52.ダーク・オブ・エンドレス
EXスキル:【限点回帰】
時は逆行する。
「……はっ⁉」
ドジェイルは帰還した。
「ハア……ハア……?」
少しを辺りを見渡して、放心状態。
そして、
「ッ⁉ うっ……うぅ……う……」
未来で何かあったのだろうか。
その猫背の身体はブルブルと震え、微量なうめき声をあげ泣いている。
「──おおっ、やっぱりここに戻って来るのか」
そんな彼の他に、もう一人。
レイジだ。
いつにもまして調子の良さそうなレイジがいた。
この路地裏は、2人が例の異空間から脱出した時に出た、路地裏である。
どうやら現在の【限点回帰】のリスタートポイントは、ここに設定されているようだ。
「ハア……ハア……うっ……うぐっ」
両脇腹に負った傷がうずく。
だがそんなことは、今のドジェイルは気にならないご様子。
むしろ何か別の痛みに苦しんでいるように見える。
「よお、ドジェイル」
そんな彼に、レイジはゆっくりと近づき、
「それで、なんでお前泣いてるんだ?」
肩をポン。
まるで親友みたいに声をかけてきた。
「お前たしか女との経験がない○○なんだろ? だったらまずはああやってレベルの低いヤツからだな。そう、経験値を積んで徐々に……」
レイジが得意げに何か言っている。
彼自身も、異性との経験数はたかが知れてるクセに、勝手に語り出している。
「いや、だってお前、自分から行かないだろ? だから俺が特別に機会を与えてやったんだよ。それなのにお前ときたら……はあ」
やれやれ。
といった感じに白々しさ満載のため息を吐く。
やれやれ。
「う……うぅ……」
一方、ドジェイルはヒクヒクと泣いている。
レイジのクソの役にも立たないアドバイスなど一切耳に入っていない。
自身の負った悲しみを、周囲に散らすので精一杯だった。
他人事かもしれない。
でも彼の立場になってよく考えてみて欲しい。
だが、仮にそれを想像できたとしても、体験してしまったモノはもうどうしようもない。
黒歴史によろしく──
「──あん? そう言えばお前、なんで泣いているんだ?」
ここでふと、レイジに疑問が生まれた。
何か違和感がある。
というのが、今のドジェイルの精神状態は、本来レイジが想定していた姿ではない。
「うーむ……」
少しだけ考えるポーズをすると、
「……まさかお前、自分で舌をかみ切ったのか?」
すぐに結論を出した。
ママとその愉快な仲間たちに襲われる。
と、その前に舌を嚙み切って離脱したか。
意外にも度胸があると思うかもしれないが、それは見当違いも甚だしい。
なぜならあの場では逃げに値する。
もっとも臆病でガッカリな行為だからだ。
「ああ。じゃなければ、お前は今頃……」
快楽の奴隷。
ドジェイルはそれから逃げ切った。
そうだ、掘られなかったのだ。
いや、今回の場合はむしろ壊れてしまった方が楽だったかもしれない。
快楽に身をゆだね、全ての苦しみから解放される。
それは本来、生を受けた者としてとても幸福な──
「──チッ、シラけてくるな」
レイジは不機嫌丸出しに舌打ちした。
自分と同じく大量の○○たちから、奇跡の生還を果たした仲間のはずなのに。
「よし。お前がそうするって言うなら、俺にだって策がある」
と言って、レイジはどこからか黄ばんだ布を取り出した。
「コイツで自決できないようにしてやるよ」
今度はさるぐつわをお口にはめて、舌を嚙み切れないようにする。
「へっ……?」
ドジェイルの顔色がサーッと引いていく。
レイジはさらに告げた。
これからドジェイルにさるぐつわをはめて、再びあの場所に放り込む。
仮に逃げのびたとしても関係ない。
回帰するたびに何度でも放り込む。
「それこそお前が正真正銘のホープになるまでだ。ああ、何度だって繰り返してやる」
「や、やめ……」
「大丈夫だ。ママいわく痛いのは最初だけ、すぐに世界が変わるそうだ」
