48.少女の世界
子猫であったカトリーヌちゃん。
しかし突然、彼女は一人の少女へと姿を変えた。
静寂の中、両者は中距離間で相対する。
「び、美少女化……ですか……?」
初めに出た感想がソレであった。
ドジェイルは目の前で起きた現象に、ただ驚きを隠せないでいる。
「ウフフフ……」
一方、子猫から現れた謎の少女。
この本当の姿を見た人間はみんな、同じように面白い顔になる。
今回も概ね予想通りの反応。
なので、満足げな笑みを浮かべている。
小悪魔的な細長い、先端がハートマークの尻尾。
とがった耳もそうだが、まだ成長する余地のある可愛らしい翼。
ネコだった頃の面影がいくつか残っている。
しかし、これもMPなのか、彼女の身体から禍々しいオーラが可視できる。
ネコだった時はまるで違う。
全身が凍り付いてしまいそうな、おぞましい何かを放っている。
一目でわかる、人間ではない。
良くない意味での、生物としての上に位置する存在。
この滲み出る圧倒的上位感は、まさに、
「も、もしや……”魔族” ですか……?」
ドジェイルは目を丸くした。
──”魔族” それは人間の住む世界とはまた違う、魔界に棲む者たちの総称。
彼らは極少数で生きるがゆえ争いを好まない。
人類を遥かに凌ぐ力を持ちながら、下界を侵略しようとはしない。
互いに不干渉。
望むは永久の暗がりのみ。
無欲がゆえに与えられし、他を寄せ付けない絶対的な力。
その存在自体認知はされているが、実際に見た者が長らくいないため、まさに神話に近い存在である。
その魔族がなぜこんなところにいるのか。
なぜネコなんかに化けている。
特に栄養を必要としない彼女が、なぜまだ幼いピヨコたちを食い荒らしたのか。
ドジェイルは様々な疑問が交差するが、
「す、素晴らしい……!」
そんなことはどうでもいいご様子。
なにせ、目の前にいるのは人間から見ても超絶美少女。
さらに極めて希少な魔族という存在だ。
戦闘能力も期待できる。地上最強レベル。
ぜひとも、いや、何としてもハーレム要因に加えたいところ。
「カトリーヌちゃん──いえ、そちらの綺麗な魔族さん! ぜひ私とパーティを組んでください!」
出来ればあなたのお名前、本名とかも教えて欲しい。
ドジェイルはさっそくナン──自分のパーティへ勧誘した。
こういうのには慣れてないが思い切ってアプローチした。
「フフッ、私を見ても怖がらないなんて。あなた面白い人ね」
魔族を前にして臆さない人間は結構珍しい。
意外と好感触。
ドジェイルは、ワクワク。
「だけど残念。だってあなた、全然私のタイプじゃないし」
顔が全く好みじゃない。
というか、この男の顔面は魔族から見てもかなりの不細工に入る部類。
とてもじゃないが行動を共にしたいとは思えない。
「そういうことだから、悪いけどお断りさせてもらうわね」
「そ、そんな……」
頑張って勇気を出したというのに、あっさりフラれてしまった。
人生初のアプローチがこんな結果に……。
ドジェイルは悲しみという名の洪水が止まらない。
「ていうかそもそも私、魔王様一筋だし。他の男なんてどうでもいい」
彼の魅力の前にはどんな男も石ころ同然だ。
「あっ! でもあのレイジとかいう人間……魔王様に似ててちょっと良いかも……」
あの小物っぽい雰囲気とか、小悪党なところがそっくり。
何より、あの調子に乗った後すぐに痛い目に遭うところとかホントにもう……
「たまんな~い……ウフフ♡」
少女は愛しの魔王様とやらを思い出し、一人勝手にときめいてる。
「…………」
また、か。
またレイジ、か。
まったく、あんなクズの一体どこがいいのか。
彼と何度も相対したドジェイルには分かる。
アレは女を好き勝手に遊んだ後、飽きたら容赦なく捨てるタイプだ。
浮気だって平気でするし、それを一々気にも留めない。
まるで、女は自分の楽しみのためだけにいる存在、とでも思っているのか。
男児の風上にも置けない、そういう最低のゲス男だ
あんなの所詮ただの口だけ。
甘い言葉に騙さてはいけない。
だが困ったことに、世の中には引っかかる女性が何故多すぎる。
それに比べ、自分は違う。
浮気なんか絶対しないし、生涯一人の女性を愛してみせる自信だってある。
だというのに、なぜ……なぜだ……。
ドジェイルには理解できない。
「早く傷を治して魔王様のところに戻らなきゃ。だってあの人たちだけじゃ頼りないし」
こんなところで油を売ってる暇はない。
