51.決着
ここは何も変哲のない、一般的な薄暗い路地。
いつも通り不気味なほどに静まりかえっている。
──ニャ~ン
ネコもいる。
毛並みクチクチクチ、にゃんにゃにゃん、可愛い。
と、そこに、
ガリッ、ギャンッ!
突如、何もないところに雷のような亀裂が。
まるで高級鏡にひびが入ったかのような嫌な音が響く。
「ニャッ⁉」
ネコは飛び上がってしまう。
ビックリしてその場から一目散に逃げ出した。
亀裂は徐々に広がっていき、
やがて、
「ッ⁉」
突然、バリンッ!
2人の男が突き破ってきた。
どちらもほぼ同時にドサッ
肩から硬い地面に着地した。
「ハア……ハア……こ、ここは……?」
うちの一人、やや猫背気味の男が顔をあげた。
これはドジェイル。
先ほどまで超時空間で落下していた、吐血まみれの男である。
戻ってこられたのか。
助かったのか。
自身の酷い負傷など気にも留めない。
必死な様子で辺りをキョロキョロしている。
「…………」
一方、もう一人と言えば、
「……おっ?」
レイジは帰還した。
「どこだここは? っていうか俺は一体何を?」
自身の血に染まった両手を不思議そうに見ている。
「……うん?」
この謎に残る〇ヒュン感は、一体……。
「なんだよコレ……頭の中が、くっ」
ズキッ、レイジは頭を抑えた。
これは、身の覚えのない走馬灯?
違う、記憶の断片が脳内にいくつも散乱。
頭の中に様々な意識の残骸が混濁している。
しかし、これらを一つ一つ上手く繋ぎ合わせることが出来れば、簡単に復元できそうなくらいにはハッキリしている。
「いや、コイツは俺? 俺が知り得ない俺自身の記憶……」
まさか自分の中に潜む闇人格的なモノが、今まで身体を支配していた、とか?
早々に厨二チックな思考。
むしろこっちが闇人格にふさわしい。
それはそれとして、頭が妙にスッキリする。
頭に積もった邪念が全て吹っ飛んだような、何かぶっとい鉄鎖から解放されたみたいな、とにかく尋常ではないほど清々しい気分だ。
「うーむ……んん?」
──元に戻っている。
EX状態はすでに解除されており、通常のレイジへと退化していた。
暗殺者が放つ特有のオーラは完全に消え失せ、元のおチャラけた感じへ。
言葉だって普通に話す、盛りついたお猿さん。
こうなった原因を率直に述べるのなら、それは、先ほど行き来した時空の狭間の影響である。
あの空間はEXの力を超えている。
そのため、誰かさんの【限点回帰】の時とは違って、【天性解除】で干渉することは不可能。
今のレイジは時空を超えた影響をモロに受けていた
「まあ、細かいことは後でいいか。それよりも……おっ?」
ふとレイジは近くにいる人物に気づく。
「お前は確か……ドジェイル? おおっ、なんか久しぶりだな」
不服にも懐かしい気持ちにさせられる。
また、時間軸的にはほぼ経っていないため、妙な違和感も覚えてしまう。
「レ、レイジ、さん……」
声をかけられたドジェイルは、恐る恐る返事をした
口から吐いたであろう大量の血。
すでに乾き始めており、その両脇腹は突き刺された酷い傷跡が。
「……痛そうだな」
近くで見なくとも分かる、結構な重症。
レイジは一応労いの言葉をかけた。
「だ、誰のせいでこうなったと……」
「俺の右手のこともそうだが……おい、一体何があったんだ?」
「へ……えっ……?」
なにその質問?
ドジェイルは目を丸くした。
「さ、先ほどまでのことを、お、覚えていないのですか?」
あんな酷いことをしたのに。
この期に及んでとぼけるなんてあんまりだ。
「いや、何を言っているんだ? 覚えてるも何も、さっきまで戦っていた俺は俺じゃなくて俺の別人格なんだろ? よく知らないけどな」
「は……えっ……?」
俺は俺で俺?
