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帝国元老院で議長をやっとるジジイですが、今日も町で「元老院って悪さしてそう」「腐敗して汚職とかやってそう」「議長は絶対黒幕」と陰口を叩かれます

 メーガス帝国元老院の議会場にて、議長を務めるウォーレン・グラントが告げる。


「それでは本日の議会はこれまでじゃ! 解散!」


 短めの白髪頭に長い白髭を蓄えたウォーレンは68歳のベテラン議長。立法機関である元老院で数々の採決をし、辣腕を振るってきた。法は人の行く末を決める。ゆえに“メーガスの道標”などと称されることもある。


「お疲れ様でした、議長」


「うむ、今日も有意義な議会を開けた」


 若き副議長アレックスに挨拶し、老いた身ながらもしゃんとした背筋で議会場を出る。

 立法を司る者に相応しい、威風堂々とした姿である。


 そんな彼であるが最近悩みがあった。


 自宅に向かって歩いていると市民たちが――


「あ、ウォーレン議長だ」


 ウォーレンを見るなり、なにやらヒソヒソと話を始める。


「元老院ってさー、なーんか悪い事やってそうだよな」

「腐敗して、賄賂や汚職とか日常茶飯事っぽい」

「そこいくとウォーレンさんなんていかにも“黒幕”って感じだよな」


 はっきりいって全部聞こえている。

 歩きながら「陰口は聞こえないようにやれ」と言いたくなるウォーレン。


 そして「なんでワシや元老院がこんな言われ方をしなければならんのだ!」と憤るのだった。



***



 ウォーレンは帝都中心部から少し離れた場所に居を構える。

 三つ年下の妻がおり、一男一女をもうけたが、子供は二人とも独立しており現在は二人暮らし。

 自宅に戻るとすぐさま、ウォーレンは妻であるヘラに不満をぶちまけた。


「どういうことじゃ!?」


「どうしたんですか、あなた」


「聞いてくれ。町の連中ったらひどいんじゃ。元老院は悪いことしてそうだの、ワシは黒幕だの、好き放題いいおって!」


「あらま」


「いっとくがワシは25歳の時元老院議員になって以来、不正だの汚職だのは一切したことがないぞ! そりゃあちょっと菓子折りをもらったことぐらいはあるけど……お返しに便宜を図ったりはせんしな! 清廉潔白なんだ! クリーンなジジイなんじゃよ! 黒幕というよりは“白幕”なんじゃよぉぉぉぉぉ!!!」


