16歳・1
二学期に入って早々、担任の先生から「最近、カツアゲ事件が多発してるので、気を付けてくださいね」、という通達があった。
私なら余裕で返り討ちにできるだろうから、正直大して気にしてなかった。しかしなんと、その日の帰り際にカツアゲの現場に出くわしてしまう。
場所は、学校と駅の中間にある小さな公園。
大きな建物に挟まれていて、かつ大通りからは一本外れた道沿いにあり、砂場と滑り台があるってだけのこじんまりした場所だ。
どことなく陰鬱な空気が漂うためか、いつ通っても人が滅多にいない。土にはところどころ苔も生えてるから、利用者がほとんどいないのは確かだろう。
ただ、公園の前の自動販売機には私の好きな缶(コーンポタージュ。尾行のときによく飲む)が、常時売られていた。夏の今では他に売られている場所は少なかったために、私は下校時ちょくちょくそこへ寄り道していた。
で、件の事件現場に遭遇したのである。
カツアゲをされていたのは、ウチの生徒の男子三人。していたのは私服のガラの悪いヤンキー四人組だった。
同じ学校とはいえ、男子三人には見覚えがない。奥のヤツはパーカーのフードをかぶっているから顔が見えないが、あんな着こなしも周りで見たことないから、たぶん上の学年の連中だろう。
「いやいや、別に現金なんて持ってなくていーよ! でもスマホは持ってるっしょ? ほら、出して」
「あ、そ、その、電子マネーとか、全然入ってないんで」
「だいじょーぶ、欲しいのはスマホそのものだから。それ売って小遣い稼ぐから、むしろ電源も入ってなくていい」
「すいません、ゆ、許してください」
「いいから出せっての」
金髪のガタイの良い男が、お母さんに髪切ってもらってそうな男子の頬を、ペチペチと叩いている。
――やれやれ。通学路近くでこんな犯罪行為をしてるんじゃない。危険な噂が広まったら、明美が警戒して尾行をしにくくなるだろうが。
私はかばんを地面に置くと、同時に近くにあった小石を拾った。それをすかさず、ヤンキーどもに向かって投げる。
「いってっ!」
当たった男が悲鳴を上げた。直後、そいつが「なんだテメェ」と言いながらズカズカと寄ってきた。
他のヤンキーは私を見て、「かっこいー!」、「女子にも勘違いちゃんがいるんだなぁ」、などとはやしたている。連中から見れば、私は正義感をこじらせちゃった雑魚女でしかないんだろう。
ヤンキーどもをざっと観察したところ、強そうなやつはいない。路上での喧嘩の経験をかなり積んだから、本当にヤバイやつは雰囲気とか歩き方でだいたいわかる。ナイフを取り出すとか、連携攻撃を仕掛けてくるとかでなければ、苦戦することはないだろう。
では、サクッと片付けるとするか。
およそ三十秒後。
ヤンキーどもはそろって地面に転がっていた。
最初の一人を左太ももへのローキックで、次にきたでかい男を掌底でアゴを殴って、三人目をまたも足へのローキックで、最後をダッサイ大振りパンチに合わせたカウンターの前蹴りで、それぞれ一撃で倒した。
二人目は体格差がまずかったので手加減できず、気絶してしまっている。下手すると顎の骨が折れてるかもしれないが、この状況なら正当防衛になるだろうし、私が警察のお世話になることはないだろう。たぶん。
痛みとか気絶で動けないカスどもを尻目に、私はカツアゲされてた生徒たちに目を向けた。
スマホ出せ、って言われてた男子は、神を見るかのごとく目をキラキラさせて私を凝視している。きっとこの後、誰彼構わず私の活躍を語り、今日の出来事を広めてしまうのだろう。
目立つとまた明美がウザ絡みしてくるから、過剰に持ち上げられるのはキツイんだがなぁー。まあ、感謝されるのは悪い気分じゃないから、別にかまわ――。
衝撃的事実に驚愕し、ヒーロー気分が一気に吹っ飛んだ。
すぐそこに、明美がいた。
奥にいた、フードをかぶってるヤツだ。
普通にスラックス履いてて、前開きのパーカーで胸が隠れてるから、ぱっと見女にすら見えない。そのうえ最初は顔が横向いて見えなかったし、猫背で雰囲気も違ったから、意識するまでまったく気づかなかった。
なにゆえそんな恰好を?
なんでこんなパッとしない男子たちと一緒に?
いつも要領よくて危ない橋は渡らないくせに、どうしてカツアゲなんてされてる?
ってか、お前のコミュ力なら切り抜けられるだろ? ヤンキーにびびって萎縮しちゃってるとでも? そんなナイーブな人間だったっけ?
疑問が幾つも浮かび、私の頭は大混乱に陥っていた。
「……違う」
ぼそりと、明美がつぶやいた。今まで聞いたことのない、魂の抜けたような口調だが、その声は確かに明美だ。
……わからない。違うって、なにが? 他人のふりでもしたいのか?
混乱している私をよそに、明美は静かにため息を吐いてうつむいた。そしてフードをゆっくり脱ぐと、背筋を伸ばし、目に力を込め、いつもの無駄に凛々しい姿勢に戻る。
うん、明美だ。通常時の明美だ。開き直ったかのように、直前までの気だるさが消えている。
……いや、よく見ると違う。顎先がかすかに震え、目には涙が浮かんでいる。だがおそらく、それらは安堵とか恐怖とか緊張ではなく――。
「私は、あんたなんかに感謝しない。あんたに助けられるくらいなら、全財産奪われてレイプされたほうが、まだマシだった」
怒りだ。明美は、屈辱の怒りに燃えていた。
さきほどまでの大人しい雰囲気が一転し、今、ヤツは空気を振るわせるほどの怒気をまとっていた。
私は怯んだ。
思わず息が止まり、目を逸らさないだけで精一杯だった。
『助けられた分際で』とか、『私より弱いくせに』とか、そんな見下す感情を持つ余裕もなかった。
っていうか……絶体絶命のピンチを鮮やかに救ってもらって、その相手にこんな理不尽なこと言う人間がいるか? もしかしたら、有史以来初めてなんじゃないか? こんなイカれた人間、世界中探したっているわけがない。
冷汗が背中を流れる。ヤツの圧倒的な敵意と怒りを前にして、私ははただ、心身を硬直させるほかなかった。
十数秒そうしてにらみ合うと、明美は踵を返して立ち去った。残った男子二人がなんか言ったり話しかけたりしてきたが、まったく耳に入らなかった。
――そうだ。
明美はこういう人間なのだ。こういう存在なのだ。
例えば、地球に大隕石が迫ってきて、それをどうにかしなきゃ人類が滅亡するとしよう。で、私が一人で頑張って隕石の軌道を逸らし、地球を救うとする。
人類は皆、私を称え、全身全霊で感謝するに違いない。歴史の教科書に救世主として名前が載って、未来永劫その功績は語り継がれるだろう。
しかし、明美だけは絶対に私を認めない。
私が世界を救おうと、どれだけの善行を積もうと、アイツは無条件に私を全否定するのだ。
――殺すしかないじゃん、そんなヤツ。
去り行く背中を凝視しながら、私は明美への殺意を再確認したのだった。