言っていることがよく分からない。
あまりに謎過ぎて、ドジェイルは首をかしげる仕草をも忘れてしまう。
「ま、待ってください……レ、レイジさんあなた、どうして、どうして普通に喋って……」
「あん? 人が喋ったら何か不味いことでもあるのか? アレだな、お前は失礼な奴だな」
「そ、そんな……はっ! ま、まさか……ここは、過、去?」
まだレイジが暗殺者たちと戦う前の、あるいはEX化する前の時間軸。
少なくともそれより前の世界。
「過去? EX化? 一体何のことだ?……あー、なるほど。ちょっと待て」
そう言って、レイジはこめかみの辺りを人差し指でつつく。
自分の頭の中に散らばった光人格の記憶を、簡単に整理する。
「ほーう、そういうことか。見えてきたな」
そして、意外と早い。
レイジはこの状況をEXの断片から大まかに察知した
「つまりこう言うことだろ? 俺たちはさっきまで別空間にいた。そこはありとあらゆる時間軸が存在する。ある意味じゃ魔界をも超えた深層世界、的な?」
大体当たり〇
「んで、俺たちはそこで戦った。空間に散らばった”時の破片”で互いを刺し合ったんだ」
当たり〇
補足すると、その破片は、レイジたちが時空間に侵入した時に割れた、鏡の破片である。
脱出した時と同じで、入るときも鏡を突き破らないといけない仕様だ。
「そして俺たちの傷を見るに、どうやらその空間で負った傷はどんな時間軸をも無視するらしい。なあそうだろ、おい」
大正解◎
通常なら過去に戻った場合、怪我や病気など丸々なかったことになるはず。
普通に考えてもそう。
だが今回は違う。
回帰したのではなく、時空の狭間を通してのタイムトラベルである。
よって、EXも含めた全てが元に戻っていた。
「ッ⁉ ああああッ! 痛いいいいいい!!!」
相手の話を聞いたドジェイル。
現状に納得できないのか。
一度目を見開いたかと思うと、急に横脇腹を抑えてうずくまる。
「……なんだコイツ? 急に痛がり始めやがった。忙しい奴だな」
「ああああああ! い・た・いいいいいい!!!」
「さてと、それでどうしたモノか。今はお互いに武器がない。なんせ未来に置いてきちまったからな」
戦いの続き、ファイッ! ができない。
「コイツは困ったな。まあ、俺はこのまま素手でボコしてやってもいいが」
不良レイジ、指ポキポキポキ。
「……いや、待てよ。こういうヤツに痛み系は無意味だ。第一ボコったところでキリがない。そう言えばそうだったな」
「ああああああ!!!」
「それに……おい、さっきからうるさいんだよ。そろそろ慣れてる頃合いだろ。なあ? ドジェイルさんよ」
「あああああ!……あっ……」
ドジェイル、固まる、ドジェイル。
「死んでこの場を切り抜けるつもりだったんだろが、ハッ、あいにくその手にはもう乗らねえよ」
演技が下手過ぎる。
相手から指摘、ドジェイルだんまり。
「これ以上厄介ごとはごめんだ。ここからは精神面の攻撃にシフトした方が良さそうだな」
これは光人格からの受け入り。
なに、ちょっとしたアドバイスだ。
「そこでだ、この俺に良い案がある。実は密かに考えていたんだよ」
暗殺者という横槍が入る前から少し考えていた。
と言って、レイジは途端に悪い顔になる。
シュルルッ
完全なる極悪人がどこからともなく太い縄を取り出した。
「んん?」
それでドジェイルの身体をぐるぐる巻きに。
「よし、行くぞ!」
そのまま、
「ッ⁉︎ この展開はまさか⁉ レ、レイジさん、少し優しく……あぎゃああああ!!!」
ズルズルズル、容赦なく引きずる。
「あああああ! 傷む! 傷む! ドジェイル傷んでじゃううう!!!
街へと駆り出した。
──しばらくして、レイジが向かった場所。
それは、街の中心から少し離れたところにある分厚い関所。
その奥にある、この辺にしてはまた大きく堅牢な建物。
ここは犯罪者を収容する、言わば刑務所のようなところ。
警備とかも凄い厳重だ。
そのさらに奥にある地下牢。
ここでは囚人たちのイカれた罵声が鉄格子から飛び込んでくる。
それを聞くだけでこっちまでおかしくなってしまいそうだ。
匂いとかも色々キツい。
中でも特に厳重な最奥に、レイジは到着した。
そして、
「おい、ママ。俺だ、レイジだ」
ガンガンガン。
レイジは牢屋に巻かれたチェーンを叩き、自分が訪問したことを示す。
「──いらっしゃ~い♡ レイジ君、待ってたわよ~ん♡」
暗くて見えないが、奥からえらく野太い声。
ドスドスドス、拘束具を鳴らしてくる音。
「あ、あの、レイジさん? ここは一体?」
あの奥にいるは?
