36.予言者D&R
しばらくして──いや、現実の時間軸に則るなら少し前のことかもしれないし、後の可能性だってある。
ここは進んでいない。
ほぼ同時刻と判断した方が良さそうだ。
──シュンッ シュンッ
ここは人々が平和に暮らす住宅街。
──シュンッ シュンッ
そこで、何やら屋根を飛び回る2人の男がいた。
片方がもう片方を追跡しているのだろうか。
2人はせわしなく屋根伝いを移動している。
両者間からは何やら光の玉が飛び交っており、それが付近の建物に着弾。
これは何かの破壊工作だろうか。
正直、こんな昼間からとても近所迷惑だ。
だが、住民たちは知る由もない。
今、真上で一体何が起きているのか。
もう何度も同じ時間を繰り返していることを。
彼ら一般人には観測する術はなかった。
バンッ!
「──待ちやがれ! ドジェイル!」
レイジが光弾を放ちながら、敵を追跡する。
「──馬鹿なんですか! 待つわけがないでしょう!」
対して、ドジェイルは相手に背を向けて逃亡。
攻撃をスレスレのところで避けながら、屋根間を飛んで移動している。
現在、逃げに徹するドジェイル。
それをレイジが追い回しているといった構図だ。
またこんな調子で戦っている。
現実時間で見るとちょっとしか経っていない。
だが、何度もタイムトラベルした彼らしてみればもう結構な、それこそ経験したことがないほどの長期戦となっている。
途中、ドジェイルが足を滑らせ屋根から落っこちてしまい、打ち所が悪かったために一度コンテニューしてしまった。
つまり今が9度目の時間回帰。
ドジェイルからしても、一人を相手にこれほど酷使したのは今回が初めて。
まさしく未踏の領域へと入っていた。
「チッ、すばしっこい野郎だ」
逃げ足だけは異常に素早い。
中々捕まらない相手に、レイジは舌打ちを余儀なくされた。
なるほど、追う才能は全くない。
でも逃亡の素質はそれなりにあるらしい。
ドジェイルは地形の高低差を利用し、相手の術を軽快に躱しまくっている。
「どこを撃っているのですか!」
チラッ
このように時おり後ろを振り返り、レイジとの距離を測る。
ついでに挑発。
まるで、ちゃんとついて来ているのを確認するような、この果てのない逃亡劇の先に何かあるかのような、どこかに誘導している感じがする。
スタッ! ササササササササッ!
ドジェイルは一旦屋根から降下し、一般人が多くいる広場に着地。
そのまま人々の進行方向とは真逆に走り出した。
「チッ!」
一般人に紛れてやり過ごすつもりか。
させるか。
レイジもすぐ広場に降りて、同じく逆走する。
人々に当たる危険があるため、迂闊に術は使えない。
また、周りに恐怖を与えないよう配慮し、手に持つ短剣は懐にしまう。
「待ちやがれ!」
しばらく街中での追いかけっこが続いたが、
クルッ
ドジェイルがふと振り返り、
「──予知します。あなたは穴にハマり、身動きが取れなくなる!」
唐突の、未来宣告。
「ッ⁉ 知ったことか! 勝手にほざいてろ!」
穴にハマるなんて、そんなダサいことが起きるはずがない。
第一、ここは道のど真ん中。
ハマろうにもハマる穴がない。
適当なことを言って未来予知の期待値を下げないで欲しい。
……と、そう思っていた時期が、レイジにも存在した。
ズボッ!
突然、ちょうどレイジの立っていた箇所にだけ、バコッ! 地面が抜け落ちてしまった。
これがまた何とも言えぬ絶妙なサイズ。
身体がスッポリとハマってしまう。
「ッ⁉ なにィ⁉」
こんなの、驚愕せずにはいられない。
あらかじめ地面に穴を掘っておいて、ここまで誘い込んだのか。
いや、違う。知っていたのだ。
こうなることを、ここに人間がハマるサイズの穴があることを、突貫工事により地面が抜けるタイミングを、ドジェイルは知っていた。
そう、彼の予言は物の見事に的中。
ただそれだけだ。
「だから言ったでしょう。動けなくなると」
神経を逆撫でするような顔でドヤる予言者D。
ニヤリとしてながら近づいてくる。
「く、くそっ……」
レイジは力を入れても微動だにできない。
思ったよりガッチリ、脱出に時間が掛かりそうだ。
「さて、これで一方的に始末できます。何ともお間抜けな幕引きですね、レイジさん」
殺そう。
ドジェイルは杖を頭上にかかげたが、
「──予知する。突然飛んできた刃物で、お前の手首は吹っ飛ぶ!」
こちらも、未来宣告。
「なんとッ⁉………いえ! 苦し紛れのハッタリと見ました! この私は騙されない!」
手首が吹っ飛ぶ? そんな恐ろしいことが起きるはずがない。
さらに言わせてもらえば、そう何度も予言が当てられては困る。
予言者を舐めないで欲しい。
……そう思っていた時期が、ドジェイルにも存在した。
シュルシュルシュルッ!