今頃みんな、お世話係いなくて苦労してるはず。
「私が無事だって知ったら皆どんな顔をするかな? フフフッ、特に魔王様なんて嬉しすぎて泣いちゃうかも」
彼の号泣する姿を想像するだけで、プププ……。
少女は笑いを堪える仕草をするも、つい声が漏れてしまう。
「……とは言っても、う~ん……これじゃまだ戻れないかな」
と言って、幼い翼をパタパタパタ。
飛べない。まだ本調子ではないみたいだ。
「助けを待つのは……どう考えても無理っぽいし。やっぱり自分で何とかするしかないみたいね」
こればかりは頑張るしかない。
「そういうわけだから、あなたも協力してくれると嬉しいんだけど?」
「…………」
少女の問いに、ドジェイルは、
「……なるほど。そういうパターン、というわけですね」
ニヤリ。
これは俗にいう、仲間イベントというヤツでは。
話を聞くに、この魔族の少女は、とある事情により翼を負傷し、飛行能力を失っている魔族の少女で、現在、仲間の元へ帰れなくなり困っているというわけだ。
つまり、それさえ解決してしまえばこっちのモノ。
好感度はマックスとなり、惚れられ、晴れて仲間となってくれる。
「分かりました。いいでしょう。このドジェイル、できることなら何でもします」
これは協力すべき事案。
またとないチャンス。
そう思い、ドジェイルは景気よく引き受けた。
「ありがとう、お顔と違って心は綺麗な人間さん」
何を言う。
人を見た目だけで判断するのは良くない。
これだけはハッキリと言っておきたい。
ドジェイルはそんな顔をしている。
「ふ~ん、そうなんだ。じゃさっそく……」
が、
「──後悔しても、遅いからね?」
魔族の赤い瞳が、キュピーン!
少女が一本線となり、一瞬でドジェイルを過ぎ去り、彼の背後へ移動。
「へ……?」
「あなたのコレ、貰うね」
「コレとは、一体……?」
ドジェイルの目の先には、嫌に生白い腕が。
やけに見覚えのある細い右腕。
少女が片手で持っている。
「あ……ああ……あ……」
それは元々ドジェイルについていたモノ。
さっきまであったはずがどこにも見当たらない。
あまりにも雑なちぎり口、中の骨ごとザックリもぎ取られている。
そして、それは目の前にいる少女が、人差し指で、クルクルクルクル……
「あああああああああ!!!」
気づいたと同時に強烈な痛みが。
ドジェイルの苦痛な叫びが路地をさっそうと駆け抜けていく。
「あーもう、うるさいなー。腕くらいで一々大げさね」
「わ、私のッ! 私の腕がああああ!!!」
「はあ……これだから人間は嫌になる。いくら何でも脆すぎ~」
「痛いッ! 痛いッ! い・た・いいいいいい!!!」
何度殺されようが痛いことに変わりない。
また、あらかじめ予想できるのとできないのでは、大きく違ってくる。
今回は後者なため、見ての通りドジェイルは苦悶の表情である。
そんな相手のことはさておき、少女は独り言を続ける。
「ほら、ゲテモノは珍味って良く言うじゃない? だからコレもきっと、そう……」
この見るからに不健康そうな腕も案外イケるかもしれない。
「あなたこの程度でも一応は冒険者なんでしょ? じゃあ栄養価だってそれなりあるはずだし。うん、きっと大丈夫」
Bランク冒険者の、しかも術師タイプの右腕。
つまりMP=栄養が豊富。
と言って、少女は、ガリッ
ちぎった方の根元から嚙みついた。
「う~ん……ちょっと臭みが酷いけど、そこさえ我慢すれば何とか食べられるわね」
少女は味を食レポした。
正直、人間の肉というのはあまり良い味ではない。
少し硬いし、風味も良くない。お腹も下してしまう。
まだゴブリンとかの方が、食べられる部分が多いだけあってマシである。
さらに、それはドジェイルの肉であるため尚のことそうだ。
「……おえっ」
吐き気がする。流石にキツイか。
だけど、これも魔王様に会うため、全部彼のため。
そう思い、少女はペロリと完食した。
余すことなく全部彼女の胃の中へと入ってしまった
「えっ? なに、これ……?」
すると、急に力が。
溢れんばかりの力が身体中からみなぎってくる。
背にある縮んだ翼が、キュンッと一回り以上大きくなる。
「す、すごい……!」
少女は驚いた様子で自分のキラキラ光る両手を見ている。
まだ完治したわけではないが、ほぼ負傷する前の力に戻ってしまった。
彼女がこうなるのも無理はない。
腕の一本でここまで……。
ならば、
「コレを……全部食べたら……」
ゴ、ゴクリッ……そして、
ギュリンッ!