どっぷりと快楽の虜にしてあげる、らしい。
ママが汚いドブ色のウィンクを投げてくる。
それを聞いて、ドジェイルの表情が崩壊していく。
「いやだぁ……いやなんですぅ……」
声が震える。鼻水が止まらない。
それは彼にとっての、これ以上ない絶望。
アレが永遠に……。
一回目、それもまだヤられてなくてこれだ。
そんなの絶対に耐えれない。
完全に折れ切っていた。
「ど、どうか、それだけは……」
「いや、ダメだな。コイツはもう決定事項、今さら変えるつもりはない」
「そ、そん、な……もう私の負けでいいです……レイジさんには、レイジさんには二度と──」
「──しつこいぞ。悪いがもうこうするしかないんだ、諦めてくれ」
相手の悲痛な懇願を、レイジはあっさりと突き放した。
諦めてくれ、その言葉がドジェイルの心の中で不安げに響く。
「うわぁ……ああ……あああ!」
精神が深い奈落へと落ちていく。
思考がグチャグチャに溶け合っていく。
やがて、ドジェイルは、
「……イヤだ」
ド、ドジェイルは、
「ドジェイル、行かない」
退行した。
「イヤだ……絶対動かない……ドジェイルは、ドジェイルは……」
うなだれたまま地面に座りながら、何かブツブツと言っている。
その姿はまるで駄々をこねまくる子供の最終奥義。
想像できないくらい惨めな大人の姿である。
「イヤ……もうイヤだ……」
──これまでにも似たようなことはあった。
前回は、自分の存在を忘れることで、耐え難い現実から逃避し、自身を守るというモノだ。
人間に備わる自己防衛機能。
それがしっかりと機能していた証拠であった。
今回もそうだろう。
ちゃんと機能している。
負荷のかかった精神が一時的にプロテクトされている。
それが退行という形で、彼の外側に多大な影響を与えていた。
「あーあ、泣きやがったか。可哀そうに」
冒頭から泣いていたが、今回のは涙の質が違う。
なのでレイジは素直に同情する。
「コロぴて……誰かコロぴて……お願い」
「はあ、俺だって本当は殺してやりたいんだ。でもよ、お前……」
と言って、スッ
短剣に光を纏わせ、ドジェイルの喉元に軽く当てた
──ダクリ、時逆行
「ほらっ、見ての通り全く殺せないだろ?」
わざわざご丁寧に実演してみせた。
今のドジェイルは、ダメージの一切ない術、衝撃が触れただけで絶命するほどに弱っていた。
「……ッ⁉ あっ、こ、ここは一体⁉」
死んだことで退行状態が解除されたようだ。
今度はアワアワと辺りを見渡している。
「……あっ」
しかし、しばらくするとまた様子が……。
この男の精神が極限まで弱ると一体どうなるか。
「ああ……ああ……あああ⁉」
そうだ、そろそろアレが……。
異常は発生した。
──全校集会中に、脱糞。
頑張ったけど結局臭いでバレてしまう。
硬い床でずっと体操座りをさせられ、教員たちのクソ長い演説を強制的に聞かされる。
あんなの、教育制度が生み出した欠陥システムだ。
「ああっ⁉ ああああああ!!!」
アレはたしか部活動の時だったか、それとも文化祭なるモノの時だったか。
色々あって上級生の教室に入る機会があった。
そこであろうことか、上級生の机に飛び乗り、室内を飛び回った。
馬鹿、馬鹿すぎる。
当時はそういうのがカッコいいと本気で思っていた。
あまりにも、馬鹿。いや、本当に。
上級生にバレなかったのが唯一の救い。
叱ってくれた、ただそれだけ。
あの優しい先輩には今でも感謝している。
「あいやあああああ! やめてえええええ!!!」
両親から卒業祝いで貰ったお金で、いざ鎌倉、夜のお店へ。
そこで出てきた嬢は、なんと超弩級のデブ。
最初に見せられたセレクト写真とあまりにも違いすぎる。
高い金を失って残ったのは、後悔と、そして両親への──
「──うわああああああ! ごべえんなざああああああい!!!」
ああああああああああ!!!