「まあまあ、いいじゃありませんか」


「よくない! まったく……なぜこんな風潮が広まってしまったんじゃ……」


 ウォーレンがため息をつくと、ヘラがなだめるように言う。


「一つは、『元老院』っていう言葉の響きのせいじゃないでしょうか。どことなく悪役っぽいというか」


「悪役っぽい……そうかのう?」


 首を傾げるウォーレン。


「例えば“元”という字はどことなく“元凶”という言葉を思わせますでしょう?」


「うむむ……」


「それに、“老”という字は“老害”を思わせますし」


「老害て」


「“院”という文字はなんとなく悪いイメージがありますわ」


「そんなことないじゃろ! 絶対ないって!」


「とにかく“元凶である悪い老人たちが引きこもって悪さしているような議院”という響きが生まれてしまってるんじゃないでしょうか」


「うーむ、納得できるようなできないような。そもそも元老院って若い奴もおるしな。アレックスなどまだ30代じゃぞ」


 納得いかない様子の夫に、ヘラは一冊の本を差し出す。


「それに最近はこんな小説も出ていて」


「小説?」


「『セーバイセイバー』という作品なのですけど」


「ほう……どんな小説なのだ?」


「正義の剣士が、腐敗した元老院を成敗するというお話なんです」


「ピンポイントすぎるじゃろ!」


「これがもう面白くて!」


「読んどるんかい! 仮にも元老院議長の妻がこんなもん読むな!」


「しかもベストセラーになってますのよ」


「元老院のイメージ悪化、絶対これが原因じゃん!」


 元老院が悪役な小説が大ヒットしてると知り、顔を真っ赤にするウォーレン。


「あなたも読みます?」


「……読む」


 読書は好きなので断れないウォーレン。


 結局ウォーレンは『セーバイセイバー』にすっかりハマってしまうのだった。


「くそっ、元老院め! なんという腐れた悪党どもよ! こんな奴らはブッ潰さねば!」


「あなた、本は黙って読んでくださいな」


 この日、ウォーレンは深夜まで本を読み続けてしまった。



***



 翌日の議会で、眠気をこらえながらウォーレンはこんな提案をする。


「諸君、このところ元老院に悪いイメージがついてしまっとるのは知っておるか」


 議員たちにも自覚はあるようで、


「おっしゃる通りです」

「なんでも元老院が悪役の小説が流行っているとか……」

「ただちに出版停止にしましょう!」


 彼らの提案にウォーレンは首を振る。


「それはならん」


「なぜですか!」


「元老院を悪く書かれたからといってその書物を弾圧してしまっては、それこそ“悪”ではないか」


 この言葉に押し黙る議員たち。アレックスは感銘したようにうなずく。妻に勧められ自分自身も『セーバイセイバー』にハマっているから……というのはこの際言わないでおいた。


