5.彼の匂いがする
翌朝、ここはどこかの宿屋。
窓からまぶしい日の光が差し込む。
そんな部屋の一室では、比較的若い、2人組の男女がいた。
一人は全裸でだらしないイビキをかきながらまだ眠っている。
そして、もう一人は鏡に向かい、髪をクシでとかしている。
昨晩は相当お楽しみだったのだろう。
一人用の狭いベッドに貼られたシーツがぐしゃぐしゃになっていた。
この部屋の壁はかなり薄い。
たぶんお隣さんにも丸聞こえ──
「──んあ? あ~、どこだぁここ?」
パチッ、男も起きた。
ポリポリポリ、寝起きの間抜け顔だ。
「…………」
一方、お相手が目を覚ましたのに、女は素っ気なく髪をとかしている。
その姿はどこか不機嫌そうだ。
「おう、バーネット。起きてたのか」
「…………」
女は無視する。
「なんだよ、昨日はあんなに盛り上がってたっていうのによ」
「……っ」
「なんならまた良い声で鳴かせてやろうか? あん?」
アンアン、と言って、男は馴れ馴れしく相手の肩に手をやった。
全裸でイチモツをぶら下げながら。
しかし、
「……もう出る」
「チッ、つれない女だな。ったく」
部屋から出た。
──外に出たレイジとバーネット。
お会計の中で、店主がずっとニヤニヤしていたり、周りの人からの視線を感じたが、おそらく気のせいだろう。
「ほらよ、お前が身体で稼いだ汚い金だ」
思いのほか良かったのでサービスするそうだ。
レイジがお金の入った封筒を差し出す。
「チッ」
パシッ、バーネットはそれを乱雑に奪い取った。
封筒から取り出して額を確認していると、
「しっかしアレだな やっぱりお前って相当淫らな女なんだな」
ピトッ、お札を数える手が止まる。
「金のためならパーティを壊した男ともヤるんだからな、意外とこういうのに向いてるんじゃないのか?」
「…………」
「それに、なんだかんだ言って最後らへんはお前も──」
──バチンッ!
突然、レイジの頬に衝撃が走る。
「絶対殺すッ! 死ねッ!」
と言って、バーネットは顔を真っ赤にして去っていった。
「…………」
レイジはその背中を呆然と眺めていたが、
「……なんだ、そういう反応もできるのかよ」
ともあれ、これで彼女との関係はもう終わったのだ。完全に。
そう思う彼の目はどこか切なげだった。
散々相手を好き放題やっておいてこの有様である。
「まあいい」
もう彼女のことは忘れよう。
これからは自分のためだけに生きる。
子供の頃に何度も読み込んだ、夢のチートハーレムスローライフ生活の日は近い
レイジは新たなる人生の第一歩を踏み出す。
「よし、そうと決まればまずは奴隷だ。あ~、美人で気の強い女奴隷とかいねえかな~」
レイジはキャッキャッ。
路地裏へ入る。
──それからしばらく時間が経ち。
「よお、おっさん、待たせたな。昨日の分はここに置いとくよ」
バーネットはあの屑野郎と別れた後、自分の宿に戻っていた。
店主に滞納していた代金を払い、自室へと向かう。
そして、コンコン、ガチャリ、
「帰ったぞ、エマ」
そこは一人用にお部屋。
中に入ると、布団にくるまった何かがベッドにいる
「……バネちゃん?」
それが布団から顔だけを出す。
ぱっと見は可愛らしい少女だ。
「悪い、ワケがあって遅れちまった。メシはちゃんと食わせてもらったか?」
その問いに、少女は小さくうなづいた。
いつも綺麗にしてたであろうその金色の長髪は、所々が縮れて見るに堪えない。
一晩中泣き明かしていたのか、目尻は赤く腫れあがっており、目元のクマもとても酷い。
ウルウル気味な空色の瞳した、まだ幼さの残る少女だった。
この少女の名前は、エマコ=エマージェンス。
