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インデラトポポ様の瞼裏 2/ガラ

 世界で初めて実った「祈り」。コロはトパーズを吐き出した。しかしそれを、当時の彼らは知ることはなかった。


「……まったく訳が分からない。物理法則を完全に無視しているとでもいうのか?無からトパーズを生んだ?そんなの、有り得ない」

「まあまあ、ガラは頭を固くして考えすぎなのかも。ほら、祈りを捧げた直後に宝石が出てきたんだ……もしかしてこれは信心深い僕にインデラトポポ様がくださった恩恵なのかもしれない」

「んなわけがあるか! 仮にそうだとして、なぜ、数多(あまた)の教徒や国民の中から、コロ、お前だけに恩恵が与えられる!? いや、それ自体は別に喜ばしいことだ。 ……ただ、コロ、お前の今最大の願いは進路実現…エンジニアになることだろう? だとすればインデラトポポ様がお前に与えるべき恩恵は、トパーズではない! よく考えてみるんだ……」

 頭を抱えるガラを、コロは心配そうに見つめた。コロはガラの頭の良いことを知っていた。数学と理科に特に才を見せていたガラのことだ、自身の中で構築してきた世界の(ことわり)から外れたものを、受け入れられずにいたのだろう。……つまり、ガラは不測の事態に弱かった。

「落ち着いて、ガラ……」


りん。


「!」「!」

 突如鳴った、涼しげな音。2人はその方向を向く。──向く前から、その正体に対する確信じみたビジョンを持ちながら…。

「そこで何をしている?」

 周りを見渡すと、もう大半の教徒は帰っていた。そんな神殿に鳴り響いた涼しげな高音、それは決まっている。灰色のガラスでできたベル。

「(……神官だ!まずいっ!)」

 青色のローブ、目元を隠す水色の仮面、そして、手には灰色のガラスでできたベル。神官だ。


 神官がこっちにやってくる。大理石の床を裸足でぺたぺたと歩き、こちらに近づいてくる。

「(今、神殿の床を汚したのがばれると非常にまずいぞ!──吐いた張本人、コロがこうして健康そうにしているのだから!病人ではない者が神聖な神殿を汚した……つまりそこには“意図”があると解釈されてしまう!!──『こいつは自らの意思でインデラトポポ様に害を加えた』と!!)」

 神への不敬は、どの罪よりも重い!!


「(──ではどうするっ!?別の方法で誤魔化すしかないが、それが神官ともあろう方に通用するとは到底思えない…)」

 そうこう考えている内に、神官はとうとうここに到達した。水と唾と9粒のトパーズが転がる、この床に。

「これはなんだ?」

「(終わった、くそ、こうなったら)」


「それは──」

 まだまともな言葉は用意できていなかったが、ガラはとにかく口を開き──しかしそれよりも先に──

「僕にも分かりません。信じていただけないかもしれませんが、先程起きたことを説明させていただきませんか。そしてよろしければ、この現象がどういったものか教えていただきたいのです」

コロは、「全て正直に話す」ともう決断をしていた。


 神官の頷きを許可とみなし、コロは話した。テヌリアの儀式に参加し神殿で祈りを捧げ、その後水を飲んだ後、口からトパーズが沸いた、と。ただありのままに話した。


「……」

 話を聞き終え、神官はしばらく沈黙した。顎に手をあて、何かを考えている様子だった。そして、何のためらいもなく床に落ちた唾液の中に手を突っ込み、トパーズを拾い上げる。神殿内にある灯りにかざす。

「……まさか、しかし間違いなく超一等級のトパーズ。自分の商品であったり他所から盗ったのだとしたら、唾液のまき散らされた床に落とすマネはするはずがない。……信じられないが、きみの話を噓だと断定することはできない……つまり、私は信じうる」

 ここで、この神官が金に薄汚い浅はかな男ならばまだ良かった。「このことを黙ってほしくばこの美しいトパーズを俺によこせ」とでも言ってくれればどんなに良かったことだろう。──しかし最悪なことに、その男は信心深い敬虔な教徒にして、己の職に誇りを持った生真面目な神官だった!!神官はこう言ったのだ!!

