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『火粉を払う、息を吸う 9』 史絵

 まくらの「祈り」。なんとそれは、実ることで、なんとも愛らしい、もぐら型泥人形を土から生み出すものだった!そしてそれは今、まくらの右てのひらの上に乗っている。


「こうして、1か月にわたる“祈り”の調査は完了したわけだね。自身の“祈り”はどう?満足してる?」

 はじめに史絵が「まくらはどんな“祈り”が欲しい?」と尋ねたとき、まくらは「あまり考えたことがなかった」としか答えることができなかった。ただそれは関わり始めて間もない史絵に対して照れを隠すように答えただけで、まくらの根本はかなり俗的だ。「手から 望むだけ金塊を生み出せるような“祈り”なら最高だな」などと考えていた。でも今は違う。

「満足も何も、“祈り”は生涯変わらないんだから、もう確定したらそれと付き合っていくしかないと思うけど。でも……まあ、悪くない“祈り”かな」

 そういって照れを隠さずに笑ってみせた。


 史絵はまだ、自身の「祈り」が一週間で変化する秘密を、まくらに話していなかった。よってまくらの中で史絵は「手順が相当複雑でまだ“祈り”が判明していない」という状況のままだった。

「ともかく、当初の目的は達成したね。これからどうしようか」

 もう毎放課後、河川敷にあの思い推定テストセットを運んでくる必要はないのである。

「(そうか、これでボクと史絵が放課後に会う理由は無くなったんだ)」

 まくらは少し考えて、「史絵はまだ自身の“祈り”が分かってないんでしょ?これからはボクが史絵に付き合うよ」と言ってみようかと思った。しかしこの1か月間、よく思い直せば史絵が「私の“祈り”の新しい手順が発覚した」と言ったことはなかった。それどころか自身の「祈り」について既知の手順すら教えてくれなかった。きっと、史絵はボクに、史絵の「祈り」に触れて欲しくないんだ。そう思考し、まくらは代わりにこう言った。少し、照れながら。

「たまに……これからは意味もなく、また河川敷で会いたいな……放課後とかに」

「ふふ、いいね」


 こうして、1か月ほどかかり、人付き合いの下手なふたりの少女は、その不器用な友情の第一歩目をようやっと踏み出せたのだった。めでたしめでたし。

……で解散するには、まだ日も高く、今日はあと1時間は河川敷にいることになった。せっかくなので、まくらの「祈り」で生まれた泥もぐらについてもう少し調べてみる流れとなった。

「せっかくだし、このもぐらのことをもっと知ってみよう」

 史絵がそう言い、まくらは頷いた。そういえばさっきまで史絵たちが会話している間、この泥もぐらはまくらの手の上でじっとしたままだった。

「ずっと手に乗ってるけど、重くないの?水分を含んだ土でできてるんでしょ」

「意外と軽いんだよね……史絵も持ってみる?」

「私が持ってみてもいいものなの?」

 そう言って手を差し出すと、その小さな泥もぐらはピョンと史絵の手に乗り移った。

「おお。これは、これは。サイズ的にも重さ的にも、鶏卵と変わらないかも。軽い!」

「ね。」


 地面に置くと、またちょこまかと動き始めた。(あるじ)であるまくらからかなり離れたところまで行ってしまい、「このまま放置していたら野に放たれてしまうのでは」と思ったところで、Uターンして帰ってきた。両手、いや両前足に何か抱えている。

「にしても、なんでもぐらの形してるのに二足歩行なんだろう」

 抱えているものは枝だった。なにをするつもりなのか見守っていると、もぐらは枝を地面に突き立て、がりがりと線を引いた。二足歩行どころか、枝を筆として使うとはなんとも人間的だった。しかし、この後更に驚くことになる。もぐらが地面に引いた線は、「あ」と読めた。文字になっていたのだ。

「え!?」

「すごい、文字を書けるだなんて。たぶん、わざわざ私たちの目前で文字を書いてみせたということは、自分が日本語を理解していることをアピールしてるんだ?」


 史絵は通学鞄からスケッチブックを取り出し、ばりばりとそのページ一枚をちぎりとり、「はい」と「いいえ」を大きく書いて、それぞれを丸で囲った。

「もしこの子と日本語で意思疎通ができるなら、こうやって『こっくりさん』のように質問することができるんじゃない?」

 史絵の言葉に頷く一方で、まくらは驚いた顔のままだ。

「それ以前に、“祈り”ってこんなものを生むことがあるの……?“祈り”で動物は生まれないって言っていたけど、これはもうほとんど動物のように見えるよ……」

「それも、質問してみれば?」

 反射的にまくらは「いや、いい」と言おうとしたが、「自分の生み出したものなのだから知っていなければならない」と思い直し、質問してみることにした。

「ねえ、キミは生きているの?ボクたちと同じように、動物なの?」

 なんともサイコパスチックな台詞だ。史絵が破り取ったスケッチブックのページを地面に置く。「はい」と「いいえ」の丸。もぐらは二つの丸を眺め、ついに前に進んだ。

 史絵も少し緊張していた。もしここで「はい」に進まれたら、これまで図書館で読んできた本に書かれていた知識 全てが崩落する。なぜなら人類の知る限り、「祈り」は動物的生物を生まないことになっているのだから。それが覆るかもしれない……。それぞれ別種の緊張を抱く中、もぐらはついに「返事」を確定させた。