記憶が勝手に氾濫、暴走が止まらない。
全然言うことを聞いてくれない。
黒い、あまりにも、ただ純粋に。
ドジェイルはその場でめちゃくちゃ悶絶している。
こういう時、『過去に戻って自分を殴りたい』と言う輩が少なからず出てくるだろう。
だが、殴ったところでどうなる。
何も変わりはしない。
自分がやった行いが消えるワケじゃない。
それこそ無責任で恥ずべき者の思考。
本当に殴られるべきは、常に、今の自分自身だ。
「あああああああ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいい!!!」
これは消えたくなる。
自分が誰であるのか、叶えたい夢、幸福とは何ぞか、そんなことは全てどうでもいい。
こんな自分が幸せなど、絶対に掴んではならない。
真っ当な人生など送ってはならない。
本来、こうやって息をすることすらおこがましい。
とにかく自分という穢れた存在を、この世からチリ一つ残さず抹消したい。
そんな思いで必死に嘆き苦しんでいた。
「今度は何やってんだ?」
一方、なんだコイツ?
レイジはクエスチョンを浮かべる。
この状態のドジェイルを見るのは初めてなので、素直に疑問に思っている。
「うーむ……」
よって、記憶の断片から探ろうとした。
が、
──ガラガラガラ
もう遅い、例のお迎えの音。
パシッ! ヒヒイイイインッ!
突然、二匹の暴れ馬が狭い路地に出現。
今回はダイヤ宝飾を装備に纏い、その身をギラギラと誇張させる。
気合の入り具合がこれまでとは段違い。
まさに最終決戦に相応しい。
しかし、
「──あー、なるほど。そういうことか」
ガラッ、ガラガラガラ……。
引き返した、引き返した。
「はあ……しょうがないな。ったく」
レイジは呆れたといった感じに頭を触る。
何か言うことを決めたのか、そのままため息交じりで口を開く。
「黒歴史……か、もちろん俺にだってあるさ。俺やお前だけじゃない、みんな心に中に1つや2つは抱えてるってもんだよ」
日常的に歯の浮くようなセリフを連発するレイジでも、恥ずかしいと思う精神はまだ持ち合わせているようだ。
あのどうしようもない気持ちは本当にどうしようもない。
ちゃんと理解できる。
むしろ、現在進行形で……。
「まあ、黒歴史なんてモノは本来、克服するモノでもないし、ましてや乗り越えるモノでもないからな」
だから共存していくしかない。
ふとした夜に悶えるしかない。
「それを変えようとする、挙句の果てに無かったことにするなんて到底不可能な話だ」
「ああ……ああ……あ……」
「そんなことわざわざ言われなくたって、お前が一番分かってるだろ」
「ああああああああ!!!」
ドジェイルはこれまでスキルで何度も抹消してきた。
でも、無理だった。
過去を変えても何一つ消えなかった。
楽しいことで人生を上塗りしようとも、素晴らしい行いをして善意に浸ろうとも、記憶の奥底にずっとこべりついたまま。
結局は、毎晩お布団の中でクルクルだった。
「殺して……もう殺して……」
もう耐えられない。
剥き出した心を覆う壁は全て撤去された。
今まで目をそらしていたこと、認めようとはしなかったこと。
それをハッキリと進言されドジェイルは、叶うことのない死をただ懇願することしかできない。
そんな哀れな男の末路。
レイジは興味深く自分の顎に手をやった。
「死にたくても死ねない能力、か。お前にとっては最悪のスキルだな。神様ってのは残酷だよ」
EXスキル:【限点回帰】
少なくとも、こんな強靭なメンタルは期待できない、いつまでも自身の過去を引きずる情けない男に、簡単に与えていい能力ではない。