グルグル巻きドジェイルが斜め下から質問。
だが、レイジはそれを無視し、
「ああ、ちょっくらママに会わせたいヤツがいてな。わざわざこんなくっせえ所まで来てやったんだ。感謝しろよ」
「──あら、ありがとう♡ それは楽しみねえ。ええ、とっても」
バチッ♡ なんか飛んできた。
レイジは看守から借りたキーで、鉄格子の入り口を開け、
ドカッ
ドジェイルを中へ突き飛ばす。
そして素早くカギをガチャリッ。
「……へっ?」
「そういうわけだ。せいぜい可愛がってもらえよ、んじゃ」
と、最低限の会話だけを済まし、鼻を押さえながら一人地下牢を後にした。
「…………」
その遠のく背中をただ茫然と見ていると、
「──ぶびッ! ぶびびびびび!」
ネットリとした視線が全身を貫いた。
殺気とかの方がまだ全然マシ、そう思ってしまうほどに強烈。
ドジェイルは恐る恐る振り返るも、暗くて姿がよく見えない。
──暗闇からでも分かる焼け爛れた赤い皮膚。
オークを連想させる、いや、オークよりもデップリとした酷い体型。
まだ辛うじて人の姿を保って──いや、もう面影は皆無。
至るところにチリ毛を生やすその姿、もはやキングリザードマン。
彼女?の吐く緑けのある濁った吐息が、二手に分かれて牢内へ蔓延する。
ゴ、ゴクリ……
全貌が見えないことで逆に恐怖を引き立てている。
ドジェイルは息をのむ。
「ブフフフッ、久しぶりのお客さん♪ それもあのレイジ君のお知り合いだなんて、ワタシもうキュンキュンきちゃうわぁ~」
「ッ⁉ うっ……⁉」
突如鼻を襲う激臭に、たまらず顔を背けた。
もうずっとここから動いていないのだろう。
〇〇臭の入り混じる、全てを超越した史上最悪の「瘴気」を放っている。
「あら、あなた、よく見ると可愛い顔をしているわね。アレね、”キモカワ”だわ」
暗闇から目だけが、ギラーン☆
「ひ、ひえっ……」
こ、この街は、一体……。
たまらず鉄格子に張り付くドジェイル。
ここに来てまたラスボス級。
いや、色々な意味で彼女は、これまで遭遇したどの人物よりも……。
ドジェイルはぶっちぎりの恐怖に支配される。
早くも目に涙が溜まる。
生まれたての子鹿みたいに身体を震わせた。
「さてと、ワタシだけで食べちゃうのはなんだか持ったない気がするわねえ」
「た、食べ……る?」
「ええそうよ、これからあなたを食べちゃう♡ それにこういうのは独り占めしないで、みんな回して楽しむ方が良いわぁ。だから……」
独占するのは良くない。
これはもっともな意見。
「だ、だか……ら?」
だからママは、指パッチン
「さあ、みんなで仲良く味わいましょう」
ギラギラギラギラギラ、ギラーン☆
突然、彼女の合図で、周りに無数の光る目が出現。
説明するまでもない。
彼らは全員ママの子分たち。
あれから全員まとめてここにぶち込まれていた。
「あ……ああ……あ……」
ここならドジェイルでも多少の需要はあるだろう。
大丈夫だ。
なにも気に病むことはない。
こうなることは、ママの目を通して全部分かっていたこと。
そうだ、彼女のサファイア色の瞳が全てを見通していたのだ。
「フッフッフッフッ……」
ママ、再び指パッチン
「ッ⁉」
屈強な囚人たちが、久々の新鮮な〇壺に、
「う、うわああああああああ!!!」
襲い掛かる。
「さあいらっしゃ〜い! エターナルカーニバルの始まりよおおお!!!」
ママが拘束具を、
ギギィ、キギギィ……グギャンッ!
破壊した。