「……史絵、この場合どっちなのかな?」

 もぐらの答えは……意外だったが、納得があり、思い返せば予想しなかったわけではなかった。そんな、答えだった。

「まさか、真ん中だとは……。えっと、はい でも いいえでもない、のかな?いやむしろ、はい かつ いいえ?どっちとも言えるってこと?」


 まくらは丸めた手を顎にあてて少し考えたあと、

「じゃあ、寿命はあるの?」

 と聞くと、もぐらは「はい」の円に近づいた。が、片足を円内に入れるだけだった。「はい」寄りの「どっちとも言える」だ。質問に対してYes or Noの二極で答えることが苦手なのだとしたら、それは主人である自分に似てしまったか……。とまくらは考えた。

「なかなかはっきり答えないな」

 と史絵が呟くと、もぐらは地面に近づき、枝を振るった。文字を書こうとしている様子だ。弁解したいということなのだろうか。

「何か書きたいのなら、鉛筆を渡すよ。あと新しい紙を」

 史絵が鞄からがさごそと鉛筆を取り出し、地面に下敷きを置き、その上に新たにちぎり取ったスケッチブックのページを敷く。こっちの方が書きやすいであろう。


 もぐらは、史絵が使い込んで小指サイズになったチビ鉛筆を受け取り、新しい紙の上に飛び乗った。ゆっくりと、人間でいう書道パフォーマンスのように、その小さな全身を動かして大きく文字を書いた。本格的な言語的コミュニケーションの開始だ。

……

『つち かわくと きえる』

字は、そう読めた。

「(土、乾くと、消える。……土が乾くときが、存在の期限ということか。それがホントならかなり短い寿命だと言える、けど、でも、逆に言えば水などを定期的にやることで半永久的に存在できるとも言える。土が乾かない限り消えないのだとすれば)」

 まくらはこれをどう思うだろうかと、横顔を伺う。しかし見たところで、その表情が何を意味するのか史絵は分からなかった。顔が暗く見えるのは、今太陽が厚い雲で覆われているからだろうか。

 次の一瞬に何も起きなければ、そこを始点に永劫の沈黙が続くようにも思われた。だがそうはならなかった。次の一瞬、もぐらは再び鉛筆を動かし始めたからだ。先ほどの文の一段下に、新たな文字が並べられ始める。

……

『でも また いのれば

 また ボクが できる』


 曇りのせいで、昨日の雨は土から抜けきれないようで、地面はずっとぬかるんだままだった。泥っぽい地面に無造作に置かれた下敷き、スケッチブックのページに、五歳児のようなへたくそな文字が散っている。かがんだまくらはその文字をまじまじと見つめた。

「それは、ボクが再び“祈り”を実らせて泥人形を作ったとき、完全にキミと同じものができているっていうこと?キミが乾いてしまって、ボクが新しいキミを生んだ時、新しいキミは、前のキミと同じ記憶を持っていて……同じ思い出を持っているの?」

 畳みかけるように話す。

 泥でできたもぐらは、鶏卵が転がるように走り、紙に書かれた「はい」の円の中に入っていった。それを確認し、まくらは安堵のため息をついた。

「よかったあ。土が乾くたびに、ボクが、キミという存在を完全に消滅させているわけじゃないってことで、いいんだよね……?」

「いいんじゃないかな。ねえ、そういう意味では、君は消えないってことじゃない?」

……

『そういういみでは

 ボクは きえない』

……自分の書いた文章に満足したように、もぐらはコクリと頷いた。

 まくらは胸をなでおろす。どうやらまくらの中で、倫理的問題か何かが解決したようだ。この基準は彼女だけのものだ。このもぐらが生きているのかどうか、それを決めるのもまくら、彼女の中でのみ決定されるように史絵は思えた。


「まくら、名前はどうするの?」

「名前?この……え~…泥でできたもぐらの?」

「そう。ほら今だって呼称を探すのに、ちょっと時間が止まったでしょ」

「なまえ……」

 まくらがてのひらを地面に近づけると、その泥でできたもぐらは飛び乗った。史絵は少し「いいな~」と感じている。

「史絵ならどういう名前をつける?」

「ああ。もくら かな」

「え?」

 長い前髪の向こうにあってもまくらの驚く目が見えたため、史絵は「あれなんか私 今マズいこと言ったかな」といった顔を2秒ほどして、

「え?あっ」

 しまった。ついポンと判子を押すように返事してしまった、と手で口を覆う。実は、彼女はこのもぐらにペットのように名前をつけるとしたら、をずっと考えていたのだ。「名前はどうするの?」とまくらに聞いたのは、無意識な史絵の「私ならどういう名前を付けようかな」思考の現れだったのかもしれない。

「もくら……モクラ?」

「ごめん、忘れて」

「いや……ボクの名前に似ていて、いい、と思う……。ありがとう、史絵。この子の名前は、モクラがいい。……いいよね?」

 手を顔の前に持ってくると、てのひらの上でその子は軽くひとつ跳ねてみせた。

「う、うん。いい」

「ありがと。史絵」


 こうして、この泥でできたもぐらの名前は、めでたく「モクラ」に決まった。




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