2話 【頂点】 カイオス・スノード
眠い・・・
「――そろそろ時間か ほんとはもっと見て回りたかったけど……」
ユノは防具店の時計を見て、ステータスプレートの再印刷が終わるころだと思い、ギルドに戻る。
魅力的な装備ばかりだったので結局、何を買うか決めきれずに手ぶらで戻ってきた。
誰か先輩の冒険者に尋ねて、僕に合った装備を相談しよう……
などと考える。
「……あ!ユノさん!」
ロビーに到着すると、ユノに気づいたリーゼがパタパタとこちらに駆けてきた。
「どうしたんですか? そんなに慌てて……」
リーゼは、いったん呼吸を整えると出来上がったステータスプレートをユノに渡す。
Dランクスキルとはいえ固有スキルだ。
■で隠されているであろう『能力』効果に淡い期待を抱きながらユノは渡されたものを確認する。
「あれ? ■の表記変わっていませんよ?」
おかしいな、確かに再印刷してくれたんだけど……。
当然の疑問にリーゼは答える。
壊れた家電を修理しますと言って壊れたまま返すなんて事はあってはいけないのだ。
「――そのことなんですけど…… どうやら印刷ミスでは無いようなんです……」
つまり…… どういうことだ……?
ユノはいろいろな可能性を考える。
「まさか…… 焦げていた、とかですか?」
「真剣な顔で何言ってるんですか……」
ぼけているのか本気で言っているのかわからないユノにリーゼは思わず突っ込んでしまう。
「――今さっき言いましたが、こちらの不手際では無いんです」
額に手を当てながら呆れたような声でリーゼは説明を続ける。
ステータスプレートの作成に何度もミスは起こらない、つまりそれが示すことは1つだ。
「■はユノさん自身の能力、ということです」
前例が無いのでその力が『能力』そのものなのか、それに付随する力なのかは分からない。
とリーゼは言う。
「前例が無い……?」
ユノはこの言葉にピクリと反応する。
以前も言ったがユノは健全な男子だ。
“前代未聞”や”前例が無い”などの単語に男心をくすぐられずにはいられない。
僕の中で、一度は諦めた『伝説』達への憧れに微かに希望の炎が灯るを感じた。
もしかしたら、僕も彼らの末席として加えてもらえるのではないか、と。
「……ユノさーん?」
「……ユノさん!!」
「…………はっ!?」
妄想の世界へトリップしてしまっでいたユノは、リーゼの声で現実へと強制送還される。
「いいですか? 続けますよ?」
「……お願いします!」
呆れを通り越して真顔で淡々と説明をする彼女にユノは得も言われぬ恐怖を覚え、背筋を伸ばす。
もうトリップするのはやめよう……。
「今回の件は、まだ公にはできません…… そのため一度、『上』に相談させていただきました」
「その結果、ユノさんには兄さ…… こほん。 団長から直々に話がしたいとのことです」
リーゼは咳払いを1つして、ギルド上層部からの指示を伝える。
ん? ちょっと待てよ大陸最大のダンジョン都市『リヴェリア』ギルドの団長といえば……
――【最強】”カイオス・スノード”
「えええええええええええええええええええ!?!?!?」
「ちょ!? いきなり大声を出さないでください!」
突然叫び出したユノに、真顔を貫いていたリーゼも驚きを隠せない。
え? もしかして『あの』”カイオス・スノード!?
世界に3人しかいないと言われている『Lank SS』の!?
そんなお方に呼び出されて何をされちゃうの!?
きゃあああああああああああ!!!!
言い忘れていたがユノは冒険者オタクである。
『英雄』に憧れていた少年にとって、有名な冒険者辞典を履修するのは当然であった。
それに【頂点】ともなれば誰もが認める最強の男なのだから、これがユノでなくとも驚くに決まっている。
「静かにしてください!」
リーゼの手にしていた電子ボードで頭を小突かれ、ユノは再び現実に引き戻される。
痛い。
さっきトリップしないと誓ったはずだろう……僕
どうやら魂の叫びが漏れてしまっていたらしい。
ロビーにいる冒険者達がこちらを見つめていた。
「父さんにもぶたれたことないのに……」
とブラックジョークが飛び出してしまう始末である。
***
団長室の扉の前でユノは深呼吸をする。
「スーハー スーハー」
声が振るえないように息を整え、いざ出陣。
アイドルの握手会に行く人はいつもこんな気持ちなのかななどと考え、軽くドアを3回ノックした。
「……失礼します!!」
息が詰まる。しかし何とか声を絞り出しユノはドアを開けた。
するとそこには金髪碧眼、容姿端麗、完璧超人と言わんばかりのイケメンが、高級そうなソファーに腰掛けている。
背は180cm程だろうか。彼は入室したユノを見るなり、
「君がユノくんだね? さ、座って座って」
と気さくに話しかけてきた。
「妹から話は聞いてると思うけど、私はカイオス。 よろしくね」
「ゆ、ユノ・ルイスです!! よろしくお願いしますしまひゅ!」
噛んでしまった。めちゃくちゃ恥ずかしい。
そんなユノを見てカイオスはクスクス笑う。
ユノは彼と対面するようにソファーに腰掛ける。
背筋はピンと伸ばし、背もたれが意味を成していない。
それよりも、
「妹……?」
ユノはその単語に引っかかりを覚え彼に尋ねる。
僕の知る限り、金髪の知り合いは今まで居なかったはずだ。
「そう、私はリーゼの兄だよ。 髪の色は父からの遺伝でね」
言われてみればカイオスのファミリーネームは”スノード”だ。