「そうだ、となればこれは儀式の際にきみの捧げた祈りと関連性が疑われる。これは宗教全体に報告されるべきだろう。これが……この事象が、“善”か“悪”かを判断する必要もある!!」

 その力強く放たれた台詞を聞いた瞬間、ガラはほとんど絶望に似た色の感情が噴き出した。

「(……ああ、最悪の事態の一歩手前だ。これでコロのこの話は、とてつもない大ごとになることが確定した)」


 神官に帰宅を止められる。そしてその神官によって、すぐ神殿内の一部聖職者がかき集められた。一目見れば分かるのは、その全員が相当宗教的上層に位置することだ。それに恐ろしい数だった。

「(!?あの銀色の線が3本並行して走った(あか)いローブ!着てるってことはそれはそれはそれはつまり、つまり……6つある神殿、神殿ごとのトップの一人だ……!!)」


……ガラは、ショックのせいか、それを最後に頭が真っ白になってしまった。



……



 ボーっとしていた。気がつくと、帰りの電車に乗っていた。隣にはコロがいる。コロから聞いたところ、あのとき話されたことは主に2つ。「1.コロが突然吐いたトパーズと彗星ゲデルゲニスの関連性を考える」「2.今日を再現した条件で明日もコロがトパーズを吐くかを調べる」とのことだ。

「……はあ!?おかしいだろ、なぜ、コロのあのトパーズと例の彗星が関係してるってことになるんだ!?」

 電車内で怒鳴るガラをなだめるように、コロは笑顔で応じた。

「落ち着いて、ガラ。仕方ないんだ。これまでそんなことが起こらなかったところに、急に僕が変なことを起こしたのだから。最近あった特徴的な別の出来事と結びつけたくなるのは、分かる」


 そしてコロはガラの肩をガシリと掴んだ。ガラはコロの手のひらから汗を感じた。

「一つだけお願いだ、ガラ。今日の事象に再現性があるのかを確かめるため、僕は明日も今日と全く同じように行動しなければならないらしい。そこに、ガラの協力が必要なんだ」

「は? 話が見えてこないぞ、コロ…!」

「つまり、なにが『トパーズを吐く』のトリガーになっているのか分からないので、神殿側は調べたいってことだ!……アサガオという花がある、あれと同じだ。アサガオは、朝に咲く。だから長年、『アサガオは朝日の日光を浴びたら咲く』と考えられていた。しかし本当は、『アサガオは日没の10時間後に咲く』というシステムなんだ。アサガオを咲かせるトリガーは、意外にも、朝日ではなく日没だった!!」

「……」

 黙るガラの肩から手を放さず、コロは続ける。

「それと同じなんだ。宗教のお偉いさんたちは、『トパーズを吐く』のトリガーを調べたいらしい。……『夜空を見る』かもしれないし、『電車に乗る』かもしれない、それこそ『テヌリアの儀式』かもしれない……そして『親友(ガラ)と話す』かもしれない」

「……」


 あの後コロに何も言えないまま、自分の家まで到着した。

「(父さんがまだ帰ってきていない。……やはり、コロとトパーズのことで、神殿の組織に集められたのか?)」


 父親の帰りを待とうとしたが、すぐに眠気が襲い、ガラは寝てしまった。


 この日、ガラの父は日を跨ぐ直前の時間帯に帰ってきた。こんなことは今までなかった。



……



 次の日、学校があった。進路調査の紙を提出する日だったが、ガラはすっかり忘れてしまっていた。言い訳ではなくて、本当に心から忘れていた。


 学校の後は、昨日とまったく同じように振る舞った。奇妙だった。夜になり、コロと一緒にテヌリアの儀式に向かった。道中の行動も雑談内容も、昨日となるべく同じようにした。そして昨日と同じように、儀式の際には神殿内に入った。昨日と違うのは、明らかに周りに……コロとガラを監視する聖職者が数人いたことだ。


