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通報くらいはできる /まくら

=『火粉を払う、息を吸う 15.5』


 ドラッグストア横駐車場での戦いの後、史絵が謎の銀髪ポニーテールの女に誘拐されてしまった。その頃まくらは。


 友人が……史絵(しえ)が、誘拐されてしまったことは、まくらが立ち尽くすには、充分すぎる衝撃だった。雨は小さくなっていたが、まだぱらぱらと音を立てて地面に落ちている。もう何もできないのではないか、という想いが胸をよぎる。

「(……いや!)」

 駐車場の地面に散らばっている史絵(しえ)の鞄や教科書を見て、なぜか、ひどく冷静になれた。腰を曲げ、目線を落とすと、長い前髪が(ひたい)から離れて視界が広がる。地面は散らばった史絵の所持物でカラフルだった。教科書をひょいと拾い上げ、ぱんぱんと(ほこり)を払い、鞄の中に入れる。教科書の他にもなわとびや羅針盤、ハサミ、セロハンテープなど、様々なものがある。史絵が史絵自身の「祈り」の手順を調べるために持ってきていたものだ。なわとびは、今日のことの発端となったあのボーダー服おばさんを拘束するのに使ったヤツだ。


 「落ちている史絵の所持物を拾う」ことは体を動かせるのなら誰にでもできるような簡単なことだったが、そうした小さな成功体験がまくらに必要だった。この動作が、まくらに「自分(ボク)にできることはまだあるんだ」と思わせた。大きなからくりのスイッチは意外と簡素なものだ。だから、諦めない。

「……ふぅ」

 全部を鞄に詰め終えた。ずしりと重い。毎日こんなのを背負っているのか、と思った。史絵は、いつまでも判明しない史絵自身の「祈り」にただ向き合い続けるひたむきな人間。まくらはそう思っている。彼女とはまだ友人歴1か月弱だが、そのほとんどの放課後を一緒に過ごしたせいか、長い時間を一緒に共有したような錯覚がある。いや、それ以前までの歴代人間関係と比較すると、実際長い時間関わった方だ。だから「何か」を投げ出してまで、彼女を助けるために頑張ってみたい。その「何か」に「命」を当てはめるには、実感がないけれど。

 肺に湿った空気が詰まって息苦しくてもかまうものか、自分のできる最適の行動を考えろ。ぎゅう、と、史絵のかばんをつかむ手に力が入る。


「防犯カメラ、」

……そんな言葉が口を()いて出たが、ない。駐車場に、カメラらしきものが見当たらないのだ。

 ドラッグストアには監視カメラがあったような気がするが、映っているのはまくらと史絵と、不審なボーダー服のおばさんだ。確かにそっちの情報も重要だろうが、今、最も重要な情報は、不思議な力で史絵を車に引きずり込んだ、銀髪の若い女性誘拐犯だ!追うには、あの誘拐車のナンバープレートが知りたい。防犯カメラに映っていれば……と、思っていたのに、そもそもこの駐車場に防犯カメラが見当たらないのだから!今どきの駐車場に「防犯カメラがない」なんてあるか!?「なんで!」まくらは泣きそうな声で叫ぶ。

 あのときは突然のことだったので……嵐のように現れて史絵を(さら)って去っていった車の、細部まで見る余裕がなかった。防犯カメラを設置しない時代遅れの駐車場にもムカツクが、それ以上に、ナンバープレートを見ていなかった自分に腹が立つ!!


「いや、まだっ!」

 次に思いついたのは、モクラに尋ねることだ。モクラなら、()()()()かもしれない。奮起するまくらを(なだ)めるかのように、「動物のもぐらは確か視覚が退化しているのでは?」という疑問が思い浮かぶ。土の中で過ごすもぐらは、視覚が退化しているようなイメージがある。実際がどうかは分からない。……いや、そんなこと、どうでもいいんだ。モクラは、もぐらと違って二足で歩いているし、文字も書けるし、人語を理解できるし、というか、肉体が土でできている時点で、もぐらとは違いすぎている。モクラは、もぐらではない。分類としては「動物」より「どうぶつクッキー」の方がまだ近いだろう。だから、実際にもぐらの視覚がどうとかは関係ない、問題なのは()()()()()()()()()、だ。

