39.死闘の果てに
「ねえママー、あれなーに?」
ここは街の中にある、出店の並ぶ一際賑やかなエリア。
そこで一人の子どもが空を見上げながら、隣にいる母親に尋ねた。
ちゃんとお手ても繋いでる。
「何かしら……ごめんなさい、お母さんにもよく見えない」
「え~、ママも~⁉」
複数の黒い影が屋根という屋根を飛び回っている。
その全部が一つの方角に向かって、急速に移動。
速すぎて全貌が分からない。
「鳥……かしら?」
「トリさんなの? じゃあカラスさんかな?」
「そうね、それにしては少し大きいような気もするけれど……」
「おっきいねえ~!」
平和な家族に見られる、何ら変わりない日常。
ギュッ
子どもの握る手が強くなる。
「…………」
親子はしばしの間空を見上げていたが、
「さ、お空ばかり見てないでそろそろお家に帰りましょうね。帰りが遅いとパパが泣いちゃうかも」
子どもは、ぱあ!
「うん!」
帰宅した。
──金属のぶつかる、キンッ!
耳障りな音が何度も反響する。
狭い路地に吹き荒れる突風が、ゴミやら何やらを表通りへ送り飛ばす。
加えて炎、雷、氷。
その他様々な属性系スキルが間髪入れずに発動。
もう随分長いこと戦闘を行っているのだろう。
そこら中が暗殺者たちの死体で埋まっている。
辺りはすっかり血に染まってしまい、人間の腕部、脚部、頭部、内蔵の良くわからない部位まで落ちている。
中には焼け焦げて判別できないモノまで。
それはこの世の地獄を連想させるかの光景。
色々とグロテスクな惨状であった。
──ザシュッ! 暗闇に一閃!
レイジの右腕がはね飛ばされた。
「チッ!」
失った四肢など。
すでに気にかける余裕はない。
当然ながら地面に落ちた音が、彼の耳に響くことはない。
「くらえ! 業火!」
残る左手で炎を纏う。
そのまま向かってくる4人の敵を狙い、ブンッ! 薙ぎ払う。
「ッ!」
暗殺者たちは各自分散して炎をかわす。
しかし、うちの一人が逃げ遅れ、ボワアアア!!!
一人撃破。
ここに来て業火の餌食となってしまう。
同業の死など今さら気にしない。
残りが短剣を構え、再び標的に接近。
そのまま三対一の乱闘となる。
彼らの作り出す精密で鮮やかな連携。
瞬きする暇もなく、目まぐるしく相手が切り替わる。
その斬撃跡で視界が切り詰められていく。
そんな激しい乱戦の最中、レイジはスキを見て脱出
「──閃派!」
離れ際に追ってきた浅はかな一人を、術で生成した刃で貫いた。
「ッ⁉ なにッ⁉」
しかし、やけに反応が薄い。
何か紙切れみたいな違和感がある。
身体をぶっ刺されたというのに相応のリアクションがない。
すでに死んでいた。
死体だ。
それは暗殺者のうちの一人が投げた仲間の死体であった。
「ッ!」
面食らうレイジ。
そんな彼に真正面から突っ込む一人。
「ッ! スキル【風力操作】!」
レイジはとっさに広範囲にわたる豪風を発動。
敵のいる前方へと流し込む。
暗殺者は風に押され、身動きが途端に取れなくなる
「終わりだ! 刀波!」
レイジはそこに、態勢を奪ったところに急接近。
光を纏う刃で突き刺そうとした。
が、しかし
もう一人いた。
動けない仲間の背後を陣取り、風立てにしながら近づいていた。
対曲線にいたため、寸前まで気づけなかったもう一人が。
そのまま仲間ごと、グッと押し込み、
ズクッ!