 聖職者たちに見守られながら、儀式は終わり、昨日と同じように水筒を忘れたコロは、ガラから借りて水をゴクと飲んだ。そして────




トパーズを吐いた。




 こうして……「それ」には、再現性があることが証明された。再びコロが吐いたトパーズはやはり9粒、それも全て超一等級の見事なもの。昨日のそれと全く一緒だった。



 そんな日々を、それから繰り返した。しかし、2回目以降は、少しづつ行動を変えるように指示された。

 ある日は、喋ることを禁止された。それでもコロは、儀式の後に水を飲んでトパーズを吐いた。

 ある日は、電車ではなく神殿の手配した車で儀式に行った。それでもコロは、儀式の後に水を飲んでトパーズを吐いた。

 ある日は、神殿の外側で祈りを捧げさせられた。それでもコロは、儀式の後に水を飲んでトパーズを吐いた。



「(明日は、俺とは別で行動する必要があるらしい。それで、親友と共に行動することが、トパーズを吐くトリガーかどうかが分かるらしい)」

 ガラは猛烈に嫌な気配がしていた。明日、コロはひとりぼっちで祈るのだ。今隣にいるコロに、ガラは「もう一緒に国外に逃亡してしまおう」とでも言ってやりたい気分だった。

「なあ」

「ん、なに~?ガラ」

 しかし、そんなこと言えるわけもなかった。いつの間にか、コロには常に監視役の聖職者が付くようになっていたからだ。今は電車だというのに、すぐ隣に監視役がいる。会話もすべて聞かれている。

「あ、いや、なんでもない。明日、頑張ってくれよ」

「あはは、ありがとう」


 ある日(次の日)、コロはガラ(親友)抜きでテヌリアの儀式に参加した。それでもコロは、儀式の後に水を飲んでトパーズを吐いた。そのことを寝る前、ガラは電話で聞いた。

 ガラは静かに考えた。

「(……これで、トパーズを吐く条件、トリガーはかなり絞られてきた。明日は、テヌリアの儀式がトリガーになっているかどうかを調べるとのことだ。つまり、明日、コロは、テヌリアの儀式に参加せず、午後9時に水を飲んで、それでトパーズを吐くかどうかを調べられる)」

「……」

「(喋らずとも、電車に乗らずとも、神殿に入らずとも、俺が隣にいなくとも、コロはトパーズを吐いた。……やはり条件は恐らく、『テヌリアの儀式で祈りを捧げる』と『水を飲む』なのだろう。しかし、宗教組織側はわざと、コロにそれを禁止することを避けてきた。なぜか?)」

「……」

「(理由は単純で、テヌリアの儀式は国民・教徒の義務だからだ。そんな中、たとえ一日でも、儀式に参加しない教徒をつくってはいけないのだ。例外を生んでしまうから……!)」

「……」

「(なのにコロにそうさせるということは……宗教組織の中で、重要度の天秤が傾いたというわけだ!!『儀式に参加しない例外教徒を作らないこと』よりも、『コロがトパーズを吐くのは儀式と関係があるのかを調べる』ことを重要視したのか!!)」


「事態はますます大ごとになってゆく!ぐうっ、どうすれば、いいんだ!」


 ガラの最悪の想定は、そのまま的中を続けた。

 ガラが思考に沈んだ次の日だ。まず、テヌリアの儀式で祈りを捧げなかったコロは、9時に水を飲んでも、トパーズを吐かなかった。これで、神に捧げる祈りが、トパーズを吐くトリガーになっている、と宗教組織側は判断した。

 そしてその日、ガラの父親は帰ってこなかった。さらに次の日の早朝にやっと家に帰ってきたのだ。

「父さん!やはり神殿で全聖職者の集会があったのか!話されたのは……コロのことだろう!!」

 父はまず答えなかったが、ガラは答えるまで(わめ)くのを止めなかった。根負けした父は、ついに息子ガラに教える。それは、ガラの最悪の想定を遥かに上回るものだった。

 神殿側の下した結論……それは、次の通りだった。




『青年コロはテヌリアの儀式で祈った後に水を飲むと、トパーズを口内に生む。』

『宝石という俗物的なものは神・インデラトポポ様の恩恵とは考えがたく、また時期的にも彗星ゲデルゲニスの影響だと考えるのが妥当。』

『よってコロは、怪物ゲデルゲニスから力を与えられた、悪の眷属といえる。』

『国民・教徒の不安を払拭するためにも、神殿側はコロを処分する必要がある。』




「(め、そ…んな、めちゃくちゃだ!!結論までが、飛躍しすぎている!!)」

 爆発しそうな心臓を押さえ、ガラは冷静を装った。少しでも良い手を打つためだ。

「スウゥーーーー……了解」

 ここでもしガラが大声を立てて興奮したままだったら、神官である父は確信していたはずだ。「息子ガラはその友人コロを助けようと動く」と。そうなれば父はガラを動く前に拘束していただろうし、当然ガラは身動きが取れなくなっていた。