バーネットの幼馴染で、彼女の元パーティメンバーの一人。
レイジに告白したという例の少女だ。18歳。
「……どこに行ってたの?」
朝帰りなんてどうかしてる、エマコが尋ねた。
「えっ、あ、ああ。ちょっくら金を集めてたんだよ。んで思ったより時間がかかっちまった」
バーネットは遅れたと言って謝罪した。
当然、あのゴミカスに会っていたことは伏せておく
「大丈夫か? エマ」
「……うん、もう大丈夫」
そういう割にはまだ暗い。
いつもの太陽みたいな明るさがなかった。
「お母さん、ごめんね。お母さんの大事なペンダント、失くしちゃった……」
エマコは今にも泣きだしそうな声で呟いた。
こうなるのも仕方がない。
小さい頃に天国へ行ってしまった母親の大切な形見。
それをレイジに容赦なく売り払われたのだから。
「どうしよう……これじゃ、お父さんに合わせる顔がないよ……」
大切なモノを失った悲しみ、両親への申し訳なさ。
のしかかってくる様々な不安に、エマコの心はボロボロになっていた。
「……エマ」
そんな姿にいたたまれなったバーネットは、彼女の元へ近寄る。
自分の胸にそっと抱きよせ、頭を優しく撫でてあげた。
「エマは悪くない。それに、大丈夫だ。アタシが全部なんとかすっから」
「…………」
「おばさんの形見だって必ず見つけ出すさ。エマはただ待ってればいい、だから早く元気になってくれよ」
「……バネちゃん」
エマコは少し間おいて、
「うん、ありがとう」
と、小さく微笑んだ。
「気にすんな。エマとアタシの仲だろ?」
「うん」
「それにエマが泣くのは似合わねえよ。ほら、もう泣くな」
と言って、バーネットは相手の目元を人差し指で優しく拭ってあげた。
ついでにクマができた酷いお顔をグイグイと引き伸ばしてあげた。
「フフッ、何してるの」
これは落ち込んでるエマコでも、ついスマイルが出てしまう。
「お? なんだよ、ようやく元気になってきたな。ったく、アタシを心配させてやがって。こんにゃろ~」
「もう、やめてよバネちゃん。くすぐったいよ〜」
相手の様子を見て、バーネットも安心した。
さっそくいつもの過剰なスキンシップでエマコ成分を供給する。
しばらくイチャイチャしていたが、
「ねえ、バネちゃん」
「ん? どうした?」
「レイジ君はどうしていなくなっちゃったの?」
ピタッ、バーネットのお触りする手が止まった。
「なんで急にいなくなっちゃったの?……私、レイジ君に会いたいよ……」
バーネットの顔に影ができた。
「やっぱり私のせい? 私がレイジ君に……う、うぅ……」
ずっと想っていた彼が突然いなくなってしまった。
それを皮切りに、みんなもいなくなってしまった。
急に強盗に押し入られて全部盗まれた。
エマコはたったそれだけしか聞かされていない。
犯人がその愛しの彼だとは知らないのだ。
「……いつまでもここにはいられない」
その問いを打ち消すかの如く、バーネットはベッドから立ち上がる。
「アイツのせいで……いや、問題だって色々あんだ、一度故郷に帰ろう」
「でも……」
「大丈夫だ、おじさんなら絶対分かってくれる……なっ?」
エマコは無言だった。
「もう少しゆっくりさせてやっから、なるべく早いうちに決めてくれ。それじゃあ、アタシは風呂に入ってくる」
あのチンカスのせいで身体が汚れてしまった。
バーネットは部屋を出る。
「……一緒に入るか?」
エマコは首を横に振った。
「そっか。まあ、アイツのことは気にすんな。じゃ」
バタンッ、
「…………」
静寂の中、一人残された部屋で、
「バネちゃん、どうして……」
エマコは、
「どうして、レイジ君の匂いがするの?」
歯をギリつかせた。