「モクラ、さっきの、史絵を(さら)った車のナンバーは見た!?」

 主人の問いに反応し、モクラは通学鞄の側面のポケットから顔をひょっこりと出す。モクラはこくりと、頭部を縦に振る。

「やっっ、…た!!」

 史絵の鞄を、濡れていない、駐車場で比較的綺麗そうな地面に置く。すぐ、自分の鞄からスケッチブックと濃い黒鉛の鉛筆を取り出し、ここに書くようにモクラに指示を出す。モクラはまくらの腕を伝って肩に走ってゆく。まくらはモクラの乗っているのと反対の腕を曲げ、鉛筆を渡す。大きな絵本を広げるようにスケッチブックを開くと、鉛筆を担ぐモクラが飛び乗る。大剣を担いでいるみたいだ。


・地名 3桁の数字

五十音 2つの数字 ハイフン 2つの数字


 安堵の吐息が逃げようとするのを塞ぐように、やや指の開けた手を口にあてる。僅かな隙間から「フー」と熱い息が漏れる。そこで気づく。車は、途中で乗り捨てられる可能性がある。仮にナンバープレートを完璧に伝えても、全く役に立たないかもしれない。車は見つかるだろう、もぬけの殻となった、車が。

 史絵の鞄と自分の鞄を、駐車場のあまり目立たないところに並べて置く。

 気づいているのに細かい不安は無視する、そんな愚か者になってとりあえず警察に連絡してみても、いいかもしれない。それ以外に道がないように思えたから。生徒手帳に小銭を挟んでいるので、公衆電話に駆け込んですぐに110番だ。交番は少し遠かった気がする。公衆電話なら、確か駅に……と考えると同時に、(もも)(こわ)(ば )る。あと一段階力を入れれば、すぐ駆けだせる。たん、と地面を蹴る音が一度鳴ったとき、胸に何かがぶつかった。ぽふっと柔らかく飛び込んできた違和感の正体はモクラだった。立ち止まる。心臓は「どうした 走るんじゃなかったのか」とでも言いたげで、駆け出したと思ったら急に立ち止まったまくらを急かすように、とととと、と素早く鼓動する。

「ど……したの、モクラ」


 てのひらにモクラを乗せる。するとなんと、モクラはその湿った土でできたお腹あたり、つまり自身の一部をちぎった。小石ほどの、土団子だ。小さな土団子を、やはり土でできている小さな手で持ってひらひら振る。

 まくらは「なんで急にこんな真似を?」「今急いでいるのに何をしているの?」色々言いたいことはあったが、それらは口に出さず、まずは、「……」少しの沈黙した後、

「痛くないの?」

と言った。

 モクラは首をフルフルと横に振る。


 次に「どうしたの」と尋ねるとモクラはまたてのひらの上から飛び降りて走っていった。後を追う。

……そこは、史絵の鞄を置いておいた場所だ。なるべく汚れていないところに置いたつもりだが、底の部分がもうかなり汚れていて、史絵に申し訳ないように思う。いつの間にかモクラによってファスナーが開けられており、そこに這うように入ってからスケッチブックが取り出される。この小さな体で、よく持てるなと思った。アリが顎で、体の何倍もの獲物を運んでいる様子が連想される。次にモクラが何を欲するかを察して、鉛筆を渡す。受け取ったモクラが、鉛筆を動かすために適した姿勢を整えているうちに、スケッチブックを開いて、地面に落としてやる。


『ぼくは ぼくの からだが

 どこに あるのか わかる

 つまり、はっしんきに

 なる→       』


 (やじるし)の先に、土団子が置かれていた。まくらがメッセージを読み終えたことを確認し、モクラは隣のページに続きを書いた。


『しえに つけてる

 だから    

        』


 ページの残りの空白が埋められてしまうよりも前に、まくらは両の手でモクラを掬い上げるように掴む。

「ほ──ホント!?」

 こくりと頷くモクラを、ぶんぶんと上下に振る。これで話は全く変わってくる。モクラは史絵がどこにいるか分かっている。史絵のどこかに付けられたモクラの肉の一部が発信機になっているために。

「どこっ!?」

 こうも賢くありとあらゆることができるモクラには声だけがないのだと、すぐ思い出す。モクラをスケッチブックの新しいページの上に乗せる。


『ちずが ほしい

 たぶん まだこの

 まちに    』


 史絵はまだ、この町にいる!