彼の年齢は27歳。リーゼとかなり離れているものの、目の色も彼女同じ透き通った碧色で顔のパーツも似ている。
ユノがカイオスの髪に目線を向けていたから、そこの補足説明までしてくれた。
流石だ。
カイオスの妹ともなれば隠したくなる気持ちはユノも理解出来る。
近寄ってくる男は後を絶たないだろうし、誘拐などの可能性もあるからだ。
最も、【頂点】を敵に回す覚悟があればの話だが……
納得するユノを見て、カイオスは本題を切り出す。
「今日、君を呼んだのは、君の『能力』にある◼️について話す為だ」
緊張しなくていいよ、と言い、カイオスは続ける。
「私の『鑑定能力』の方でもユノ君の『ステータスプレート』を診させて貰ったんだけど、どうにも分からなくてね」
「私の『鑑定』では隠蔽されたSランク以上の『スキル』や『能力』を見ることが出来ない。つまり君の◼️はそれに相当する可能性がある。ということだ」
「今回、呼び出させて貰ったのは、Aランク以上と判定された人には毎回こうやって私から声をかけさせて貰っている。というワケだ。」
今後のためにね……と意味深げな発言も残す。
頭の処理が追いつかないユノはカイオスに助けを求めるため彼に尋ねる。
「あの…… 『カイ様』、僕はこれからどうすればいいんでしょうか……?」
するとカイオスは一瞬驚いたように目を丸くして、気恥しそうに笑う。
「君にはこれから『教育係』を付けさせてもらうよ。気になる事は何でも『彼女』に聞くといい」
それと……
「申し訳ないけど『カイ様』はやめてくれないかな…… あまり呼ばれ慣れないものでね……」
結局、僕は『カイオスさん』と呼ぶことにした。
様を付けないなんて恐れ多いが、本人からの申し立てなら仕方がない。
そろそろ来る頃じゃないかなとカイオスは言い、時計を見る。
同時に、ドアがノックされ1人の女性が入ってきた。
「失礼します『カイオス先生』」
そう一言いい、ユノの隣に座る。
美しい女性だ。
艶やかな紫色の髪をポニーテールに束ね、スラリと伸びた長い脚にスーツを押し上げる豊満な双丘は、言葉にせずとも彼女のスタイルの良さを証明する。
多少目付きが鋭いものの、妖艶さを醸し出す赤い瞳はまさに大人の女性と言った雰囲気だ。
リーゼを可憐なタイプな女性だとすると彼女はその反対と言ったところだろう。
「……ユウナ『先生』は要らないっていつも言ってるだろう」
「いえ、貴方は尊敬すべきワタシの恩人です。
ワタシの意思でそう呼ぶと決めているので」
先程のユノとのやり取りと重なったのか、カイオスは苦笑を浮かべる。
相違点を挙げるとするならば、ユウナは頑なに呼び方を変えないようだが。
カイオスはユウナを説得するのを諦めたのか、ユノに向き直って、彼女の紹介を始める。
「彼女が君の『教育係』になる『Lank A』の上級冒険者、【紫電】”ユウナ・シオン”だ」
「よろしく頼む」
ユウナはそう言って立ち上がると、ユノに一礼をする。
「こ、こちらこそ! よろしくお願いします!!」
ユノもまた、勢い良く立ち上がり深くお辞儀をした。
冒険者オタクのユノは、当然彼女を知っている。【紫電】と言えば、若干16歳にして『Lank A』に到達した鬼才。
20歳となった現在、『Lank S』の頂きに手をかけていると言われている、現役のトップクラス冒険者。
加えて、その美しい容姿から雑誌のモデル等もこなすスーパースターだ。
「君が、先生が言っていた、『Sランク以上の能力』を持つ可能性を秘めた子か……」
「い、いえ! 僕なんてまだ何も知らない弱虫です…… 」
ユウナにそう言われ、ユノは全力で謙遜をする。
実際の心内は、有名人2人から期待をされ大興奮なのだか調子に乗っていると思われたくないので必死にニヤけるのを抑える。
だが、現在ユノ自身が弱いのは事実だ、また誰かを守れないまま不甲斐なさを噛み締める時が来てしまうのではないかという不安が、瞳に陰りを灯す。
「と、言うわけで、私は他の仕事の約束もあるのでこの辺りで失礼させてもらうよ」
そんな事を考えていると、カイオスが話を切り上げる。
【最強】はやはり多忙なのだ。
カイオスが退出すると、部屋にはユノとユウナのみが取り残された。
きまずい。
何か共通の話題はないかとユノは頭をフル回転させる。
ふと、ユウナがカイオスのことを「先生」と呼んでいたことを思い出し、思い切って聞いてみる。
「ユウナさんはどうしてカイオスさんのことを「先生」と呼ぶんですか?」
「ーー聞きたいか?」
美しいくも鋭い眼光に見つめられ、ユノは一瞬たじろぐがカイオスファンとして聞かない訳にはいかないだろう。
「……はい!」
ユウナはそうか……と言うと「カイオスのことを先生」と呼ぶ経緯を話し始めた。
「あれはワタシが13の時だったか……」
一通り話を聞き終わって分かったことはユウナさんはカイオスのことが大好きだということ。
そして、知的な見た目と裏腹に、思っていたよりも気さくな人だったということだ。
ユウナの話に釣られて、ユノもカイオスの好きなところについて熱く語る
加えて、防具や冒険者について、気になっていたことも聞いていたらいつの間にか時刻は8時を回っていた……
こうして、また1人、ユウナの影響を受けてカイオスのことを「先生」と呼ぶ冒険者が誕生したのである。
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