ズサッ! ブシュウウウウ!!!
突然、死神の鎌の如く飛んできた調理用大型包丁。
それがドジェイルの左手を豪快に切り飛ばした。
「ッ⁉ うがああああああ!!!」
ドジェイルの絶叫が街中に響き渡る。
血が吹き出る切断部位を、服の袖で必死に抑えている。
それでもダラダラと地面に浸ってしまう。
「いよっと!」
その隙にレイジは穴から脱出。
服についた石の汚れをパタパタとはたく。
「んで、誰が間抜けなんだ? おい」
形成は逆転。
第二の預言者、Rが得意げな顔で言う。
「あああああ! 痛い! 痛い! い・た・いィィィィィ!!!」
ドジェイルは痛みでそれでどころではない。
そんな丸腰で泣きわめく相手に、レイジは短剣を取り出し、
「何ワンワン泣いてやがるッ! 今度は足首だ! 両方とも頂く!」
殺さずに捕獲する。
どうやって始末するかは、四肢を奪った後にゆっくり考えればいい。
レイジは光を纏って襲い掛かる。
が、しかし
「──よ、予知します。あなたは飛んできたボールで頭を強打する!」
「ッ⁉ ぬかせえええ!!!」
ガツンッ!
「ぐあッ⁉」
レイジの後頭部に硬式ボールが直撃。
斜め30度ほどグラつくも、何とか踏みとどまる。
「クソッ! 予知する! お前は犬に吠えられビビり散らす!」
「ッ⁉ ぬかせえええ!!!」
ワンッ! ワンワンッ! ガルルルゥゥゥ……
「ひぃっ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!」
突然、通りすがりの飼犬から威嚇。
ドジェイルは声にならない悲鳴をあげた。
「予知する!」
「予知します!」
そのまま両者は予知合戦を開始。
どちらも100発100中、しかも精密すぎる。
これには超レアスキル、【預言者】も目が飛び出てしまう。
常人では到底不可能な戦い、異次元の読み合いが繰り広げられていた。
──ササッ
そんな珍戦の中、ドジェイルはどさくさ紛れて路地裏へと入っていく。
「おい! どこにいった!」
レイジもすぐに追いかけたが、残念ながら姿を見失ってしまった。
その荒々しい声だけが、路地裏を勇ましく反響する
「チッ、逃したか」
反応がない。
それを確認し、一度屋根まで戻って辺りを見渡す。
街並みをザックリと眺めるレイジ。
「…………」
態勢を整えるべく一旦距離を置いたか、あのドジェイル。
いや、どこかに潜んでいる可能もある。
また回帰の時みたく、背後から奇襲してくるかもしれない。
「……コイツはカトリーヌの力が必要だな」
相手が何をしてくるか見当もつかない。
だがそれはあちらも同じはず。
用意できる策は多いに越したことはない。
ここは一度引き返し、探知機能のあるカトリーヌちゃんと合流しよう。
そう考え、レイジは背を向けたが、
スタッ
突然、隣の屋根から黒フードの人間が。
スタッ、スタタッ
さらに2人、同じような服装の輩が出現。
顔をフードで覆っているため、彼らの面は拝めない
「ッ⁉ なんだコイツら⁉」
全く身に覚えのない、こんな奴らは知らない。
いきなり何用だろうか。
レイジは当然ながらの反応をする。
「──彼らは暗殺者です。そう、私が雇った暗殺者たちです」
背後から嫌になるほど聞いた声が。
「っ! ドジェイルッ!」
首がひん曲がりそうな勢いで振り向くレイジ。
「そう怖い顔をしないでください。少しあなたのことを調べさせてもらいました」
レイジアルバード、闇の世界のお尋ね者。
なに、うわさは聞いている。
「裏の方たちの間では大変有名人だと。ええ、はい」
「なにッ⁉」
「レイジさん、あなた裏ギルドで高額な懸賞金が掛けられていますね。一体何をやらかしたのですか?」
裏ギルド。
そこには通常のギルドとは違い、表だって依頼できない仕事が多く転がっている。
暗殺は当然、窃盗、○○、その他ヤバい依頼の数々、そういう場所だ。
そこでレイジの首が高値で取引されていた。
どうやらレイジは、彼ら、闇組織からかなりの恨みを買っているようだ。
「さて、これからどうなるか。あなたならよくご存じですね?」
「くっ……」
四対一、レイジ狩りの時間、レイジングハンター。
「チェックメイト、といったところでしょう」
これがドジェイルの用意したシナリオ。
物語の正史、レイジの結末。
「さあ、暗殺者の皆さん! 標的は目の前です! 遠慮なく──」
──シュンッ、シュンシュンッ
ドジェイルの合図をブツ切りに、3人の暗殺者が一斉に、
「クソッ! ドジェイルッ! てめえーッ!」
襲い掛かる。




