表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
5/174

16歳・1

 二学期に入って早々、担任の先生から「最近、カツアゲ事件が多発してるので、気を付けてくださいね」、という通達があった。

 私なら余裕で返り討ちにできるだろうから、正直大して気にしてなかった。しかしなんと、その日の帰り際にカツアゲの現場に出くわしてしまう。



 場所は、学校と駅の中間にある小さな公園。

 大きな建物に挟まれていて、かつ大通りからは一本外れた道沿いにあり、砂場と滑り台があるってだけのこじんまりした場所だ。

 どことなく陰鬱な空気が漂うためか、いつ通っても人が滅多にいない。土にはところどころ苔も生えてるから、利用者がほとんどいないのは確かだろう。


 ただ、公園の前の自動販売機には私の好きな缶(コーンポタージュ。尾行のときによく飲む)が、常時売られていた。夏の今では他に売られている場所は少なかったために、私は下校時ちょくちょくそこへ寄り道していた。

 で、件の事件現場に遭遇したのである。



 カツアゲをされていたのは、ウチの生徒の男子三人。していたのは私服のガラの悪いヤンキー四人組だった。

 同じ学校とはいえ、男子三人には見覚えがない。奥のヤツはパーカーのフードをかぶっているから顔が見えないが、あんな着こなしも周りで見たことないから、たぶん上の学年の連中だろう。


「いやいや、別に現金なんて持ってなくていーよ! でもスマホは持ってるっしょ? ほら、出して」


「あ、そ、その、電子マネーとか、全然入ってないんで」


「だいじょーぶ、欲しいのはスマホそのものだから。それ売って小遣い稼ぐから、むしろ電源も入ってなくていい」


「すいません、ゆ、許してください」


「いいから出せっての」


 金髪のガタイの良い男が、お母さんに髪切ってもらってそうな男子の頬を、ペチペチと叩いている。

 ――やれやれ。通学路近くでこんな犯罪行為をしてるんじゃない。危険な噂が広まったら、明美が警戒して尾行をしにくくなるだろうが。


 私はかばんを地面に置くと、同時に近くにあった小石を拾った。それをすかさず、ヤンキーどもに向かって投げる。


「いってっ!」


 当たった男が悲鳴を上げた。直後、そいつが「なんだテメェ」と言いながらズカズカと寄ってきた。

 他のヤンキーは私を見て、「かっこいー!」、「女子にも勘違いちゃんがいるんだなぁ」、などとはやしたている。連中から見れば、私は正義感をこじらせちゃった雑魚女でしかないんだろう。


 ヤンキーどもをざっと観察したところ、強そうなやつはいない。路上での喧嘩の経験をかなり積んだから、本当にヤバイやつは雰囲気とか歩き方でだいたいわかる。ナイフを取り出すとか、連携攻撃を仕掛けてくるとかでなければ、苦戦することはないだろう。


 では、サクッと片付けるとするか。



 およそ三十秒後。

 ヤンキーどもはそろって地面に転がっていた。

 最初の一人を左太ももへのローキックで、次にきたでかい男を掌底でアゴを殴って、三人目をまたも足へのローキックで、最後をダッサイ大振りパンチに合わせたカウンターの前蹴りで、それぞれ一撃で倒した。


 二人目は体格差がまずかったので手加減できず、気絶してしまっている。下手すると顎の骨が折れてるかもしれないが、この状況なら正当防衛になるだろうし、私が警察のお世話になることはないだろう。たぶん。


 痛みとか気絶で動けないカスどもを尻目に、私はカツアゲされてた生徒たちに目を向けた。

 スマホ出せ、って言われてた男子は、神を見るかのごとく目をキラキラさせて私を凝視している。きっとこの後、誰彼構わず私の活躍を語り、今日の出来事を広めてしまうのだろう。

 目立つとまた明美がウザ絡みしてくるから、過剰に持ち上げられるのはキツイんだがなぁー。まあ、感謝されるのは悪い気分じゃないから、別にかまわ――。


 衝撃的事実に驚愕し、ヒーロー気分が一気に吹っ飛んだ。



 すぐそこに、明美がいた。



 奥にいた、フードをかぶってるヤツだ。

 普通にスラックス履いてて、前開きのパーカーで胸が隠れてるから、ぱっと見女にすら見えない。そのうえ最初は顔が横向いて見えなかったし、猫背で雰囲気も違ったから、意識するまでまったく気づかなかった。


 なにゆえそんな恰好を?

 なんでこんなパッとしない男子たちと一緒に?

 いつも要領よくて危ない橋は渡らないくせに、どうしてカツアゲなんてされてる?

 ってか、お前のコミュ力なら切り抜けられるだろ? ヤンキーにびびって萎縮しちゃってるとでも? そんなナイーブな人間だったっけ?


 疑問が幾つも浮かび、私の頭は大混乱に陥っていた。


「……違う」


 ぼそりと、明美がつぶやいた。今まで聞いたことのない、魂の抜けたような口調だが、その声は確かに明美だ。


 ……わからない。違うって、なにが? 他人のふりでもしたいのか?


 混乱している私をよそに、明美は静かにため息を吐いてうつむいた。そしてフードをゆっくり脱ぐと、背筋を伸ばし、目に力を込め、いつもの無駄に凛々しい姿勢に戻る。

 うん、明美だ。通常時の明美だ。開き直ったかのように、直前までの気だるさが消えている。

 ……いや、よく見ると違う。顎先がかすかに震え、目には涙が浮かんでいる。だがおそらく、それらは安堵とか恐怖とか緊張ではなく――。


「私は、あんたなんかに感謝しない。あんたに助けられるくらいなら、全財産奪われてレイプされたほうが、まだマシだった」


 怒りだ。明美は、屈辱の怒りに燃えていた。

 さきほどまでの大人しい雰囲気が一転し、今、ヤツは空気を振るわせるほどの怒気をまとっていた。


 私は怯んだ。

 思わず息が止まり、目を逸らさないだけで精一杯だった。

 『助けられた分際で』とか、『私より弱いくせに』とか、そんな見下す感情を持つ余裕もなかった。


 っていうか……絶体絶命のピンチを鮮やかに救ってもらって、その相手にこんな理不尽なこと言う人間がいるか? もしかしたら、有史以来初めてなんじゃないか? こんなイカれた人間、世界中探したっているわけがない。

 冷汗が背中を流れる。ヤツの圧倒的な敵意と怒りを前にして、私ははただ、心身を硬直させるほかなかった。


 十数秒そうしてにらみ合うと、明美は踵を返して立ち去った。残った男子二人がなんか言ったり話しかけたりしてきたが、まったく耳に入らなかった。



 ――そうだ。

 明美はこういう人間なのだ。こういう存在なのだ。


 例えば、地球に大隕石が迫ってきて、それをどうにかしなきゃ人類が滅亡するとしよう。で、私が一人で頑張って隕石の軌道を逸らし、地球を救うとする。

 人類は皆、私を称え、全身全霊で感謝するに違いない。歴史の教科書に救世主として名前が載って、未来永劫その功績は語り継がれるだろう。

 しかし、明美だけは絶対に私を認めない。

 私が世界を救おうと、どれだけの善行を積もうと、アイツは無条件に私を全否定するのだ。


 ――殺すしかないじゃん、そんなヤツ。


 去り行く背中を凝視しながら、私は明美への殺意を再確認したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