次の瞬間、突き刺すような鋭い眼光がドジェイルへ。
それはまるで飢えた野良ネコの如く。
完全に獲物を見つけた時にするその眼。
「ッ⁉ ひいぃ⁉」
ドジェイルの声にならない悲鳴。
背筋の凍る殺気、まるで深淵にでも覗かれたような気分になる。
あまりの恐怖で身体がピクリとも動かない。
「それじゃ……次、行くね?」
斜め顔の少女、ペロッ
「ッ⁉ や、やめ……」
ドジェイル、ゾゾゾッ!
ダッ!
「うわあああああああ!!!」
──先ほど説明した通り、自然界というのは残酷である。
弱者は、強者を前にして、ただ差し出すことしかできないのだから。
だが、忘れてはいないだろうか。
それは人間も同じだということを。
残念ながら一生物として、循環の輪に組み込まれている。
地上に住む限り例外はない。
安寧の保証などありはしない。
それを忘れてはいけない。
なぜならそう遠くない未来、上記の者から喰われていくのだから。
知っておいて損はないだろう。
そうした方が、その時、少しはマシになるというモノだ。
やがて、完食したようだ。
辺りにいるのは、主にお口を中心とした血だらけの少女。
彼女の周りには肉や骨の欠片、白い毛髪などが散乱している。
「ウプッ……流石に全部はキツかったかも……」
欲張ってついオーバーに食べてしまった。
少女は気持ち悪そうにお口を押える。
「……だけど」
バッサッ!
座り込む少女の背中から、突如として巨大な黒翼が。
彼女を象徴する紫がかった黒曜の色。
その禍々しくも優雅な造形、全てを呑み込んで放つ輝き、まるで堕天使が降臨したかのよう。
この狭い路地に対当する建物が、その黒翼に触れるだけで生クリームみたいに削がれていく。
やがて、街全体までもが彼女に共鳴するかのように揺れはじめ、石の破片やゴミやらが浮かび上がってきた。
「こ、こんな力って……ありえないわ……⁉」
全回復どころか想像を遥かに超える力。
これまでの全てを、軽く凌駕してしまう勢いである。
それは魔族でも目を大きく見開くほどに感無量大。
もう言葉では説明できない、新たなる未海の域に達していた。
「…………」
たった一匹の人間を食べただけで……。
底がというのが全く見えてこない。
少女は手にした新たなる力に、全身の震えが止まらない。
「……もしかして」
この力は、
「今の私って、あの女よりもずっと……いいえ! 魔王様より強いかも⁉」
まだ欲を知る前の、あるいはそれ以上かもしれない
「きっとそう、絶対そうよ……フフッ、フフフフフフ……」
これが何を意味するのか。
「フフッ、主従逆転。私の奴隷にしてあげるね。愛しの愛しの魔・王・様♡」
そういうことだ。
そうと決まれば話は早い。
大きく羽ばたく、絶望の体現。
「超特急で会いに行くから」
足が大地を離れ、
「すぐに……ねっ!」
始動した。
──EX、それは本来この世界には存在しないイレギュラー。
神々の創った要素、システム、循環にはハメ込まれていないモノ。
その異質を取り込んだ魔族の少女が一人。
別次元の力を手にした彼女による、主人への言われもない反逆が始まる。
つまるところ、魔王とやらは逃げた方がいい。
何者か定かではないが、それを強くおススメする。
もう世界征服など考えている場合ではない。
しかし、例えどこに逃げようとも、それこそ故郷の魔界であっても、彼女の魔の手からは逃れられない。
試しに戦ってみるのもまた一興。
望みは限りなく薄いだろうが、真なる魔王ならば退けられるやもしれない。
だがもう一つ、ただ一つ、彼には手段が残されている。
唯一の希望、彼女を打破できる最後の、
それは……
衝突のEX ~Fin~