レイジの背中から、短剣の刃先が飛び出した。
「なッ⁉ うごッ……あ……ッ⁉」
背骨ごと持っていかれた感覚。
ちょうど胃袋がありそうな部分。
強烈な痛みもそうだが、その前にうまく呼吸ができない。
短剣を持ち固めた腕ごと身体にめり込んでいた。
「が、かはっ……」
耐え難い苦しみの中、レイジは、
「クソッ……イ、閃波!」
お前もだ。
刃を覆う術を変化させ、先端から光を伸ばす。
「ッ⁉」
そして、囮の先にいるもう一人の暗殺者を貫いた。
レイジと暗殺者、その間には囮暗殺者。
3人が板挟みにくっついている構図。
その両端からは刃が突き出している。
「く、くたばれ……がはっ」
両者は共に吐血。
これまた結構な分量の血が、2人の間にいる囮暗殺者にふりかかる。
「…………」
真ん中にいる彼、囮暗殺者。
ぐったりとした首が前後左右、不規則にユラユラ。
すでに息絶えたようだ。
仲間に利用され、彼と敵の双方から串刺しにされ、挙句の果てに吐しゃ物までかけられた。
結構散々な最期である。
ズシャ……ズシャ……ズシャ……
一方、仲間を利用し標的に致命傷を与えるという、今回一番の功績を残した大変優秀な暗殺者。
彼自身も同様の傷を受け、悲しくも相打ちとなってしまった。
だが、彼は暗殺の手を止めなかった。
それは標的が完全に息絶えるまで終わらない。
死んだ仲間ごしに、何度も執拗に刺し続けてくる。
「や、やろう……い、いい加減に……しやがれ……」
レイジも負けじと術で出来た刃を、死体越しにぶっ刺す。
途切れそうになる意識の中……引いては刺す……引いては刺す。
ひたすら繰り返している。
その刃には炎が付与されているのか、暗殺者の身体にポツポツと火がつき始める
ズシャ……ズシャ……ズシャ……
はたから見るとそれは、一人の死体を挟んで互いに肉を抉り合うという、非常におぞましい光景であった
やがて、2人──いや、3人はその場に力尽きたように倒れ込む。
「…………」
2人の暗殺者に息はない。
フードの下からかろうじて見えるのは虚無色の瞳。
どちらもすでにコト切れていた。
「はあ……はあ……げぼっ⁉ げぼっげぼっ⁉」
血を吐き散らしながら酷く咳きこむレイジ。
結構ギリギリではあるが刺し合いに制したようだ。
──スタッ
そんな惨状の中、もう1人いる。
一連の相打ち劇を、少し離れたところで見ていた最後の暗殺者。
この戦いの唯一の生き残りだ。
彼は動かない標的にゆっくりと近づいてくる。
やがて至近距離まで来ると、そのまま瀕死のレイジを見下ろした。
「ハア……ハア……お、おい……」
敗北者のかすれ声。
「お前だよ……元、農作者……」
「……っ!」
耳が遠いのか、最後の暗殺者はようやくその声に気付く。
レイジの言う通り、いま目の前にいる生き残りというのが、何を隠そう初めからいた暗殺者。
ドジェイルと共に現れた最初の、3人のうちの一人であった。
あの動きが妙に良かった、キレッキレな暗殺者だ。
あれから片腕を失ってからも、標的をコンスタントにチクチクと攻め続け、遂にはここまで追い詰めていた。
「た、頼む……俺を……見逃してくれ……かはっ」
そんな彼に苦しめられたレイジは言う。
今回だけは見逃してくれ、どうか殺さないでくれ、と。
「お、お前の目的は……か、金だろ……」
もし助けてくれるのなら、今の依頼主の2倍の額を払う。
レイジは擦り切れそうな声で交渉する。
なんなら3倍にしてあげてもいい。
「…………」
冷ややかな視線を向ける暗殺者。
ダメっぽい。
「っ……な、なら! ゲホッ、ゲホッ」
なんということだ。
なら今回は特別に4倍、今この場にいるあなただけに4倍。
もはやそれは某子ネコの依頼達成報酬に匹敵する額。
こんな大金を得るチャンスは二度とないだろう。
「…………」
しかし、暗殺者は一層冷ややかになる。
周りの空気までもが彼に同調するみたいになってしまう。
コレに仲間を大量に殺された。
大切なスローライフ専用スキルも奪われ、さらには片腕まで捥がれてしまった。
金や女をいくら積まれようとも許さない。
この怒りは到底収まりそうにない。
それに、わざわざトドメを刺す必要はない。
すでに先ほどの攻撃でレイジは致命傷を負っている。
もう手遅れ、何をやっても助からない。
自分が今ここにいるのは、標的が息絶えるのを待ち、その汚れた生首を回収するためだ。
彼の冷徹な瞳からそう語っているように感じられた
「ち、ちくしょう……が……」
そして、その反応を見て、レイジは、
「……後悔、することに……なる……ぞ」
呪い台詞を言い残し、
「…………」
レイジは絶命した。
悲しくも彼のスローライフへの道は、ここで閉ざされてしまった。
最後は敵に軽蔑の目を向けられ、誰にも看取られることなく、その生涯の幕を終える。
実に脆く、短く、儚い、小物なる人生であった。
だが彼の場合、例え長寿を全うできたとしても、決して幸せにはなれなかっただろう。
元々そうなるような生き方をこの男はしていた。
ロクな死に方はできない。
むしろ全てを失う前に死ねたのだ。
ある意味これで良かったのかもしれない。
そうだ、きっとここが物語の良い幕引きだったのだ
「…………」
静寂の中、スタッ
「──終わったようですね」
依頼主のドジェイルが、
「イヒッ!」
降りてきた。




