だから結局これは何てアニメの曲なんだよ 3/まくら
休み時間は始まったばかりだ。
さっきまで関連する本を読んでいたこともあり、まくらは、目の前の眼鏡の「祈り」がどういったものかかなり気になっていた。まだ憶測に過ぎないが、ソイツは、自身の持つ「祈り」に不満を抱いているのかも知れないのだから。
「(……自分の“祈り”に不満がある、とかそんなんじゃなきゃ、あんな難しそうな本に時間を割き固執する理由がないもの。きっと、そうに違いない)」
「……」
「(でも、それはどういったものなんだろう。例えば、“祈り”が実ってしまうと自分が骨折してしまう、とかなら危険だから持っていたくない。でも本を見る限り、基本的に“祈り”はメリットしかもたらさない)」
憶測にさらに拍車をかけているだけ、どこにも根拠はないのだが、まくらは続けてこう考える。
「(だとすれば、逆か?……自身の損な“祈り”を捨てたい、のではなく、自分の持っていない有益な“祈り”を羨ましがっている。)」
本をぱらぱらとめくってみる。様々な「祈り」の実例がある。あってもなくてもいいようなものから、まあ便利なもの、そして、誰もが欲しがる奇跡のような「祈り」まであった。しかしこれを望むというのは、少し強欲すぎるように感じた。
「(世界で初めて“祈り”を実らせた人間……無から9粒のトパーズを生み出す!?うへぇーすごい、一瞬で金持ちになれるじゃん)」
他にも、自在に雨を降らせたり、好きに酒を作ったり、一時的に身体能力を向上させたり、素敵な実りをもたらしてくれるものがある。
「(こんなだったんだ……これは……)」
今になって、この歳になって、まくらは「自分もこんな“祈り”が欲しい」と思い始めた。
物音がした。前方の席に座っていた眼鏡のやつが立ち上がったのだ。時計を見ると、休み時間終了まであと1分と少しだった。ソイツが出ていけば、また図書館にはまくら独りとなる。だから、まくらはイヤホンと水色のポータブル音楽プレイヤーを取り出した。すちゃ、耳に突っ込む。
「(ボクも、推定テストセットを買うべきかな。……知りたい……ボクは、どんな“祈り”を持っているのだろう)」
てのひらから金の延べ棒を無限に生み出している様を思い浮かべながら、まくらはイヤホンのフォーンプラグをもてあそんだ。挿す。ぶつ、と謎の音を立て、接続が完了した。電源を入れると、聞きなじんだ音楽が流れ始める。
耳にセットしてから気づいた、イヤホンコードの股みたいに分かれている部分が絡まっているではないか。
「(こういうのは気になるタチなのだ……)」
耳から外して、手をがちゃがちゃする。……なんか引っかかっている。ぐい、と強引に引っ張ると、その拍子にプラグまで引っこ抜けてしまった。
「────ブルース・ドライブ・モンスター!!憂鬱な世界を踏みつぶして──くれないか──ずっと待ってる Oh yeah 何度も────」
大音量で、よりによって、サビ部分が、広くて静かな図書館に放出された。
「──まっ」
まずい!!しかも、眼鏡のソイツもまだすぐそこにいる!!恥ずかしい!!慌てて音楽プレイヤーを掴もうとすると、冷静さを失った手は隣の本とぶつかり、振動が伝播してむしろ音楽プレイヤーを机から落とした。からからから、床の上を転がる。
それを、ソイツは拾い上げた。
スイッチをスライドさせて電源を切る……なんてこともなく、音楽を流れっぱなしにして、ソイツはただ一言こう言った。
「ピロウズ?」
「…え?」
よく分からないままそっちを向くと、ソイツは音楽プレイヤーをこちらに差し出していた。この時まだ、まくらは「ピロウズ」が その曲 を生んだバンドの名だと知らなかったため、彼女の台詞が理解不可能だったのだ。ともかく、音楽プレイヤーを受け取る。
「あ、ありがとう……」
ソイツは軽く首を横に一回、振った。きっと「ううん感謝される程の事でもないよ」という意味。それを伝え終えると、ソイツは次の授業に急ぐためか、さっと向こうを向いて、再び歩き出そうとした。休み時間終了まで1分を切っている。
音楽を切ると、図書館の驚くほど静かなことを再確認できた。彼女が今にもここから去ってしまう。そしてそれを留めるべきではない。理解していたはずなのに、まくらは思わず口を開いた。
「ま……待って!」
びたっ。立ち止まった。こっちを振り返る。なぜ彼女を引き留めたのか、まくらも分からなかった。
「あっ、その、」
「……」
彼女はすぐにでも教室に帰って授業の準備をするべきだ。ここに留めるべきではない。まくらは、脳の中からすぐ近くにあった言葉を拾って、とりあえずそれを言ってみた。残りはほとんど勢いだ。
「“祈り”!……あっ、えと……今度、その、よければ……“祈り”について教えて、…ほしい…です」
生成された文章にまくらは自分でもびっくりした。それを、眼鏡の彼女は、どんな感情なのか分からない表情で、受け止めていた。そしてこう言った。
「…分かった。今度、きっと。今はもう行かなきゃ」
「えっ や、やった」
出口に向かって歩きながら、彼女は続けてこう言った。
「私は、史絵って言います。あなたは?」
一瞬だけぽかんとした後、ボクは口を開いた。
「っ まくら!ボクは、まくらって言います!」
風に乗って、彼女の……史絵の声で「了解」か「よろしく」みたいな言葉が聞こえたけれど、よくは聞き取れなかった。もう彼女はそこにいなかった。教室に向かって駆けていったのだ。
「(ああ、そろそろチャイムが鳴って次の授業が始まってしまう。そんな際々の刻に引き留めてしまった……申し訳ないことをした)」
と、まくらは思った。
少しぼーっとした後、まくらは、史絵に拾ってもらった音楽プレイヤーに、今度はしっかりとイヤホンを接続した。さらにその数秒後、休み時間終了を告げるチャイムが鳴った。史絵は教室に間に合っただろうか。
電源を再度オンにすると、聞きなじんだ音楽が耳にダイレクトに流れた。それを聞いて、ふと、まくらは首をかしげた。
「……ピロウズ……?」
って、何だったんだろう。