「しかし、このままにはしておけぬ。そこでワシは元老院の“イメージアップ運動”をしたいと思う」


「どのような運動を?」とアレックスが問う。


「町のゴミ拾いじゃ!」



***



 こうしてウォーレンの思い付きでゴミ拾い活動を行うことになった元老院の面々。


「ほいっ、ほいっ、ほいっ!」


 ウォーレンはトング片手に老体とは思えぬスピードでゴミを拾っていく。

 紙くずを、空き瓶を、食べかすを、次々に籠に収めていく。


 ウォーレンは心の中でドヤ顔を浮かべる。どうじゃ、市民たちよ。ワシは今ゴミを拾っておるぞ。これで元老院のイメージアップ間違いなしじゃ、ぐふふふふ。

 ところが――


「ウォーレン議長がゴミを拾ってるぞ」

「きっと何か企んでるに違いない」

「ウォーレンさんのことだから、ゴミを使って恐ろしい兵器を……」


 全くイメージアップになっていなかった。

 ゴミを材料に兵器開発を行う疑いまでかけられている。こんなことになってとても平気ではいられないウォーレンは、すぐさま活動を変える。

 彼の臨機応変さは国政を幾度も救ったが、こんな時にも発揮された。


「ええい、ゴミ拾いはダメじゃ! 子供に優しくするんじゃ!」


 ウォーレンはその辺を歩いていた少年に、にこやかに声をかける。


「そこの君」


「ひっ!?」


「なにか悩みがあったら、おじいちゃんに相談してみなさ……」


「うわぁぁぁぁぁん!」


 泣かれてしまった。

 ウォーレンは長年の元老院生活で、非常に威厳のある顔つきとなっており、そんなド迫力の老人が突然笑顔で近づいてきたら大人でも怖がるだろう。


「坊や、こっちにおいで。おいしいお菓子をあげるからね」


「うん……」


 幸い、近くにいたアレックスのおかげで子供を泣き止ませることができた。

 若さには勝てんわい……としみじみ思うウォーレン。


 しかし、まだイメージアップ運動を諦めきれない。諦める訳にはいかない。


「こうなったらダンスじゃ!」


 ウォーレンは町の公園にあるステージに立ち、踊り始めた。


「元老院! 元老院! 元老院は楽しいな~!」


 ダンスに加え歌も披露する。なお、歌詞は即興である。彼は今68歳にして、シンガーソングダンサーになったのだ。


「ワシは元老! 今日も勤労! 重なる心労! 求める敬老! たまには放浪! 見かける梟! みんなで踊ろう!」


 若い頃はよくこうやって踊ったものじゃ……脳内麻薬が作用しているのか、ウォーレンのダンスはますます加速する。


 ――が、それは突然起こった。


「はうっ!?」


 腰のあたりから異音が響いた。

 高齢での無理が祟り、ウォーレンはその場に倒れてしまう。


「うぐぐ……ま、まだじゃ……まだ……ワシはまだ、踊れ……」


 そのまま気を失ってしまった。



***



 数時間後、ウォーレンは自宅にいた。

 幸い体に異常はなく、急に激しい運動をしたことで倒れてしまったとのことだった。

 イメージアップどころか体がギブアップしてしまい、落ち込むウォーレン。


「ワシがこのざまじゃ、ますます元老院には悪いイメージがついてしまう……」


 すると、ヘラは――


「いいじゃないですか、イメージが悪くたって」


「うう……しかし……」


「元老院の悪口を、よりにもよって議長の前で言えるなんて、その国に自由がある証拠じゃありませんか」


 ヘラのこの言葉にウォーレンはハッとする。


「ある国では議員や貴族の悪口を言っただけで逮捕されたり、処刑されたりするそうです。そんな国よりは、私はこのメーガス帝国の方が好きですわ」


 外交経験があるウォーレンももちろんそういう国を知っている。訪れたこともある。人々が常に何かに怯えるような顔をしていたのを覚えている。


「いいじゃありませんか、悪く言われたって。たとえどんなに悪いイメージがついていようと、妻である私はあなたのことを愛しているし、どこまでもついていきます。あなたの味方が私だけでは不満でしょうか?」


「いや、そんなことは……」


 ウォーレンとて妻を愛している。というかベタベタである。妻のためなら、帝国を、世界中を敵に回しても惜しくはない。


「そうじゃな……その通りじゃ」


 ウォーレンは体を起こすと、にっこりと笑った。


「ワシの悪口を皆が気軽に言える国、なんと素晴らしいことではないか。それに、ワシにはお前という妻がおる。立派に成長した子供達もおる。それで満足すべきじゃった」


「まあ、あなたったら……」


 年甲斐もなく赤面してしまう二人であった。



***



 すっかり回復したウォーレンは町を散歩する。

 人々から元老院の悪口を聞きたかった。

 この国にはそんな自由があるということを堪能したかった。

 さっそく大勢の市民がウォーレンの前に集まってくる。自分や元老院の悪口を言ってくれるのかと期待するウォーレン。


 ところが――


「すみませんでした!」

「申し訳ありません!」

「ウォーレン議長、どうかお許しを!」


 次々に土下座を始める市民たち。


「え? え? なに? なんなの?」


 戸惑うウォーレン。

 大勢を代表して、一人の中年男が説明する。


「面白がって、ウォーレン議長や元老院を悪く言ってしまい、申し訳ありませんでした!」


「あの……どういうことなんじゃ?」


「実は――」


 彼らが言うには、市民たちは本心からウォーレンや元老院を悪く言っていたわけではなかった。それどころか、本当はウォーレンを慕い、感謝していた。市民たちとて長年のウォーレンの功績を知らないはずはないのである。

 ではなぜ、悪口を言っていたのかというと、主な原因はやはり小説『セーバイセイバー』であった。この小説で元老院は悪そうというイメージが生まれ、さらにはウォーレン自身がやたら威厳ある風貌をしていることも手伝い、皆が面白がって「ウォーレン議長は悪人で黒幕っぽい」という風潮を作り上げてしまったのだ。

 最初はお遊びだったのがどんどん盛り上がり、いつしかウォーレン本人の耳にも入るぐらい広まってしまった。


「我々市民はウォーレン議長に感謝しているのに……申し訳ありません!」


 悪口を言われたかったのに謝罪され、困惑するウォーレン。


「いや、ワシは別にそこまで……」


 さらに、副議長のアレックスもやってきた。


「おお、アレックス」


「議長、申し訳ありません!」頭を下げるアレックス。


「どうしたんじゃ、おぬしまで」


「『セーバイセイバー』を執筆したの……実は私なのです!」


「えええええ!?」


 いきなりの告白に驚くウォーレン。


「威厳のありすぎる議長のお姿を見ていたら、みるみる執筆意欲が湧いて……元老院を悪役に据えた小説を書いてしまいました! この度はただちに執筆をやめ、印税は全て議長のものに……」


