15歳・3
高校入学後、番長の男子生徒をぶちのめして私が裏番(裏の番長)に――ということには、残念ながらならなかった。それっぽい存在を探したのだが、割と治安の良い学校のようで、暴力の影も見つからなかった。
明美め、どうせならマンガに出てくるようなヤンキーが跋扈する高校を選べば良かったのに。今の私なら、相手が武器持ちとか、不意打ちをくらうとかでなければ、大抵の喧嘩で勝てるというのに。
そして裏番の夢がついえたあたりで、私はひとつの事実に気づいた。入学して数週間がたっているにも関わらず、友達が一切いない。
……いや、気づいていなかったのではなく、見て見ぬふりをしていたと言ったところか。長らくボッチな学校生活を送っていたせいか、私は同級生たちとまともに喋れなくなっていたのだ。
声をかけようにも、どうすればいいかわからない。なんというか、孤高に慣れすぎたせいか、変なブレーキがかかってしまう。
プライドが邪魔しているのだろうか? ジムの兄さん方とはそこそこ喋れるのだから、改善しようと思えばできるかもしれない。
……が、とある理由で、同級生と仲良くなることを私は諦めてしまった。理由は後述しよう。
まあ、必要最低限の会話はできるし、学業に支障があるわけでもないので、その孤独な環境はあえて受け入れた。昔と違って、ジムに行けば私を認めてくれる人間はたくさんいるし、そこまで劣等感にさいなまれることもないし。
そもそも、引き締まったアスリートボディを披露したり、最初の定期テストで余裕の一位を取ったりしたことで、私は同級生からも先生からも一目置かれまくったのだ。気分良かったし、『無口不愛想だけど文武両道の天才(そしてちょっと美人)』――というキャラになるのは、なかなかに悪くない。
だが、そんな高嶺の一匹狼になりつつあった私に、唯一蔑みの視線を向けてくる存在があった。
――言うまでもない、明美である。
「あんたさぁ、自分がすごい人間になったって勘違いしてない?」
一学期の期末テストの結果が返ってきて、担任の先生が「二条さんはすごい! ダントツ一位だよ! みんなも見習うように!」と言ったホームルームの直後だった。
まだ先生が教室にいたにも関わらず、明美は私の机の隣に立って、いつも通りになじってみせた。
「結局のところ、世の中ってコミュ力なわけじゃん。どんなに勉強や運動ができようが、会話どころか普通の挨拶もできない人間に、まともな職が務まるわけないでしょ。人間としての総合力でみれば、あんたは余裕でマイナスのがでかい。大学レベルの英単語を覚える前に、まず『おはよう』、『こんにちわ』、『さようなら』、この三語を口で言えるようにしたら?」
これを、教室全体に響くような大声で言うのである。
正論ではある。だからか、明確な蔑みや罵倒の口調でありつつも、周りは明美を止めない。そもそも、すでにクラスの女王として君臨していることもあり、先生さえもヤツに意見が言えない環境が醸成されつつある。
そう、言い忘れていたが、私は明美と同じクラスになっていた。私が心を同級生に開くのを諦めたのも、ヤツが同じ教室にいたことが大きい。
私は明美に対して、ただ睨み返した。口下手は悪化しているからなにも言い返せないのだが、しかし視線は逸らさない。
まあ、昔に比べれば進歩したとは言えるだろう。
――が、それでも明美に悪意を向けられるたび、私の心はギュッと縮まった。
屈強な男たちとの本気の喧嘩を経験しているにも関わらず、そいつらより絶対に明美のほうが弱いにも関わらず、それでも私はヤツに対する恐れを克服できなかった。いわゆるトラウマというやつになってるのかもしれない。
だから、ただ憎悪を燃やした。
やはり明美は殺すしかない。