「この世界に本当に神がいたとして、みんなに能力を授けたとしたのなら、おそらくソイツはただ面白がっているだけだ」
ほんの暇つぶしにしか思っていないのだろう。
でなければお世辞にも頭が悪すぎる。
今回のことでそれを良く理解できた。
「はあ……」
考えるとなんだかこっちまで気分が悪くなる。
なので、レイジは最後にこれだけは言っておく。
「いいか? 罪や過ちもそうだが、黒歴史ってヤツは量産した時点で手遅れだ。消えることはない、そいつの人生の中で一生背負って行かなくちゃならないんだ」
人間である以上、付属品としてついてくる。
「だから一生付き合っていくしかない。最後の最後まで苦しんで、ようやく死を迎えられるモノなんだ」
余生を詫びながら死んでいけ。
最後の終わりまで。
それが人生の正しいあり方だ。
「それが無理だって言うなら、受け入れられないって言うなら……」
時空の破片を、ポイッ
「一人で死んでろ!」
生きる資格はない、明日を歩む資格はない。
「……フッ」
レイジは背を向け、先を進み出した。
もう何も言うことがない。
彼の背中が全てを物語っていた。
──”時空の破片”、これは例の異空間から脱出した際に、EXレイジがこっそりクスねておいたモノ。
前述した通り、EXの力を超える唯一の物質だ。
これで負った傷は回帰しても消えることはない。
上手く使えば無敵のドジェイルでも、晴れて本当の意味での「死」を獲得できるだろう。
だからと言って、飛びつくのはまだ早い。
なにせ即興で用意したモノだ。
レイジの用意したそれは、破片とは言うにはほど遠い、尖りの足りない四角形を成している。
ゆえに殺傷能力はほとんど期待できない。
だが、まあ、その辺は、せいぜい頑張って──
「──あああああああああ!!!」
ドジェイルはすぐに破片の元まで這いずり、迷いなく握り込む。
そして、何度も喉の辺りにぶつけまくる。
「ああッ! ああッ! あああああ!!!」
全然刺さってくれない。
それでも腕の力を緩めることはない。
持てる力の全て出して同じ動作を繰り返す。
「ゴエッ⁉ オゴッ! オゴッ! オボエエエエエ!!!」
酷く咳き込む。
喉のつぶれる音がする。
目から赤く濁った涙、口からは大量の血が溢れくる
人生の未練だとか、恩人であるレイジに対する感謝だとか、そういった感情は一切ない。
早く楽になりたい。
この苦しみから解放されたい。
その一心でひたすら喉元に叩きつけていた。
「…………」
レイジは振り返らない。
歩みを止めた者に向ける目など、あいにく持ち合わせてはいない。
最後を見届けるつもりは微塵もない。
「あが……が……が……」
やがて、破片が完全に喉を貫いた。
そのまま動かない。
上の方を見ながらダラリと下がる両腕。
まるでこれから天に召されるかのような姿勢。
もう痛みはない。
地にいる感覚すらも分からない。
次第に薄れゆく意識の中、不思議と達成感に包まれていた。
『ああ、これこそ、これこそが……』
その言葉を思い浮かべたと同時に、再び時空の歪みが発生。
身体が渦状に吸い込まれていく。
ほんの僅かな時間。
そして、彼の存在は、
世界から、抹消された。
「…………」
何もない路地に一つの風が流れ込む。
この季節にしてはやけに生暖かく、そして湿気のこもる追い風。
前髪が揺れる中、レイジは、
スッ
路地を出た。
──街中を出歩くレイジ。
しばらく進んでいると、よく見知った人物を発見する。
「ん?」
それは何やら関心した様子で腕を組む女性。
辺りの街並みを眺めながら、一人目をキラキラさせている。
「あの尻は……おっ!」
彼女の元へ、
駆け寄った。