「いや、いいよ! ワシも続きを楽しみにしとるし、金には困っとらんから!」


「ああっ、なんという寛大さ……!」


 普段は有能な右腕であるアレックスが泣き出し、ウォーレンはどうしていいか分からなくなる。


 しかも、ウォーレンを驚かせる事態はまだ続く。


「ウォーレンよ、久しいな」


 ウォーレン以上に威厳のある風貌の老人が現れた。銀色に近い長い白髪にウォーレン以上のボリュームの髭を蓄えたその老人は――


「こ、皇帝陛下……!?」


 目を丸くするウォーレン。

 メーガス帝国皇帝クレイドス17世その人であった。


「なぜ、このようなところに……!?」


「うむ、おぬしが自分の悪評に悩んでおると聞いてな」


 悩める自分のために国のトップがわざわざ足を運んでくれるとは。ウォーレンは感激する。

 しかし――


「実はその悪評の原因、余かもしれぬ」


「え」


 皇帝の口から思わぬ言葉が飛び出してきた。


「余が小説『セーバイセイバー』を読んだ後、ふとおぬしを思い出してな。臣下にこう言いふらしてしまったのだ」


「なんとおっしゃったのです?」嫌な予感を覚えつつ聞き返すウォーレン。


「『ウォーレンってこの小説に出てくる元老院みたく実はメチャクチャ腹黒かったりしてな』って……」


「えええええ!?」


「そうしたら、家臣の間でもおぬしは実は邪悪みたいなネタがブームになって、どんどん広まって、ついには庶民の間にまで……」


 ようやく一連の騒動の流れが判明した。

 まず、元老院副議長アレックスが「ウォーレン議長は見た目だけは悪役っぽいよな」というノリで元老院を悪役にした小説を書く。それを読んだ皇帝が「ウォーレンも実は悪いことしてそう」と冗談を言う。その冗談が家臣や庶民の間にも広まる。「ウォーレン及び元老院は実は邪悪」という風潮が、おふざけでどんどん盛り上がる。

 ほんの小さな火種が、誰も気づかぬうちに大火災になってしまったような現象であった。


「すまなかった……!」


 皇帝に頭を下げられ、ウォーレンもますます困惑する。


「余はこの責任を取って皇帝を辞し、是非おぬしに皇帝になってもらいたい!」


「なるわけないでしょうが!」


 ウォーレンは固辞する。

 危うく皇帝になってしまうところだった。


 ウォーレンは集まった大勢を見回し、


「ワシは全然気にしてないので! 謝罪とかもいらないので! 皆、今まで通り生活するように!」


 この言葉に対し、皇帝含めた全員が「はいっ!」と返事した。


 それに――と続ける。


「元老院など悪く言われるぐらいでちょうどいいんじゃ。その方がワシら議員も身が引き締まるというもの。これからも、ワシらが腐敗せんよう、しっかり見守っていてくれよ!」


 ウォーレンは拳を高々と掲げ、宣言する。


「これからも悪党の巣窟“元老院”をよろしくぅ!!!」


 町の中心で大衆から歓声を浴びる夫の姿を、妻のヘラは微笑みながら見つめていた。



***



 騒動からしばらく経ち、今日もウォーレンは議会に出向く。


 町を歩いていると、市民たちに声をかけられる。


「ウォーレン議長、おはよう! 今日も汚職してるかい!」


「うむ、バッチリじゃよ! 朝のお食事もしてきた!」


 洒落を交えつつ、笑顔で返すウォーレン。


 さらに、この間泣かせた少年からもお菓子をプレゼントされる。


「はい、おじいちゃん、賄賂!」


「ありがとうよ。便宜を図ってやるかのう」


 ウォーレンは頭を優しく撫でてやる。少年はたちまち笑顔になった。


 人々から「悪人」「黒幕」と親しまれるウォーレンは、メーガス帝国の宝であり誇りである。


「そういえば今日は『セーバイセイバー』の新刊が出る日じゃったのう。ついに主人公が悪の議長と本格的に対決するんじゃ。帰りに本屋へ寄って買っていかねば……」






おわり

お読み下さりありがとうございました。

何かありましたら感想等頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おじいちゃんが周りに愛されているのがただただ分かる話だった。尊い。おじいちゃん好き。
[良い点] 奥さんのおかげで、略称である元老院の正式名称が分かったことw [一言] 皇帝が議長への謝罪のために町まで出てきてくれたり、民衆が自由に意見を言えたり、みんな自分が原因かもと思ったらしっかり…
[良い点] 凄くポカポカさせられる内容で読んでて嬉しくなります。 [一言] 某宗教の教皇様みたいに、見た目や印象で悪そう認定されてしまう方もいますからね。 言論の自由が許される帝国と身分差を感じさせな…
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