 言うのも心苦しいが、心を偽ってガラはこう言うのだ。

「とりあえず、俺は罰されることはないのか」

「ああ……」

 ガラの父は揺さぶられ続けてぐったりした身体から、声を絞り出して返事した。しかしそんなものをガラは聞いてなどいなかった。


 いつ、コロが殺処分されるか分からない以上、早く手を打つ必要がある。

「(しかし今では、コロの横に一日中監視役の人間が付いている。そいつにバレずにコロに忠告を届ける……ことさえも難しいぞ)」

 外に出る。まだ朝は早く。どの店も開いていなかった。しかし近くの公園、網でできた目の大きなゴミ箱に、雑誌が捨てられてあった。

「(『TIME』……イギリスのタイム誌か。俺はそこまで英語は達者ではないし、拾ったところで読めないな。電子辞書と照らし合わせていちいち読みたいわけでもない……)」


 表紙の枠を赤線で囲った、目立つ雑誌。そもそもゴミ箱にシュートされてる時点でもうボロ切れのようなものだった。……だったが、くたりと他のゴミの間に横たわっているそれを見て、見た瞬間────ガラは思いついた。

「……バカなことを思いついた。でも…っ!こ、す……少なくとも、今の俺に思いつく最善の手は、これしかない!」


 ガラが思いついた、コロ救助作戦。それは、ひと言で、「あまりにもう遅い」ものだった。しかしなんの権力も持たないガラができる選択肢の中で、現状最大の力を持つものだった。

 まだ早朝、店はどこも開いていなかった。しかし、開けさせることができる店は一つだけ知っていた。

──ちりりっ、ちりりっ!

「おーい!コローーッ!起きろ!!」

 それは、コロの店!コロの家族が営む土産屋だ!そこに住まうコロをたたき起こす。といっても、もっとも、用があるのは店要素ではなく、コロ、そして彼の────パソコンだった!


「コロ、パソコンを貸してほしい」

 ナイフのように尖った目をした監視役のすぐ隣で、ガラは極めて真剣な表情で言った。コロは首をかしげる。

「ええ、やだよ普通に。この部屋でガラに使わすんじゃなくて、ガラがしばらく家に持っていくっていってんだろ?理由を説明してくれよ」

 監視役の目が光る。うかつなことは言えない。ガラは唾も飲み込まず、言い切る。

「宇宙飛行士の候補者募集が始まるらしいんだ!もちろん、俺がこれに合格するとは思っていない!有って無いような挑戦権だ!でもこれを逃せば、じき正式に神官の職に就く俺は──以降の生涯、挑戦すらできないのだ!!」

 これはガラの噓だった。パソコンが必要なのは宇宙飛行士へ応募するためではなかった。しかし、コロとその隣の監視役を騙すのに充分なほどに、気迫のある噓だった。

「わかった。ガラの抱く宇宙への憧れは、僕も知ってる。一週間だけ、貸すよ」

「ありがとう……コロ!」


 借りてきた、大きなサイコロのようなパソコン。それをガラはすぐさま家のインターネットに接続した。そして激しくタイピングを始めた。ガタタッ。キーボードが壊れそうな勢いで、文字を打つ。隣には電子辞書。打つ文字は、英語である。

「頼む、届け……届いてくれ、世界に──!!」

 ガラがしていること。それは……爆撃!インターネットへの、爆撃的な連続投稿だった!当時あまり普及していなかった、ソーシャルネットワークサービスへ、一枚の写真と共に文を投稿した!!

「(やっぱり、パソコンオタクのコロのことだ!インターネット上の様々なサービスにログインしている!!匿名掲示板への書き込みだけではない、大手メディアへの寄稿も可能だ……!!)」

 ガラはまるで獣……その日休むことなく一日中、インターネットへの投下を止めなかった。




────そして世界には、バラまかれた。……コロという青年の存在が!!




