、ヤツを事故死させる機会はなかなか訪れなかった。


 千載一遇のチャンスがやってきたのは、昨日の夜だった。

 親類が亡くなったとかで明美は葬儀に出ることになったのだが、両親は海外におり、式場には同行者なしで向かう流れとなったのだ。

 目的地は遠く、直線距離だと幾つか山を越える必要がある場所。電車とバスで行けなくもないが、ただでさえ電車嫌いの明美が、喪服でそんな遠方まで乗り継ぐのは考えづらい。


 葬儀の件を固定電話への盗聴で知った私は、明美が車を使うと確信し、すぐさま計画を実行に移す準備を始めた。

 そして明美の車が通るであろうルートを割り出し、あらかじめ先回りして、ヤツが特定ポイントへ至るのを今か今かと待っている――というのが現状である。



 車に乗った明美を葬る方法は幾つも考えた。で、完全なる事故に見せかけ、かつ高確率で明美の命を奪う手段を追い求めた結果、ブレーキへの細工と爆発物を併用するという結論に至った。


 四輪自動車の主なブレーキ手段は、足元のペダルを踏むことで作動するフットブレーキだ。しかしこれには、短時間で多用しすぎると摩擦熱やらなにやらで機能が著しく低下する、という弱点がある。主に長い下り坂での走行によって起こりやすい現象だが、自動車教習所ではこれを防止するためにエンジンブレーキを使うなどの対策を教えられる。


 この点で、私に都合の良いことがあった。明美には、その教えを無視して下りでもフットブレーキのみで減速しようとする癖があるのだ。

 つまり、それほど大掛かりな仕掛けを施さずとも、下り道ならば容易にブレーキ機能を壊せるのである。

 だが、それだけだと確殺は難しい。明美が慌てずにギアチェンジやサイドブレーキを使うなどの対策を取ってしまえば、減速は可能だからだ。


 ゆえに、フットブレーキを壊すと同時に、車体中央下部に仕掛けた爆弾を爆発させる。

 爆弾と言っても事故を装うために威力は控えめで、底面に多少の穴が開く程度だ。しかし運転手にもそれなりにダメージは入るし、私の想定ならばそんな状態でまともな運転はできない。


 また、明美が乗るのは電気自動車であり、そのバッテリーは車の腹の下の部分にある。そしてこれまた都合の良いことに、電気自動車のバッテリーは通常の自動車より爆発事故を起こしやすい。

 そうした事情により、車が高所から落下、炎上、爆発すれば、爆弾による細工を疑われずに済む可能性は非常に高いのだ。


 フットブレーキが使えなくなる小細工と、車体下部での小規模爆発。

 その二段構えならば、確実に車は操作不能となるだろう。こうした事故を、急な下り坂かつ崖際の急カーブ、といった危険な場所でタイミング良く発生させれば――。


 明美の乗った車は、はるか崖下に転落。

 仕掛けのための微かな痕跡もろともグチャグチャとなり、炎上、爆発。

 当然車の中の明美も死亡。警察はそれを完全なる事故として処理。


 ――これにて、世はすべて事もなし。

 私の明美殺害計画は完遂することとなるのだ。



 当然、もろもろの準備は事前に済ませてある。

 去年の夏に明美が陽キャ軍団どもとキャンプに行ったとき、野外駐車場に置かれたヤツの車にこっそり近づいて、仕掛けを施した。


 車のロックを違法手段で外し、騒音をまき散らすドリルを使ったため、終始肝を冷やしたのは言うまでもない。これまで様々な犯罪行為に手を染めてきたが、こんなド派手なことをやらかしたの初めてだったのだ。

 しかし監視カメラの類は一切なく、車の周囲数キロに人のいる施設はなく、かつ嵐の深夜――という絶好のシチュエーションが揃っていた。

 手順を実家の車で散々練習していたこともあり、心臓バクバクながらも、三十分ほどで私はすべての仕掛けを設置し終えたのだった。



 振り続けていた雨は、やや小振りになった。

 ……正直、この梅雨空は良いとも悪いとも言えない。路上が濡れているから、明美の運転に余計な慎重さを与えてしまう可能性があるのだ。

 とはいえ、雨は車の通行量を減らし、私の姿を隠す役目も果たしている。プラマイはほぼゼロだし、天気の悪さを理由にこの絶好の機会を逃すわけにはいかない。


 スマホのGPSが、明美の乗る車が近づいてくることを示している。視認できるまで、あと三分もないだろう。

 私は逸る気持ちを落ち着けつつ、視界右奥を注視し続ける。

 四百メートルほど向かいの崖際を走る道は、右から左に向かって下りとなっている。そして私の正面の直線を通過してすぐのあたりに、奥へと曲がるほぼ直角のカーブがある。


 一、明美の車が直線に入ったタイミングで、フットブレーキの仕掛けを作動。

 二、通常ならブレーキを踏む地点で爆弾を起爆。

 三、車はそのまま減速せず急カーブに突っ込んで、崖下へ。


 これが私のプランだ。



 ……今のところ問題はない。ないはずだ。

 きっと上手くいく。

 五分後には、念願だった明美の死が現実となっているはずなのだ。


 心臓が鼓動を速める。まるで別の生き物みたいに、私の胸を内側から叩き続けている。

 落ち着け、落ち着け……、いや。

 私は首をブルブルと振った。一瞬目を見開き、大きく息を吐き、自分の中のスイッチを切り替えた。


 ――殺す。殺そう。明美をぶっ殺すんだ。


 ふと思いつき、私は気持ちを押さえつけるのではなく、むしろ決意をみなぎらせた。なんとなく、そのほうが上手くいくと思った。

 雨が合羽を叩きつける音も、心臓が体の内で跳ねる音も、スゥっと消えていくのを感じた。よし、これでいい。これを維持しよう。


 殺意をたぎらせたまま、私はそのときが来るのをひたすらに待ち続けた。

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