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世界そのまま社という狂った組織の一員かつ異分子 /咲

=『火粉を払う、息を吸う 22.5』

「ふぁ~ああ」

 ぐしぐしと手の甲で口をぬぐう。良かった、よだれは垂れていないようだ。

「おい咲、真面目にやれ」

 隣からお怒りの声をかけられる。ちらりと眼球をそちらへ回すと、筋骨隆々の巨漢があぐらをかいて座っている。咲は声を無視して立ち上がると、ぐぐぐと両腕を天に伸ばし肩甲骨を鳴らした。舗装された道路のすぐ先に一面の砂が広がり、更に先には海と空があった。まとめて朝の暗がりを受け、沈んだ色をしている。

「……」

 右を見ても左を見ても、似たような格好の人間がずらりと並んでいる。光を通さない黄土色のローブに、深くフードを垂らす一行。ただその体格なんかはばらばらで、またフードから覗かせる顔も全てが大きく異なった。老若男女国籍問わずが、それぞれ、狂っている。「世界そのまま社」なる宗教組織の構成員からできた長蛇の列は100メートルにもなった。大体20人がそれぞれ大きくしかし等しい間隔をとって並んでいる。()()()()()が、この瞬間、日本の全域で10箇所以上展開されていた。

 地上波のニュースでは流されないが、「世界そのまま社」が話題にされることがあるのはほとんどコレのせいだった。具体的にはインターネットの匿名掲示板で都市伝説を取り扱うスレッドで。毎日早朝に日本各地に並ぶ集団、どうやら宗教組織で、なんでも朝日の研究をしているらしい、と。

「……」


「(朝日……朝日か。ほとんど正解だけど、ちょっと違うな)」

 海といっても観光地でもなんでもない。ずっと前なら地元の人間が朝の散歩につかっていたかも、程度の簡素な海だ。線を一本引いて上を空、下を黒っぽい青で塗りつぶしたような、テキトーな海。ピンク色の貝殻ひとつ落ちていない。

 今や地元の人さえ来ない。……まあ、それはほかならぬ、毎朝ぞろぞろ並ぶ一本糞みたいな宗教組織集団のせいだが。ともかく、この子供の絵のようなシンプルな海辺には、「そのまま社」の他にほとんど人間は来ないようになっている。

「おっ」

 咲はつい声を漏らした。右左では全員が無言を貫いているので、僅かな声だったがかなり目立った。しかし集団は口を(つぐ)むのをやめず、咲など気にも留めていないようだった。先ほど注意をよこしてきた隣の巨漢さえ、今は死んでるのか生きてるのか死にたいのか分からない中年の瞳で目の前の朝日を見つめていた。緑色の朝日を。


 グリーンフラッシュ。

太陽が完全に沈むその直前もしくは、太陽が昇りはじめて僅かな時間に、様々な条件を満たす美しい地平線・水平線に見せる、鮮緑の閃光。


 みるみるうちに、鮮やかな緑は白け、次第に黄ばみ、太陽はいつもの顔になった。限られた場所で僅かな時間にしか見せない太陽の一面だが、

「(ま、毎日見てたらもうありがたみなんかねーわ)」

咲はあくびを嚙み殺した。


 太陽が完全に白熱電球のようにカッカと灼けるようになってくると、周囲は次第にざわざわと話し始めた。話すというより、耳に付けている無線通信機の奥から聞こえてくる言葉に、応じるというか。会話のようでそれは相手の意思など考慮しない、コミュニケーションとは呼びたくないものだった。

「……ああ、前日比0.8秒ほど(りょく)(こう)だった時間が短くなっている。……いや、今日もアサガオはやや(うつむ)いた状態で咲くんじゃないか」

 こんなことに意味があるとは思えないが、仕方なく、息でも吐くついでに、といったカンジで喋る。


 史絵が日頃襲われないのは、こうしたところに要因があった。「世界よりよく会」の望む世界改変の“キー”となりえるものとして、そのまま社は“史絵”の他にもたくさんの可能性を考えていた。というか、史絵はそうしたものの中ではむしろ優先順位の低い方だった。

 現状のそのまま社で優先的に研究のされている事象は、上から『朝露』『幸運』『瞼裏』……と続いて6番目が『愛娘』、つまり史絵である。

 『朝露』など上から数えるほど可能性を高くみているモノは「きっとこいつのせいで世界改変が起こされる」くらいの評価で、下に行くにつれて可能性は低く見なされてゆき、史絵……『愛娘』ほどどうでもいいモノになってくると「もしかしたら世界改変に使われるかも?」程度の認識でしかない。