 まったく同じ形をした9粒のトパーズの写真と、それが生み出された経緯を書いた英文章。それらがインターネットのいたるところに投下されたのだ。

 ただ本来、そんな写真と文がネットの海に放り出されたところで、大きな話題になる可能性は低かった。……ではなぜ話題を沸騰させることにガラが成功したか。それは、完全に執念としかいいようがなかった。単純なこと、ありとあらゆる媒体に同じ内容で投稿されたからだ。初めは匿名掲示板でも荒らしのように扱われたが、あまりに同じ内容の書き込みが様々なところでされた。100や1000ではない、もっとだ!!すぐに都市伝説的なレベルまで話は広まった!!


『宗教の強く根付く小国で、青年が口からトパーズを吐いた。その青年は宗教側から邪魔な存在とされ、今にも存在を消されそうになっている。これにはどうも数日前地球に現れたあの赤い彗星が関係している』


 この国の時刻で午後3時、その頃にはもう完全に世界中のインターネットユーザーがこの話をしていた。様々な憶測が飛び交い、現地に向かおうとする者やそれを煽る者、写真と文にあることは全て噓だと主張する者。そんな中、満を持し、ガラは再び文字を打った。それは────大手メディアへの連絡だ!!

 ソーシャルネットワークサービスのログイン画面を提示することで、大手メディア側もガラが、騒動を引き起こした中心…その本人だと確信してくれた。その話を伺えるのならと、大手メディアの派遣は殺到した!!


「(遠くの国から飛行機で──近くの地域から車で──この国にいる現地リポーターたちが走って──数多の報道関係者がここへやってくる!!すぐに世界と直接接続されたカメラが目を光らせる!!そうなれば宗教側は、絶対そんな中、一人の青年を殺せはできない!!)」


 また、インターネットが、世界がこんなにも青年コロに注目を集めたのには、もう一つ理由があった。

「……なんだ?この記事」

 匿名掲示板、ソーシャルネットワークサービス、メディアプラットフォーム…文字の投稿サイト、写真の投稿サイト。思いつく限りの電子砂漠にガラが例の写真と英文章を投稿している中、ガラは少し引っかかる記事を見つけた。

「(中国のニュースか……なんだ!?『無からワインを生む少女』だと!?)」

 それは、中国のニュースだった。中国東部のある都市部、11歳の少女について。彼女は何も注がれていないコップの中を葡萄酒で満たすことができる、と書いてある。

「(まるで、コロと同じではないか!!?物理法則を完全に無視している!……右手で変なポーズをしながら左手でコップを掴むと、コップの中が葡萄酒で満たされる。コロが無からトパーズを生むのに、似ている!!)」


 それは一昨日のニュースだった。しかし探せばまだ似たようなニュースがあることに気づく。つまり、宇宙の(ことわり)を完全に無視した現象を、人間が引き起こしている。そういうニュースが。

 こうして、不可思議な現象そのものに世界の注目が集まる時期だったのだ。これもコロの事象が注目される理由となっていた。


 様々なことが頭を満たした。混線した思考で脳が熱をあげている。雑に晩ご飯を済ませた後、落ち着いてきたガラの耳に雑音が聞こえ始めた。

「そろそろテヌリアの儀式に向かわなければ……」

 家の扉を開ける。一人、びしっと決まったスーツの人間が、町を歩いていた。腕には腕章がある。ガラはすぐに気が付いた!

「報道関係者か……!!」

 予想よりもずっと早く、着いたのだ!!


 笑顔を隠しもせず、ガラは駆けだした。向かうは、神殿、そしてその前にコロの家だ!