「町の地図なら……駅に──!」

 丁度いい。駅ならここから近いし、町の地図も公衆電話もある。


 走りながら考える。史絵が攫われてからまだそこまで経っていない。車でどれだけぶっ飛ばしてもそう遠くまで行けはしない。途中でジェット機に乗り換えるようなことでもなければ。

 より強い興奮が心臓を動かしているために、駅の階段を一気に駆け上がったくらいでは何一つ苦しくなかった。

「着いた!」

 すぐモクラはぴょんと肩から飛び降りて、大きな地図の掲示まで駆け寄る。ぺたぺたと壁をのぼり、地図の中の駅のところまできた。つまり現在地だ。そのことを確認するようにまくらの方を一度見て、また壁のぼりを再開する。右上へと、北東へと移動する。焦る気持ちを抑えて眺める。


 止まった。そこは、地図の端だった。モクラがこっちを向く。「ここに しえがいる」ということを示してくれている様子ではなさそうだ。目の代わりのように顔についている2つの小石だけで、モクラの表情は完全に表現されている。それは困惑。

「(……まさか)」

 モクラにも想定外だったのだろう。駅の周辺地図は、史絵がいるところを示すには足りなかった。史絵は、この地図が表示する範囲よりももっと遠くにいる。かといってまくらも、これと同程度に詳細で、これより大きな範囲まで示した地図なんてものがどこにあるか知らない。探せばあるんだろうな、本屋の地図コーナーとか。……探す時間が、ない!

 すぅ、大気中の何かを吸引するように一息吸い込む。腹の中で、息は声に変わる。

「外へ!地図の外まで行くんだ!地図の縮尺率から、位置を計算してみせる…!」

 主人の声を背に受けて、モクラは地図の外の壁を這う。ずいぶん進んで、止まったところは、1つ隣の栄養ドリンクの広告のすぐ近くだった。モクラと意思疎通をとれるように、スケッチブックと筆記用具は持ってきていた。定規を取り出す。地図の右上端から、さらに右に何センチ、上に何センチのところにモクラが示す位置がある。それはそのままこの駅から東に何キロ、北に何キロのところに……史絵がいるということだ!

()()で、史絵は動かずにいるの?!」


 こくりと、モクラが頷く。地図の外であるために、()()が住宅街なのか公園なのか、もしくは廃工場なのかも分からない。あまりに遠い。




挿絵(By みてみん)




だけど、



挿絵(By みてみん)



()()は……まくらの頭の中では濃い鉛筆でぐりぐりとクロスの印をつけたようなビジョンで浮かぶ、地図の上にない()()は、北極星よりも確かな道しるべだ。今なら……手を伸ばせば、届くかもしれない。煌煌と輝く、あの星に。手遅れになる前に。


チャリ、チャリ。硬貨が縦長の穴へ落とされる。


 こんな事態初めてだったから、このとき、まくらは初めて知った。警察にかけるときは公衆電話を無料で使えるのだと。

「あっ、あの、その」

 大人の声がする。情けないことに、自分はこんなときでも大人の声が恐ろしいのか、と思う。でもやることは決まっている。落ち着け。言うことは決まっている。

 雨か汗かどっちのせいか分からないけど額に張り付いた前髪が邪魔で、かゆくて、受話器を持っていない左の手で、ぐい、と かき()ける。暗色のカーテンを開けたように、視界はクリアになる。2つの具体的な数字が頭の中をぐるぐるして、様々な説明をすっ飛ばして結論だけ言いたい気持ちに駆られる。この駅から、東に、11キロと350メートル、北に────

「もっ、もしもし────」




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