 「そのまま社」に属する人間の9割以上は毎朝『朝露』の調査に駆り出される。8時まではまだ白い太陽につきっきりだ。本日分の朝日が終わると、『朝露』に関する効果的な調査は終わるとされ、多くの者は『幸運』や『瞼裏』といった次いで可能性の高いとみているモノについて調べるか、もしくは『朝露』に関してデスクでできるような研究に移ることになっている。余った者が、『牡蠣』や『紐育』、『愛娘』なんかを調べてこいと命じられるわけである。


「ふぅ」

 無線通信を切る。周りのみんなもほとんど同じ時間に報告を終えたらしい。すると誰も一言も交わすことなく、サッと道路から人がはけた。皆、これから家に帰るのだ。ほとんどのメンバーには学校や会社があり、こうして狂っていない時間は社会的動物の人間として生活があるのだ。

 咲は本日、大学が午後から始まるような時間割だった。そのため「もしかしたら世界改変に使われるかも?」くらいに見られている『紐育』について調べなければならない。『愛娘』……史絵の誘拐に失敗したことについて、裏切り行為はどうにか誤魔化せたようだが、純粋に任務を失敗させたメンバーとしてより低優先度のモノに担当を変えられた。裏切っているくらいだから咲に、組織内での立場だとかは全く興味がなかった。というかよりどうでもいい役目に就かされて、むしろラッキーだった。

「今から電車乗れば10時前には帰れるか」

 これから漫画喫茶で『金色のガッシュ!』でも読むつもりである。当然『紐育』については調べない。「……」紐育(ニューヨーク)が世界改変のキーなんかになるわけないだろ。当然、敵対宗教(よりよく)組織()の開祖の娘ってだけで史絵が世界を変えるとも思わない。……ていうか緑色の朝日に照らされた朝露が世界変えるって、それが一番ありえねーよ。

「ふああ……」

 咲の大きなあくびが、澄んだ空気に溶けた。


 海を傍目に、ローブを脱ぐ。遮光性があり、余計な太陽光を受けずに太陽の姿を観察できるらしい。

 駅まではそこまでかからないが、電車に乗ってからが長い。朝とれなかった睡眠をここでとる。家の近くの漫画喫茶に着いたのは午後9時の終わりごろだ。さっさと入店するとつけてる意味があるのか分からないほど微弱なクーラーの風が髪をなでた。

 パソコンを起動すると、検索エンジンが最近のニュースを知らせてくれる。

「……」

 手を握手のかたちに広げ、人差し指から親指の先までの部分、曲線にフィットするよう顎を乗せる。クリックすると、小さな枠に収まっていた「どうでもよさそうなニュース」がバッと一面に広がった。タイトルの隣のサムズアップサインはそこそこの数をカウントしている。コメントは少ない。咲も、タイトルを再度目に滑らせてから、先人らに習ってサムズアップのマークを軽くクリックした。横の数が1つ増えた。

 タイトルを読んだだけで大体の内容が分かるような、分かりやすいニュースだった。だけど咲は一応スクロールした。文字が一瞬ブレて濁流のように上へ流れ、下から新たな文字が現れた。


 コンビニバイトが「祈り」で空を飛んで、ベランダから身を乗り出して落ちかけていた赤ん坊を助けたらしい。

「よく、間に合ったな……ふつうの人間が、“祈り”の簡略化を知っているはずもないだろうに」

 これは持論……いや希望的観測……いや妄想でしかないかもしれないが、「祈り」とは、人生で一度は、役に立つときが来るように“設定”されているのではないか。咲はそう考えていた。幼少の頃、なにだったか忘れたが、自分の「祈り」で大切なものを手に縫合し、失われずに済んだ……記憶がある。抽象的なイメージだが、“夢”ではない。“経験”……だと思う。「祈り」が役に立った経験。先の、ボーダー服おばさんや血まなこのヘンタイから史絵を助けるためにも使用したが、それは「祈り」を無理やり武器として転用して以降のことで、戦闘に使用したのはしかもあれが初めてではない。そうではなくて、偶然、自身の「祈り」が役に立ったこと。遠い記憶でもう形も保っていないが、たしかにそんなことがあった。

 手のひらを見ると、ふつうに血色の良いただの手のひらだった。


「ねむ…」電車だけでは寝足りなかったようだ。


 史絵の「祈り」は役に立たなそうだな。「祈り」なんてものは「いつか役立つかもしれないがらくた」の以上の価値など恐らくないのに、週替わりとあっては「いつか」なんてものはいつまでも来ないだろう。なんて考えているうちにまどろんでくる。

「すぅー、すぅー……」

 いつの間にか咲は机に突っ伏して寝息を立てはじめた。2本の腕でできた器に顔面から突っ込むかたちで頭をうずめ、冷たいグレーの机に鼻をぴっとりあてている。




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