「コロ!!」

「あ、ガラ。今からテヌリアの儀式に向かうところだったんだ」

 コロは笑顔でガラを出迎えた。隣には、当然、監視役がいたが。

「無事か……よし!行こう!」

「わっ、なんだ、なんか元気だなあ」


 電車の中も、カメラを持った人間の姿がちらほら見えた。そう、報道関係者、メディアの従者たちが向かっている先……それはあの神殿だった。

「(もうここまで来きたら安心だ。無数のカメラが回っている中、コロを殺すことはできないだろう!!神殿に着いたら隙を見て、他国の報道陣にコロと一緒に保護してもらう…!!)」

「お~い、どうしたんだ、ガラ。なんか最近ボーっとしてるよな、やっぱり」

「してねえよ!コロ、お前こそボーっとするなよ」

「?僕はいつも通りだと思うけど……」


 神殿に着いた。いつもより更に大勢の人が来ている、そんな気がした。それはやはり、世界中から報道関係者がやって来たからだろう。カメラのレンズが、街灯や星の光に照らされ、ぎらぎらと反射していた。


 今日は神殿の外で祈ることになった。9時になり、無事、インデラトポポ様へ祈りは捧げられた。

「今日はいつにも増して暑いな」

「ああ……」

 がぶがぶと水筒から口へ、水を注ぐ。一方でコロは水を飲む気配がなかった。ふらふらしている。

「おい、暑いなら我慢せず…」

 伸ばした腕を力強く掴まれる。ガラの言葉を遮るように答えたのは、コロではなかった。その隣の監視役だ。

「コロは儀式の後、水を飲むことを許可されていない」

 冷たい声だった。


 神殿の方から、薄く赤い煙が、もうもうと立ち昇っている。


「ふざけんな!もうふらついているじゃないか!汗もすごい量だ!!」

 反発したつもりだったが、声は震え、そこまで出なかった。監視役は黙ったまま、こちらを見ていた。

「……それならよ、こっちだって考えはある。……いや、これは賭けだ!!」

「何?────」

 首をかしげるよりも前に、ガラは、監視役を突き飛ばした!!そして流れるように、水筒をコロに突っ込む。どばば。水がそこから滝のように落ち、潤し、口から溢れた水は火照った身体を冷ました。そして、叫ぶ!!

「報道陣のみなさん!!今から、この青年がトパーズを吐き出します!!」


 事前に、大雑把な位置は、多くの報道関係者に伝えていた。それに、儀式が終わった直後の静かな神殿だ──叫び声はどんなノイズに邪魔されることもなく、遠くまで届く!


 一瞬にして、どこからも大小様々なカメラを携えた人間が、そこへ集まってきた。ガラは小声でコロに伝える。

「コロ、宗教側はお前を殺そうとしている!だからこうして大量のメディアを呼んだ!カメラの前で、宗教側がお前を殺そうとはできないから!!」

 すぐに、コロは状況を理解したのか、水を飲みこむ。それから慣れたもので、一切水をこぼさず、コロは両手で椀を作りそこにトパーズを吐きだした────


「ぇれえっ……」


────ワッと場が、一斉に沸き立つ!!カメラを持った人間たちが大声で何かを言っている。この状況を実況しているのだ。「信じられません」だとか「多くの人々が参加するこの儀式で奇跡が」だとかが聞こえてくる。英語しかかろうじてリスニングはできなかったが……言葉の意味は分からなかったが、他のアジアっぽい言語などもそこにはあった。世界中の人間に、今日の出来事は知れ渡ろうとしているのだ。


 バシャバシャ。大きな音、無限のシャッター音が向けられる。青年の手のひらの上の、9粒のトパーズ。先進国とも大国とも言えないような国に住む、何の変哲もない青年が、無から宝石を生んだのだ。……メディアはただの『異邦のびっくり人間』で済ますこともできたかもしれない、しかしそうならなかったのは、やはり世界中で共通して人間たちがぼんやりと、人類史のパラダイムシフトを感じていたからだ。

 無秩序としか言いようがない挙動の連続が因果を無視して予想不可能な結果をもたらす。コロが吐いたトパーズは、その象徴となった。これらは、後に「祈り」と呼ばれることになる。


 コロは、トパーズを足元に置くと、おもむろに地面に伏せた。いや、伏せたのではない。膝を地面につけ、手を地面につけたのだ。しかし儀式への参加を意味したものではなかった。コロはすぐに立ち上がり、また水を飲んだのだ。周囲のざわつきが最高潮に到達したそのとき、コロは、再び口からトパーズを覗かせた。ばっくり開かれた大貝の中に輝く真珠のように、コロの綺麗なピンクの口内にはトパーズが燦然ときらめいていた。やはり、9粒。


 360度をカメラで囲まれた中で、コロは再び「祈り」を実らせたのだ。その瞬間、すべてのレンズに、人間の新しい姿が映された。手品やマジックなんてものではない。人間は、宇宙の理を超越した、新たな能力を得たのだ。


「やった!これで、宗教側は暗殺なんてできないぞ!これで、コロは、助かるのだ────」


 ガラが両手を空に掲げてバンザイしたころ、遠くからまた別の声が聞こえた。英語でも中国語でもロシア語でも日本語でも何語でもない、母語────この国の言葉だ!それは、怒号!

「なにをやってる!!」

 まず耳に入ってきたのは、最近よく聞く声──コロの監視役の声だった。それに次いで、様々な母語が響く。どうやら宗教側は、ガラの翻した反旗に気づき始めたようだ。つまり、やつらがやりたいこと、それは、

「あの青年たちを捕らえろ!!」


 ガラはすぐにコロの腕を掴んだ。

「コロ!この国はもうだめだ!逃げよう!!俺から、ここにいる」

 それを、コロは振りほどく。これまでずっと隣で育ってきたのに、そんな力強い拒絶を見たのはガラも初めてだった。

「ごめんよ、ガラ──」

「なっ何を……!」

 何をするかと思ったが、逆にコロは、ガラの腕を掴んでみせた。そして握りこぶしになっていた左手をこちらに突き出した。ぎゅう。何かが手渡された。それは、トパーズだった。9粒もあり、受け取ったガラの手からはみ出しそうだった。


 カメラを掲げた人々の壁、の向こうで聖職者たちの叫び声が聞こえる。人の壁をかきわけこちらへ突き進もうとしている。


 ずい、顔を極めて近づける。コロとガラは鼻が互いに触れそうだった。そんな至近距離で、コロは言った。

「ガラ、現実的に考えて国教から逃げることはできない。このままではガラまで殺されてしまう。僕に巻き込まれて君まで死ぬことはない。近くに川があっただろ、あそこは人も少ない、あそこに逃げてくれ」

 本当にささやく声で、この時代のどれだけ高性能なカメラ・マイクでもその声は拾えなかっただろう。

「コロっ、お前はどうするつもりなんだ…!」

「僕は僕でやっておくよ。でも……最期に、宗教側に一矢報いてもいいかもしれない」

 どん。突き放され、そのままガラは無数の報道関係者の群れの中に転がり込んでいった。

「コロ!!」


 ごった返す人の中で、コロの声が聞こえた。大衆に向かって何か言っているようだったが、それが英語だったこともあり、ガラはあまり分からなかった。何か瓶のようなものを取り出した。

「(ガラス製の水筒……ここらでは珍しいな……なんだ、コロ、今日は水筒忘れなかったのか)」


 中は透明の液体だったと思う。遠目で見て、水のようだった。それをコロはどこか出鱈目に、闇雲に、自棄糞に、被るように飲んだ。ガラは見ることしかできなかった。


「あ────」


 血を盛大に噴き出した……なんてこともなく、コロは魂が抜かれたように倒れ込んだ。がしゃん。ガラは直感で分かった。コロが死んだのだ。


 宗教側は、既に毒をコロに渡していた。恐らく最期にテヌリアの儀式にだけ参加させてやった後、コロに自分の手で服毒によって死んで欲しかったのだろう、宗教側は。それを、段取りを無視して、コロは蠢く大衆の前で飲み干した。

…………

世界で最初に「祈り」を実らせた青年・コロの最期は、液状毒による自殺だ。


「あ…う、う…う お おぉおおぉーーーっ!!」


 ガラはその場にいる誰よりも大きな声で叫んだ。しかし、無数の、有象無象の声にかき消され、コロの死んだ身体の、死んだ耳には届かなかった。


 こうして、コロは、一夜にして世界的な有名人となった。自殺する姿が一斉に生放送で地表を駆け巡った。様々な人間が考察を繰り返した。青年の死、小国の宗教、無から何かを生む不可思議な現象。




 それからしばらくして、「祈り」という概念が人類史に正式に刻まれた。人は、全く関連性のない動作を繋げることで、宇宙の理に逆らった結果を生むことができるようになった。




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